すねる葵
「早く、海に行こう」
純子は、自分だけが水着姿なのが恥ずかしくなり、そう言って皆を急き立てた。
和輝が、「じゃあ、俺も着替えてくる」と言って、純子が先ほど着替えに行ったバンガローに消えた後も、仁は「ほんと、きれいだ……」と純子のビキニ姿を褒めちぎっていた。
その横で、葵が少しすねたような顔をしていた。
やがて、和輝が海パン一丁の姿で戻ってくると、待ちかねたように葵がその和輝の右腕にすがりついた。
純子と仁の会話に、いささかの疎外感を感じていたのだ。
しかし、和輝はそんな葵の気持ちを蹴とばすように「純ちゃん、お待たせ、早く泳ごう」と、葵ではなく、水着の純子を誘った。
そんな、和輝の言葉に、腕にすがりついていた葵が、怒って和輝の腕を強く引っ張ったことで、やっと葵の存在を思い出した和輝は「葵も一緒に行こう」と、あわてて言葉をかけた。
しかし、その後も、淡い乙女心を理解できていない和輝は、「仁、お前も来いよ。浜辺で葵の相手してて……」と、葵の寂しい気持ちを逆なでした。
「悪い、俺は、夕飯の買い出しと準備するから、お前たちだけで行ってこい」
カナヅチの仁は、海に近づくことさえしたくなかったのだ。
「夕飯の準備って?」
てっきり、近くの食堂で夕飯は済ますものと思っていた和輝が驚いて聞き返した。
「俺が、飛び切りうまいカレー作ってやるから。楽しみに待っとけ」
「カレー!!!?」
その、仁の言葉には、三人ともが驚いて同じ言葉で聞き返した。
「キャンプと言ったら、カレーに決まってるだろ。まー、楽しみに、君たちは遊んで来なさい」
仁はそう言うと、三人の背中を押して、海の方に追い出した。
「仁がカレー? 本当に食えるのかよ?」
和輝はブツブツ言いながら、二人の女子を連れて海へ向かった。
三人はそんな話をしながら、海に着いたが、砂浜の砂は荒く、おまけに多数のごみが波打ち際に漂っており、お世辞にも綺麗と言える海水浴場ではなかった。
それを物語るように、海水浴客は和輝たちのほかには一人もいなかった。
沖の方に、先ほどキャンプ場の管理人が言っていた捨て石でできた一文字が小さく見えた。
あまりにも沖の方にあるので、どこが一文字の端にあたるのかよくわからなかったが、海を見て一気にテンションの上がった和輝と純子は、そんなことはお構いなしに、普段着のままの葵を岸に残して海の中に駆け込んだ。
「カズ君……」
一人、砂浜に残された葵は、寂しそうに、そんな二人を見ていた。
純子も、小さいころから家の近くにあった川で、兄たちと水遊びをしていたため、泳ぎは得意だった。
しばらく、二人して海での泳ぎを楽しんでいたが、そのうち和輝が海に漂うごみの中からスイカ柄のビーチボールを見つけ、砂浜に突っ立っていた葵の方に戻ってきた。
「葵、ほれ」
そう言って、葵の方にバレーのトスを上げた。
それまで、一人で岸にほったらかされていた葵は、急に自分に振られたその和輝の行為が嬉しく、「エイ!」と言って、トスを和輝に返した。
そんな遊びを二人でしている所に、海での泳ぎを堪能した純子が戻ってきて、「な~に、二人で…… あっついな~」と冷やかした。
そう言う純子の言葉に照れた葵が「純ちゃんも、ほら」っと言って、純子の方にもトスを回した。
しばらくは、砂浜で三人仲良くバレートスの遊びを続けたが、純子がレシーブしたボールが風にあおられ海に入ったのをきっかけに、和輝と純子が再び海に入り、またしても、葵一人が岸に取り残される形となった。
「なんだ…… つまんない……」
葵は、またしてもふてくされて、その場に座り込んだ。
海の中でバレーボールを楽しむ二人を、葵は羨ましそうに眺め「純ちゃん、水着持ってくるんなら、言ってくれればよかったのに……」と不満の独り言を言いながら、しばらくは、その場に落ちていた木の棒で、砂に絵を描いたりしていじけていたが、やがて立ち上がると、「私、仁君の夕飯の準備手伝ってくる」と、和輝の方に叫んだ。
その声を聞いた和輝は、チラっと葵の方に顔を向けただけで「あっ、そう」と言うと、再び楽しそうに純子とのバレーボールを再開した。
「なんなのよ! あいつ!!!」
葵は、ふくれっ面で、『プイ』っと海に背を向けると、『ドン!ドン!ドン!』と言う感じで砂を踏みつけながら、先ほどのバンガローの方に走っていった。
葵の背中には、楽しそうな和輝と純子の声が響いていた。




