(1)
カランカラン。
バーの扉のベルが軽やかに鳴る。
「あの~」
ああ、今日も迷える子羊……じゃあなかった。
お客さんがふらりとやって来たわ。
「いらっしゃい」
私は、仄かに明るい店のカウンターから声をかける。
「【ビタミンカラー】へようこそ」
夜もまだ早い時間だが、このバーは24時間大体開けている。
まあ、此処には時間の概念はあまり関係ないけれどね。
その話は置いといて。
私は入り口にまだ立っているお客さんに声をかけた。
「大丈夫。此処はバーよ。安心して」
「バー?」
「そう。バーよ」
私が答えると、お客さんはまだ不安そうに言う。
「私、気付いたら此処に居て。待ち合わせ場所に向かっていた筈なのに……」
恐々と、そのお客さん。若い女性はカウンターに向かって来る。
コンコン、と磨かれた床に若い女性の靴音が響く。
「そういう事も人生あるわ。大丈夫」
私は微笑む。
若い女性は首を傾けたが、私がニコニコしているとようやく安心したのか、ぎこちなく笑う。
「お客さん、お名前は?」
カウンターの中でグラスを磨き始めながら私は問う。
「え、えっと、小間……」
「ああ、ストップ!」
突然の私の大声に若い女性は驚く。
「説明が遅れてたわね。ごめんなさい。此処は本名を名乗る必要が無いの。貴女の好きな名前を名乗ってちょうだいな」
「仮名って事ですか?」
「仮名……って訳ではないわねぇ。貴女の心に浮かぶままの名前ってところかしら」
「心に浮かぶままの名前……」
若い女性は考え込む。
「じゃあ、"はいね"って呼んで下さい……」
グラスをちょうど磨き終えた私ははいねさんに向かって、丁寧にお辞儀をして言った。
「改めて。ようこそバー【ビタミンカラー】へ」
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