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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第二章

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第三十六話 「魔道具研究会」

 

 数多の研究会の研究室が集まっている西棟の一、二階。

 私とミルは一階の端から順番に研究室の名札を見て行くことにした。


「剣術研と武術研がある。普段は校庭で活動してるのとか見るけど、研究室だとどんなことしてるんだろうね?」


「さ、さあ? 文字通り魔法を用いた剣技とか武技の研究とかじゃないですかね?」


 まあそれくらいしか考えつかないけれど。

 研究会が研究室として使っている部屋は、基本的に私たちが普段の授業で使っている教室とまったく同じだ。

 そこまで広いわけではないので、おそらく実技的な研究はすべて外に出て行なっているのだろう。

 そもそも活動場所がほとんど外になる研究会もチラホラとだが見かける。


「魔獣研究会……? 魔獣の研究をしてる……のかな?」


「でも、魔獣の何を研究しているんでしょうか?」


「うーん、習性とか生体とかじゃない?」


 それがわかれば魔獣の対策もしやすいし、大切なことだとは思うけど……

 あまり学生らしくはない研究会だ。

 剣術研や武術研に比べたら華やかさに欠けていると思う。

 しかし研究室の中からはたくさんの生徒たちの声がして、チラリと横に視線を振ると、隣の教室は『魔獣研究会第二研究室』と書かれていた。

 研究室が二つも必要なくらい人気だとは意外である。

 その隣にはマロンさんの言っていた演術研究会があり、私たちはその研究室を横切ってさらに先に進んだ。


「魔導書研究会、触媒研究会、魔素研究会、精霊研究会、遺跡研究会……」


「どれも活動実態不明の研究会ばかりですね」


 二階に上がってみると、これまた不思議な研究会が数多くあって、私たちは首を傾げながら廊下を進んだ。

 どれも魔術学園らしい研究会だとは思うが、いまいち活動内容がわからない。

 研究室にお邪魔して見学させてもらえばいいだけの話なのだが、そこまで踏ん切りがつくほど惹かれる研究会もないし。

 いよいよ最後の研究室にまで来てしまって、私たちは揃って肩を落とした。


「なんか、どれもよくわかんない研究会ばっかだったね」


「は、はい。まあ見る人が見れば魅力的に映る研究会が多い、ということではないですかね」


 私たちの性に合ってそうな研究会がなかった、というだけの話である。

 たぶん同じ気持ちを味わった生徒たちが、自分たちのやりたいことを目的として掲げて、新たな研究会を発足させてきたのだろう。

 結果、このようにたくさんの研究会がこの学園で生まれることになったのだと思う。

 ともあれすべての研究会の見学を終えたので、そのまま踵を返して帰ろうとすると……


「んっ?」


 廊下の一番奥に、あと一つだけ研究室が残されているのを見つけた。

 見つけたというより、奇跡的に視界に入ったという感じだ。

 大型の教室を使っているのは、目の前の『古代魔法研究会』が最後で、廊下の一番奥には小さな扉の物置部屋しか残されていない。

 しかしそこにもちゃんと研究室の名札が、埃を被りながらも掛けられていて、私は吸い寄せられるようにその研究室の方に歩いていった。

 表面が剥げたり角が欠けているくたびれた扉の前に立って、改めて名札を見上げてみる。


『魔道具研究会』


 私はミルと顔を見合わせて、揃って首を傾げた。


「ここも研究室、で合ってるんだよね?」


「そうみたいですけど、他の研究会と毛色が違うのはどういうわけなんでしょう?」


「さあ?」


 明らかに変、と言うか待遇がひどい気がする。

 他の研究会のせいで端っこに追いやられたような立地だ。

 魔道具研究会という名前を見るからに、魔道具の研究をしているようだけど。

 ぼんやりと名札を見上げていると、突然扉の向こうから――


「うにゃあああぁぁぁ!!!」


「「――っ!?」」


 そんな奇声と共に『ボンッ!』という爆発音が聞こえて、私とミルは驚いて肩を揺らした。

 何事かと思って、ついドアノブに手を掛けて開けてしまう。

 中からは微かに黒い煙と焦げ臭い空気が漂ってきて、事態の異常性を窺わせてきた。


「あ、あのぉ、大丈夫ですかぁ……?」


 やがて煙が晴れると、部屋の全貌が明らかになる。

 縦に長い長方形の形をしていて、中央には真四角の黒テーブルが置かれている。

 左右の壁にはガラス張りの棚があり、中には用途不明な道具が埃を被って仕舞われていた。

 そして奥側の壁には小さな窓が設置されていて、白衣姿の女生徒が今まさにそこを開け放っている。


「ゴホッゴホッ! ゲホッゲホッ!」


 咳き込みながら煙を手で払い除けている女生徒は、埃を被ったかのような灰色の髪をしていた。

 手入れを行なっていないのか僅かにボサボサしていて、腰下まで伸びてしまっている。

 目元には濃いクマが出来ていて、まるでそれを隠すかのように前髪とでかい丸眼鏡が掛けられている。

 白衣の下の制服には緑の差し色が入っているので、おそらく二年生だと思われるが、もしかしてこの研究会の会員さんだろうか。


「んっ、君たちは……?」


 部屋に入ってきた私たちに気が付き、女生徒はこちらを振り向いた。

 またもミルが背中に隠れるのを横目に見ながら、私は白衣の女生徒に答える。


「えっと、研究会の見学に来たら、中から爆発音が聞こえて、何かと思って飛び込んで来たんですけど」


「あぁ、すまない。研究中にはよくあることなんだ。他の研究会の人たちもそのことを知っているから、まったく騒ぎにならなくて……」


 と言いかけて、途端に彼女は言葉を切る。

 次いでカッと目を見開くと、目にも留まらぬ早さでこちらに駆け寄ってきた。


「い、今、研究会の見学に来たって言ったかい!?」


「……は、はい」


「もも、もしかして、魔道具研に興味があるってことかな!?」


「えっ、いや、その……」


 見学に来たのは事実だけど、興味があって研究室に入ってきたわけじゃないからなぁ。

 なんて説明を挟む暇もなく、白衣の女生徒は感極まった様子で身を震わせていた。


「つつ、ついに念願の新入会員が……! ようやく仲間と一緒に魔道具製作をすることができるのか……!」


「あ、あのぉ、感激してるところ申し訳ないんですけど、私たちは別にここの見学に来たわけじゃ……」


 白衣さんは、きょとんと目を丸くした。


「えっ、違う……の?」


「どんな研究会があるんだろうって思って、扉の前に来ただけで……」


 正直なことを話すと、白衣さんは見るからに気分を落として項垂れてしまった。

 そして膝から崩れ落ちて、乾いた笑い声を漏らし始める。


「は、ははっ、そうだよね。こんな不人気研究会に入ろうとする新入生なんて、いるわけがないよね。それなのに私としたことが、勘違いして、一人で勝手に舞い上がってしまって…………う、うぅ!」


「いや、その! やっぱりお話だけでも聞こうかなぁ、なんて……」


 瞬間、白衣の女生徒は眼鏡を掛けた顔を上げ、クマの上の瞳をパッと輝かせた。


「ほほ、本当に!? 話だけでも聞いてくれるのかい!? じゃあそこに座って待っててくれ、すぐにお茶の準備するから!」


「……忙しい人だなぁ」


 バタバタと忙しなく動く先輩を見ながら、私はミルと一緒に手近な椅子に腰掛ける。

 少し待つと、白黒髪の先輩は人数分の紅茶とお菓子を持ってやって来て、高揚した様子でそれを私たちに差し出してきた。

 ずっと前からこれがしたかったと言わんばかりの、なんとも嬉しそうな表情だ。

 いよいよここで引き下がるわけにはいかなくなってしまったので、私とミルはとりあえず紅茶を一口だけ飲んでみる。

 それはとても美味しくて、ついでに付け合わせの焼きお菓子にも合ってはいるのだが、終始先輩がじっとこちらを見据えてきていて落ち着かない。

 この物置部屋のような室内でティータイムというのも違和感がすごかったので、なるべく早く話をまとめて帰ろうと思った。

 軽く話をすれば先輩も満足して、私の罪悪感も晴れると思うし。


「さっきの爆発って、魔道具を作ってる時に起きたものなんですか?」


「うん、その通りだよ。私はよく同じ失敗をしてしまうのだが、魔獣の素材などを調合する時に配分を間違えてしまって……」


 薄々感じてはいたが、どうやらこの人はかなりのおっちょこちょいのようだ。

 ふと上を見上げてみると、天井は煤だらけになっていて、実験失敗の数々を窺わせてくる。

 とりあえず、次の質問。


「魔道具研究会って、魔道具の発明をする研究会、で合ってますか?」


「正確には発案して製作して試すところまでが研究かな。あぁ、でも、変にルールを作っているわけではから、基本は自由にやりたいことをやっているだけだよ。私もパッと思いついた魔道具を作って遊んでいるだけだし」


「研究会って、そんなに緩くても大丈夫なんですね。……ところで、どうしてこの研究会だけ教室じゃなくて、物置部屋が研究室になってるんですか? 所々ボロボロだし、それに他の会員の人たちは……」


 最初にこの研究室を見た時に感じた疑問。

 明らかに他の研究会よりも劣悪な環境に置かれていると思った。

 それに先輩以外の会員が見えなかったので、どういうことなのだろうと思って問いかけてみると、先輩は少し寂しげな目をして答えた。


「ここには、他に誰もいないよ。魔道具研究会は、今は私一人だけなんだ」


「えっ?」


「十年くらい前にできた研究会らしいんだけど、創設者の生徒が卒業するまで誰も研究会には入って来なくて、それからずっと名前だけ残っていたみたいなんだ。それを私がもらって改めて研究会を開いたってわけさ」


 次いで彼女は、小さな部屋を見渡して自嘲的な笑みを浮かべる。


「で、開いたはいいものの、やっぱり入会者は誰も来なくてさ、この研究室も余っていた物置部屋を割り当てられただけだし、研究会なんて呼ぶほど立派なものではないんだよ」


「なんでそんなに入会者が少ないんでしょうか? 見る限り、他の研究会と大きな違いはないと思うんですけど」


 研究するテーマは違えど、同じく魔法に関する事柄なので、興味を抱く人がいても不思議ではない気がする。

 そう思ったのだが、それには深い事情があるみたいだった。


「君たちは魔道具のことをどう思っているのかな?」


「えっ、魔道具ですか? 普通に便利な道具だなぁと……」


「そっか、それならよかった。よっぽど便利な魔道具に囲まれて育ったのか、逆にほとんど魔道具を見たことがない町外れの出身なのか、とにかくそう言ってもらえると私も嬉しいよ」


 どういう意味だろうか?

 魔道具はとても便利な道具、という私の認識はもしかして間違っているのかな?

 マリベリーさんとの生活を思い出してみても、やっぱり魔道具は日常を助けてくれる必要不可欠な物のように思える。


「普通はね、王都とか町で育った人たちは、それなりに魔道具を見慣れているから珍しくもなんとも思わないんだよ。でね、魔道具にできる限界っていうのも理解しているから、魔道具に過度な期待はしていないんだ。この学園の生徒なら尚更ね」


「どうしてこの学園の生徒は、魔道具への関心が低いんですか?」


「一言で言うと、魔道具は魔術師のための物じゃなくて、非魔術師のための物だから」


 非魔術師のための物。

 確かに納得できてしまう。

 今や超常的とも言えなくなった魔法の力を、魔術師は自分の手で操ることができる。

 しかし魔力値が低かったり学がない人たちからすると、魔法は今でも常識を超えた力であることに変わりはないのだ。

 そしてそんな力を誰でも自在に扱えるようになれるのが、魔道具である。

 ただやはり、自分で超常的な現象を引き起こすことができる魔術師にとって、魔道具はそんなに貴重な物ではないらしい。


「剣術の研究とか魔導書の研究とかって、魔術師のためになるものだから、この学園で高く評価されているんだ。でも魔道具は魔法の才能がない非魔術師のための物だから、この学園では価値がほとんどない。だから学園側からあまり研究費も出ていないし、学生の興味も他に移ってしまっている。誰もこんな研究会、入ろうとは思わないだろ」


 マルベリーさんが家で使っていた自作の魔道具は、どれもすごい物ばかりだった。

 そのおかげで町外れの森小屋でも、王都の高級住宅と遜色がないくらい快適に暮らすことができた。

 もしかしたらそういう実用的な魔道具を作るのは、そう簡単なことではないのかもしれない。

 そういえばミルのお父さんも個人で魔道具製作をしていたらしいけど、ちょっとした小道具を作るのが精一杯だと言っていた。

 貴重な学生生活の時間を、役に立つかもわからない道具作りに費やすよりかは、剣術や魔導書について研究した方が何倍も有意義だと思っているのだろう。

 ここは魔術師として腕を磨くための学園だから。


「魔道具にできることは、大抵の魔術師にならできてしまう。この学園に入れるような人たちなら尚更、ガラクタ以外の何物にも見えないはずだよ」


「じゃあどうして先輩は、名前だけ残ってたこの魔道具研究会に入ろうと思ったんですか?」


「単純に魔道具が好きだからね。あと、実家が周りから悪く言われているから、それを見返してやりたくて……」


「……?」


 実家?

 思わず眉を寄せると、先輩は続けて説明してくれた。


「私の実家は、昔に魔道具開発の功績を称えられて名前を上げたんだ。だが、実際その魔道具は別の名家との共同開発で、製作の大部分を向こう側が担っていたっていう事実があるんだ」


「えっ……」


「でも向こうは開発成果を半々にしようと提案してきて、そのおかげで名前を上げることができたんだが、周りが陰で『おこぼれにあずかって出世した金魚のフンだ』と悪く言ってくるんだ。それは確かに事実だが、うちも開発に携わっていたのも本当だし、これ以上家を悪く言われるのは嫌だと思ってね……」


「自分がすごい魔道具を作って、改めて周りを見返してやろうと……?」


「うん、そんな感じだ」


 ……なるほど。

 先輩がたった一人で魔道具研究会を頑張っていることも、先輩がとても強い人だということも今ので理解できた。

 私は実家にあまりいい思い出がないから、悪く言われたところで何も感じないだろうけど、もしそれがマルベリーさんだったらと考えたら居ても立っても居られないと思う。

 もしかしたら先輩と同じように魔道具研究会を発足し、いつか見返してやろうと魔道具の研究に没頭していたかもしれない。


「ははっ、すまないね。暗い話を聞かせてしまって。それなのに静かに聞いてくれて、本当にありがとう」


「いえ、そんなことは……」


「二人はどうか、もっとちゃんとした研究会に入ってくれ。そうじゃないと、私と同じように、他の生徒に変な目で見られてしまうから」


 そう言って先輩は、飲み終わっているお茶を片付け始めてしまった。

 これ以上私たちをここに長居させないためだろう。

 始めは私たちのことを勧誘するつもりで話を始めてくれたんだろうけど、話している内に冷静になってしまったのかもしれない。

 自分のいる研究会に入れてしまったら、周りから白い目で見られてしまうのではないだろうかと。

 何も言い出せずに固まっていると、不意に私の後方から、窓の隙間風に掻き消されそうなほど小さな声が聞こえた。


「……わ、私、この研究会に入ります」


「「……えっ?」」


「魔道具研究会に、入らせてください」


 振り返ると、ミルは決意を固めたように、引き締まった表情をしていた。

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