お友達
一方の和輝もその笑いで緊張の糸が解け、そこからは、葵の心を引こうと一気に自分の胸の内をまくし立てた。
「だから、俺は、君と一緒に登校したり、休みの日は二人でどこかに遊びに行ったりしたくって…… きっと、楽しいと思うよ。俺と付き合ったら、絶対に後悔させないから。だから、お願いだから、『うん』って言って」
先ほどまでとは違って、今度は、ほとんど強引な物言いになっていた。
葵は、そんな和輝の強引な告白に、再び緊張した。
中学の時も、何人かの男子に、同じように愛の告白を受けたことはあったが、その時は、幼稚園の時からの顔なじみの男子だったり、ある程度は、その者の素性を知っていた。
しかし、今、自分の目の前で、『ヘラヘラ』しながら両手を合わせて頭を下げる、その男のことを自分は何一つ知らない。
昨日、歯医者で会ったとこの男は言っているが、そのことさえ、あまり覚えていない。確かに自分の前に座った自分と同世代の男子はいたように思うが、その時の男子の顔さえはっきりとは覚えていなかったのだ。
『どうしよう……』
葵は、その二重瞼のきれいな目をした男への返事を迷っていた。
『はっきり断ろうか?』男と付き合うことなどに特に興味のなかった葵の本音は、おおよそそんなところだったが、自分の目の前で、必死に手を合わせて頭を下げる男が哀れで、そう冷たく言い放つ勇気が葵にはなかった。
「お友達なら……」
中学校の時から、こんな場面で、いつも苦し紛れに葵が言ってきた言葉だった。
中学校の時、こう言って、その後、二人っきりでデートをしたり、ましてや恋愛にまで発展した男子はいなかったから、とりあえず、こう言っておけば、目の前の見知らぬ男子の心を傷つけることもなく、そのうち、この男も、自分から離れていくだろう……そんな思いだった。
『お友達』その言葉を聞いた和輝も、女子のその言葉は、体のいい断り文句と知っており、この後、仁たちに、またバカにされて笑われると思うと、その葵の言葉を素直に喜ぶことができなかった。
「友達……? 恋人とかは?」和輝は、緊張していた時とは打って変わって、そんな、贅沢な問いかけをした。
その、今までの男子にはなかった和輝の図々しさに、葵は一瞬驚いた。
『何なの?この人』心の中では、そう思いながら、「だって、私、あなたのこと何も知らないし……」そんな風に答えた。
その、葵の小さな声での返事を聞いた和輝は、今度は妙に素直に納得して「そりゃあ~そのとおりだね」と、明るく答えた。
「わかった、友達から始めよう。その代わり、明日の朝から、一緒に登校しようね。いつも何時に下宿出てるの?」和輝は、先ほど『お友達』というほぼお断りの返事を受けたばかりにもかかわらず、さらに図々しかった。
葵は、その和輝の無邪気で強引な誘いに戸惑った。
『この人、ほんと何考えてるの……?』
心の中では、そんな風に、ほとんど怒っていた。
「一緒に登校といっても……私、いつも同じ下宿の純子ちゃんと学校行ってるから……」
その後、『ムリ』と言いたかった。しかし、その葵の言葉を遮り、「俺は、別にいいよ。その純子ちゃんがいても。一緒に、三人で登校しよう」
『あなたが良くても、私や純ちゃんが良くない』またしても、その葵の心の言葉は、和輝の連打のように素早い次の言葉に、音にならぬまま打ち消された。
「で、待ち合わせ場所は、どこにする?」
「そうだ、君の下宿、ウチと反対側だから、ちょうど道が交わるところにある喫茶店の前にしよう。『ペニーレイン』っていう茶店、わかるでしょ?そこの前にしよう。で、何時?」
葵に有無を言わせぬ和輝の強引さだった。
「『何時?』って……」一人で、どんどん決めていく和輝に葵は戸惑った。
「いつも、何時に下宿出てる?俺、明日から、その時間頃に『ペニーレイン』の前に着くように家を出て、君が来るのを待ってるから」
葵が黙っていると、和輝は「7時半なら大丈夫だろ?」「じゃ、明日、7時半には『ペニーレイン』の前にいるから」と言って、勝手に待ち合わせ時間まで、一人で決めてしまった。
「やった~ 明日から葵ちゃんと一緒に学校に行ける~~~」
そう言って、一人ではしゃぐ和輝の様子に、『さっきまで、気を使って損した』葵はそんな風に思っていた。
その後、下宿まで送るという和輝の言葉を「下宿の大家さんに叱られるから」と丁重に断って、葵は下宿に戻った。
葵は、下宿に戻る間中『どうしよう』と思いながら『とりあえず純ちゃんに相談してみよう』そんな風に考えていた。