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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第二章

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第四十五話 「もっと強くなりたい」

 

 期末試験が終わり、私たちはいつも通りの日常に戻った。

 例の事件の真相は、いまだに判明していない。

 幸いにも死傷者が出るという事態にはなっていないものの、学園側の監督不行き届きが多少の問題になり、再び周囲からの信頼が落ち込んでしまったらしい。

 その信頼回復のために学園長さんが大変な苦労をしたらしいけど、学生の私たちからしてみたらそれは知る由もないことだった。

 ちなみに通常通りに試験を受けられなかった人たちへの再試験も、似たような形式で行われて無事に終了した。


「二年生の方とかは大丈夫だったんですか?」


 魔道具研究会の研究室にてお茶を飲みながら、ピタージャ先輩に問いかける。

 先輩は窓際の小さな机で何かをいじっていて、声を掛けられると眼鏡を掛けた顔を上げてくれた。


「こちらは特に異常はなかったかな。試験内容も教員の試験官と模擬戦をするというだけだったからね、学外に出ることも魔獣と戦うこともなかったから」


「へぇ……」


 まあ今回のようなトラブルは、学内での試験なら起こる可能性は絶対にないもんね。

 三年生の方はどうかは知らないけど、話題になっているのが一年生の試験だけなので、そちらもたぶん大丈夫だったのだろう。

 なんとも人騒がせな事件だが、死傷者が出なかったことが何よりの不幸中の幸いだ。


「でもどうしてあんなことが起きたんですかね? 先生は“未知の現象”か“外部からの力”で事件が起きたって言ってましたけど、偶然あんなことが起きたりするものなんですか?」


 ピタージャ先輩が何でも知っている博識人というわけではないけれど、会話を繋ぐ話題としてとりあえず振ってみた。

 すると先輩は道具いじりに戻り、手元を動かしながら答えてくれる。


「未知の現象というなら、魔法そのものがいまだに解明されていない説明不可能な現象の一つだよ。この世に生きている限り、誰の身にも不可思議な現象が降り掛かる可能性は宿されているんだ」


「……なーんか難しいこと言い始めちゃった」


 頭は使わせないでもらいたいな。

 そういう深い話じゃなくて、「そだねぇ」とか「やばいねぇ」くらいの反応で充分よかったんだけど。

 しかし先輩はこの話を続けるつもりらしい。


「同じように、外部からの力による可能性も捨て切れないということになる。誰かが悪意を持って今回の事件を引き起こし、魔術学園の生徒を危険な目に遭わせようと考えていたのかもしれないからな」


「意図的に……。でもそれって本当にできるものなんですかね? いくら魔法が便利って言っても、他人の魔素をいじったり魔獣を強くしたりするなんて聞いたこと……」


 訝しい顔をして首を傾げると、先輩は不意に机に置いてあった何かを掴んでそれを掲げた。


「“これ”を使えば、できないことはないと思うよ」


「これ? 先輩が持ってる光るペンの魔道具ですか?」


「違う違う。これも確かに革命的な道具の一つではあるが、私が言っているのは“魔道具”そのもののことだよ」


「魔道具……?」


 遅れてハッと気付き、私のその反応を見たピタージャ先輩は頷いた。


「魔法ではなく魔道具を使えば、今回の不可思議な事件を引き起こすこともできるかもしれない。『魔道具にできることは、大抵の魔術師にならできてしまう』とは言ったけれど、特殊な魔獣の素材や鉱石を集めて、優秀な魔道具製作家が何百回と試行を重ねたら、魔術師の常識を打ち破るような魔道具だって作り上げることができてしまうのだ」


 先輩は手に持っていたペンを優しく摩りながら、少し寂しげな顔をする。


「その中で奇跡的に、他者の魔素に不調を促したり、魔獣を一時的に凶暴化させる魔道具が生まれても、決して不思議ではない。そしてそれを悪用しようという輩が現れることもな……」


「……」


 確かに先輩は前に、世の中には魔術師の常識すら打ち破る、説明不可能な魔道具だって少なからずあると言った。

 偶然の中でそんな魔道具が生まれて、奇しくもそれが悪意のある人間の手に渡ってしまったとしたら。

 今回のような事件を、人為的に引き起こすこともできてしまう。

 そこで私は不意に、あることを思い出した。


「あっ、そういえば、入学試験の時も、森にいる魔獣に違和感を覚えたことがあります。本当だったらいるはずのない上位種の魔獣が、複数体も森の中にいて、入試参加者が襲われるっていうことがありました」


 確かその時は、試験参加者か試験官を務めた教師の誰かが不思議な光を見たと言っていて、その影響で魔獣が成長したのではないかという話になっていた。

 そしてそれを引き起こしたとされる犯人にも目星が付いていると言っていた。

 名前は……


「反魔術結社――『ミストラル』」


「あぁ、私もその名前は何度か聞いたことがあるな。確か魔術国家オルチャードに敵対している独立集団だったか」


 魔法の才能が重要視され、魔術師が時代を牛耳っている現状に不満を抱えている人間の集まり。

 特に国家魔術師に対して並々ならない私恨を抱えている連中が多く、魔術国家そのものを破滅させるために暗躍していると聞く。

 そのため世界最大の魔術師養成機関である魔術学園も敵視しているらしく、これまでも何度かちょっかいを掛けられたことがあるとか。


「連中ならまあ、魔術師潰しのための魔道具製作をしていても不思議はないな。人員も素材も計り知れないほど抱え込んでいるだろうし、研究の中で偶発的に『魔素を弱らせる魔道具』や『魔獣を活性化させる薬』なんかを生み出していてもおかしくはない」


 改めてそう言われて、私は背筋を震えさせる。

 魔術師を潰す、ひいては魔術国家そのものを破滅させようと企んでいる連中が、この魔術学園を狙っている。

 その憶測が当たっているとしたら……


「もし一連の事件がミストラルの手によるものなら、今後も同様の手口で接触してくる可能性は高い。というのもすでに教師陣は把握しているだろうし、私たちは私たちで自分の身を守れるように気を付けるとしよう」


「まあ、それもそうですよね」


 用心する以外にできることは、現状ない。

 ないからこそ、怖いと思ってしまう。

 もしまたミストラルの仕業、あるいは別の者の手によって、生徒たちが危険に晒されたとしたら。

 その中に私が大切に思っている人たちが、不幸にも含まれたとしたら。

 そう考えるだけで怖気立ってしまう。

 自分の身は自分で守れるけれど、他の大切な人まで完璧に守り切れるかどうかはわからない。

 私の力はあくまで、自分に対して効果を発揮するものが多いから。

 次また大切な人が危険な目に遭った時、完璧に守り通すことができるように、改めて力を付けておこうと思う。

 人知れずそんな決意を固めていると、私はふとあることを思いついた。


「先輩が連中の魔道具を無効化する魔道具とか作れば、一躍学園の英雄になれるんじゃないですか?」


「ミストラルの魔道具を無効化する魔道具? なるほど、確かにそれは面白そうではあるな。そして魔術学園だけでなく魔術国家そのものに恩を売れば、いずれ私が手掛けるアトリエに莫大な見返りが……」


 ふひひっと悪い笑みを浮かべる先輩に、呆れた笑みを向けざるを得なかった。

 商売魂たくましいなぁ。


「そういえば、ずっと気になっていたのだが、ミル君はどうしたんだい? 最近見かけていない気がするのだが」


「あぁ、あの子なら、今日も討伐依頼に出かけてますよ」


 いつまで経ってもミルが来ないからだろう、先輩が不思議そうに尋ねてきた。

 ミルは今、討伐依頼に出かけていて、研究室に顔を出すことができないのだ。

 しかもここ数日、同じ理由でミルは研究会に来ていない。


「討伐依頼? 次の期末試験までだいぶ時間があるというのに、もう点数稼ぎをしているのか。随分と用心深いんだな」


「あっ、いえ、点数稼ぎっていうか、なんていうか……」


 説明しようと思ったのだが、正直な話、私も明確な理由はわからない。

 ただ少なくとも、点数稼ぎではないことは確かだと言える。

 ミルはすでに、学園長さんに頼まれた依頼の消化により、次の期末試験までの点数を稼ぎ終えているからだ。

 じゃあなんでまた依頼を頑張っているのだろう? 自問してみるがさっぱりわからない。

 一緒に研究室に行こうって誘っても、依頼を受けるからと最近は断られてしまうことが多くて、なら一緒に依頼を受けると言っても一人で行きたいと言ってくる。

 ミルちゃんの気持ちが全然わかりません。


「…………もしかして、私が避けられてるとか?」


 その可能性は、少し考えたくないけれど、充分にあり得ることだと思う。

 何かミルに対して嫌がらせでもしてしまったかと過去を振り返るけど、心当たりはない。

 もしかしたら自分が気が付いていないところで、ミルの気持ちを逆撫でしてしまったのかもしれない。

 なんて考えたせいで、途端に不安になってきた私は、辛抱たまらず席を立ち上がってしまった。


「んっ? どうしたんだいサチ君?」


「その、ちょっと早いんですけど、私はもう上がらせてもらいます」


 飲んでいたお茶のカップを流しで洗い、そそくさと研究室を後にしたのだった。




 その後、ミルが帰ってないかと思って、寮部屋に戻ることにした。

 早めに討伐依頼を終えていれば、すでに部屋に戻っている可能性が高い。

 早くミルと会って話して、この不安を解消したいところである。

 本当に私のことを避けているわけじゃないよね?

 思えば期末試験が終わってから何だか様子がおかしかったし、私が何か気に障ることでもしてしまったのかも。

 急く気持ちが足を早めさせて、私はあっという間に校舎から外に出る。

 すると昇降口を出てすぐのところにあるベンチに、見慣れた青髪の少女が腰掛けているのを見つけた。

 あれ、ミルだよね……?


「お、おーい、ミルー?」


「あっ、サチさん」


 呼びかけると、ベンチの少女は顔を上げて、こちらに見慣れた童顔を見せてくれた。

 本当にミルだった。

 まさかこんなにも近くにいたなんて予想外である。

 こんなところで何やってるんだろう?


「もう依頼終わって帰って来てたんだ」


「は、はい」


「さすがミル。仕事が早いね」


「……」


 ミルは複雑そうな顔をしてそっぽを向いてしまう。

 何、この微妙な空気。

 やっぱり機嫌悪かったりするのかな。なんて思いながらも、私はいつも通りを心がけた。


「隣、座ってもいい?」


「は、はい。どうぞ」


 ミルはすすっと横にズレて、私が座る場所を空けてくれる。

 そっとそこに腰掛けた私は、内心で緊張しながら問いかけた。


「ねえ、ずっと気になってたんだけど、どうして最近、討伐依頼頑張ってるの? 期末試験までの点数稼ぎ、とかじゃないよね?」


「討伐点でしたら、もうすでに目標点まで届いているので、その必要はありませんよ」


 だよねぇ。

 それがわかっているから謎めいているんだけど。


「じゃあ、どうして討伐依頼をずっと受け続けてるの? もしかしてだけどさ、私のこと避けてる……とかじゃないよね?」


「えっ?」


 ミルが驚いたように目を見張る。

 その反応は予想外だったけれど、私は苦笑しながら続けた。


「い、いやぁ、なんか最近研究室にも付き合ってくれないし、依頼にも連れて行ってくれないから、もしかして避けられてんじゃないかなぁって思っちゃって……」


「さ、避けてるなんて、そんなこと絶対にしませんよ!」


「……お、おぉ」


 大人しかった様子はどこへやら。

 ミルはすごく前のめりになって否定してきた。

 それが心からの本音だということは、声音から伝わってきたので、私はほっと一安心する。

 よかったぁ。避けられていたわけじゃなかったんだ。


「サチさんのことを避けていたわけじゃなくて、私はただ、一人で討伐依頼に出かけたかっただけです」


「一人で……? どうしてまた……」


「私、今回の期末試験を受けて、改めて自分の弱さに気が付きました。一学年の特待生にも選ばれたのに、たった一人では満足に試験を突破することもできず、誰も助けることができない役立たずで……」


 ミルは、膝の上に乗せた拳をぎゅっと強く握り、顔に悔しさを滲ませた。


「結局今回もまた、サチさんに助けられてしまいました。私は、サチさんに助けられてばかりの、とても弱い人間なんです」


「……」


 だから、たった一人で討伐依頼を頑張っているのか。

 一人でも事件を解決できる力を証明したくて。

 まさか、期末試験のあの一件が、そこまでミルに重くのしかかっていたなんて思ってもみなかった。

 感極まった余りか、ミルはぐすっと鼻をすすっている。


「……そんなことないよ。ミルは一人でも学園長さんから頼まれた仕事ができたし、あの緑髪の子だってちゃんと守れたでしょ。ミルがいなかったら今頃、あの子は魔獣に襲われてどうなってたかわからないし」


 自分でも頼りない説得だとわかっているが、それでも私は続ける。


「結局最後は、私が片をつけたわけだけど、ミルのおかげで一人の生徒を助けることができたんだから、自分が助けた人のこと、もっとちゃんと見てね」


 それだけでは励ましには足りなかったようで、ミルはいまだに鼻をすすって涙を滲ませていた。

 どうしたもんかなぁ。

 ミルがすごい魔術師だってことは、もう何度も証明されているわけだし、たった一回の失敗でそこまで落ち込むこともないと思うんだけど。

 たぶんミルは、目指している目標というか、理想がすごく高くなってしまっているんじゃないかな。

 涙顔は可愛いからこのままもう少し見ていたい、という悪戯的な気持ちが湧いてくるけれど、そろそろ本格的に気分を取り直してあげたいところだ。

 と、その時、私は昇降口の陰に一つの人影を見つけた。

 その者は、終始こちらの様子を窺っていて、見るからにそわそわとしている。

 話しかけたい、というオーラが目で見ただけで伝わってきて、私はナイスタイミングと内心で親指を立てた。


「それにほら、ミルのことすごい奴だって思ってるのは、私だけじゃないみたいだし」


「えっ?」


 私はすかさず、昇降口の人影を、手招きをしてこちらに呼んだ。

 するとその人は、ビクッと一瞬だけ驚いたような反応を見せると、冷静な様子を取り繕うように毅然と表情で歩み寄ってきた。

 ウェーブがかった緑色の髪を揺らしながら、派手な装飾品を腕や首に光らせている。


「あ、あなたは……」


「……久しぶりね、ミルティーユ・グラッセ」


 名前は存じ上げないけれど、あの時ミルが助けた試験の子だ。

 何かミルに言いたそうにしていて、その言葉が今のミルにとって効果的だと直感したので、私は彼女に任せることにした。

 緑髪の少女は、ミルの前で姿勢を正すと、ぺこっと頭を下げた。


「今までごめんなさい。悪い噂とか流しちゃって」


「えっ……」


「特待生の力を改めて目の前で見て、本当にすごい魔術師なんだって気付かされた。それと、自分が間違ったことをしていたんだって、あんたのおかげで目が覚めた」


 呆然とするミルを置き去りにするように、彼女はさらに捲し立てる。


「あの噂は嘘だったって、友達に頼んで広めてもらってるから安心して。それと、今さらなんだけど、あの時は助けてくれて、本当にありがとう」


「……い、いえ」


「あと、その……」


 緑髪の少女は、腰の裏に手を回すと、そこに引っ掛けていた小杖(ワンド)を抜いてミルに放った。

 突然のことにミルは、わたわたと慌てながら杖を受け取る。

 先っぽに青い宝石があしらわれた、使いやすそうな魔法の触媒。

 緑髪の少女は恥ずかしがるように頬を染めて、照れ隠しのためかそっぽを向く。


「わ、わたし、触媒研究会に入ってて……」


「は、はい」


「それ、私が作ったやつだから。あんた、魔法使う時、何も持ってなかったし……」


 まあ、言わんとすることはすごく伝わってきた。

 つまりこの子は不器用ということですね。

 助けてもらったお礼をしたいが、面と向かってそれをするのは恥ずかしいからと、ぞんざいに杖を投げて寄越してきたと。

 二人の間にどんなことがあったのか、まだ詳しくは聞いていないけれど、これはとても微笑ましい光景に私には見えた。


「じゃ、じゃあ、それだけだから」


 そうとだけ言い残すと、緑髪の少女はそそくさと私たちの前から立ち去って行った。

 対してミルは、しばし呆気に取られたように固まりながら、受け取った小杖をぼんやりと見つめている。

 少女が作ってくれた空気を無駄にしないために、私は改めて口を開いた。


「人に助けてもらうことは、別に悪いことじゃないよ。一番悪いのは、誰にも頼れなくて一人で勝手に抱え込むことだからね」


「誰にも、頼れない……」


「それで、手助けしてもらった分は、他の何かで返せばいいの。例えばその杖みたいにね」


 ミルは一人でなんでもしようとしているけれど、人間一人の力なんて限界がある。

 理想は高く持ってもいいけれど、たとえそれが成し遂げられなかったとしても悲観しないでほしいな。

 どんなに悔しいことがあっても、どんなに辛いことがあっても、自分の力だけは信じてほしい。

 私が保証する。ミルは充分強い子だ。


「……サチさんも、誰かを頼る時があるんでしょうか?」


「えっ、わたし? 私なんて人に頼りまくってんじゃん。朝が辛い時はミルに起こしてもらったりしてるし、授業でわからないことがあったらミルに教えてもらったりしてるし。晩ご飯で好きなおかずが出たらミルから横取りしてるし」


「最後の、私に頼ってるのではなく、利用してるだけですよね」


 そうとも言う。

 とにかく私も人に頼りまくっているのだから、一人でなんでもしようと考えているだけでミルの方が何倍も偉いのだ。


「私は今までミルに助けてもらった分を、試験の時みたいに助けて少しずつ恩返ししてるんだよ。だからミルもなんでも一人でやろうとしないで、誰かに頼って、その分を別の何かで返せばいいんじゃないかな」


「別の、何か……」


 ミルは改めて、手元で光る杖を見つめると、ようやく久々に柔らかい笑みを見せてくれた。


「……そう、ですね。助けてもらった分、何かで返せばいいと聞いて、少し心が軽くなったように感じます。ありがとうございます、サチさん」


「吹っ切れたみたいでよかったよ」


「私は、もっともっと強くなって、いつかはサチさんみたいにどんな相手にも負けないくらいすごい魔術師になってみせます。それで今度は、助けてもらってきた分、私がサチさんのことを、魔術師として助けられるようになりたいです」


「おぉ、それはすごく楽しみだね」


 魔術師としてなら今までも何度か頼ってきたことがあるけれど。

 ミルが想像しているのは、私が魔獣とかにやられそうになっているところに、颯爽と駆けつけて助けるという構図なんだろうな。

 まあ、私はそんなに簡単にやられる玉じゃないけど、いつかそんな時が来たらミルにとっての前進になるのかもね。

 とりあえずこれで一件落着、と思っていると、不意にミルが袖を引いてきた。


「と、ところで、その…………さっそくサチさんのことを、頼ってもいいですか?」


「んっ、なになに? そんなに遠慮しないで、私にできることならなんでもするよ」


「い、一緒に、研究室までついて来てくれませんか?」


 頼み事とはなんだろうと思ったけれど、そんなのお安い御用である。




 出戻る形で、ミルと一緒に研究室にやってくると、当然ピタージャ先輩が意外そうな顔をした。


「あれ、サチ君? 今日はもう帰るんじゃなかったのかい?」


「あぁ、ちょっとその、この子が付き合ってもらいたいみたいで」


 言いながら私は、若干背中の方に隠れているミルを前に出す。

 ここに来るまでにどんな頼み事なのか、詳しく聞きはしたけれど、“これはこれで”なんか恥ずかしいな。


「おぉ、ミル君じゃないか。なんだか随分と久しぶりな気がするね。よく来てくれた。……ところで、どうして二人は“手を繋いで”いるんだい? 仲良しなのはいいことだけど」


 それには事情があるんですよねぇ。

 というかこのために私は、ミルに付き合って研究室まで戻ってきたのだ。

 など言い訳のように聞こえてしまうだろうから、変に言い返すことはしなかった。

 代わりにミルが話を始める。


「あ、あの、勝手に研究会休んでしまって、本当にごめんなさい」


「えっ? いやいや、何も謝ることではないよ。前にも言ったと思うが、うちは特にルールを設けているわけではないからね、来たい時に来てくれたらそれでいいよ」


「……あ、ありがとうございます」


 ミルは安堵したように息を吐く。

 逆にピタージャ先輩も、どことなく安心したように、優しい笑みを浮かべた。


「それよりも、ようやく目を見て話してくれたね。私はそれがとても嬉しいと思うよ」


「えっ……」


「せっかく後輩ができたのに、なかなか打ち解けられそうになくて、もしかして自分は嫌われているんじゃないかと不安に思ったりもしていたから……」


「き、嫌っているわけではないです。ただ少し、複雑な事情がありまして」


 ミルはようやくあのことを開示する。


「私は、幸運値が0なんです。そのせいでいつも不幸な目に遭ってばかりで、おまけに周りの人もその不幸に巻き込んでしまうんです」


「だから、あまり私と話してくれなかったってことかい?」


「親しくしてしまうと、その相手を不幸な目に遭わせてしまいますから」


 次いでミルは、私と繋いでいる手を先輩に見せるように、ぐっと掲げた。


「でも、幸運値999のサチさんと一緒なら、きっと大丈夫だって思ったんです」


「へぇ、サチ君の幸運値はそんなに高いんだね。なるほど、だからそうして手を繋いでいるわけか」


 そう。

 たぶんこうしておけば、ミルの不幸の力を押さえつけることができるはず。

 まだ確証はないけれど、だからこそこうしてその考えを立証するために手を繋いで、先輩に話しかけに来たというわけだ。


「ピタージャ先輩で試すみたいになって、本当に申し訳ないんですけど。嫌でしたらこのまま、私のことは無視していただいても構いませんので」


「いいや、せっかく可愛い後輩がこうして歩み寄ろうとして来てくれたのに、それを無下にするなんてもったいないじゃないか。それにこれは実験の一種でもあるんだろう? もしこれに成功すれば、ミル君は思いのままに他の人たちとも交流を深めることができる」


 ピタージャ先輩は丸眼鏡の奥の瞳をキラッと光らせて、一層深い笑みを浮かべた。


「私は実験が大好きだからね。それにようやく先輩らしいことができる機会がやってきたんだ。ぜひ私を頼ってくれよ」


「……ありがとう、ございます」


 ピタージャ先輩からの許しは得た。

 今後は私と手を繋いでいる時だけに限り、ミルは先輩とも安心して交流ができるようになったということである。

 本当にこれに効果があるのかは定かではないけれど、私の勘が大丈夫だと言っているので、たぶん大丈夫だろう。

 ともあれ、ピタージャ先輩の実験魂に感謝である。


「ふふっ、こうしてはいられないな。ミル君が新たな一歩を踏み出したということで、私もまた新たな魔道具製作に取り掛かるとしよう」


「こ、今度はどんな魔道具を作るつもりなんですか?」


「これから本格的に夏が近づいてくるからな。去年はこの研究室で干上がる思いを味わったことだし、後輩君たちをそんな目に遭わせないためにも、今から室温調整ができる魔道具を開発しようと思うんだ」


 それは確かにありがたい魔道具だ。

 自由に室温を調整できるのなら、夏だけでなく冬でも快適に過ごすことができるし。

 実用的なものが開発できたとしたら、革命的な発明の一つとして大きな研究発表会で披露することができるだろう。

 正直、一学生が物置部屋のような研究室で開発できるような代物だとは思えないけど。


「では、私はさっそくそれらしい素材を採集してくるよ! 少し研究室を空けてしまうが、君たちは自由にしていていいからね。もちろんいつでも帰って大丈夫だ」


 ピタージャ先輩はそう言い残して、早々に研究室を飛び出して行った。

 いつぞやと同じように、また研究室でミルと二人きりの沈黙に包まれる。

 相変わらず何かを思いつく度にすぐに出かけちゃうんだよなぁ。

 研究者っぽい姿をしているくせに、割と無計画な先輩である。

 ただ、その熱心な思いは見習いたいところだ。

 そんなピタージャ先輩に倣って、というわけではないが、私も一つあることを思いついた。


「私も、この研究会でやりたいこと、見つけたよ」


「えっ、今ですか?」


「そっ、今この瞬間」


 先輩が、実家をバカにしてくる連中を見返すために、すごい魔道具を作ろうとしているのと同じように。

 ミルが、壊されてしまったお父さんの形見のペンダントを、自分の手で直そうとしているのと同じように。

 私もこの研究会でやりたいことを見つけた。


「私はこの魔道具研究会で、ミルの不幸がなくなるような、超幸運になれる開運魔道具を作ってみせるよ!」


「か、開運魔道具?」


「ほらっ、ミルが手首に巻いたりしてるよくわかんない数珠とか、部屋に飾ってるよくわかんない水晶とかと同じで、そういう開運グッズの超強力バージョンを、幸運娘の私が魔道具として作ってあげるよ」


「よ、よくわかんない……」


 なかなかいい案なのではないだろうか。

 出所不明な数珠とか水晶に頼るよりかは、それらしい魔道具を作って渡した方がミルのためになるだろう。

 もうそんなもの買ってこなくなるかもだし。

 それに……


「もしそれができたらさ、私がいなくても、他の誰かと仲良くすることができるでしょ? 一学期の期末試験が終わって、夏休みもすぐに来るらしいし、時間はたっぷりあるからね」


 それに私自身も、魔道具製作には興味があったから。

 マルベリーさんのように超ハイテクな魔道具、というのは難しいかもしれないけれど。

 学園に通っている間に、友達を助けることができる魔道具一つくらいなら、私にだって作れるかもしれない。


「ミルが、もっとたくさんの人と仲良しになれるように、幸運娘のサチちゃんが福をもたらしてあげるからね!」


「……サチさんなら本当に、とんでもない魔道具を作ってくれそうですね」


 なんか私もそう思う。

 ますます研究会へのやる気をたぎらせていると、不意にミルがもじもじとして、赤く染まった顔をこちらに向けてきた。


「と、ところで、いつまでこうして手を繋いでいるんですか?」


「えっ? いや、そっちからお願いされて繋いだ手だから、そっちから先に離すもんだと思って」


「……では、“せーの”で一緒に離しますか」


 正直いつ離すべきかタイミングに迷っていたので、その提案には頷いて賛同する。

 その後私たちは、二人きりになった研究室で、『せーの』と控えめに声を合わせた。

 ……だが、二人とも手を離すことはなかった。


「「……」」


 なんだかそれがおかしく見えて、二人して思わず吹き出すような笑い声をこぼしてしまった。

 するとその時、窓から橙色の日の光と、草木の匂いが混じった温かい空気が入り込んでくる。

 ゆうげの時が近づいてきた頃合いでも、まだ日が落ちなくなってきた。

 私たちの夏が始まる。




 期末試験編 おわり

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[気になる点] >本当にこれに効果があるのかは定かではないけれど、私の勘が大丈夫だと言っている つまり、手を繋がずに交流するのは大丈夫じゃない 危険が危ないのは確定ということか
[一言] てぇてe…(男はそう書き残して召された
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