緊張
和輝は、何とか葵を自分のいる堤防に呼び出すことに成功した。
和輝が電話ボックスから出ると、横で事の成り行きに聞き耳を立てていた仁たちがうれしそうな顔で「やったな」と言って、和輝の肩をたたいた。
一方の和輝は、葵を呼び出しはしたものの、その先のことを全く考えていなかったことに、その時初めてて気づき、焦っていた。
その焦りを、仁たちに悟られ、バカにされて、またしても大笑いされるのを嫌い、あえて冷静さを装った。しかし、心中は穏やかではなかった。
和輝が電話を切ってから10分ほどして、道路の向こうに葵の姿が見えた。
それを見て、和輝の横で、ワイワイ言っていた仁たちは、素早く堤防の前にあった倉庫の陰に身を隠した。
葵は、可愛い柄のブラウスと紺色のスカートをはいており、昨日見た学生服の印象とはまた違って、少し大人びて見えた。
自分の方に向かって歩いてくる葵の姿に、和輝はますます緊張して、胸が高鳴った。
自分で呼び出しておきながら、その場を離れ、仁たちのところに駆け寄って、自分も傍観者として仁たちの中に加わりたいと思ったりしていた。
それほど、和輝は、女性に免疫がなかった。
いよいよ、葵が和輝の前まで歩いてきた。
目の前まで来た葵に対しての和輝の第一声は「ごめんなさい、急に電話をかけて呼び出したりして……」という謝罪であった。
その和輝の謝罪に、和輝の目の前に来た葵は、少々驚き「あっ……いえ」と小さく答えた。
思いもかけず、恐縮している和輝に、気を使っての返答であった。
葵も、その美貌から中学の時は、何人かの男子から『付き合ってほしい』との告白を受けてはいたものの、そのすべてを断って来ていたため、今までに、男子と恋愛などをした経験がなく、和輝同様、異性には免疫がなかった。
その上気遣いでもあったので、その返答は何とか和輝に気を遣わせたくないという思いやりの気持ちで発せられたものであった。
しかし、和輝の第一声に対しては、特に悪い印象は持っていなかった。
悪い印象を持たないというよりも、むしろ、好感を持ったというのが本当のところだった。
『悪い人じゃないみたい』そんなことを思っていた。