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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第三章

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第八十四話 「一つの決意」


 マルベリーさんが味わってきた苦しみは、すべてミストラルが原因だった。

 その怒りが右拳に溜まり、目の前の男を目掛けて振りかぶってしまう。

 しかし……


「……」


 私は拳を下ろして、ヒィンベーレの襟元から手を離した。

 今ここでこいつを殴っても、何も解決はしない。

 私のこの怒りも収まるわけじゃない。

 無駄なことはやめよう。

 それにこれはむしろ、私とマルベリーさんにとってのこれ以上ない“朗報”だ


「んだよ、殴んねえのか?」


「……」


 ヒィンベーレが面白がるように品のない笑みをこちらに向けてくる。

 それに反応することなく、戸惑っている学園長さんたちの方を振り向いて、私は頭を下げた。


「すみませんでした、話を遮ってしまって」


「い、いいや、それはいいんじゃが……」


 学園長さんや他の先生たちは、怪訝な顔をしながらこちらを見てくる。

 しかし私は目を合わせることなく、何も言わずに黙り込んでいると、その空気を察してか特に何も聞いてくることはなかった。

 学園長さんが咳払いを挟んで言う。


「で、では、話を戻すとするか。お主らが魔道具によって国家転覆を目論んでいることはわかった。あとはその計画始動の具体的な日時を聞かせてもらおうかの」


 問いかけられたヒィンベーレは再びぼんやりとした様子になって答える。


「明確な日にちは決まっていない」


「なんじゃと……?」


「計画に使用する魔道具の最終調整に時間が掛かっていると聞いている。ただ、少なくとも今日より一月以内には調整が終了し、計画実行に移ると知らされている」


 一ヶ月以内。

 予断を許さないその期間を聞いて、先生たちは揃って息を飲む。

 よもやそこまで切迫した事態になっていたとは思いもよらなかった。

 ヒィンベーレが尻尾を出してくれていなかったらと思うと、背筋がぞっとする。

 もし計画のことを知らずに、のうのうと時間を過ごしていたとしたら、不意打ちをされる形で魔獣侵攻を受けていたに違いないから。


「一ヶ月、か。それまでにこちらも戦力を揃えて、計画が実行に移される前に先手を打ちたいところじゃの」


 学園長さんのその言葉に、先生たちは同意を示すように頷いていた。

 その時……


 コンコンコンッ。


 不意に学園長室の扉が叩かれて、その向こうから国家魔術師を名乗る声が聞こえてきた。

 国家魔術師連合の人たちがやって来たらしい。

 ヒィンベーレの身柄を任せるために、学園長さんが呼んでおいた人たちである。


「ここから先の聴取は彼らに任せるとするかの。お主にはまだ知っている限りの構成員の情報、隠れ家の在処、ミストラルとの連絡手段、過去の犯行について洗いざらい聞かせてもらわねばならぬからの。丸二日は眠れぬと覚悟しておくことじゃな」


 そしてマイスの時と同様、ヒィンベーレも国家魔術師たちに連れられて部屋からいなくなった。

 その後、残った何人かの国家魔術師の人たちに、ここまでで得た情報を共有する。

 すると彼らは苦い顔をして、揃って頭を抱えた。


「一ヶ月以内にミストラルの計画が始動する、ですか。その前にこちらから隠れ家に攻め込み、計画の阻止と組織の無力化を図りたいところですね。ただ一ヶ月以内となると、あまりにも時間が……」


「政府から派遣できる国家魔術師は、今どのくらい残っておるのじゃ?」


 学園長さんが尋ねると、男性魔術師の一人が少し考えるように顔をしかめてから答える。


「現在、国家魔術師の半数が国外に出払っていて、未開拓領域の調査や特別指定魔獣の討伐の任にあたっております」


「半分近くか。今すぐにでも召集を掛けたいところじゃが、国外への通知だけでも一週間は掛かり、抱えている任務いかんでは二ヶ月や三ヶ月は手が離せないじゃろう」


 とてもではないが時間が足りん、と学園長さんはしかめっ面で続けた。

 国外へ出払っている国家魔術師を連れ戻すのはかなり難しいようだ。

 まあ、突然のことなので無理もないけど。


「それは一重に内通者の存在に気が付くのが遅れた学園側の……言ってしまえば学園長のワシが原因じゃ。本当に申し訳のしようがない」


「それは私たち教師も同じです。同僚である教師の中に内通者が潜んでいて、長年その存在にまったく気が付くことができなかったのですから」


 国家魔術師の人たちも、これまでミストラルの尻尾を掴むことができなかったことを申し訳なさそうにしている。

 それほどまでに奴らは存在を隠すことに長けているという証拠。

 だからこそこれ以上奴らを好き勝手にさせないために、魔獣侵攻の計画は事前に阻止したいところではある。

 私が無作為転移魔法を使って、一気にミストラルの隠れ家に切り込むっていうのはどうだろう?

 いや、なんだったらリーダーの所に転移して、一息に拘束してしまってもいい。


「…………いや」


 奴らは不可思議な魔道具を大量に抱えている。

 その中には私の魔法を阻害するものだったり無力化するものも含まれているかもしれないし、迂闊な特攻はやめておいた方がいいだろう。

 最悪、私の奇襲が失敗して、奴らの計画がこちら側に漏れているということがバレてしまい、せっかくの好機を逃すことになるかもしれないし。

 やはり戦力を整えて堅実に攻める方が無難だ。

 そう考えた私は、思い悩んでいる学園長さんたちを見て、すっと手を上げた。


「あ、あの……」


「んっ?」


「国家魔術師の召集、私がやってみてもいいですか?」


「サチが……?」


 突然のその提案に、学園長さんはすぐにハッとなって理解してくれる。

 しかし国家魔術師の人たちは、私のことをまだ詳しく聞いていないため、不思議そうに首を傾げていた。

 男性魔術師の一人が学園長さんの方を見て尋ねる。


「そういえば彼女はいったい……? 今回の一件で協力をしてくれている生徒の一人とは聞いていますが……」


「サチ・マルムラード。幸運値999の規格外の魔術師じゃ」


「こ、幸運値……?」


 国家魔術師たちは怪訝そうに眉を寄せている。

 だから私は彼らにも説明するつもりで続けた。


「私が使える転移魔法の【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】なら、相手との距離に関係なく転移ができますし、私が行ったことのない場所、会ったことのない人のところにも行くことができます。それで国家魔術師さんたちに今回の件を伝えて回って、抱えている任務もある程度お手伝いします。それなら何人かは期間内に呼び戻せるかと……」


「……」


 私の能力について知らない国家魔術師たちは、思わずといった様子で言葉を失っている。

 そんな彼らを置き去りに、学園長さんは申し訳なさそうにしながら私に返した。


「そうしてくれると非常に助かるが、それだとサチに相当な負担が掛かってしまうぞ」


「私もミストラルの計画を阻止して、どうしても奴らを無力化したいと思ってるんです。そのためならどんなお手伝いもさせてもらいます」


 今回の魔獣侵攻を防いで、ミストラルを無力化するなら、国家魔術師たちの協力は必要不可欠。

 私が多少無理をしてそれを達成できるなら安いものだ。

 その決心を悟ったらしい学園長さんが、頭を下げて私に言った。


「本当に何から何まで助かる、サチ・マルムラード。この件が無事に終わったら、お主の望みを一つだけ叶えるとワシが約束しよう。是非とも考えておいてくれ」


「は、はい……」


 学園長さんの権限で望みを一つ叶えてくれる、か。

 そこまでしてもらわなくてもよかったんだけど、せっかくだし何か考えておこうかな。

 密かに頭の片隅で望みを考えていると、学園長さんは再び表情を曇らせて肩を落とした。


「ただ、それで何人かの国家魔術師を召集できたとしても、まだ僅かに戦力が足りないじゃろうな」


 他の先生たちも同じことを思っていたようで、同意するように頷いている。

 そもそも国家の総力を挙げても充分と言えるかわからない状況なので、私の助力で僅かに国家魔術師を連れ戻せたとしても戦力が満ちるはずもない。


「ミストラルへの襲撃を行う襲撃隊と、万一に備えて王都に残しておく防衛隊。これは必須になるじゃろう。そして記録に載っておる大災害と同規模の魔獣侵攻を想定した場合、この両隊を結成するには国家魔術師相当の実力者がもう少し必要じゃ」


 学園長さんや先生たちは難しい顔をして黙り込んでしまう。

 その時、言葉を失っていた国家魔術師の男性が、ようやく我に返って提案してきた。


「国家資格を持たずに傭兵をしている魔術師を呼び集めれば、多少の戦力稼ぎにはなります。しかしこちらは出払っている国家魔術師を連れ戻すよりも、さらに確実性に欠けるかと」


「まあ、義務も責任も何もないからの。任せるとしても王都の防衛くらいじゃろう」


 同様に他国への応援要請も現実的ではないとして却下されていた。

 それこそ時間と手間が掛かりすぎて間に合わないという判断らしい。

 だからこそあと少しの戦力をどこから引っ張り出すか、みんなは深く悩んでいた。

 その問いに意外な答えを出したのは、国家魔術師のうちの一人だった。


「“学生”にも、手を借りるというのはどうでしょうか?」


「なに……?」


 学園長さんや先生たちが眉を寄せる。

 かつてはその学生の一人であった国家魔術師の男性は、その意図を皆に語った。


「もちろん全生徒というわけではありません。取り分け実戦経験も豊富で戦闘能力に長けている生徒を抜粋して、応援を要請するというのはどうでしょうか? 現在在学中の生徒たちは優秀な魔術師たちが揃っていると聞いていますし、充分に戦力を補うことはできるかと」


「……」


 学園長さんは唇を噛み締める。

 いまだに学生の身である生徒たちを駆り出す心苦しさがあるのだろう。

 学園を取り仕切る立場の者として、生徒たちを無闇に危険に晒すことは望ましくない。

 普段から学園依頼で魔獣討伐を任せてはいるが、今回の件はそれとは比べ物にならない危険性を孕んでいるから。

 学園長さんが躊躇うのも無理はない。

 しかしそれ以外に方法がないのも事実で、渋々といった様子で学園長さんは頷いた。


「……確かに、そうする他なさそうじゃな」


 足りない戦力を、魔術学園の生徒たちで補う。

 少し危険だが、その手しかないと思われた。


「しかし当然強制はせず、協力を求める形にはする。それで断られてしまったら、潔く諦めることにしよう。差し当たっては学年ごとの特待生と、三年生の何人かに声を掛けてみようと思うが」


 学園長さんがそう続ける中、私は再び手を上げた。


「あの、学園長さん。私も当日はその作戦に参加させてもらえませんか?」


「むしろこちらから頼みたいと思っておったわ。そしてできれば防衛隊ではなく襲撃隊の一員として参加してほしい。お主はすでに国家魔術師相当の実力者だと充分に証明されておるからな。もちろん強制はしないが……」


「いえ、是非そっちでお願いします」


 ミストラルの隠れ家に襲撃を仕掛ける部隊。

 願ってもない配属だ。

 私はどうしても奴らの隠れ家に直接乗り込んで、“証拠”を引き出さなければならないから。

 十二年前にミストラルが大災害を引き起こしたという、決定的な証拠を。


「……マルベリーさん」


 マルベリーさんがミストラルのせいで咎人の森に幽閉されることになったというのは腹立たしい事実だ。

 しかしこれは逆に言えば、その証拠さえ掴んでしまえばマルベリーさんの無実が証明できるということでもある。

 国家魔術師になって名前を上げて、世間にマルベリーさんは悪くないと主張しようと思っていたけれど、それよりも早く願いが叶う機会が訪れたというわけだ。

 だからこれは、私とマルベリーさんにとってはこれ以上ない朗報、ということである。


 ――マルベリーさんを、ようやく咎人の森から解放してあげられる。

 ――その証拠を、必ず自分自身の手で見つけ出すんだ。

 ――だから襲撃隊に配属してもらえて、本当によかったと思う。


 何より……


「……マルベリーさんを悲しませておいて、タダで済むと思わないでよ」


 憎たらしいミストラルは、何が何でも自分の手で叩きのめしたいと、心の底からそう思ったから。

 星華祭の余熱が冷めるより先に、また新たな決意の火が私の胸に灯った。




第三章 おわり


――――


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 引き続き当作品をよろしくお願いいたします。

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