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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第二章

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第四十四話 「規格外の魔術師」

 

 瞬く間に大蛇を一掃したサチは、その余韻に浸る様子もなく心配そうな表情を向けてくる。


「大丈夫ミル? どこか怪我とか……」


「す、少し地面を転がされたくらいなので、立って歩くことくらいは……」


 治癒魔法を使いたいのは山々なれど、すでに魔素は切れてしまった。

 おまけに魔素の調子も悪くなっているので、仮に発動できたとしても大した治癒は見込めないだろう。

 そう思っていると……


「よし、ちょっと待っててね」


「……?」


 サチが不意にこちらに右手をかざしてきた。

 そして思い出すようにして、辿々しく詠唱を始める。


「【涙に濡れた顔――見守る天使――この者に慈悲を与えよ】――【天使の気まぐれ(カプリス・チュール)】」


 するとサチのかざした手に白い光が淡く灯り、怪我をしたこちらの体を優しく照らしてくれた。

 温かな光に包まれながら、数秒待っていると、途端に全身に残っていた痛みが嘘のように消え去った。

 緑髪の少女にも同様の魔法を掛けると、同じように全身の傷が消滅した。

 通常の治癒魔法ではこうは行かない。

 魔素の調子が狂う空間ということを除いても、こんなにも時間を掛けずに完璧に傷を治せる魔法は知らない。

 緑髪の女生徒も同じように驚愕していると、こちらの疑問を悟ったようにサチが言った。


「今のは十万回の一回の確率で怪我を治してくれるかもしれない治癒魔法だよ。成功確率がすごく低い代わりに、成功したら怪我を完璧に治してくれるんだ」


「完璧に……?」


「うん。たぶん死んでなかったら、病気以外だったらなんでも治せると思うよ」


 平然とそんなことを言ってのけるサチに、相変わらず驚かされてしまう。

 そんな魔法があったことも驚愕だけれど、それを当然のように使いこなしているサチにもはや呆れのような感情が芽生えてしまった。

 十万回に一回の確率で成功する完全治癒魔法。

 そんな魔法も幸運値999のサチならば、百発百中で成功させてしまう。

 ふとミルは、また一つの疑問を抱いてサチに問いかけた。


「サチさんは、魔法の調子とか大丈夫なんですか?」


「魔法の調子? うんにゃ、別になんとも……」


 確かにサチの様子は普段と何も変わっておらず、大蛇たちも難なく倒してみせた。

 こちらと違って魔法の調子が悪いという様子はなさそうである。

 サチだけには異常が出ていないのだろうか?

 と考えた直後に、ハタと気が付く。

 魔法の威力が弱まっているということは、魔素が小さくなっているということ。

 しかしサチの確率魔法は魔素の大きさ――魔力値に応じて威力が変わるわけではなく、魔素の輝き――幸運値によって効果が変動するのだ。

 仮に今、サチの魔素も自分たちと同じように小さくなっていたとしても、確率魔法の成功率と効果は落ちたりしない。

 サチはこの異常空間の中で唯一、本領を発揮して戦うことができる稀有な魔術師だ。

 そのことに一層の頼もしさを感じながら、改めて尋ねてみる。


「ど、どうしてここにサチさんがいるんですか? もうとっくに到着地点に着いているとばかり……」


 サチの実力なら誰よりも先に到着地点に着いていても不思議ではない。

 それなのになぜ、ほとんど中間地点に当たるこの場所にまだいるのだろうか?


「なーんか嫌な予感がしたからさ、ミルの様子だけでも見ようと思って転移魔法で飛んできたんだよ」


「へっ?」


 今の発言にはおかしな点が三つほどあった。

 まず一つ、“嫌な予感”というこちらの危機を察知する特殊能力について。

 これはもう言わずもがな、サチの驚異的な幸運値による勘が働いた結果だろう。

 魔素の調子が崩れて凶悪な魔獣たちに取り囲まれた状況を、サチが説明不可能な感知能力で気取ってきたのだ。

 そしてもう一つのおかしな点、それは転移魔法で飛んできたという発言だ。

 転移魔法は教師陣が張り巡らせた結界によって、この森の中で使用ができないはず。

 何より魔力値が1のサチは、膨大な魔力が必要な転移魔法は絶対に使えない。

 以前本人が自らの口で言ったことだ。

 三つ目のおかしな点、仮にもし転移魔法を使えたとしても、どうして正確にこちらがいる場所がわかったのだろうか。

 など色々な疑問を抱いて、怪訝な目を向けていると、サチが居心地悪そうにしながらも答えてくれた。


「私のは転移魔法っていうか、なんていうか……転移先を自分で選べない、無作為転移魔法なんだ」


「む、無作為?」


「普通の人が使ったところで、訳わかんない場所に飛ばされちゃったり、転移失敗するってケースがほとんどらしいから、あまり知れ渡ってない魔法なんだけど。幸運値999の私が使えば、自分の望んだ場所に転移できちゃう魔法なんだよね。その名も、【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】!」


「……」


 自分の望んだ場所に転移できる。

 それはつまり、行きたい場所や会いたい人を思い浮かべることで、魔法が自動的にその場所に誘ってくれるということか。

 距離や場所を問わずそんなことができてしまうなら、それはもはや転移魔法なんて簡単な言葉で括っていい魔法ではない。

 いや、魔法というよりそれは、“奇跡”と呼んでも差し支えない御業だ。


「もしかしたら先生たちもこの魔法知らなくて、結界魔法の対象に含めるの忘れちゃったんじゃないかな」


「……そんなの使いこなせる生徒がいるなんて、考えもしないはずですからね」


 これでサチがここまでやって来られた理由はすべてわかった。

 望んだ場所に飛べるという転移魔法があれば、こちらがいる場所を特定する必要もなく、おそらく結界魔法の対象にも含まれていない。

 やろうと思えば今回の未開地踏破の試験も、一瞬で突破することができたのだろうけど、転移魔法が禁止だと伝えられていたため遠慮しておいたのだろう。

 できなかったのではなく、やらなかっただけだ。

 それをまさか自分を助けるために使ってくれるなんて、なんとも複雑な心境である。

 一人で試験を突破したいと宣言した矢先に、この体たらく。

 おそらくサチも助けに来ていいのか迷ったのだろうけど、それほどの悪い予感を抱いてしまったから飛んできたのだ。

 だとすると無理に責められない。むしろ助けが必要になる状況まで追い込まれた自分を責めるべきだ。


(私は、まだまだ弱いですね……)


 ミルは改めて周囲を見渡す。

 目の前で倒れている凶悪な魔獣の群勢。

 完治した自らの体。

 何気ない様子で佇むサチの姿。

 悔しさや恥ずかしさが沸々と湧いてくるけれど、それよりもミルは呆れた気持ちが先行して、思わず笑い声をこぼしてしまった。


「相変わらず無茶苦茶ですね、サチさん」


「へっ、どういう意味?」


「いえ、なんでもありません」


 まだまだ全然敵わないな。

 改めてそう痛感させられたのだった。


「…………ていうか私、もしかして失格になるのかな? 転移魔法使っちゃったんだけど……」


「そ、それは大丈夫かと……」


 先に進んだのではなく、逆に戻ったのだから、咎められる言われはないだろう。

 何より禁止されているのは転移魔法で、サチが使ったのは似て非なるものなのだから、失格になることはない。


(……と、思います)


 まあ、もし教員らに厳しく責め立てられたりしたら、その時は自分が盾になろうと、ミルは心に誓ったのだった。




 その後、サチの案内で、ミルは無事に到着地点に辿り着いた。

 緑髪の女生徒も一緒で、連れ立って歩く間、なんとも気まずい時間が流れた。

 サチには『偶然会った女生徒』と偽ってしまったが、後でちゃんとした説明をしようと思う。

 ともあれ制限時間ぎりぎりで日知らずの森の西側に辿り着くと、そこではなんだか教師陣が忙しなく動き回っていた。

 他の生徒たちも大勢見えて、すでに試験が完了して時間を持て余しているように見える。

 こちらもその試験完了の手続きをしてもらいたいところだったのだが、誰も何も言ってくれなかったので、おかしいと思ったサチが一人の教師の方に歩いていった。

 赤茶色の短髪の男性教員、今回の実技試験の責任者のヒィンベーレ先生だった。


「あのぉ、どうかしたんですか?」


 するとヒィンベーレはこちらを振り向き、少し驚いたように目を見張る。


「おぉ、試験に参加している生徒か。すまない。少し立て込んでいて気が付かなかったよ」


 彼はすぐに名簿のようなものを取り出して、クラスと名前と時間を確認して何かを書き留めた。


「よし、これで君たちの実技試験は終了になる。無事で何よりだった」


 と、それだけで終わってしまった。

 なんだか呆気ない、というより忙しすぎて試験の対応まで充分に手が回っていない様子だ。

 その中で声を掛けるのは大変憚られたのだが、何か忙しい事情があるのかと思って問いかけようとした。

 するとそれよりも先に、ずっと黙り込んでいた緑髪の女生徒が、ヒィンベーレに尋ねた。


「試験で何かトラブルでも起きたんですか?」


「んっ? あぁ、まあ、ちょっとな……。どうやら日知らずの森の中で、想定外の事態が起きているみたいなんだ。我々はまだ実際に確認していないから、なんとも言えない限りなのだが……」


「もしかして、魔法を上手く使えなくなってる生徒がいる、とかですか?」


 緑髪の女生徒がそう言うと、ヒィンベーレは大きく目を見開いた。


「よ、よくわかったな。確かにその通りだが、まさか君たちも……?」


「試験中、突然魔法が使えなくなりました。それに襲いかかってきた魔獣も、通常と比べて凶暴性が増していて、明らかに外部的な力によって能力を強化されてるように見えました」


 彼女もこちらとまったく同じことを感じていたらしい。

 森の中で起きたことを伝えると、ヒィンべーレは顔をしかめて歯噛みした。


「君たちも同様の被害に遭っていたのか。こちらの対策不足で大変申し訳ない」


「他にも同じ目に遭ってる生徒がいるんですか?」


「あぁ、君たちと同じように、一部の生徒たちが魔素に異常をきたして、調子を崩してしまうという事態が起きている。それと少数の魔獣が活性化して、潜在能力が高められているという報告もされている」


 ヒィンベーレは日知らずの森の方に視線をやり、悩ましげに頭を抱えた。


「原因はいまだに判明していない。考えられる可能性としては、日知らずの森の内部で未確認の事象が発生しているか、何者かが意図的に試験の妨害を企んで細工を行なったかだ」


 確かに現状は、それ以上考えようもない。

 ただ、いったいどんな細工をすれば魔術師の魔素に悪影響を与えて、魔獣をあれだけ凶暴にできるのかはまるでわからない。

 そういう類の魔法があるのか、はたまたまったく別の手法なのか。

 とにかく事実としてそれが起きてしまっているので、早急な対応が望ましい状況だ。


「こちら側が想定していないトラブルに見舞われてしまった生徒たちは、教師陣を派遣して救出を続けている。それによって通常通りに試験を受けられなかった生徒たちには、後日改めて再試験の措置を施すつもりだ」


 ヒィンベーレはそう言うと、深く頭を下げて謝罪した。


「君たちにも苦労を掛けたな。改めて今回は、大変申し訳なかった」


 原因は不明。犯人の有無も不確か。目的も不透明。

 そんな少しのもやもやを残して、ミルたちの期末試験は終わりを迎えた。

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