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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第一章

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第十九話 「二人ぼっち」

 

 ミルティーユ・グラッセは不幸な少女である。

 幸運値0の影響により、日常的に不運な目に遭っていて、これまで悪いことが起きなかった日がない。

 失くし物や落とし物は日常茶飯事、外出時に急な悪天候に見舞われるなんて毎度のこと、躓いて転ぶのはもはやお手のもの。

 まさに神様に嫌われた存在だ。

 それでも彼女は誰かを恨んだことは一度もない。

 むしろ自身の不運のせいで、周りの人間たちも不幸にしてしまっているのではないかと、日頃から申し訳なく思っているくらいだ。

 母が病気で倒れてしまった時も同じことを思った。


『お母さん……ごめんなさい……! 私の……私のせいで……!』


『ミルは何も悪くないじゃない。お母さんの運が悪かっただけよ』


 母は笑いながらそう言ってくれた。

 しかしミルは、自分の不運が母に降り掛かったせいで、急病を招いてしまったのだと思った。

 自分に不幸が降り掛かる分にはいくらでも構わない。

 逆に母が苦しむことを自分は望んでいないから、母が病に罹ってしまったのではないかとミルは考えたのだ。

 もちろんそれは何の根拠もないただの憶測だ。

 幸運値はいまだに多くの謎に包まれていて、確かな効力が何一つ証明されていない。

 現状わかっていることと言えば、日常的な幸福度に僅かな差異が生まれる“かも”しれないということだけ。

 だから幸運値0の不幸少女だとしても、その不幸が周りの親しい人間にまで害を及ぼすかはわからないということだ。

 しかしミルは自分のせいで周りを不幸にしていると勝手に思っている。

 そしてそんな疑心を確信に変えさせるような、とある出来事が一つ起きてしまった。


『またドジ踏んだのねあんた。相変わらずしょうがない子ね、ミルは』


 故郷のオリヴィエの村に、プラム・キュイールという名の少女がいた。

 彼女は村の領主の一人娘で、気弱で大人しいミルに対し、とても気の強い活発な女の子だった。

 性格が正反対の二人だけれど、よくミルとプラムは一緒に遊んでいた。

 暮らしていた屋敷がミルの自宅の近くにあったからというのが主な理由である。

 他に、歳の近い子が村にいなかったということもあり、二人はよく行動を共にしていた。

 仲はとても良かった。幸運値0のせいで不運な目に遭うミルを、プラムが甲斐甲斐しく世話を焼くというのが恒例の流れになっていた。

 ドジな妹と面倒見のいい姉。傍から見ていた者たちは総じてそんな印象を受けて、喧嘩をしている姿も一度だって見たことがなかった。

 しかし、ある日……


『ミル!』


 村の近くの森で、ミルが魔獣に襲われてしまった。

 プラムと二人で森の中で遊んでいる時に、運悪く植物種の魔獣に見つかってしまったのだ。

 本来は村の近くまで来るような魔獣ではなかったのだが、ミルの不運が招いてしまったのか二人の遊び場まで来てしまった。

 ミルはその魔獣に捕まってしまい、森の奥深くまで引き摺り込まれそうになった。

 そこを、プラムが助けてくれた。


『【燃える球体(フレイム・スフィア)】!』


 プラムは貴族の血筋ということもあり、魔力値がかなり高かった。

 将来は国家魔術師になるという夢を持ち、幼い頃から魔法についての勉学も行なってきた。

 それによって学んだ魔法で植物種の魔獣を攻撃して、ミルの拘束を解いてくれた。

 だが、それに怒りを覚えた魔獣が、今度はプラムに襲い掛かった。

 体内から大量の毒液を放出し、プラムはそれを避け切ることができなかった。

 多量に毒液を浴びたプラムは、激痛を味わいながらも二撃目の魔法を放ち、植物種の魔獣を退けた。

 そして二人はなんとか村に戻ることはできたのだが、とても無事だとは言えない状態だった。


『ぐ……うぅ……!』


 プラムが浴びた毒は、人体を蝕む効力の他に、魔素の働きを麻痺させるという異質な効果を備えていた。

 少量であれば大した影響もない毒だったのだが、プラムの幼い体には多大な量の毒液が付着してしまった。

 そのせいでプラムは、魔法を上手く扱うことができなくなってしまった。

 魔素が詠唱を聞き届けてくれず、魔法が発動しなかったり、発動したとしても威力が微弱になってしまったり。

 現代の医学では治療不可能と判断されて、国家魔術師になるという夢は完全に途絶えてしまった。


『あんたなんかと一緒にいなきゃよかった! もう二度と私の前に現れるんじゃないわよこの疫病神!』


 ミルは大切な幼馴染にそんな言葉を掛けられて、自分は不幸を呼び込む存在だと改めて確信した。

 それから彼女は、人と関わることを極力避けるようになった。

 誰かと親しくなってしまったら、またその人に不幸が降り掛かるから。

 だから誰とも仲良くならない。近づかないようにしよう。そう心に決めた。 

 けれど……


『あ、あのぉ、もしもし?』


『ひゃ、ひゃい!』


 銀髪の少女が目の前に現れた。

 母の医療費を得るため、そしてプラムの魔素を治す方法を見つけるために魔術学園の入学試験を受けた。

 そこで出会った銀髪少女は、サチという名前のとても不思議な子だった。

 始めは素っ気ない態度を取って追い払おうと思った。

 けれどサチが予想以上に強気に攻めてくるので、下手に断ることもできなかった。

 そのままなし崩し的に協力することになり、共に行動することでサチの異質性にどんどん気付かされた。


『こう見えても私、幸運値だけが取り柄なんだよね。幸せになることに関してなら、他の誰にも負けない自信があるからさ』


 なぜかサチは、自分と一緒にいても不運な目に遭わない特別な存在だった。

 自分が転んだ時に一緒に転んでしまうようなことはなく、むしろ転んでいる自分の姿を隣で見て爆笑するような存在。

 もっと言えばサチと行動を共にするようになってから、自分に降り掛かる不幸もめっきり減って、嫌なことがほとんど起きていないように思う。

 自分の不幸すらも打ち消してしまうような超絶幸運娘。

 だからミルはそんなサチに甘えてしまい、これからも共に時間を過ごしたいと思った。

 しかしやはり、不運は突然訪れた。


『依頼受付所は、その生徒に見合った依頼を紹介する場所となっております』


 平民ということが原因で、学園依頼を思うように受けることができなかった。

 これも自分が招いてしまった不幸だと思った。

 サチとミルの二人だけで行動していても、この学園で生き残ることができない。

 無事に進級して卒業まで辿り着くためには、他の生徒の協力が必要だ。

 例えば先ほど話し掛けてきてくれた女生徒――マロン・メランジェのような存在が。

 しかしミルと関われば必ず不幸な目に遭う。

 サチは特別な幸運娘なので何ともないけれど、他の者たちまでそうだとは限らない。

 だからミルはマロンが接触してきたその時に、逃げるように教室を出て行ってしまったのだ。

 そして今、学園の中庭のベンチにて、後悔の念を長々としたため息に変えている。


「はぁ〜……」


 自分と関われば必ず不幸になる。だからマロンとの接触を避けるというのは正しい。

 ただ、さすがに逃げるのは失礼だったと思う。

 もっと別のやり方があったのではないだろうか。

 あれでは、いつも連れ立って行動しているサチの立場まで危うくなってしまうではないか。

 あいつ感じ悪くね? そんな奴と一緒にいるお前もやばいだろ? みたいな。


「……いいえ、もしかしたら」


 もしかしたら自分は、もうサチと関わらない方がいいのかもしれない。

 これを機にサチとの関係を完全に絶って、孤独な日々に戻った方が互いのためなのではないか。

 それならサチも気兼ねなく他のクラスメイトたちと仲良くすることができて、学園で生き残れる可能性も大いに高くなるはず。

 今は自分に遠慮してクラスの人たちと仲良くすることを避けているようだけど、この学園の仕組み上それが足枷となっているのだ。

 だからそれが一番いいはず。とわかっていながらも、ミルの胸中には複雑な思いが渦巻いていた。

 その気持ちをどう表現したらいいのかわからず、ミルはお守りのペンダントに目を落としながらまたため息を吐く。


「……どうすればいいんでしょう」


 今は亡き父親に問いかけるように、手製の魔道具ペンダントを見つめながら独りごちる。

 これを身に付けているといいことが起きる、ということで入学試験前に母が渡してくれたものだけれど、その効果はいまだに実感できていない。

 それもそのはずで、この魔道具は持ち主の魔素の色に反応して色を変えるだけだから。

 気休め以外の何物でもない。と思いながらも、ミルはそのペンダントを大事に持ち続けてお守り代わりにしている。

 思えば超不幸少女の自分が、超絶幸運娘のサチと出会えただけでも相当な僥倖である。

 入試にも無事に合格することができたので、案外こういった装飾品には幸福度を上げる効果があるのかも。


「ミルみーつけたっ!」


「わっ!?」


 お守りのペンダントに目を落としていると、突然後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、これまた見慣れた銀髪を揺らす元気そうな少女がいた。


「サ、サチさん? マロンさんと一緒にお昼だったんじゃ……」


「ミルが飛び出して行っちゃうから断っちゃったよ。あーあ、せっかく新しいお友達ができるチャンスだったのに」


 サチはベンチの後ろから前に回ってきて、不服そうな声を漏らしながら隣に腰掛けてくる。

 その姿を横目に見ながら、ミルは気まずそうな顔で尋ねた。


「それなら、どうして私の方を追い掛けて来たんですか?」


「えっ? だから、ミルがいきなり飛び出して行っちゃうから……」


「そうではなくて、私といるよりも新しい友達を作った方が賢明だと言っているんです」


 自分といても良いことなんて何一つない。

 むしろ不幸が降り掛かる危険が付き纏う。

 反対に他の人たちと仲良くなれば、今後の学園生活がとても楽になることに違いないのに。

 どうしてそのチャンスを棒に振ってまで自分の後を追い掛けてきたのだろうか?


「私だけ友達になっても意味ないじゃん。ミルも一緒に友達になろうよ」


「わ、私はいいですよ。誰とも仲良くなりたくないので」


「仲良くなりたくない?」


「私と仲良くなると、その人たちはみんな不幸になりますから」


 母のように、幼馴染のように。

 そして不幸にしてしまったその人から、また手厳しい言葉を掛けられるだけだ。


「だからマロンさんのことを……ていうかクラスのみんなのことを避けてるってこと?」


「はい、そうです」


「友達になると不幸にしちゃうかもしれないから? だから友達はいらないの?」


「その人を不幸にしてしまうくらいだったら、友達なんていらないです」


 ミルは改めて、はっきりとそう断言した。

 友達なんていらない。不幸にして恨まれるくらいなら独りぼっちでいい。それがミルの本心だ。

 するとサチは、しばし考え込むように黙り込み、やがて何かを思いついたように口を開いた。


「ふぅーん……じゃあ私もいらないってことかぁ」


「えっ!? あっ、いや、別にそういうわけではなくて、サチさんはまた別と言いますか……」


「ふぅーん……」


 チラリとサチの方を窺うと、彼女はニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべていた。

 こちらの戸惑った反応を見て、心の底から楽しんでいる様子。

 ミルはかあっと顔を熱くさせながら、不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「も、もういいです」


「うそうそごめんごめん! ちょっとからかってみたくなっちゃっただけだから!」


 まったくこの人は……

 ミルが呆れたようにそう思っていると、サチはごほんと咳払いを挟んで話を戻した。


「ようは下手に色んな人たちと仲良くなって、自分の不幸に巻き込みたくないってことでしょ。それなら全然心配はいらないんじゃないの? だってずっと一緒にいる私が平気なんだし、そんなのただの思い込みだよ」


「それはサチさんが幸運値999だからですよ。他の人たちまで平気とは限りません。実際に昔、故郷の村で仲の良かった子を不幸にしちゃいましたし」


 幼馴染に掛けられた言葉を思い出し、ミルはぎゅっと胸を掴む。

 またあんな思いをするくらいなら友達はいらないと考えて、ミルは今一度サチに言った。


「私のことは放っておいていいので、サチさんだけでもマロンさんのところに行ってください。マロンさんのご実家のメランジェ家は、魔道具開発を軸に魔術国家繁栄に貢献したとても名高い家柄と聞いています。あの方と一緒にいればたくさんの依頼を紹介してもらえて、学園生活も安泰になると思いますから」


 逆に言えば、ここでマロンの提案を聞き入れなければ今後の学園生活が相当苦しくなるはず。

 現在、クラス内では仲の良い人たちがそれぞれグループを作り始めている。

 しかしその中でミルとサチは、少し浮いた立ち位置にいるのだ。

 理由としては、二人がこの学園では珍しい平民だから。

 避けられている、とまでは言わないけれど、どこか距離を置かれているような状態。

 それに加えて二人とも人付き合いが得意なタイプではないということもあり、一年A組の中で孤立している。

 そんな折にクラス内で人気者のマロンが話し掛けて来てくれたのは、まさに僥倖だったと言わざるを得ない。

 この好機を棒に振れば、ますます二人の孤立化は加速してしまうことだろう。

 そう危惧してサチだけでもマロンのところに行くように説得してみたけれど、サチは頑なにミルを気に掛けた。


「マロンさんたちとは仲良くなりたいけど、ミルだけが孤立することになるのはもっと嫌だなぁ。ミルはこれからどうするの?」


「わ、私は……」


「家章を持たない平民の私たちじゃ、せいぜい紹介してもらえたとしても討伐点1とかの低級依頼ばっかりだよ。そんなのやってたって期末試験までに100点なんて絶対に辿り着けない。このまま退学になっちゃってもいいっていうの?」


「退学は、嫌ですけど。でもそれで他の人たちを巻き込むことはやっぱりできません」


 ミルも頑固になって首を横に振り続ける。

 するとサチはこちらが意思を曲げないことを悟ってか、やがて諦めをつけたかのようにため息をこぼした。


「ま、ミルがそう言うなら仕方ないか。もったいないけどマロンさんからのお誘いは断ることにしよっと」


「えっ? な、なんでそうなるんですか? サチさんは普通にマロンさんたちと仲良くすれば……」


「ミルが仲良くしないんだったら、私も仲良くしなーい」


「……」


 この人はいったい何を考えているんだろう。

 気遣ってくれるのは素直に嬉しいが、もうそんなことを言っている場合でもないというのに。

 今は何が何でもたくさんの学園依頼を達成して、討伐点を稼がなければならないのだ。

 そうしないと……


「このままだと、サチさんまで退学になっちゃいますよ」


「ならないようにどうにかするよ。一緒に卒業して国家魔術師になるって約束したんだし、それにまだ他に生き残る手立てはきっとあると思うから、色々と方法を考えてみよう」


「……考えてみようって言われても」


 そんな方法あるわけない。

 この学園で平民がどれだけ不利な存在なのかは、入学からたった数日で痛感できた。

 自分たちが平民である以上、魔術学園で生き残るのは荊の道だ。

 でも、サチだけならまだ助かる方法は残されている。

 それを遮っているのは何者でもない、この自分だ。

 

『あんたなんかと一緒にいなきゃよかった!』

 

 また自分のせいで、誰かを不幸にしてしまう。

 もうあんな思いをするのは、ごめんだ。

 過去の出来事を思い出し、ミルは一つの決意を抱いた。

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