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幸運値999の私、【即死魔法】が絶対に成功するので世界最強です  作者: 万野みずき
第四章

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第百話 「賢者の知恵」


 マルベリー・マルムラードは、大災害の再演に備えて王都で待機していた。

 正直、再び大災害が起きる可能性は低いと思っていた。

 政府がミストラルの隠れ家に襲撃隊を送り込んだので、事前に阻止してくれるのではないかと。

 しかし魔獣侵攻は、再び起きてしまった。


(本当に、あの時と同じ大災害が……)


 マルベリーは王都の上空から魔獣侵攻の様子を見て、血の気が遠のくのを感じる。

 自分が災いの元だと疑われた大事件の再来。

 当時の衝撃的な光景と人々の悲鳴が、自ずと脳裏に蘇ってくる。

 あの悲劇だけは、絶対に繰り返してはいけない。


(急いで止めないと、町が崩壊してしまいます……!)


 見る限り、以前よりかは国家魔術師の実力も上がって、優秀な人材が揃っている。

 しかし大災害の方はそれ以上に大きくなっているように見えるので、このままでは確実に戦線が持たない。

 そう思ったマルベリーは、魔術師たちの手助けをするために奔走した。


(ホゥホゥさん、少しの間だけ体の主導権を貸してもらいますね)


「ホーホー」


 今日まで、自分でも何かできることがないかと考えていた。

 このフクロウの体のままでも、皆のために何かできることはないかと。

 彼女は現在、人の体ではなく、フクロウの体に魂だけ移り込んでいる。

 政府が定期的に送って来ていたホゥホゥの体を借りて、咎人の森を無断で抜け出している状態だ。

 そのため彼女は、何かしようにもフクロウの体のままそれをしなければならない。

 肝心の魔法が使えないどころか、誰かと意思を通じ合わせることもできない状況。

 だからマルベリーは……


(【仄かに染まる頬――明かされぬ声なき声――届け私のこの想い】――【儚げな告白エフェメール・ジュテーム】)


 フクロウのまま他の誰かと意思疎通をするために、無詠唱による魔法の発動を試みた。

 この体のままでは何の役にも立つことができない。

 誰かと連携を取ることも、魔法詠唱すらも満足にできない。

 しかし意思の疎通さえできるようになれば、魔導師として蓄えた数千数万の魔法の知識で戦場の手助けができるようになる。

 ホゥホゥは人語を話せないが、体内には微量の魔素が宿っていて、心の中で詠唱式句を伝える無詠唱魔法ならば発動させることは理論上可能。

 そしてマルベリーは、安定して成功させることはできないものの、無詠唱魔法の成功経験を持っている。


『あー、あー、聞こえますか、そこのお嬢さん?』


「えっ?」


 王都の通りで、魔術学園の方へ避難しようとしていた親子連れとすれ違う。

 試しに母親に手を引かれている少女に心の中から声をかけると、彼女は気づいたような反応を見せた。

 意思伝達の魔法はきちんと成功したらしい。

 正直無詠唱による発動よりも、ホゥホゥの魔素で発動できるかどうかの方が不安だった。

 精神感応系の魔法は数多く存在する。

 襲撃隊が通信用に使っていたものや、学園長のアナナスが園内への連絡用に使っているものなど。

 しかしそれらは効果範囲が広かったり、対象人数が多かったりする分、要求される魔力値と魔素量が大きいものになっている。

 そのためマルベリーは、中でも効果範囲が狭く、対象人数が一人に限られる初歩的な精神感応魔法を選んだ。


(無事に成功したみたいですね)


 親子連れが魔術学園の方に走って行く姿を見届けてから、マルベリーは戦場と化している正門の方へと飛翔する。

 これで魔術師の誰かと話すことができるようになった。

 あとは、自分の思考を実現できるほどの術師を探し出すだけ。


(なるべく、魔力値の高い人を……!)


 魔導師として蓄えたこの知識で、混沌と化したこの戦場を救い出す。

 そのためにはなるべく魔力値の高い人物を見つけて、連携を取らなければならない。

 中には高い魔力値を要求する魔法もあるので、それらをすべて成功させられる人材が望ましいのだが……


 そう思っているマルベリーの視界に、巨大な雷の柱が映った。


(す、凄まじい威力です……!)


 魔法の特徴からして、今のは落雷魔法の【神々の怒槌(ミョル・ニール)】だろう。

 しかしあれだけの威力のものは今までに見たことがない。

 あまりの魔力値の高さに、もはや別種の魔法のようにすら見えてしまう。

 推定でも300、いやそれ以上の魔力値の保有者か。

 ただ、立て続けに同じ魔法を使っているところを見ると、戦闘経験はまだ浅いように感じる。

 あれだけの魔力値があるならば、もっと他に有用な魔法を使い分けられるはずなのに。

 マルベリーは人知れず、もったいない人物だと歯痒い気持ちになった。


(いいえ、むしろ伸び代たっぷりの素晴らしい人物です)


 魔導師の知識を授けるのに、これほど適した人物は他にいない。

 マルベリーは落雷の発生源である魔術師の元に、速度を上げて飛翔して行った。

 これが、ポワールとマルベリー……眠り姫と賢者の邂逅の経緯である。




 マルベリーは呆然としている少女を見て、やや遅れてあることに気付いた。


『あっ、そうですよね、まずは先に私の方から自己紹介をするべきでした』


 いきなり名前を尋ねられたら、それは驚いてしまうだろう。

 そう思った彼女はバサバサとポワールの目の前まで下降し、改めて名前を告げる。


『私の名前はマルベリーと言います。今は訳あってフクロウの見た目をしていますけど、魂はれっきとした人間で、精神感応魔法を使って今は話させてもらっています』


「にん、げん……? せいしん、かんのう……?」


 ポワールはますます困惑したように眉を寄せる。

 戦場の真っ只中で長々と説明している暇がないので、仕方がないと言えば仕方がない。

 ただ、ポワールは難しいことを考えるのが苦手で、マルベリーの言ったことをすぐに飲み込んだ。


「……私の名前は、ポワール・ミュール」


『ポワールちゃんですか。とても可愛らしいお名前ですね』


 改めて名前を教えてもらったマルベリーは、遠くから巨大魔獣が迫って来るのを感じながら口早に伝える。


『あの、ポワールちゃん、突然のお願いで申し訳ないんですけど』


「なに?」


『私の指示に従って、魔法を使ってくれませんか?』


「……」


 急いでいるため、かなり言葉足らずなお願いになってしまう。

 それを自覚しているマルベリーは、ポワールを困らせないよう、そして怪しまれないようにさらに続けた。


『いきなりのことですごく困惑するとは思いますし、怪しまれてしまっても仕方ないとは思うんですけど……』


「うん、わかった」


『……えっ?』


 予想外の即答。

 お願いしたマルベリーの方が、一瞬戸惑ってしまった。


「フクロウさんの言った魔法を、使えばいいんだよね?」


『は、はい。そうしてもらえたらありがたいんですけど……』


「わかった、やってみる」


 物分かりがいいなんて話ではない。

 ポワールは一も二もなく首を縦に振ってきた。

 さすがにマルベリーも、思わず聞き返してしまう。


『あ、あの、お願いした立場でこんなこと言うのはあれなんですけど、そんなに簡単に了承してしまっていいんですか?』


「なんで?」


『だって私、見るからに怪しい見た目じゃないですか。騙されるかもとか、考えないんですか?』


「うーん、フクロウさん、悪いフクロウじゃないみたいだし、別にいいかなって」


『べ、別にいいって……』


 騙すつもりなんて毛頭ないので、そう言ってもらえると非常に助かるのだが……

 こちらとしてはなんだか小さな子を上手く騙しているような気になるので、何やら心苦しい。

 逆の立場なら、自分は絶対に不審に思っただろうし。

 まあ、彼女がそう言うなら別にいいかと、マルベリーは人知れず自分を納得させる。

 それにこの子は、魔術学園の制服を着ていることから、見た目通りの年齢ではなさそうだから。


(やはり魔術学園には、不思議な子がたくさんいるものですね)


 我が愛弟子サチも例外ではなく。

 密かにそんなことを考えながら、マルベリーは改めて頭を下げた。


『では、よろしくお願いいたします。あっ、あと、フクロウさんではなく、できればマルベリーという名前で……』


「フクロウさん、前来てるよ」


『えっ?』


 マルベリーは戦場の前方を振り返る。

 すると程ない距離に、巨竜の一体が近づいていた。

 それを見てぎょっと目を見開いたマルベリーは、咄嗟にポワールのナイトキャップの上に乗る。


『あ、頭にごめんなさい! 私の後に続けて魔法詠唱を!』


「うん」


 このままでは戦線を突破されて、正門まで越えられてしまう。

 ポワールの落雷魔法でも傷を付けられなかった強敵。

 他の魔術師たちが炎系統や水系統の魔法で攻撃してもまるで怯む様子がない。

 おそらく魔法攻撃そのものに耐性を持っている種族。

 一瞬でそこまで分析したマルベリーは、全力で頭を回して賢者の知恵を絞り出した。


「【砕かれた心と刃――顕現する希望の(つるぎ)――我が手に勝利と栄光を】――【不滅の真剣(フラン・ベルジュ)】」


 マルベリーの声に続けてポワールが詠唱する。

 すると彼女の頭上に巨大な魔法陣が展開されて、中央からこれまた大きな剣が出てきた。

 まるで炎が揺らいでいるかのように曲がりくねった刀身。

 特徴的なその見た目以上に、目を見張る巨大さ。

 王都にある王城を一刀両断にできそうなほど大きな剣を見上げて、周囲の魔術師たちは声を失う。

 使ったポワール自身も驚愕する中、剣は前方に見える巨竜に切っ先を定めて、高速で飛来した。

 巨大な刃が、鱗に覆われた巨竜の肉体を貫く。


「グオオォォォォォ!!!」


 それだけでとどまらず、剣は不可視の剣士に振り回されているかのように、独りでに竜を斬り続けた。

 やがて巨竜が地面に沈むと、剣は役目を終えたと言わんばかりに煙のように消滅する。

 顕現から、僅か八秒の出来事。

 絶望していた国家魔術師たちは、その気持ちを忘れたように驚愕し、絶句する。

 一方でポワールは、頭の上に乗るマルベリーに呑気に尋ねた。


「今の魔法、なに?」


『今のは創造魔法の一種ですね。魔力を元に実物の剣を生成し、最大の脅威と判断された魔獣を穿つ魔法です。特殊な鱗で魔法的な攻撃をすべて遮断されていると思いましたので』


 魔法的な攻撃が通用しないと見切ったマルベリーは、物理的な攻撃が可能な魔法を選択した。

 あれだけの威力の落雷魔法を無傷で耐え切るのならば、必ず他に弱点があるはずだと。

 その考えは正しかったようで、巨竜は斬撃系の攻撃には耐性を持っていなかった。

 それを見抜いた慧眼もさることながら、思考を実現できるだけの引き出しがあるのが賢者たる所以である。


「な、なんだよ、今の魔法……!」


「は、初めて見た……」


 今の魔法を、この場にいる誰も知らないのも無理はない。

 マルベリーは魔導師の力で魔素の声を聞き、数多の詠唱式句を知識として蓄えている。

 現在公表できているのはその一部だけで、大部分はいまだに彼女の脳内にしか収まっていなかった。

 この場で最適な回答を導き出せるのは、魔導師マルベリーをおいて他にいない。

 一方でマルベリー自身も少し面を食らう。


(凄まじい魔力値を保有しているのはわかっていましたが、まさかこれほどとは……)


 想像の倍以上の大きさの剣が顕現し、思わず目を見開いたものだ。

 状況に適した魔法を選択したつもりではあったが、それ以上にポワールの魔力値に救われたような気もしてくる。

 そんな眠り姫と賢者の二人組は、周囲の魔術師たちから驚きの視線を集めながら、来たる魔獣の群れを見て意気込んだ。


『さあ、この調子でどんどん行きますよ!』


「おー」


 ポワールの気の抜けた返事と共に、この日限りのコンビが動き出す。

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[一言] やはり育てのお母さんは強いですね〜…(苦笑)
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