次の朝
次の朝、和輝は、朝食もそこそこに、急いで家を出た。
「なんかあるん?」いつもの登校時間よりもずいぶん早い出発に、和輝の母親が訪ねた。
「うん、これからは、毎日、この時間に学校に行かないといけなくなった」和輝は、その理由は特に伝えず、「行ってきま~す」と言って『ペニーレイン』へ急いだ。
和輝が、『ペニーレイン』の前に着いた時には、まだ、高校生の姿は少なく、さらに、葵と約束した7時半には、少し時間があった。
時々前を横切る通学生が、不審そうに和輝の姿を見ながら通り過ぎた。
和輝は、通り過ぎる自分と同じ高校の生徒たちに目を合わせないよう、腰の後ろでカバンを持ち、下を向いたり上を向いたりしていた。
生徒たちだけでなく、歩きの先生も数人、和輝の方を見ながら通り過ぎたが、その時だけは、愛そよく、深々と頭を下げて「おはようございます」と挨拶をした。
「遅いなー」そう、和輝が思って自分の腕時計を見ると、既に7時半を5分ほど過ぎていた。
さらに、5分ほど待っていると、一人の女子学生が和輝の方に近づいてきた。
和輝は、やっと葵が現れたのかと思い、その女子学生を、満面の笑みをもって迎えた。
しかし、それは葵ではなかった。
葵ではなかったが、その女子学生も、葵と顔のタイプは違っていたが、葵に負けず劣らず美しかった。
和輝は、葵を待っていたにもかかわらず、その女子学生に見とれてしまった。
その女子学生は和輝の前に来ると「時岡さんですか?」と和輝の名前を確認してきた。
和輝は、その女子学生の問いかけに、あわてて「ああ」とだけ答えた。
その女子学生は、目の前にいる男子学生が、間違いなく『和輝』であることを確認すると、自分が和輝に話しかけた要件を言い始めた。
「あのぅ……葵を待ってるんですよね?」
そう和輝に問いかけたにもかかわらず、和輝の返答を待たずに自分の言いたいことを続けた。
「葵、今朝、『早く学校に行かなきゃならない用事がある』って言って、早く下宿を出たんです。『おそらく、ここで、待っている『時岡和輝』って男の子がいるから、『葵は先に学校へ行った』って断っておいて』って、私、頼まれたんです」そう言って、その女子学生は頭を下げた。
「ああ、そうなの?」和輝は、あえて冷静さを装い、そう答えた。
心の中では『なぜ?』と動揺していた。
その動揺を、目の前の女子学生に悟られないよう「伝えに来てくれて、ありがとう……何なら、一緒に学校行く?」和輝は、強気でその可愛い女子学生を、そう言って誘った。
しかし、その女子学生は、「いえ、いいです」と愛想笑いをしながら、手を横に振った。
そして、『どうぞ、どうぞ』という風に、手を前に差し出し、和輝に先に行くように合図をした。
和輝は、その彼女の指示に従い、学校へ向かって歩き出した。
『葵ちゃん、俺と一緒に学校行くのが嫌で、先に行ったのかな?』和輝は、ほぼ正解に近いそんなことを思いながら、学校への道を歩いた。
途中、後ろを振り向くと、先ほどの可愛い女子学生は、『ペニーレイン』の前に立ったまま、和輝が学校に行くのを見守っていた。
和輝が、自分の方に振り向いたことに気づくと、先ほどにも増して、満面の笑みで、和輝の方に手を振った。