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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第三章

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第六十話 「戦慄の幸運娘」


『それでは第三グループの走者は、位置についてください』


 放送係の号令に従い、私は開始地点に向かう。

 他のクラスからも続々と参加者たちが集まって来て、いよいよ本番の緊張感が湧いてきた。

 すると……


「……?」


 ふと周りから妙な視線を感じる。

 なんだか参加者たちから注目されているような雰囲気。

 加えてこんな話し声も聞こえてきた。


「おい、あの銀髪……」


「あの噂本当だったのかよ」


 ……にゃんのこと?

 同じ一年生ならいざ知らず、二年生や三年生とは接点がないので噂される覚えはないんだけど。

 そんなことを思っていると、突然視界の端から“金髪縦ロール”が現れた。


「あらあら、なんだかこの辺りはやけに泥臭い(・・・)ですわね」


 見るとそれは、横からやって来た女子生徒の髪だった。

 金色の長髪をくるくると巻いている、高そうな装飾に身を固めた女子生徒。

 制服の差し色が緑なので二年生だと思われる。

 変わらないくらいの目線だというのに、やけにこちらを見下したようにジロジロと見てきて、不意にその女子はわざとらしい反応を示した。


「あらっ? あらあらっ? わたくしの見間違いでしょうか? あなたの制服のどこにも家章が見当たらないみたいですが?」


「……」


 ……はぁ、なるほど。

 今の絡み方だけで、この金髪縦ロール先輩がどういう人間なのか大方察しがついた。

 そして私が妙に注目されている意味も。

 おそらく家章を持っていない平民が入学したという噂が、二年生と三年生にも知れ渡っていて、それで家章を付けていない私が視線を集めていたみたいだ。

 で、この金髪縦ロール先輩は、歪んだ笑みが垣間見えることからも、平民の私を“からかい”に来たと。

 この学園、本当にこういう人多いよね……


「あなたいったい家章はどうしましたの!? もしかしてどこかに落としてしまわれたのですか? でしたらわたくしもご一緒に探させていただきますわ!」


「……いや、最初からそんなの持ってな」


「持ってない!? 家章をお持ちでないと言うんですの!? まさか平民の方がこの学園の門を潜っていただなんて、わたくし誠に信じられませんわ!!!」


 やたらでかい声でそんなことを言うせいで、辺りから余計に視線を集めてしまう。

 私を蔑むような視線が殺到して、同時にくすくすという微かな笑い声も聞こえてくる。

 それらに不快感を覚えたので、私は先輩の傍から離れようとしたけれど……


「どうりでこの辺りは泥臭いわけですわね。平民の方々はしょっちゅう地に膝をついて物乞いをする習性があるとのことで、いつもお召し物に泥を張り付けていると聞いておりますわよ」


 ここで退いてしまえば、まるで私が逃げたみたいになってなんか悔しい。

 だからその場でぐっと堪え続ける。

 すると金髪縦ロール先輩は、先生たちの目を気にしてか、唐突に声を落として囁いてきた。


「そのような泥臭い平民が、よくこの学園に入学を許されましたわね。魔法を学ぶより先に、まず体の洗い方から学んだ方がよろしいのではなくて?」


「……」


 次いで彼女は、制服の袖で鼻を隠して、あからさまな様子で嫌悪感を示してきた。


「わたくし、少々潔癖なところがありまして、汚らわしいものって大嫌いですの。特に悪環境で育った平民とは同じ空間にいたくもありませんわ。ですのでさっさと退学してくれると、わたくしもありがたいんですけれど」


 どうやら他の生徒よりも一際平民に対して敵意を持っているらしい。

 同じ学園にいるという事実そのものが気に食わないようで、私を追い出したくて仕方がないみたいだ。


「……残念ですけど、私はまだこの学園を出て行くわけにはいかないので、先輩の望みは叶えられませんね」


「でしたら今回の競技でわからせて差し上げますわ。平民風情が如何に場違いな存在であるか。才能の儚さを徹底的に味わわせて、退学に追い込んで差し上げます」


 そう言うや、金髪縦ロール先輩は自らの開始位置に向かって行く。

 私は人知れず呆れたため息をこぼしながら、同じく自分の開始位置についた。

 依然として周囲から蔑みの視線と嘲笑を感じる。

 まったくこの学園の血縁主義者たちは……。

 平民というだけで色々と決めつけてきて、その人の本質をまるで見ようともしない。

 百歩譲って私のことを悪く言うのは良しとしても、同じく家章を持たないミルまで落とすような発言はいただけないな。

 ちょうどいいから、全員にわからせてやる。


『位置について、よーい……スタート!』


 超人疾走(スピリットスプリント)、第三グループのレースが始まる。

 号令の直後、早くも走者たちは開始地点から飛び出して、魔法詠唱をしながらゴールを目指し始めた。


『やはりこれまで通り、走者はそれぞれ魔法の詠唱を始めながら走り出し…………んっ?』


 放送係の実況が、不意に止まってしまう。

 それもそのはずで、一斉に駆け出して行ったと思った参加者の中に、たった一人だけ“まったく動いていない”人物がいるのだから。

 まあ、私なんだけど。


『おおっと! 一年生の一人は、なんとその場で魔法詠唱を始めております! 出遅れてしまったのでしょうか!』


 開始地点に棒立ちしたまま魔法詠唱をしている私を見て、見物人たちは驚愕している。

 そして同じクラスのラディは焦ったように罵声を飛ばしてきた。


「バ、バカ野郎! さっさと走りやがれ!」


 でも私はその声にも動じず、その場で詠唱を続ける。

 私は、カロートの作戦を見習うことにしたのだ。

 あえて全員から一歩引いたところで魔法を唱える戦略。

 これなら誰にも邪魔をされることなく、付与魔法を掛けられる。

 それを開始地点の段階から行えば、確実に誰からも干渉されることがないと思った。

 私に対して一方的に敵意を向けてくる、嫌な先輩もいることだし、完璧に安全を期すならこうするのがいいと考えたのだ。

 かなり出遅れることになるのは事実だけど、これくらいの出遅れなら簡単に取り返すことができる。

 だって私の身体強化魔法は、普通の身体強化魔法とはまったく別の代物だから。


「【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】!」


 瞬間、私の全身に濃紅色の光が迸る。

 その光に後押しされるかのように、体が羽のように軽くなり、節々から沸々と力が湧いてくる。

 前方では妨害魔法やら軽度の攻撃魔法が飛び交っているが、私はその景色にも物怖じせず地面を蹴飛ばした。

 全身で風を切る。景色が後ろに流れていく。音を置き去りにしていく。

 瞬く間に、皆に追いつく。


「は、はえぇ!」


「なんだよあいつ!」


 一万回に一回の確率で身体能力を極限まで高めることができる確率魔法――【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】。

 他の身体強化魔法と違って、自分を強化できるかは運任せ。

 もし失敗したら逆に身体能力が低下する効果まで宿している。

 しかしその分、成功した時の爆発力が大きく、通常の身体強化魔法とは比べ物にならないほど能力が向上するようになっている。

 ゆえに、私は今この場で、誰よりも素早い体を手に入れた。


『す、凄まじいです! 出遅れたはずの一年生が続々と走者を抜き去って行きます!』


 もちろん、他の参加者たちも驚くだけで終わらず、私の足を止めるために策を巡らす。

 すぐ目前を走っている三年生の生徒は、こちらを尻目に見ながら、遠距離攻撃用の魔法詠唱を始めた。


「【敵はすぐそこにいる――紅蓮の猛火――一球となりて魔を撃ち抜け】」


 反射的に私も唇を走らせる。


「【平和の訪れ――天上の守護神――無力な民を守りたまえ】」


 刹那、両者の魔法詠唱が重なる。


「【燃える球体(フレイム・スフィア)】!」


「【ひと時の平和(イージス・フリーデ)】!」


 三年生の手から、過剰と思われないほどの際どい火球が飛び出して来る。

 同時に私の体に、今度は銀色の光が迸る。

 その魔法効果により、私に直撃するはずだった火球は、寸前で不可視の壁に阻まれてしまった。


「なっ――!?」


 火球はその後、水を掛けられた蝋燭の火のように消滅する。

 発動から三十分の間、十万回に一回の確率で魔法による攻撃を無効化する魔法――【ひと時の平和(イージス・フリーデ)】。

 これなら他の生徒たちの妨害魔法を、すべて無効化することが……


「あっ、始めにこの魔法使ってもよかったか」


 使った後で遅まきながらそう思う。

 始めに開始地点でこの魔法を使っておいた方が、より安全だったかもしれない。

 攻撃魔法を無効化できる状態になって、それから【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】を使っても、問題なくみんなには追いつけていただろうから。

 ……ていうか正直、【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】だけでもすべての魔法を跳ね除けられる気がするけど。


「な、なんなのよあの平民!」


 私の猛進に、前の方を走っていた金髪縦ロール先輩が驚愕する。

 次第に距離が縮まって行く私を横目に見ながら、彼女は驚いたことに“素手”を構えてこちらを振り返った。


「こうなったら力尽くでも……!」


 先ほど別の生徒の魔法が効かなかったことを見て、腕尽くで私を止めようという作戦のようだ。

 すでに向こうも身体強化魔法を使っているらしいので、力押しでも止められると考えたのだろう。

 しかし……


「きゃっ!」


 身体強化魔法の質が、残念ながら違いすぎる。

 横を走り抜けようとしていた私の肩を、金髪縦ロール先輩が寸前のところで掴んできた。

 だが、【火事場の馬鹿力(グラン・ディール)】によって底上げされた突進力により……


 先輩は、紙のように吹き飛んでしまった。


「あっ……」


 傍から見ていたら、まるで子兎を馬車で轢いてしまったような光景に映ったことだろう。

 しかも金髪縦ロール先輩は、その衝撃で後方に吹き飛び、運悪く障害物の“泥沼”のところに落ちてしまった。

 おかげで衝撃は緩和されたみたいだが、全身が“泥まみれ”になってしまう。


「よ、よくもわたくしの制服を……!」


 向こうが勝手に手を出して来ただけで、私は別に吹き飛ばすつもりはなかったんだけど……

 なんて思いながら先輩の横を通り過ぎて、私はそのまま走り抜けて行った。

 前にはもう、誰一人いない。

 障害物たちは残されているけれど、それらはすべて魔法によって作られたものだ。

 だから私が触れた瞬間、あらゆる障害物は無効化される。


『な、なな! 何が起きているのでしょう!? あの一年生には、障害物がまるで効いておりません!』


 粘着網も、麻痺板も、移動する床も、今の私には何一つ通用しない。

 私にとってこの競技は、障害物競走なんかではなく……

 ただのジョギングと、何も変わらなかった。


「はい、ゴール」


 圧倒的な大差をつけて、私はゴール地点に辿り着いた。

 一位の走者がゴールした瞬間、通常ならば観客たちの歓声が湧くはずが、周囲はシンと静まり返っている。

 ゴールで待っていた星華祭の運営委員の人たちも、ただ呆然と私のことを見つめていた。


『…………い、一位、一年A組』


 遅れてそんなアナウンスと、パチパチとしたまばらな拍手が聞こえてくる。

 今の一幕でいったい何が起きたのか、観客たちは理解が追いついていないようだった。

 まあ、魔法を無効化する魔法なんて聞いたこともないだろうからね。

 それにしてもやっぱり、この競技は少し盛り上がりに欠けるよなぁ。

 ここまで大差をつけて一位になっても、派手に映える魔法を使ったわけでもないから観客の反応も薄い。

 やっぱりもっと注目できる競技に出場したかったなぁ。

 ともあれ私は無事に一位を獲得して、運営委員の人から一位の証である金色の簡易的なバッチをもらった。

 その時、遅れて泥だらけの女子生徒がゴールに到着する。


「わた、くしが……! あのような平民に……!」


 泥に塗れて一瞬わからなかったけれど、金髪縦ロール先輩だ。

 私に突き飛ばされたせいか、着順はなんと五位。

 パッとしない成績で終わってしまったらしい。

 先輩は、一位のバッチを付けている私を鋭く睨みながら、悔しげに歯を食いしばっていた。

 次いで何やら文句を言ってきそうに見えたので、私は彼女を追い払うために、これ見よがしに袖で鼻を隠す。


「泥臭いから、さっさと体洗って来たらどうですか、先輩?」


「――っ!」


 先輩はみるみる顔を真っ赤にして、訓練場のシャワー室の方へと走り去って行った。

 密かに『べっ』と舌を突き出しながら彼女の背中を見送ると、私はクラスメイトたちの待つ場所へと帰って行く。

 ラディとカロートは、いまだに驚愕した様子で固まっていた。

 胸元に付けてもらった一位のバッジを、ラディの方に放り投げて、私は肩をすくめる。


「ほい、一等賞」


「……」


「ねっ、だから言ったでしょ。運をあんまり馬鹿にするもんじゃないって。それと魔力値とか生まれとか、それだけでその人の価値を決めつけるようなことももうしないでよね」


 そこでようやくラディは我に返ったように硬直を解く。

 彼は受け取った一位のバッチに目を落として、悔しそうに唇を噛み締めた。

 自分は七位で、私が一位を取ったことが納得できていないのだろう。

 ましてや私が出場したのは魔の第三レース。悔しく思うのは当然だ。

 だから……


「私のことは気に食わないままでもいいよ。別に仲良くしてくれなくてもいい。でも、私もこの星華祭は優勝したいからさ、できればこのお祭りの間だけでは、お互い協力し合えないかな?」


「……」


 ラディは再び驚いたように目を見張る。

 次いで何を思ったのだろう、黙り込んだまま俯いてしまった。

 やっぱり私のことは気に食わないよなぁ。

 仲良くするのはまだまだ難しそう、と肩を落としそうになったのだが……


「…………三人で、報告行くぞ」


「……」


 ラディは、私とは目を合わせないままだったけど、私の存在を認めてくれるかのようにそう言ってくれた。

 そして第一グラウンドで待っているクラスメイトたちへ結果報告するために、私とカロートを先導してくれる。

 カロートも私のことを避けていた印象だったけれど、こっそり『お疲れ様』と声を掛けてくれた。

 ついでに……


「あとで、さっきの魔法のこと、教えてくれないかな?」


「あっ、うん。全然いいけど……」


 確率魔法について解説も求められたので、後ほどカロートに説明してあげることにもなった。

 これは……


「…………ちょっとだけ前進、かな?」


 今回の競技で、クラスの人とほんの少しだけ距離が近づいたような、そんな気がした。

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