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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第四章

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第百五話 「即死魔法が絶対に成功するので世界最強です」


 戦場が静寂に包まれた後。

 私は無作為転移魔法の【我儘な呼び出し(アリアン・シフレ)】を使ってある場所まで転移した。

 地下迷宮で逃がしてしまったミストラルの頭領、アリメントの場所まで。

 おそらく近くでこの戦場を見ているだろうと思っていたが、まさかこんな廃教会の鐘楼の屋根から見ているとは思わなかった。

 奴は地下迷宮で見た時のような余裕を完全に失くして、愕然とした様子で固まっている。


「い、いったい、何をやったというのですか……」


「んっ?」


「せっかく呼び集めた魔獣たちに……わたくしたちの念願だった魔獣侵攻に、いったい何をしたというのですか!」


 灰色の長髪を振り乱しながら、怒りの眼差しをこちらに向けてくる。

 どうやら私のことについては知らないみたいだ。

 いや、もし私の情報を事前に仕入れていたとしても、今の一幕は理解ができないはずだ。

 わざわざ教えてあげる義理もなかったけれど、私は奴の戦意を削ぐためにあえて明かした。


「即死魔法」


「えっ……?」


「視界に捉えた害意ある敵を、百万回に一回の確率で即死させることができる“超広範囲”即死魔法。それで暴走している魔獣たちを一斉に即死させたのよ」


「……」


 単体を対象にした即死魔法――【悪魔の知らせ(デス・ノーティス)】。

 一定範囲の敵を殲滅する即死魔法――【地獄への大扉(ヘルズ・ゲート)】。

 さらにその上、視界に捉えた敵を一掃できる超広範囲の即死魔法――【悪魔の瞳(デッド・エンド)】。

 マルベリーさんが新しく魔素から聞いたというその即死魔法を、ついさっき私も教えてもらった。

 正直私も、【悪魔の知らせ(デス・ノーティス)】と【地獄への大扉(ヘルズ・ゲート)】だけでこの魔獣侵攻を食い止めるのは難しいと思っていた。

 いくら一撃で魔獣を倒せるからといって、西側だけではなく他の場所にも魔獣が集まっていて、さすがに数が多すぎると。

 だからマルベリーさんから新しい即死魔法の詠唱式句を聞けて本当によかった。

 おかげでこうして、すべての魔獣を一瞬で倒すことができた。


「ど、どうしてそんな魔法を成功させることができるのですか! 百万回に一回の確率だというのに、この一帯にいる魔獣たちすべてに成功させるなんて……」


 私のことを知らないアリメントは、いまだに険しい顔つきで混乱している。

 対して私は、これまで幾度となく口にしてきた台詞を、我知らず得意げになって告げた。


「幸運値999だから」


「えっ?」


「幸運値999の私は、即死魔法が絶対に成功するのよ」


 単体だろうが複数体だろうが関係ない。

 私が敵と判断した相手には確実に即死魔法が成功するようになっている。

 幸運値999の私は、どんな確率魔法も自分の都合のいいように成功させることができるのだ。


「私が殺したいって思った奴は、視界に入った瞬間に確実に死ぬ。それが幸運値999の私と、魔獣侵攻を終わらせた即死魔法――【悪魔の瞳(デッド・エンド)】の力よ」


「そ、そんなの、反則ではないですか……」


 立場が逆なら、私でもそう思っていたに違いない。

 見ただけで相手を殺せるなんて確かに反則的だから。


「やろうと思えばあんただって、この目一つで殺すことができる」


「……」


「でも、あんたは殺さない。死んで逃げるなんてことは絶対にさせない。自分がどんな罪を犯したのか、今一度よく理解させて、それでその罪を償わせてやる」


 それでその口から自白してもらう。

 今回の件だけじゃなく、十二年前の大災害を引き起こした真犯人だと。

 そうすればマルベリーさんの冤罪を晴らすことができるから。

 改めてアリメントを捕まえるために身構えた、その時……


「……フフッ、罪? 罪と仰いましたか?」


「……?」


「この歪んだ世界を変えようという志が、いったいどうして罪などと言われなければならないのですか?」


 さも正当なことをしていると言わんばかりの真面目な表情。

 自分が間違っているなんて微塵も思っていない。

 どころか私の方がおかしいと言うように、しまいにはこちらを心配するような目で見てきた。


「自らの優位性を維持するために、脅威となるものを一方的に否定するだけの愚かな魔術師。そんな者たちに支配されている魔術国家など、変えてしまった方がいいに決まっているではないですか」


 おそらくアリメントにも、何かしらの事情があるのだろう。

 今の言葉だけでもそれはわかる。

 その理由がどんなものかはわからないが、彼女からは強い執念のようなものを感じた。


「あなたはまだ幼いから知らないだけなのですよ。魔術師という存在がどれだけ矮小で、この国を汚してしまっているかということを。そのせいで、わたくしの大切な恩人の夢が……」


「……」


 まだ幼いから知らないだけ、か。

 確かに私はまだ、この世界のことを、この魔術国家のことをほとんど何も知らない。

 周りから見ればたかが十五、六の世間知らずな小娘で、頭だって別にいいわけじゃないから。

 でも……


「……知ってるよ」


「えっ?」


「私だって知ってるよ。今の魔術国家が……ううん、特定の魔術師たちが間違った価値観を持ってることを」


 アリメントは意外そうに目を大きく見開く。

 まさか私からこんな返しが来るとは思っていなかったのだろう。

 でも、私だって少しは知っている。

 ここに来るまでにたくさんの大人の事情を見せられたし、私自身だって苦しい思いを味わってきたのだから。


「私だって魔力値が低いせいで、魔術師の名家の実家で蔑まれてた。結局その家からも追い出されることになって、学園では魔力値が低い平民として見下されるようになった。そういう辛い思いを、私だってたくさんしてきたの」


 なぜだろう。

 別にアリメントに明かさなくてもいいことを、我知らず口からこぼしてしまう。

 さっさと奴を捕まえて連行してしまえば、それで済むはずなのに。

 いや、もしかしたら本当は、誰かに打ち明けたいと思っていたのかもしれない。

 私がずっと昔から抱いてきた、魔術国家に対する“違和感”について。


「そう、私だってたくさん苦しんできた。でもね、それ以上に私は、大切な恩人が罪人として扱われている現状が、何よりもおかしいって思ってるの」


「……おん、じん?」


 私は胸の内に抱えていた違和感を、アリメントに対して明かす。


「私を拾ってくれた恩人は、魔導師だからって理由で大災害の原因だって決めつけられた。そのせいで今は咎人の森に閉じ込められている。それ自体、初めから何かおかしいとは思ってたの。本当にそんな迷信だけで、国家絡みで人一人を森に幽閉なんてするかなって」


 魔導師が災いの源だと言われているのは確かなことだ。

 そして実際に大災害が起きれば、町にいた魔導師に少なからず懐疑的な目は集中することだろう。

 けど、本当にそれだけのことで、国家絡みで魔導師を幽閉したりするだろうか?

 だって、迷信はあくまで迷信だ。

 それにその迷信すらかなり古いもので、全員が全員それを信じているとは思えない。


「で、最近になってようやく気が付いた。これは単なる“嫉妬”だったんじゃないかって」


「嫉妬……?」


「あの人は本当にすごい人だから、たぶん“賢者”って呼ばれていた時期にたくさんの魔術師たちから嫉妬の目を向けられていたんだと思う。それで心ない魔術師たちは、大災害に乗じて、魔導師のあの人を犯人に仕立て上げたんだ。それが今になって、私もようやくわかった」


 地下迷宮での戦いで、偏った考えを持っている魔術師たちをたくさん見た。


『魔力値がなくともその人間に価値はある? そんなのはただの綺麗事に過ぎない!』


『魔力値のない人間など無価値な存在だ! 生かしておいたところで何の意味もない』


『だというのにミストラルの連中を生かして捕らえろだと? 無意味なことばかり言いやがって』


 魔力値を重視する魔法至上主義を徹底的に掲げていたシャン派の国家魔術師たち。

 あそこまで徹底していたのはきっと、第一王子のシャンさんが、第二王子のヴェルジュさんに王位を取られることを恐れていたからだ。

 シャンさんが術師序列で劣り、王位が危ぶまれていたから、魔力値こそが正しき指標だと主張することで彼の王位を守ろうとした。

 逆に言えば、そう主張することで魔力値の低いヴェルジュさんを陥れようとしていたのだ。

 きっとマルベリーさんも同じように、その実力を妬まれて多くの魔術師たちに陥れられたんだと思う。

 でなければ、みんながみんな古臭い伝承を信じて、何の証拠もないまま魔導師の幽閉を認めるはずがない。

 だからアリメントの、『自らの優位性を維持するために、脅威となるものを一方的に否定するだけの愚かな魔術師』という発言も、まったく理解できないわけじゃない。


「そういう間違った考えを持っている魔術師がいるのは、私だってよくないって思ってる。でもだからってそれで魔術師全員を否定して、色んな人を巻き込んで傷付けるのはもっと間違ってるよ!」


「……」


 中には善良な心を持った魔術師たちだってたくさんいる。

 それに加えて関係のない一般市民まで巻き込むような事件を引き起こすなんて、それこそ愚かな行いに他ならないだろう。


「そんなやり方じゃ、また別の人の憎しみを生むだけ。復讐の繰り返しどころか、新しい憎しみまで生まれるかもしれない。だからもうこんなことはやめて、大人しく投降して……アリメント・アリュメット」


 私は今一度身構えて、アリメントに鋭い視線を向ける。

 さらに投降の意思を促すために、説得するように続けた。


「それに今は術師序列一位のヴェルジュさんが、魔術国家を変えるために王を目指してる。だからあなたたちが戦う必要はもう……」


「……戦う必要は、ありますよ」


 アリメントは、先ほどとは打って変わって力ない様子で呟く。

 その姿からはどこか、故人を思うような悲しげな雰囲気を感じた。


「すみません。少しだけ、嘘を吐きました」


「……?」


「この歪んだ世界を変えようとしている、とは言いました。わたくし自身、魔法が使えないせいで蔑まれた経験があり、同じ境遇の方たちのためにも、魔法に対する価値観を変えられたらなとは思っています。けれど……」


 虚ろな目をこちらに向けて、感情のこもっていない笑みを血の気の薄い頬に浮かべた。


「それはあくまで、ただの建前なのです。わたくしの一番の目的は、魔術師という憎い存在を根絶やしにすることなのですよ」


「えっ?」


「大切な恩人を嘲笑ったあの愚かな魔術師たちが許せない。二度と同じような者が現れないように、魔法に縋っている者たちを根絶やしにしたい。そのためにわたくしは、同じ志を持つ者たちを集めて、魔獣侵攻を引き起こした。魔術師がいる限り、私が戦う理由が無くなることはないのですよ」


 大切な恩人を嘲笑った魔術師。

 そういう人たちが二度と現れないように、魔術師という存在を根絶やしにする。

 ミストラルの頭領であることから、強い使命感のようなものを抱いているかと思っていたけれど……

 彼女を突き動かしていたのは、たった一つの感情だけだったようだ。


 ようするにただの……“私恨”。


 魔術師が嫌いだから滅ぼしたい。原動力はただそれだけ。

 むしろ一番腑に落ちた。

 非魔術師たちの思いを背負っているとか、使命を果たそうとしているとか、そんな大それたものではなくて。

 ここにきてようやく、アリメント・アリュメットという人物が見えてきたような気がする。

 でも、共感したりはしない。

 ますます彼女のことを止めなければならないと、私はそう思った。


「結局、正しさの押し付け合いなんて、最後はこうするしかなくなるんですよね」


 アリメントは胸元から、一本の小さなナイフを取り出す。

 その刃先をこちらに向けるように構えて、また無感情な笑みを浮かべた。


「これが一番わかりやすい正しさの証明です。戦いこそ、己の考えを押し通すのに最適な、子供でも知っているわかりやすい手段なのですから」


 やっぱり、こうするしかなくなるんだ。

 半ば諦めたような気持ちで、私も身を構える。


「さあ、互いに正しさの証明をいたしましょう。名も知らぬ若き魔術師さん」


 そして私たちは、最後の戦いを始めた。

 先に動いたのはアリメント。

 廃教会の鐘楼の屋根を強く蹴り、雨に濡れた瓦の上を器用に駆けて来る。


 人間離れした身体能力。

 ミルの魔法を避けた時にも思ったけれど、おそらくアリメントもプラムと同様、肉体の改造を行っている。

 当然、事前に身体強化魔法を使っていた私は、アリメントのその動きに問題なく反応できた。

 至近距離で腹部に突き出されたナイフを、上体を捻って回避する。

 確かに速いけど、あのプラムほどじゃない。


「――っ!」


 アリメントは走った勢いのまま横を通り過ぎると、即座に切り返すように屋根を蹴飛ばす。

 横目にそれを見た私は、アリメントの攻撃から逃れるように、後方に飛び退きながら口を開いた。


「賽は投げられた」


 必死な顔のアリメントが迫る。

 感情のこもった刃が突き出される。

 私はその一撃一撃を躱しながら唇を動かし続ける。


「神の導き」


 言い間違いがないように。

 恩人に教えてもらった式句を丁寧に。

 私が魔術師として初めて魔法を使った時の思い出を胸に。


「恨むなら己の天命を恨め」


 アリメントが全力でナイフを振り上げて、虚ろな目から鋭い眼光を迸らせた。

 その気迫と共に、殺意のこもった刃を振り下ろしてくる。


「倒れなさい、愚かな魔術師!」


 怒りをあらわにするアリメントを目の前に見ながら……


 私は、右手を開いて唱えた。




「【運命の悪戯(フォル・トゥーナ)】!」




 瞬間、私の手の平から黄色い光が放たれた。

 大振りをしていたアリメントはそれを躱す余裕がなく、体の正面でこちらの魔法を受ける。

 その直後、光に被弾した彼女は、全身を麻痺させてゆっくりと倒れた。

 一万回に一回の確率で相手の身動きを封じることができる拘束魔法――【運命の悪戯(フォル・トゥーナ)】。

 私が魔術師として最初に覚えたその魔法により、反魔術結社ミストラルの首領は、完璧に拘束された。


「アリメント・アリュメット。あなたを今回の魔獣侵攻の首謀者として連行する。これまで犯してきた罪、しっかり償わせてやるから覚悟しなさい」


「……っ!」


 アリメントは、まるで付けていた仮面を外すように、今までとは打って変わって子供のように泣き出した。

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[気になる点] ずっと思ってたけど、拘束魔法の詠唱式句が「相手を拘束すること」に関するものじゃなくて、確率魔法の総称みたいな詠唱式句なのに違和感がある。 最初は設定ミスかなと思ったけど、実は深い意味…
[一言] >アリメントは、まるで付けていた仮面を外すように、今までとは打って変わって子供のように泣き出した。 散々魔術師を爆走させ、罪の無い人間たくさん巻き込んて、あっちこっちに爆弾テロやってるくせに…
[一言] 長文失礼します 彼女の想い、決して間違いじゃ無いんですよねー。 もし十数年前の魔術師が目を向けてたら今の大混乱は起こらなかったし、魔術が使えない状況の想定も出来た筈です サチさんの言う…
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