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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第一章

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第二十三話 「幸運値999の私……」

 

「【躊躇うな――灼熱の流星――骨の髄まで焼き尽くせ】――【小さな太陽(リトル・フレア)】!」


 奴の構えた杖から、先刻の火球を凌駕するほどの大火球が撃ち出された。

 中級の火系統魔法――【小さな太陽(リトル・フレア)】。

 この魔法はいわば、【燃える球体(フレイム・スフィア)】の上位互換。

 通常であれば破壊力が高すぎるため、模擬戦での使用はみんな避けるはず。

 そうでなくてもカイエンは魔力値が高く、赤魔素持ちの赤魔術師なので反則級の威力が出てもおかしくない。

 その予想の通り、カイエンの手元から放たれた大火球は、反則ギリギリの大きさと熱量だった。

 観客席から小さな悲鳴が上がる。どよめきが起こる。審判席のレザン先生も身を乗り出す。

 だが……


「はいっ……と」


 私は軽く右手を払っただけで、その大火球を跡形もなく消し去った。


「なっ――!?」


 カイエンは杖を構えたまま、つり目を大きく見開いて硬直した。

 今の一撃に相当な自信があったようだが、それも無駄である。

 私の体に触れる直前に【ひと時の平和(イージス・フリーデ)】の効果が発動して、魔法は無効化された。

 この防護魔法を撃ち破れる魔法は、おそらく存在しない。

 十万回に一回ほどしか発動しないという条件があるからか、あのマルベリーさんの全力の一撃ですら完璧に防いでみせたのだ。

 それを、魔術師の名家の子息とはいえ、一学生のあいつ程度に突破できるはずもないのである。


「だから無駄だって言ったでしょ。ま、やっぱりあんたみたいな奴は、きちんと負かしてやらないとダメみたいね」


 私は一歩一歩、ゆっくりとカイエンに近づいていく。

 わざと絶望感を与えてやるために、近づくにつれて意地悪な笑みを深めていった。


「あんたのところまで、ここからおよそ二十歩。その間私は何もしないであげるから、せいぜい頑張って魔法で止めてみなさいよ」


「な、舐めてんじゃねえぞクズ平民が!」


 カイエンは憤怒して、その感情を炎に変えるように杖を振るう。


「【烈火の大波(カルマン・ヴァーグ)】!」


 炎の波を生み出す魔法。


「【炎上の渦中(グルナ・トルナード)】!」


 炎の渦に閉じ込めてくる魔法。


「【夕焼けの烏合(トルポ・フランメ)】!」


 火の鳥の大群をぶつけてくる魔法、などなど。

 多種多様の火系統魔法を、絶え間なく発動し続けて、私への攻撃の手を一向に休めることはなかった。

 しかし、それらすべての魔法も……


 私の体に触れることすら叶わず、直前で無効化されてしまった。


「あ〜らら、そんな調子で大丈夫なの? 私はまったく痛くも痒くもないんだけど。ほらほら、どんどん近づいて来ちゃったよ」


「く……そがぁ……!」


 カイエンは屈辱そうな顔で、こちらから距離をとる。

 訓練場は広いので、逃げ回ろうと思えばできなくもないけれど、プライドがそれを許さなかったのか僅かに後退した程度で踏み止まった。

 これ以上退けば、模擬戦の勝敗に関わらず立場的に敗北が決してしまう。そういう判断なのだろう。

 それは貴族根性が逞しくて結構だが、これ以上粘ったところで勝敗がひっくり返ることはまずない。

 そう思っていた矢先に……


「魔法が効かねえってんなら、それじゃあこれでどうだよ?」


「……?」


 カイエンが不敵に笑った。

 奴は杖を高々と天に向けて唱える。


「【顕現せよ――妖艶なる不死の鳥――天地一切を焼き払え】」


 その詠唱を聞いて、真っ先にレザン先生が息を飲んだ。

 反射的に審判席から身を乗り上げて、声を上げようとする。

 だが、寸前のところで難しい顔をして、踏み止まってしまう。

 止めに入ろうとしたが、その判断が適切かどうか迷って止まってしまったように見えた。

 その理由は、すぐに明らかになった。


「【滅却の不死鳥(フレア・フェニクス)】!」


 カイエンが詠唱を終えると、彼の目の前に大きな魔法陣が展開された。

 魔法陣は真紅の閃光を放ちながら、中心に光の粒を集めていく。

 それらは寄り集まることで形を成していき、やがて“大きな鳥”のようなものを造り上げた。

 全身が燃え上がっている炎の鳥。頭が観客席の二階まで届くほど大きく、目の前に立たれているだけで痛いくらいの熱気を感じる。


「キイィィィ!!!」


 炎の鳥は空気を震わせるように叫び声を上げて、会場をどよめかせた。

 ただ鳥の形を模しただけの火系統魔法じゃない。

 個の意思を持っているれっきとした生物。これは間違いなく……


「へぇ、召喚魔法か。結構無茶するんだね」


 マルベリーさんから教わったことがある。

 自らの魔素を切り離して、擬似的な魔獣を造り上げる『召喚魔法』というものがあると。

 かなり強力な魔法だが、その分多大なリスクを伴う。

 通常の魔法と違って、魔素を切り離して発動するゆえに、使用者の魔素が激しく損傷するのだとか。

 時間経過と共に魔素の元気が回復しづらく、最悪の場合大量の魔素が使い物にならなくなると聞いた。

 召喚魔法を繰り返し使って、生涯魔法を使えなくなった魔術師もいるらしい。

 そのような危険な魔法。けれどこの場合、最善手と言っても過言ではない。

 私の【ひと時の平和(イージス・フリーデ)】はあくまで魔法による攻撃を防ぐだけなので、純粋な物理攻撃を無効化することはできない。

 確かに魔獣による攻撃なら、今の私にも問題なく通用する。

 身体強化魔法で直接殴りに来るという手もあっただろうが、私に近づくのを恐れて召喚魔法を選んだってところかな。

 何よりこの召喚獣、かなり強力だ。それこそ学生同士の模擬戦なんかではとてもお目に掛かれないくらい。

 それでもレザン先生が止めに入って来なかったのは、召喚獣は通常の魔獣と違って主人の意思で動かされるもので、いくらでも力を加減できるからだろう。

 まあ、怒りで我を忘れたこいつが、果たして加減してくれるかどうかは怪しいけど。


「はっ、俺が平民ごときに負けるわけねえだろうが! 調子に乗ってんじゃねえぞ劣等人種が! この学年に入学できたからって、同じ舞台に立ったつもりになってんじゃねえ!」


 召喚獣を前に置いたことで、カイエンは相当強気になっている。

 模擬戦前の余裕の笑みを頬に取り戻して、奴は笑い声を響かせた。


「てめえはな、この学園に不要な存在なんだよ! あのべそべそ泣いてた間抜けも漏れなくな!」


「……」


「大切な物だったか知らねえが、装飾品一つ壊されたくらいでみっともなく泣きやがってよ! そんな軟弱な奴は魔術師になる素質なんてねえんだ! てめえらは俺がまとめてこの学園から追い出してやるよ!」


 その声を合図にするように、豪炎の怪鳥が翼を広げた。

 そして訓練場の天井を目掛けて勢いよく飛び立つ。

 翼からは数多の火の粉が散り、また観客席の生徒たちに小さな悲鳴を上げさせた。

 私は炎の鳥を見上げながら、人知れず思う。

 ミルの心はまだ弱いと思う。魔術師として足りないものが多いのは事実だ。

 でも彼女は、それを補って余りある飛び抜けた才能と優しい心を持ち合わせている。

 そんなこともわからないで一方的に素質がないと決めつけるなんて、それこそあの男には何の素質も感じられない。

 私の友達を侮辱したこと、大勢の前で泣かしたこと、心の底から後悔させてやる。


「相手が魔獣なら、あれ使ってもいいよね」


 私はゆっくりと右手を開いて、炎の鳥に向ける。

 静かに微笑み、口に馴染んだ言葉を滑らかに詠唱した。


「【生か死か――死神の大鎌――ひと思いに敵の首を刈り取れ】」


 燃え盛る怪鳥がこちらを睨み、凄まじい速度で急降下してくる。

 カイエンが不敵に笑う。

 レザン先生が目を見開く。

 観客席の生徒たちが息を飲む。

 その中で私は、一切動揺することなく……

 

 怪鳥の首に、死神の鎌を掛けた。




「【悪魔の知らせ(デス・ノーティス)】」




 右手で漆黒の光が瞬く。

 同じ色の光が業火の大鳥を包み込む。

 一瞬にして禍々しい光に包まれた召喚獣は、苦しみもがくように空中で暴れ回った。


「キイィィィ!!! キイィィィ!!!」


 やがて飛ぶ力を失くしたのか、力なく地面に落ちてくる。

 その後、叫び声を上げることもなく、空気に溶けるように静かに消えていった。

 訓練場が静寂に包まれる。

 観客席の生徒たちは唖然とし、レザン先生も言葉を失くしている。

 カイエンは自分の目を疑っているのか、召喚獣が消え去った場所を呆然と見つめていた。


「そん、な……俺の召喚獣が、一撃で……」


 召喚獣はあくまで魔法で造った擬似体なので、絶命しても肉体が残らないようになっている。

 逆に言えば姿が消えた召喚獣は、紛れもなく命を落としたということになるのだ。

 だからカイエンは戸惑っている。見たことも聞いたこともない魔法で、たった一撃で自慢の召喚獣が倒されてしまったことを。


「な、なんなんだよ、てめえ……」


 カイエンはいよいよ、私に対して懐疑的ではなく畏怖の視線を向けてきた。

 構わずに、私は奴に近づいていく。


「【賽は投げられた――神の導き――恨むなら己の天命を恨め】」


 目の前で立ち止まり、おもむろに右手を向ける。

 先ほどの召喚獣が倒された光景を連想しているのか、カイエンは唇を震わせながら叫び声を上げた。


「なんなんだよてめえはァァァァァ!!!」


 答えることなく、私は終止符を打った。


「【運命の悪戯(フォル・トゥーナ)】」


 瞬間、右手から黄色い光が瞬いた。

 カイエンの全身も同じ色の光に包まれて、奴は地面に倒れる。

 痙攣したように体を震わせながら、カイエンは身動き一つできずに静まった。


「はい、おしまい。あとでちゃんとミルに謝りに来なさいよ。でないと今度は、もっとひどい目に遭わすから」


 声音を落としてそう言うと、私は静寂に包まれている訓練場を我が物顔で横切った。

 誰も何も言わない。物音一つしない。私の足音だけがコツコツと鳴り響く。

 やがて審判席の前を通り掛かると、そこでようやくレザン先生が我に返って、カイエンの様子を窺った。

 まったく身動きが取れなくなっている奴を見て、先生は凛とした声を張り上げる。


「しょ、勝者……サチ・マルムラード!」


 そこで観客席の生徒たちも、遅まきながらハッとした。

 倒れているカイエンと、立ち去ろうとする私を交互に見て、ゆっくりと事態を把握していく。

 次第に『パチ……パチ……』と弱々しくて絶え絶えの拍手が、所々から聞こえてくるが、素直に祝福し難いといった様子だ。

 私が無名の平民だからかもしれない。

 誰もがカイエンが完勝するだろうと思った模擬戦で、逆にカイエンが圧倒的に敗北した。

 きっとそのせいでみんな混乱しているのだろう。

 もしくは、これで平民の私がさらに調子付くんじゃないかと、称賛よりも危惧の念を抱いているのかもしれない。

 まあ別にいいか。ミルに謝罪させるためにやったことだし。実力を認めてもらうために戦ったわけじゃない。

 それにこの模擬戦を通じて改めてわかったこともあるので、なかなかに有意義なものだったと思う。

 私はそこそこ強いということ。

 自分が割と粘着質で意地悪ということ。

 それと人を相手にした時の加減の仕方とか、魔術師との戦いで重要なこととか。

 あとは、まあ……


 友達を侮辱されたら、これ以上ないくらい腹が立つということ、とかね。

 

 私は清々しい気分で、友達が待つ出口の方へと歩いていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 模擬戦の結果に過去の確率魔法の研究者たちが草葉の陰とか墓の下で喜んでそうですね。
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