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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第二章

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第二十五話 「注目」

 

 ザッザッと砂を踏みしめる音が鳴る。

 ムワッとした熱気が絡みつくように全身を包んでくる。

 風が吹いたと思いきや、熱気に晒された微風はほとんど熱風となって横を通り抜けていった。

 どこか涼しげな場所がないかと思って周りを見渡すが、生憎周囲には砂しかない。

 地平線まで黄金色に輝く砂が広がり、日が照り返してそろそろ目まで痛くなってきた。

 そんな悪環境の中、私とミルは“岩の塊”と戦っている。


「ゴオオォォォ!!!」


 重石を擦り合わせるような叫び声を上げるのは、岩を人の形に積み上げたような魔獣――『岩傀儡(ゴレム)』だ。

 この『黄金砂漠』に出没する凶暴な魔獣で、人を見るとすぐに襲い掛かってくる。

 噂によると人間の肉のある体に強く憧れていて、肉体を乗っ取るために攻撃を仕掛けてきているという。

 となると目の前のこいつらも、私たちの肉体が羨ましくて襲いかかってきているのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、隣でミルの声がした。


「【凍てつく大地(ニブル・ヘイム)】!」


 その声に呼応するように彼女の足元から冷気が迸り、黄金の砂原に氷を張っていく。

 やがて氷は稲妻のように地面を走り、佇んでいる岩傀儡(ゴレム)の足を絡め取った。

 ピキピキと氷が弾ける音を鳴らしながら、岩傀儡(ゴレム)の体が瞬く間に凍りついていく。


「ゴ……オオォォ!」


 このまま放っておいてもミルの氷結魔法で片がつくだろうけど、暑いので時間は掛けたくない。

 さっさと終わらせるために、私は右手をかざして……


「【生か死か――死神の大鎌――ひと思いに敵の首を刈り取れ】」


 即死魔法を、発動させた。


「【悪魔の知らせ(デス・ノーティス)】」


 右手が黒色の怪しい光を放ち、岩傀儡(ゴレム)の体もほのかに黒く染まった。

 瞬間、氷を引き剥がそうと身を捩っていた岩傀儡(ゴレム)が、不意にピタリと静止した。


「ゴ……オォ……」


 弱々しい声をこぼした岩傀儡(ゴレム)は、それを最後に岩の体をボロボロと崩した。

 見る間に複数の岩塊に成り果てると、一時の静寂がこの場を包み込んでくる。

 チラッと隣を一瞥すると、同じタイミングでミルもこちらを向いて、安心したように笑みをこぼしていた。

 そして私たちはお互いに手を打ち合わせて、無事に魔獣討伐を完遂できたことを喜び合った。


 王立ハーベスト魔術学園に入学してから一ヶ月が経った。

 私とミルは魔術学園の生徒として、日々魔法についての勉学に励んでいる。

 勉強はあまり得意ではないけれど、魔法について学ぶのは好きなのでそこまで苦しいとは思っていないかな。

 ただまあ、卒業して国家魔術師になるという目標を叶えるのは、それなりに茨の道になりそうだけど。

 というのも魔術学園には、様々なノルマや試験が用意されており、それらの壁を越えられなければ即退学という血も涙もない制裁が待っているのだ。

 その篩の場となる期末試験が、ふた月後に迫り、私とミルはこうして受注した学園依頼を片付けている。

 一学期の期末試験までに100点の討伐点を稼がないと、期末試験そのものを受けさせてもらえないからね。

 学園依頼を受けて魔獣討伐をすることでしか、この点数は稼ぐことができないから。

 まあ、今日のように休日を利用すれば、一日に三件とか依頼を遂行できるので、討伐点もかなり稼げるけど。


「これで二人とも70点くらい行ったかな?」


「はい、大丈夫だと思います」


 私たちは依頼書を取り出して、改めて概要を読む。


岩傀儡(ゴレム)討伐】

 場所 :黄金砂漠(こがねさばく)

 目標数:5

 報酬金:10000ルーツ

 討伐点:10

 難易度:C


 今一度依頼内容を確認した私は、思わず長々としたため息を吐いてしまった。


「この依頼一つで討伐点10点、二人で分けても5点だもんねぇ。たった1点のために山登りして、頑張って鳥退治してたのが懐かしいよ」


「つい先月のことじゃないですか」


 私とミルは平民の生まれということで、他の貴族の生徒たちと比べて信用がなかった。

 そのため紹介してもらえる学園依頼もほとんどなく、点数の低い低級依頼しか受けることができなかったのだ。

 しかし今ではこうして、それなりの依頼も紹介してもらえたりする。

 というのもこの私……


「悪い状況を変えてくれたサチさんには、感謝しかありませんよ。あのままだったら私たち、きっと目標点には到達できていなかったと思いますから」


 ついこの間、別のクラスの男子と決闘をしました。

 相手はカイエンという名前の著名な魔術師一家のご子息で、一年生でもトップクラスの実力者。

 そんな相手に勝ったことで少しだけ実力を認めてもらい、他の生徒たちと同じように依頼を紹介してもらえるようになったのだ。

 思い掛けない幸運だよね。まさかあの決闘のおかげで討伐点の問題を解消できるとは思わなかった。

 でもこれは、決して私だけの手柄ではない。


「私だけじゃなくて、ミルだってすごく頑張ってたじゃん」


「えっ?」


「ミルが私のために討伐依頼を受けに行ってくれて、それであの貴族のおぼっちゃまと言い合いになったんだよ。あれがなかったらそもそも模擬戦なんてしてなかっただろうし、これはミルのおかげでもあるんだよ」


「……」


 改めてそう伝えると、ミルはどことなく安心したように微笑んでいた。

 とまあそんなこんなで私たちは、二人でこうして卒業に向けて切磋琢磨している。

 今日も無事に討伐依頼を終えて、また卒業まで着実な一歩を踏み出したのだった。


「それにしても、どうしてこんなに蒸し暑くて辺鄙な場所に、討伐依頼が出てるのかなぁ。汗だくで気持ち悪いよ」


 私は制服の襟をパタパタと揺らしながら気怠げな声を漏らす。

 こんなところで魔獣討伐をしても、誰の役にも立っていないような気がするんだけど。

 と思っている私に、ミルが少し得意げな様子で教えてくれた。


「この黄金砂漠には、隣国からやって来るキャラバンが通りますからね。危険な魔獣を討伐しておかないと、キャラバンが襲われて貴重な品物を輸入できなくなってしまいますから」


 そういえば受付の人もそんなことを言っていたような、と朧気に思い出す。

 あまり依頼の事情は気にせず受けているので、つい頭から抜けてしまっていた。

 こんな辺鄙な場所を安全にすることも大切なことなんだね。


「そもそもこの依頼を受けるって言ったのはサチさんの方じゃないですか。他にも色々と討伐依頼を紹介してもらっていたのに、どうしてわざわざこの場所の依頼を引き受けたんですか?」


「だって黄金砂漠がこんなに暑い場所だって知らなかったんだよぉ。それに報酬と討伐点もおいしかったし、何より受付さんがね……」


 と言い掛けると、ミルも得心したようにこくこくと頷く。


「そういえば、とても困った顔をしていましたね。確か、最初は他の生徒さんたちが受けていた依頼だったんですよね」


「うん。でもその子たちが岩傀儡(ゴレム)を倒せずに失敗しちゃって、結局未達成のまま放置されてたって話だし、それを聞いたら断るに断れなくて……」


 依頼不達成は生徒側だけでなく、受付さんにも責任が降り掛かるようになっている。

 むしろ受付さん側の方がペナルティは大きいかもしれない。

 だから彼女らは生徒の実力を慎重に見極めて、適正な依頼を紹介するようにしているのだ。

 それを一度失敗してしまった、ぱっつん前髪の受付嬢ちゃんが、ひどく落ち込んでいた様子だったので引き受けた次第である。


「やっぱり優しいですね、サチさん」


「うーん、流されやすいだけだと思うけどなぁ」


 そんなことを言い合いながら、私たちは帰路へとつく。

 無事に討伐依頼を終わらせたので、早いところ学園に戻って報告をしてしまおう。

 と、思ったのだが……


「それにしても、今日の晩ご飯なんだろうねぇ。サチちゃんお疲れ気味だから、肉肉しいおかずを所望したいところだけど…………ってあれ? ミル?」


 隣にいたはずのミルが、いつの間にかいなくなっていた。

 周囲を見回してみても、彼女の姿はどこにもない。

 こんなに見渡しのいい場所に隠れられる所があるはずもなく、私は眉を寄せて首を傾げた。

 どこ行ったのあの子?


「なな、なんですかこれー!?」


「んっ?」


 不意に左後方から声が聞こえて、私は咄嗟に振り向いた。

 しかしそこには誰もおらず、ただ地平線まで黄金色の砂原が広がるのみ。

 と、思ったのだが、少しそちらの方に歩いてみると、なんとそこの地面が不自然に陥没していた。

 逆円錐状にどんどんと沈んでいく砂。

 その中ではミルが溺れたように手をバタバタと動かして、どうにか地上に這い上がろうとしている。


「す、吸い込まれていきますー!」


 見ると沈んでいく地面の中心には、奇妙な魚のような顔が見えた。

 確かこの黄金砂漠には、砂の中を泳ぐ巨大魚がいると受付さんが言っていた。

 砂ごと地上の生物を丸呑みにしてしまうとのことで、特に注意が必要な魔獣だと聞いた。

 でも最近はほとんど出没しておらず、出会う確率は極めて低いだろうとも教えてもらったっけ。

 それがどういうわけか、見事にミルの真下に潜んでいたらしい。

 そして私だけを除いてミルだけ砂地獄に吸い込まれてしまったと。

 相変わらず運が無い子だな。


「ミルの魔法なら一発で倒せるでしょー。ちゃちゃっと倒して上がってきなよー」


「が……ふっ……。すす、砂が口に入って、上手く詠唱が……」


 なんか時間が掛かりそうだった。

 そう思った私は、すかさず右手を巨大魚に向けて、口早に唱えた。


「【生か死か――死神の大鎌――ひと思いに敵の首を刈り取れ】――【悪魔の知らせ(デス・ノーティス)】」


 先刻の岩傀儡(ゴレム)と同じように、魚に黒い光が迸ると、すぐに砂地獄がピタリと止まった。

 確認してみると、巨大魚は天に向けて大口を開きながら、すでに息絶えて置物と化していた。

 やがて砂地獄の中からミルが這い上がってきて、息も絶え絶えになりながら頭を下げてくる。


「たた、助かりました! 本当にありがとうございます!」


「相変わらずの不幸体質だよね、ミル。見てるこっちがヒヤヒヤしちゃうよ」


 こういうアクシデントは、毎回必ずと言っていいほど起きている。

 それもこれもきっと、幸運値0のミルが引き寄せているのだろう。

 この子の涙目をいったい何回見たことか。


「逆に、サチさんも相変わらずすごいですね。不幸体質の私と一緒にいるのに、まったくそれに巻き込まれずにいるんですから」


「あぁ、まあそれは……」


 私はわかり切っていることを、意味もなく堂々と胸を張って言った。


「幸運値999だからね」


 たとえ不幸体質のミルと一緒にいても、不幸な目には絶対に遭わない。

 日常的にいいことがばんばん起きるし、怪我や病気だって一切しない。

 そして先ほどのような『即死魔法』も、必ず成功してしまうのだ。

 そんな今さらながらのことを言った後、私はふとあることを思いついて提案した。


「あっ、じゃあこれからはずっと手でも繋いでみる? それならもしかしたらミルも不幸な目には巻き込まれずに済むんじゃないかな」


「……それでもなぜか私だけ転んだり怪我をしそうで怖いですね。ていうか、なんか恥ずかしいので却下です」


 なんて益体もないことを言いながら、今度こそ私たちは帰路についた。




 翌朝。

 休日が明けて学校の日になり、私たちはいつも通り学生寮から登校した。

 そしてさっそく昨日の岩傀儡(ゴレム)討伐の依頼報告をするために、依頼受付所へと向かう。

 岩傀儡(ゴレム)の崩れた体の一部に、赤く光る小さな岩があり、それが討伐証明となる。

 それを持っていくと、受付口にいたぱっつん前髪の受付ちゃんに、とても感謝された。

 また依頼不達成になれば、今度こそ多大なペナルティを受けることになっていたらしい。

 おかげで私たちへの信頼もまた一段と強くなったみたいで、さらに条件のいい依頼を回してもらえることになった。

 朝からついているな、と思いながらミルと教室に向かっていると、廊下を歩いている最中に視線が気になった。


「おい、あれって例の……」


「模擬戦した一年の平民か……」


「……」


 声のした方を一瞥すると、そこには二人の男子生徒がいた。

 制服には緑の差し色が入っている。

 二年生の制服だ。

 どうやらあの話は今や、他学年の生徒たちにも広がっているみたいだ。

 私が、著名な魔術師一家の子息と模擬戦をして勝ったという話が。

 鬱陶しい視線だなぁ、なんて思いながら毅然として廊下を進んでいると、隣にいるミルが苦笑いしながら声を掛けてきた。


「すっかり有名人ですね、サチさん」


「……だね」


 思わず乾いた笑いが漏れてしまう。

 変に注目とか浴びたくなかったんだけどなぁ。

 あんまり肯定的な視線でもないし、みんな平民が注目を浴びているのが気に食わないのだろう。

 それに……


「まさかこの注目が一ヶ月も続くとは思わなかったなぁ。割とすぐ落ち着くと思ってたんだけど……」


 カイエンと模擬戦をしてからの一ヶ月、このなんとも言えない視線を常に受け続けている。

 まあまだ入学してからたったの一ヶ月しか経っていないし、特に他に目を引くイベントもなかったからそのせいもあるんだろうけど。


「きっとじきに落ち着きますよ。そろそろ期末試験を見越して授業も難しくなってくるでしょうし、自分たちのことで手一杯になると思いますから」


「だといいけどね……」


 私たちが平民である以上、貴族の子息令嬢しかいないこの学園では嫌でも目立つだろうけど。

 私たちがこの学園に自然に溶け込める日が早く来ないかなと願うばかりである。

 せっかく朝から上機嫌だったのに、少し憂鬱な気分にさせられながら、私たちは教室へと辿り着いた。

 やがて朝礼の時間となり、レザン先生もやってくる。

 するとそんな先生から、朝っぱらから思いがけないことを伝えられた。


「明日は『身体測定』があるので、体調を万全に整えて臨んでほしい」


「身体測定?」


 という連絡に、ガタッと隣の席のミルが体を揺らす。

 チラッとミルの方を一瞥すると、彼女はこの世の終わりとでも言わんばかりの青ざめた顔で、自らの胸を押さえていた。

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