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8話 理想の将来

「人間には無限の可能性があるなんてよく言うけど、あれって詐欺みたいなもんだよね」


 いつもの放課後。

 いつもの部室に集まった僕達に、万智まち先輩は難しい顔をしながらそう言った。


「いきなりどうしたんです、万智先輩?」


「わたしは未来をうれいているのだよ、レンレン。

 本当に無限の可能性があるのは人間というしゅであって、わたしやレンレンといった個人の事では決してない。それなのに世間は、あたかも私達一人一人に、努力次第でどこまでも羽ばたける翼があるかのように、『君達は何でも出来る』『君達は何にでもなれる』と言う。これってある意味社会規模での洗脳だと思う訳よ」


 何だか今日の万智先輩はやけに饒舌だ。


 しかし洗脳云々はさておき、そんな当然の事を今ここで言って万智先輩は一体どうしたいと言うのだろうか?

 

 そんな僕の疑問はすぐに解消される。


「だからこそ! まだ進路について考えていないのは、わたしが悪いんじゃないの! この国が、ひいてはこの国の大人たちが全て悪いのよ!!」


 なるほど、そういう風に話が着地するのか。


 どうやら万智先輩は進路の事で今日なにかひと悶着あったらしい。


散夜ちるよはな、もう二年生の夏前だと言うのに、就職か進学かすら決めていないんだ……。それで今日担任から進路相談室に呼び出しを受けた」


「この時期にそれは……ちょっとマズいかもしれませんね。散夜先輩も色々考えているのでしょうが……」


 浅香あさか先輩はそのひと悶着の内容をすぐさま僕達に開示。そしてそんな万智先輩の現状のヤバさにかおるちゃんも顔を青ざめる。


 僕達一年生はまだ進路の事で何か言われたりしていないが、夏休み明けには第一回の進路希望調査と進路相談が始まると聞いている。


 にも関わらず、二年生のこの時期に何も決まっていないまっさらな状態と言うのはちょっと……いやかなりマズイ。


 社会と大人達に責任転嫁してる場合じゃないですよ、万智先輩。


「でも意外ですね。てっきり僕は浅香先輩も万智先輩も、大学に進学するものだと思っていました」


 浅香先輩は何でもできる完璧超人だし、大学に行った方がその才を遺憾なく発揮出来ることだろう。


 万智先輩は万智先輩で楽しい事が大好きだから、てっきり就職なんか後回しにしてキャンパスライフを満喫するものだと思い込んでいた。


「わたしもねぇ? 始めは大学に行こうと思ってたの。一年生の頃は実際にそう進路希望調査にも書いてたしね」


「では何故?」


 何か考えを改めるきっかけとなった出来事でもあったのだろうか?


「驚くことに、大学に行くには入試を突破しなければいけないらしい……」


「そりゃそうですよ。逆にどうやって大学に行くつもりだったんですか?」


「……裏口入学とか?」


「浅香先輩、ここに犯罪者予備軍がいますよ! 粛清しちゃってください!」


 まさか教師も、裏口入学を期待して大学進学を希望する生徒がいるとは思わなかっただろう。


菱井ひしい、残念だが私立大学に限った場合で言うと、裏口入学は違法性が無い場合がほとんどだぞ?」


 え? そうだったの!?


 ……でもだったらもっと世間で裏口入学が流行ってないとおかしくない? 受験勉強って大変だし。


「うちの親が釣り上げたマグロを大学に送れば、僕も裏口入学出来ませんかね?」


 うちの父さんはマグロ漁師なので、年に数匹は超デカいマグロを釣り上げるのだ。うちにお金は無いがマグロならある。


れん君……。マグロを送り付けられても、大学側が困っちゃいますよ? 生臭いし、新鮮さはどんどん失われていくしで、むしろ送らない方がマシまであります」


 なんてこった。やはり僕は受験勉強から逃れられない運命なのか……。


「そうだ、万智先輩。進路に困ったら、まずは大目標を立てて、そこから逆算して計画を立てていくといいですよ?」


「大目標? 逆算?」


「そうそう。まずは大目標として自分が30歳の時に、どんな風に生活を送っているのかを想像します。

 そこから、その生活を送るにはどんな会社で、どのくらいのお給料を貰っていなければならないかを考えます。

 すると、その会社に就職するにはどんな学歴が必要で、どういったスキルを保持していなければいけないかが見えてくるんです」


「おお、凄い! 凄すぎるよ! 超お手軽だよぉ!」


「一回ご自身でやってみて下さいよ。きっと自分の進むべき道が見えてきますから」


 僕のその言葉に、万智先輩は30秒ほどうんうんと唸りながら考え込み、そして口を開いた。


「まずは30歳のわたしだよね? 30歳のわたしは背が190㎝あってぇ、胸もHカップくらいでぇ――」


「ちょちょちょちょ。え、先輩? 今進路の話してましたよね? スタイルの話なんかしてましたっけ?」


 僕の話をどう聞いていれば、身長とおっぱいの話になると言うのだろうか。


 それにいくら10年ちょっとの時間があっても、そんな化け物みたいなスタイルは手に入れられないよ。いや、先輩がサイボーグにでもなれば、まだ可能性はあるが……。


「やだなぁレンレンは。進路の話に決まってるでしょ? わたしはレンレンの言う通り、大目標について考えてるんだから茶々入れないでよぉ」


「そ、それはすいませんでした」


 確かに自分が一生懸命考えてる時に他人からとやかく言われることほどウザったらしいものは無い。万智先輩の話だって、きっとここから軌道修正されるハズだ。 


「当然、結婚はしてて、子供は20人くらいかな? やっぱり兄弟は多い方が楽しいもんね。それからそれから――」


「万智先輩、万智先輩。何度も止めて申し訳ないんですが、子供が20人ってそれ……正気ですか?」


 万智先輩が今16歳だから……14年間で20人も産むって言うのかこの人は!? 大学進学や就職なんてしてる暇ないじゃないか! 


 いやそもそも、早く夫を見つけないと、後々もっとノルマが厳しくなってくる。ただでさえ数年に一回は双子を生まなきゃ間に合わないって言うのに……!


「はぁ。レンレン。これは理想の将来の話でしょ? 実際に出来るかどうかは関係無いの。こうだったらいいなぁっていう話。だから現実的じゃないなんて野暮なこと言わないでよ」


「す、すいません……」


 また怒られてしまった。


 まぁそうだよね? 理想の話だからね。本人でも無いのに、それは無理、それはやめておけ、なんて空気の読めない事は言わない方が良い。


 ……いや、だとしても子供20人は多すぎない!?


「朝は夫が出社する直前に嫌々ながら起きて、いってらっしゃいのチュー。そしてその後わたしは二度寝を敢行」


「チューするためだけに起きてくるのを褒めるべきか。それとも怠惰な生活にツッコミを入れるべきか……」


 いや、まだこの状態では判断が出来ない。出勤時間のズレから二度寝に入ったのかもしれないし。


「11時頃に2度目の起床。朝ご飯がてら、近所の仲良し奥さんたちと一緒にフランス料理を食べにランチへ」  


「朝ご飯がてらランチへって言ってておかしいと思いましょうよ!」


 にしてもここから優雅にランチとは。どう考えても万智先輩は働いていない。


「ランチを食べたら運動するために、行きつけのジムへ。ふぅ、今日はランニングマシーンで3分も走っちゃったよ」


「その程度ならそこら辺の近所を走った方がマシですよ! ランニングマシーンの無駄遣いです!」


 最大3分のランニングの為に一体どれ程の金額が掛かっているのだろうか。


「そしてその後はお気に入りのエステへ。うんうん、やっぱり人妻として、美容には気を使わないとね」


「美容の前に家庭のお財布に気を使ってください」


「全ての用事が終わり、家に帰ると豪勢な夕食と凝ったデザートを作って待っててくれる夫の姿が……!」


「旦那さん、良くできた人ですね!? てか専業主婦なら晩御飯くらい作りましょうよ!」


 自分は一生懸命働いていると言うのに、家に帰って来てからも、遊び呆けている万智先輩のために晩御飯まで作ってくれるだなんて……。もしや旦那さん、万智先輩に弱みでも握られてるのでは?


「あれ? そう言えば、お子さんはどうしたんです? 20人もいるのに、先輩の日常に全く姿を現しませんね?」


「あぁ、子供はうちのお父さんとお母さんが面倒を見てくれてる。なんか孫が可愛くて仕方ないんだってさ」


「ホント先輩に都合良い世界ですね! 下手すりゃ育児放棄で通報ものですよ!?」


 万智先輩の理想はどこまでも理想過ぎた。


 理想的過ぎて全く進路の指針とはならないくらいに。


「まぁざっとこんな感じかな? どう? これで私の進路、見えて来た?」


「そうですね、まずは石油王と結婚することから始めましょうか」


 一般企業の社長くらいじゃ、妻にここまで好き勝手やらすことは難しいだろう。


 万智先輩の理想を叶えるには、よっぽどの金持ちで時間が有り余っている人か、万智先輩を死ぬほど愛していて万智先輩の為なら腎臓だって売れるくらいの人が夫でなければ不可能だ。


「そうかぁ。うん、それじゃあ次の進路希望調査には『石油王のお嫁さん』って書いておくよぉ」


 絶対にこれまでの比にならないくらい教師にキレられると思うが、むしろ万智先輩はもうちょっと怒られておいた方が良いのかもしれない。


「シズは30歳の理想の自分は何をしているの? やっぱりお嫁さん?」


 自分の理想の将来を語っていたら、気持ちが軽くなったのだろう。万智先輩は浅香先輩にも理想の将来を尋ねる。


「そうだな、私は……日本の王様になっているかな」


「日本は民主主義国家だよ!?」


 流石は浅香先輩。理想の将来とは言え、王にまでなってしまうとは。


「私は誰かの下につくというのが大の苦手でな。どうしても普通の企業でサラリーマンとして働くと、いらぬ折衝を起こしてしまう」


 確かに浅香先輩が上司に向かってぺこぺこと頭を下げているシーンは全く想像できない。むしろ、浅香先輩が上司を顎で使ってそう。


「ふーん。でもシズだったら親の会社があるじゃん! そこで二代目社長になっちゃえば問題無いんじゃない?」


 浅香先輩のお父さんは建設関係の会社の社長さんだ。なるほど確かに、社長を継いでしまえば、誰かの下につくという事を経験せずに、人の上に立つことが出来る。


「いや、社長と言っても、結局は取引先や工事の元受け企業に気を遣いながらぺこぺこと頭を下げなくちゃいけないのは一緒だからな」


「へー、社長さんってのも大変なんだねぇ」


「だからこそ、そんな不愉快なマネをしなくていいように私は王様になる!」


「いや、そこでどうしていきなり王様にまで飛躍しちゃうのよ……。もうちょっと段階を踏もうよ、段階を」


「誰でも一度は夢見るだろ? 一国の主」


「ふつうそこまでの夢は見ないよ!」


 一国一城の主を夢見る人は数多くいるが、その99.99%の人の夢が差しているのは一城の主の方で、自分だけのマイホームという意味だ。浅香先輩だけだよ一国の主なんて夢見てるの……。


「それで? 日本の王様になったシズは一体どんな事をするの?」


 浅香先輩みたいな横暴な人間が権力を握ったら碌な事にならないと思うんだが、一体何をするつもりなのか。


「そうだなぁ。まずは私の親衛隊を作るかなぁ? 王ほどの権力者となると、暗殺が心配だから少なくとも10万人は欲しい」


「そ、そんなに!? 親衛隊だけで町が作れちゃうよ?」


 10万人って言うと、かなり大きい市町村の人口くらいだ。千葉の鎌ケ谷だったり、大阪の池田市だったり、それクラス。


「あとは、少しでも満足度の高い毎日を送るために腕の立つ料理人100人と最高のマッサージ師50人、バックダンサーは300人くらい必要かな?」


「一体シズのためにどれだけの国家予算が無駄に費やされているのよ! それとバックダンサーってなに!?」


「あぁ、私が仕事をしている最中に、私の気分を盛り上げてくれる精鋭達だ。ちなみに私の集中力を削がない様に音は一切立てることなく、仕事してる私の後ろでただひたすら踊ってる」


「想像以上に無駄極まりないよ! と言うか音を立てずに背後で踊られても、むしろ気になって集中できないんじゃないかしら!?」


 無音で踊り続ける300人のバックダンサー達か……。うーむ、シュールすぎる。


「そうだ、皆の事も私の権力で雇ってやろう。散夜は私が話す事に対して、ひたすら相槌と作り笑いをする仕事だ。どうだ? 簡単だろ?」


「それホントに必要な仕事なの!? そんな意味分かんない仕事してたら、長年築き上げて来た友情もあっけなく崩壊しちゃうよ」


「いやいや、私達の友情パワーを甘く見るな? 先程の簡単な仕事が、友情パワーで時給1億円だ」


「完全にお金だけの関係に成り下がってるよね!? と言うかそんな仕事で大金を貰ってたら、わたしこそ国民に暗殺されそうだよ。お外出歩けないよ!」


 一体どうすれば、そこまで無駄に金を使えるのかというようなアイディアが湯水の如く溢れ出てくる浅香先輩。


 そりゃこんなお金の使い方をしてたら、暗殺の一つや二つ起こされますよ……。


「ちなみに大道寺は、私が今何時? と聞いたら時間を答える仕事。菱井は、24時間常に私をバカでかい扇子せんすあおぎ続ける仕事だ」


「なんか僕だけ仕事内容が過酷過ぎません!?」


 王様なんだからどうせ冷暖房は完璧に整備されているだろうに、何故僕が一日中浅香先輩を扇ぎ続けなければいけないと言うのか。完全に嫌がらせでしかないでしょこれ。


「私は私で凄い暇そうで困ります……。それに時計があれば私完全にいらない子ですし」


 確かに、いつ浅香先輩が時間を確かめるか分からないから常に傍には居続けるけど、特に何をするでも無いと言うね。これはこれで、キツそうだ。


「もうなんかシズの将来の話は良いかな……。欠片も参考にならなそうだし」


 だからアンタが言うな、アンタが。




「はい、それじゃあ次はかおちゃんの番ね!」


 浅香先輩のハチャメチャ未来話にげんなりしていた万智先輩は、気持ちを切り替えて今度は薫ちゃんに話を聞く。


「そうですね……私も散夜先輩と同じで結婚していると思います」


「おお! やっぱりお嫁さんは魅力的だよねぇ! うんうん、わたしたち気が合うね」


 なんと、薫ちゃんも理想の将来はお嫁さんだったのか。まぁ薫ちゃんだったら万智先輩と違ってニート化することも無いだろうし、素敵なお嫁さんになりそうだ。


「旦那さんにはうちの組をパパから継いでもらって、それで夫婦仲良く組を大きくしていければ良いなって思います」


「と思ったら、わたしとは全く違う結婚生活!」


 あーそう言えば、薫ちゃんってヤクザなおうちの一人娘だったね。


 うん前言撤回。素敵なお嫁さんっていうか頼りになる姉御になりそう。


「やはり組を継ぐとなると、優秀な旦那さんが欲しいですね。

 理想で言うと、喧嘩はめっぽう強くプロの格闘家とも戦えるほど。頭脳も組を経営するという事で経営学の分野で博士号を取得。あとはやはり金銭面でも頼りになるように資産を数十億は持っていて欲しいです」


 組を大きくすると言う薫ちゃんの野望があるから仕方ないかもしれないけど、旦那さんに対する理想がめちゃくちゃ高い。


 こんな人、日本には一人もいないんじゃないかな?


「ふむふむ、かおちゃんの理想をまとめると……『バキ』の花〇薫と『ポケモ〇』のオーキ〇博士、そして『こ〇亀』の中川さんを足してような人か……」


 うん、間違いなくそんな超人は世界に存在しない。


 そして万智先輩……博士号って言われてもピンとこなかったんだと思いますが、オー〇ド博士はたぶん経営学の専門家では無いと思います。


「……大道寺だいどうじは生涯独身待ったなしだな」


 話を静かに聞いていた浅香先輩がボソッと呟く。


 うん、いくら美人さんでも、結婚相手への理想が高すぎる人は結婚が難しいとはよく聞くからね。


「とは言え、圧倒的な武力さえあれば他がミジンコクラスでも組は勝手に大きくなります。そうですね……サイヤ人クラスなら私も他の条件は妥協しましょう」


「妥協するラインが贅沢すぎるよ! かおちゃんは夫婦で世界に戦争でも仕掛けるつもりなの!?」


 サイヤ人クラスの逸材でも、武力以外の要素は免除では無く妥協するだけなのか……。


「そして子供は四人。これは譲れません」


 おぉ、子供の数は現実的だね。やはり考え方に物騒な所もあるが薫ちゃんも女の子。理想とする家庭像というものがあるのかもしれない。


「名前ももう決まってるんです。上から夢鼠みっきー怒鳴弩どなるど寓不伊ぐーふぃー引戸ぷるうとです。どうです? 夢のある家庭になりそうでしょう?」


「キラキラネームにも程があるよ! 考え直してかおちゃん! この子たちも大人になるんだよ? 自己紹介で真面目な顔してこの名前を言うんだよ!?」


 夢のある家庭ってか、子供たちが全員グレてすさみ切った家庭になる未来しか見えないよ。


 それにしても薫ちゃんのネーミングセンスは酷い。子供どころかペットの名付け親にすらなってはいけないレベルだ。


「子供達には私も全力で教育を施します。1人1人が組で重要な役割を果たすために、統率、物流、金銭、そして情報のスペシャリストになります」


「名前の割にエリート志向なんだ……」


「そして時は経ち、子供達は次期組長の座を巡り血で血を洗う身内同士の争いに……」


 何故薫ちゃんの理想の将来の話なのに、そんなバイオレンスな事態に発展しているのだろうか。薫ちゃん、僕はときどき君が分からなくなるよ。


「どうしてそんな悲しい事に!? かおちゃん、母親でしょ!? 止めてあげなよ!」


「両親の制止も聞かず、暴れ回る子供達。しかし、ある女の子がその争いを止めた」


「誰!? 誰なのその女の子は!?」


「その女の子は他の追随を許さない圧倒的な武力、そして戦略で見事に争いを終着に導く。そして明かされる衝撃の事実。実はその女の子、『三二一みにい』は私の隠し子だったのです」


「な、なんだってぇーー!?」


 まさかの事実に万智先輩は腰を浮かして驚く。


 ていうか隠し子までいるのかよ薫ちゃん。波乱万丈な人生を送り過ぎだろ……!


「夫との生活に疲れた私は、十年にも渡ってずっとアプローチをしてきていた蓮君と浮気。その時に出来た子供がその女の子」


「そんなドロドロの状況で僕を登場させないでくれる!?」


 ていうか、僕十年も何してるんだよ……。


「うわー、菱井最悪だな。人の家庭をめちゃくちゃにしやがって!」


「超絶優秀な旦那さん浮気されちゃったよ! せっかく組の為に頑張り続けてたのに! うぅ、すごくかわいそう!」


 浅香先輩と万智先輩は僕を全力で非難する。


「いや僕じゃないですって! あくまでお話ですよ!? だからその親の仇でも見るような目で僕を睨みつけるのをやめてください!」


 ていうか、僕だけでなく実際に浮気した薫ちゃんも非難されるべきでは?


三二一みにいは一ヵ月もする頃には多くの組員や次期組長候補だった夢鼠みっきい達にも認められ、満場一致で組長に!」


「僕の遺伝子凄すぎない!? あの怪物みたいに優秀な旦那さんの子供に圧勝だよ!?」


「そして三二一みにいの組長就任と同時に私と夫は田舎に隠居して、死ぬまでずっと仲良く暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」


 なんか最後は昔話みたいに終わったけど、一体これは何だったんだ!? 


 本当にこれが薫ちゃんの理想の未来!? うーん、女の子ってミステリー。


「うぅ、いい話だったよぉー」


「うむ、山あり谷ありで大変だったが終わり良ければ全て良し。なかなかいい人生だったじゃないか、大道寺」


 えぇ? これ絶賛されちゃうの? これだったらまだ万智先輩の華麗なニート生活の方がマシだったと思うんだけど……。


「はい、じゃあ最後はレンレンの番ね。感動できる話、期待してるよ?」


「どうして自分の将来の話で人を感動させなきゃいけないんですか!」


「なんでも、人の突然の死が最も人間の感情を揺さぶるらしいぞ、菱井?」


「死ねってか!? 何の前触れもなくいきなり死ねってことですか!?」


 なんて酷い先輩達なんだ。


 まぁ気を取り直して、僕の将来について考えよう。


 そうだな……未来の僕は――



「未来の僕は億万長者になってますね」



 高校生になってからというもの、僕はお金に大変苦労している。


 生活費が少なくて漫画やゲームは買えず、昼食も毎日野菜スティック(80円)とかけそば(150円)かけうどん(150円)をローテーションする日々。


 僕は……僕はお腹いっぱいご飯が食べたい! それとおもちゃ屋さんに行ってガンプラコーナーでこの棚からあっちの棚まで全部くださいと言ってみたい!


「億万長者ねぇ。未来のレンレンはどうやって億万長者になったの? やっぱ起業?」


 どうやって? うーん、それは考えてなかったな。お金は欲しい……。でも苦労はしたく無い。そんな僕の願望を叶えてくれる最良の手段は――


「宝くじ、ですかね?」


「理想でも運だよりなの!? もうちょっと夢を持とうよ。自力で大金を稼ごうよ」


「いやいや、そうは言いますがね万智先輩。働かずして大金を稼ぎ、残りの人生はぐうたらと好き放題生きる。これが全人類の夢だと僕は思うんですよ」


「人類はそこまで堕落してないよ! お金があっても働きたいって人も世の中にいっぱいいるよ?」


「まぁそこはどうでも良いんです。重要なのは僕がお金持ちになっているという事実。過程はさして問題ではありません」


 苦労はしたく無いが、それしかお金持ちになれる手段が無いのなら、僕も泣く泣く苦労するよ。


「億万長者になった僕がまずすること。それは、ココ壱番〇に行って、昔からの夢だったトッピング盛り盛りで超大盛の贅沢なカレーを食べる事です」


「そのために億万長者になったの!? 明らかに頑張り過ぎだよ! 自分の家にココ壱〇屋の支店作ってもらえるよ!」


 あそこのぱりぱりチキンとチキンカツは絶品なんだ。魚介系も最高だよね?


「カレーを食べて満足した僕が次に向かう場所はゲームセンター。そこで僕はまたしても昔からの夢だった、メダルの貸出機で一万円投入を実現。とんでもない量のメダルを手にして最高の気分に浸ります」


「さっきからやってる事がけちくさいよ! 貧乏性が全く抜けてないよ!」


「何を馬鹿な。メダルで一万円ですよ? クレーンゲームみたいに何かを得ることは出来ないんですよ? きっと周囲の子供たちは一万円も貸出機に入れた僕を見て、『うおおおこの大人すげぇえ、とんでもねぇ超金持ちじゃん!』と羨望の眼差しを向けてくること間違いなしです」


「実際に超お金持ちなのにそんな真似する必要があるのかしら!?」


 いやぁ、いつもメダル貸出機には100円しか入れたことが無いが、果たして一万円を入れたらどれだけのメダルが出てくるのだろうか。もしかして、メダルを入れるカップに入りきらない? うーむ、夢が広がるな。


「そしてメダルゲームを満喫しつくした僕が次に向かうのは、消費者金融です」


「消費者金融? まさかレンレン……手にしたお金を法外な利子で貸し付けてるんじゃあ……」


「いえ、そんな危ない真似はしません。消費者金融自体は僕と全く関係なく、僕はただ貧乏人共が頭を下げながらお金を借りているさまを見てほくそ笑んでるだけです」


「いきなり性格捻じ曲がりすぎでしょう!? お金は人を変えるっていうけど、そこまでいくと最早別人だよ!」


 なにを万智先輩は騒いでいるのだろう? 


 金持ちの立場から貧乏人を見ると優越感に浸れて最高に楽しそうじゃないか。


 きっとお金持ちがたまにやる、庶民へのお金ばら撒きキャンペーンはこうした気持ち良さを手軽に味わえるからいつまでも人気なのだろう。←偏見


「ただこうやって生きていても、自分が死ぬまでにお金を使い切ることは出来ませんからね。あの世にお金は持って行けない。そう考えた僕は日本の各地にある孤児院に貯金の9割を寄付します」


「おお! お金で人間性が腐りきったと思ったら、やっぱり根っこのところにその優しさは残っていたんだね! 流石だよレンレン!」


「とんでもない大金を寄付したことで、上がりまくる僕の名声。連日連夜ニュースや雑誌に取り上げられ、僕は現代の聖母ならぬ聖父と崇められる事に」


「ま、まぁやったことは立派だし。良いことをしたら褒められるべきだよね、うん」


「毎年孤児院から送られてくる何百、何千もの感謝の手紙と日本中からの尊敬の念。これを体中で感じながら、『へっへっへ。品性は金では買えないと言うが、金で後世まで語り継がれる名誉を買ってやったぜ。日本人、チョロすぎ……』と最高の気分のまま死んでいきます」


「やっぱり根っこまで腐りきってたよこの男!」


 僕の理想の将来を聞き終えた万智先輩は、その後味の悪さにぷりぷりとおかんむりだ。


 でも世の中、本当の善人なんてごくごく僅かなんだから、こういう寄付はするけど心内こころうちは最悪、みたいな人って意外と多いと思うんだけどな。やらない善よりやる偽善とも言うし。




「どうでした、万智先輩? 皆の理想の将来を聞いてみて。進路の参考になりましたか?」


 元はと言えば、万智先輩が進路で悩んでいたから始まったこの話題。少しでも万智先輩の助けになったのなら良いんだけど。


「うん、みんな一人一人全く違う理想を持ってるってのが分かったよ。人は千差万別、十人十色。みんな違ってみんないい。レンレンはそれをわたしに伝えたかったんだね?」


 うんうん。人の人生と言うのは意外と自由に満ち溢れているものだ。


 自分の理想の将来が定まっていない内は、その自由の幅を狭めないように何事も一生懸命にやるのが最善。それを理解してもらえたのなら、こうして皆で将来を語り合った甲斐があったと言えるだろう。


「そうだよね、人は皆違うんだもん! わたしは確かに進路を決めていないけど、それも一つの私の個性。誰からも指図されるいわれはない!

 フハハハハ、そうよ先生に何を言われようと気にする必要なんて無かったんだわ! よぉし、これからは私も胸を張って、『まだ進路決まってません!』って先生に言ってやるぞぉお!」


 ……やっぱり万智先輩はもっと大人達に怒られて、その尖りまくった個性を少しは潰した方が良いと思う。 

 

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