第十五話 「平民としての弊害」
「うわっ、すごい人……」
依頼受付所にはたくさんの生徒たちが集まっていた。
おそらく同じ新入生たちだと思われる。
みんなはそわそわとした様子で、自分の順番を待っていた。
まあ成績不達成の人は即退学と聞かされたら、誰だってこう焦っちゃうよね。
ていうかこのままぼぉーっとしていたら、依頼を根こそぎ持って行かれちゃうよ。
「私たちも行くよ、ミル!」
「は、はい!」
私たちも即退学という残酷な結末を避けるために、依頼受付所の行列の一つに並んだ。
どうやら受付所では、受付さんが依頼を紹介してくれるらしい。
いくつか候補を挙げてもらい、その中から選ぶ方式になっているそうだ。
というのを、列の前の方を見ているとわかる。
生徒たちは紹介してもらった中から気に入った依頼を選び、続々と討伐に向けて校舎を飛び出して行った。
「どんな依頼を紹介してもらえるんだろうね? 討伐依頼って言っても、私たちなんてまだ学生だし、そこまで難しいものはないのかな?」
「ですが、国家魔術師さんたちが受けている討伐依頼と、同じ内容だと言っていましたよ」
「うーん、実際に見てみないと何にもわかんないか」
なんて風にミルと雑談をしていると、やがて私たちの番がやってくる。
依頼受付所のカウンターは五つあり、私たちのところにはなんと、十歳くらいの少女が立っていた。
切り揃えられた短い黒髪とくりっとしたつぶらな瞳が幼さに拍車を掛けている。
たぶん彼女が受付さんなのだろう。
私たちよりも明らかに歳下のように見える。
ここの生徒? ではなさそうだし、先生という可能性はもっとないよね。
なんでこんな少女が受付さんなんてやっているんだろうか?
他所から雇っているのかな? まあそれはいいとして……
「あの、すみません。討伐依頼を受けたいんですけど」
「はい、かしこまりました」
受付少女は幼なげな笑顔をこちらに見せて、かしこまった返事をした。
そして歳不相応に、淀みない所作で綽々と執務をこなしてくれる。
名前、クラス、学籍番号、学生証の確認と、依頼受注に必要だと思われる書類の準備。
見る間にすべてを終わらせてしまうと、次に少女は丸々とした瞳で私とミルを同時に見てきた。
「今回はお二人で依頼を受けるのでしょうか?」
「はい、そうですけど……」
「……でしたら」
受付さんはじっと私たちのことを見てから、カウンターの奥にある掲示板に近づいていく。
そこには何枚も用紙が貼られていて、少女はその内の二枚の紙を剥がしてこちらに持って来てくれた。
見るとそれは、依頼内容が書かれた用紙だった。
「こちらが討伐依頼書となっております。現在サチ様とミル様にご紹介できる依頼はこちらとなっております」
「あっ、そうなんだ……」
これが依頼書ね。
確かに他の受付さんたちも、あの掲示板に集まって紙を引っぺがしている。
そして依頼受付所に来ている学生たちにそれを見せて、討伐依頼の説明をしていた。
けれど……
「あれっ? ちょっと待って? これが依頼書ってことは、私たちに紹介できる討伐依頼はこの二つだけってこと?」
「はい、こちらが現在ご紹介できる依頼となっております」
少女はほんの少しだけ申し訳なさそうな様子でこくりと頷いた。
私はチラリと隣のカウンターの方を見て、深く眉を寄せてしまう。
「他の生徒たちは、十枚とか十五枚とか、もっと色々な依頼を紹介してもらってるみたいなんだけど……。なんで私たちだけこの二枚だけなんですか?」
「……依頼受付所は、その生徒に見合った依頼を紹介する場所となっております。数多くの依頼を紹介していただきたいのでしたら、相応の実績を残していただかなければなりません」
「実績って……」
入学したばかりで実績も何もないでしょ。
何を言っているんだこのぱっつん受付嬢ちゃんは。
大きな成績を残せる課題授業も試験も何もやっていないんだからさ。
ていうかそれよりも……
「実績がないのは周りの人たちも一緒でしょ? それなのにどうして私たちだけ、紹介してもらえる依頼がこんなに少ないの? 私たち、同じ一年生なのに……」
と、言いかけた私は、思わずハッとなって口を閉ざしてしまった。
“同じ”一年生? いや、違う。
周りの一年生たちと私たちでは、明らかに違う点が一つだけある。
「もしかして、“家章”……」
「まあ、はい……その通りでございます」
悪い予感が当たってしまった。
うわっマジか。と人知れず歯を食いしばっていると、今のやり取りを見ていたミルが、不思議そうな顔で尋ねてきた。
「ど、どういうことですか?」
「入学試験の時と似たようなものだよ。他の新入生たちは私たちと違って、制服の胸元に“バッジ”を付けてるでしょ。あの貴族のおぼっちゃまたちが言ってた“家章”ってやつ」
「あっ……」
そこでミルも気が付いたようだった。
私たちと他の生徒たちの違いを。
どうして私たちだけ、紹介してもらえる依頼が極端に少ないのかを。
「実績も何もない新入生の実力を、早い段階で見極めるのはすごく難しい。だからとりあえずは胸に付けてる家章を見て、出自に応じて討伐依頼を紹介してるんでしょ?」
「……一応、生徒の依頼失敗は、受付の私たちの責任にもなりますので」
ぱっつん受付少女は、とても申し訳なさそうな顔で頷いた。
依頼受付所は、その生徒に見合った依頼を紹介する場所。
もし不釣り合いな依頼を紹介してしまい、それで依頼不達成となってしまったら、迷惑が掛かるのは依頼を持ち込んで来てくれた一般市民の人たちだ。
学園依頼と言っても、依頼はちゃんとした依頼。
報酬も用意されていて、正式な仕事として成り立っている。
魔術学園の信頼にも繋がるそんな大切な依頼を、不適切な人材に託して失敗されるわけにはいかない。
だから胸に付けている家章を見て、どこの名家の生まれなのか判断してから依頼を紹介しているのだ。
詳しくは知らないけど、家章はそれぞれ色も形も違うみたいだし、それを見れば爵位とかもわかるんじゃないかな。
私も一応は名家の生まれのはずなんだけど、そういうのは一切教えられなかったな。
ともあれ、これではっきりした。
「……私やサチさんのような平民では、信用がないということですか」
「まあ、どこの生まれかも知らないただの平民より、確かな実績を残してる名家の生まれの新入生の方が、断然信用はできるからね。血筋は魔法の才能に直結してるわけだし。受付さんとしても下手に依頼を託して失敗されたくはないだろうから」
具体的にどんな罰則があるのかはわからないけど、受付さんにも何かしら不利益なことが起こるのだろう。
受付さんは申し訳なさそうにしゅんとしながら、付け加えるように説明をしてくれた。
「他の貴族の方と一緒に依頼を受けるのでしたら、より多くの依頼を紹介することはできるのですが、二人とも家章がないとなると判断材料が乏しくて……」
「いや、別に気にしないでください。ちゃんと仕事してるってことですから」
無理に受付さんを責めることもできないよなぁ。
だって紹介した依頼を失敗されたら受付さんが怒られるんだもん。
そりゃ慎重になって紹介できる幅も狭くなるってものだ。
むしろ魔法の才能がないと言われている平民の私たちを見て、二枚も依頼書を持って来てくれただけでも感謝すべきである。
ていうか、後ろの列もだいぶ長くなり始めてきたな。
これ以上話し込むとさらに受付さんに迷惑を掛けることになりそうなので、駄々をこねるのはこの辺りでやめておく。
「じゃあ、とりあえずこの依頼を受けさせてください」
「はい、かしこまりました」
二枚の内の一つを選択すると、受付少女は手早く手続きを進めてくれた。
「まさか入学しても身分問題に悩まされるとはねぇ」
「……ですね」
受付依頼所を後にした私たちは、中庭のベンチに腰掛けながら一緒に落胆した声を漏らした。
今はここで依頼書の確認も兼ねて小休止を取っている。
けれど、好条件の依頼を受けることができたらしい新入生たちが、次々と上機嫌に目の前を横切って行くので、私たちの心は休まることがなかった。
これじゃあ貴族のおぼっちゃまたちにどんどん差を開かれてしまう。
平民に落ちてしまった弊害が、まさかこんなところで出てくるとは。
と言ってもやっぱり今さらあの家名を名乗りたくはないなぁ。
「依頼もお情けみたいな形で紹介してもらったけど、さすがにこんなのばっかり受けてもね」
「討伐点が目標値まで行かないと、即退学ですからね」
ぱっつん受付ちゃんに紹介してもらった依頼は、『煙岩山での小鴉の討伐』だ。
目標討伐数は『二十体』。報酬金額は『500ルーツ』。討伐点は『1』。
あと難易度は『F』と書かれている。
どういう基準で判定された難易度なのかはわからないけど、とりあえずこれが最低難易度の依頼だというのはわかる。
でも最低難易度でも500ルーツももらえるのか。かなりおいしいな。
「討伐点が1って書いてあるけど、二人で受けた場合はどうなるんだろう?」
「えっと、ちょっと待ってください」
素朴な疑問をこぼすと、ミルはすぐさま懐から学生証を取り出してくれた。
魔術学園の学生証には校則や学園情報の他に、学園依頼に関する事柄も記載されている。
学園について何かわからないことがある時は、基本的にこれを開けばある程度は解決することができるのだ。
「複数人で依頼を受けた場合、討伐点は山分けになるみたいです。ただ、小数点以下で加点されることはないそうなので、今回の依頼の場合ですとどちらか一方に1点が加点されるみたいですよ。話し合って決めるのが一般的だとか」
「にゃるほどねぇ」
複数人で依頼を受ければ成功確率は高まる。
けどその代わり討伐点は割り振られちゃうわけか。
報酬はその限りじゃないみたいだけど、たぶんそれは各自で分配しろってことなのだろう。
それにしても、討伐点たった1点か……
「一学期の期末試験までに、討伐点って何点稼いでおかなきゃいけないんだっけ?」
「確か……『100』点だったような」
「だはぁ!」
つい変なため息が漏れてしまった。
100点。途方もない数字である。
期末試験まで今日からおよそ九十日。
一日一回、今日もらったような『1点』の依頼をこなし続けてもその目標値には届かない。
そもそも放課後一回だけで、討伐依頼を達成できるかどうかも怪しいところだ。
毎度都合よく平民の私たちに依頼が回ってくるとも限らないし、何の依頼も受けることができない日もきっとあるはず。
それでどうやって100点なんて稼げばいいのだろう?
「……まずいよなぁ、これ」
どうしたもんでしょうか?




