神様は抜けている~勘弁してくれませんかねぇ~
「――というわけなんだ。本当にすまない」
白いテーブルセットの俺の目の前に座る美形の男が俺に深々と頭を下げた。
本当に美形である。闇夜のような黒髪と瞳、白皙の美貌。そっちの気がない俺でも、出会ってからしばらく見とれてしまうレベルであった。
だが彼のが話す内容があまりに荒唐無稽で、俺は思わず頭を抱えた。そしてしばらく頭の中身を整理した後、目の前の男に問いかけた。
「ここは死後の世界で、あんたは神様。でもって俺はあんたのミスで命を落とした……ということでいいのか?」
「そうだ」
神妙な顔つきでうなずく男を見て俺は顔を両手で覆う。聞かされた話があまりにふざけた内容であったからだ。
しかし、否定するには今置かれている状況が異常すぎる。
周囲は雪のように真っ白だった。地面も空も白い。この空間がどこまで広がっているかは分からない。少なくとも俺の視界の範囲にあるのは、目の前にいる男と俺たちが座る白いテーブルセットだけだった。
目を覚ます前は、確かに自分の部屋だったのに。
あまりの展開に倒れそうになる。しかし頭の中まで真っ白になったままではいられない。
「で、どういう風に死んだんだ? 俺は部屋で寝てたんだよな? 車にひかれるとか、鉄骨が落ちてくるとかじゃないよな? タバコ吸わないから寝タバコで火事に巻き込まれたってのはないし、隕石でも落ちてきたのか?」
「心不全……心臓が止まったんだ」
「……そ、そうなんだ」
男の言葉に俺は苦笑する。まあろくでもない両親のところに生まれて、ろくでもない少年時代を過ごし、就職氷河期直撃でろくな職に就けずに苦しんでいたのだから急に死んだとしても未練と呼べるものはなかった。死因が神様のミスというのが、ちょっと引っかかるくらいで。
引きつった笑みを浮かべる俺に、男――神はこんなことを言い出した。
「経緯はともかく君が死んだのはこちらの不手際だ。……だから次の転生では何らかのサービスをさせてもらおう」
「サービス?」
神と自称する男から意外な言葉が出て、思わず驚く。
男はそんな俺にかまわず言葉をつづけた。
「そう、サービス。次の転生の際、何か他人にはない特殊な力を授けよう。まあ、ある程度の上限を定めさせてもらうけれども。それで勘弁してくれないかね?」
何か焦った感じでそんなことを言う男。
神様というのならわざわざそんなサービスしなくても、人の魂なんか好きに転生させることができるだろうに。ひょっとしたら上位の神様がいて、しくじり穴埋めをするように命じられたとかだろうか?
「で、どうなんだい?」
考え込む俺に、さらに男が問いかける。
「いや、急にそんなことを言われてもどんなのが良いか簡単に思い浮かばないですよ」
「急がなくてもかまわないさ」
返事を聞いて微笑む男の前で、俺はしばらく考え込んでから口を開いた。
「ファンタジーフォースってゲーム――RPGなんですけど、その技や魔法がすべて使えるようにするってのはどうです? 俺、好きなんですよねあのゲーム。あ、もちろんレベルとステータスはカンストで」
頭の切れる奴ならもっとましな能力を要求するんだろうが、俺の頭では程度しか出てこなかった。死者蘇生魔法とか大規模破壊魔法もあるし、普通に強力ではある。下手をすると上限とやを超えるかもしれない。
欲張り過ぎだろうかと考えた俺に、男は気にした風でもなく言った。
「その程度でいいのか。じゃあそれでは転生させるよ。えーと、ああ、送り込める世界が見つかった」
男が右手を顔に当てて、何か思案するように指で何度かこめかみをつつくとそう言った。
「えっ? いきなり?」
簡単すぎる。いきなり転生させられることに焦る俺へ、男はさらに言葉を続けた。
「君が一生を終えたらまた会おう」
その言葉を最後に俺の意識は溶けて消えた。
◆
魂が転生するのならば何度目であるかはわからないが、記憶の中では二度目の人生を終えた後で俺は再びあの白い世界で男と出会った。
「で、どうだったね転生は?」
「……わざとだろてめえ」
能天気に問いかける男に、俺は怒りに肩を震わせながらそう言い返すのが精いっぱいだった。
すると男が頭を掻きながら謝罪する。
「いや、そんなことはないんだ。ただ……その、次があんな世界だとはわかってなかったというか。本当にすまない」
「いや、そこは調べとけよ! 最初のミスはともかく、二回目であれはねえよ! 希望を持たせといてあれはひどすぎんだろ!」
あわてて弁明を始める男に俺は罵声を浴びせた。
俺が転生した世界は地球であった。
記憶を取り戻したのは10歳の時。
どうということのない21世紀前半の地球……それも生前と同じく日本に転生したことを知った。
こんな世界ではもらった能力を生かすのも一苦労だな、などと考えていた。
なにせ基本的に学歴と就職がものをいう。就職面接で隕石を落とせますとか、死者を蘇生できますなどと言えるわけがない。
宗教法人でも立ち上げて奇跡を見せればいいのか、身体能力にものをいわせてプロスポーツ選手にでもなればいいのかなどと考えながら時が流れていった。
そして15歳の時に、やつは姿を現した。
宇宙怪獣――それも全高は5、60メートルはある巨大な超生物だ。
いきなり目の前――といっても100メートルは離れていたが――鳥とトカゲをごちゃまぜにしたようなそれは、鼓膜を破りそうなほどの大きく吠えるとこちらに向かってくる。周囲の人間んが腰を抜かしたりパニックになってでたらめに走り出している中、俺は失禁しつつも転移魔術を発動させた。
いきなりの出くわした生命の危機に対しての対応としては、まあましな部類だった。しかし、数キロ離れたところに転移した瞬間、怪獣が吐き出した閃光によって俺の身体は気化した。
こうして二度目(?)の生は幕を下ろしたのである。
神とやらのしくじりで分けの分らない死に方のをして、次の人生がこれでは納得できなかった。前よりもいい生活ができるという期待を持たせられてあっけなく死んだのだ。こんな目に合うなら訳も分からないまま、記憶を消されて転生させられたほうがましである。
俺が肩で息をしながら男をにらみつけると、視線をそおらしてつぶやく。
「いや、君の言う通りだ。上にも言われたよ」
「……やっぱり上司とかいたんだ」
一度怒鳴って落ち着いた俺は、男の言葉にめまいを覚えた。天界だか死後の世界だか知らないが、そんなところでも上下関係があるという現実。下っ端はどこでも厳しいらしい。生々しい話である。
俺と男の間に、しばらく気まずい空気が漂った。
男がそんなよどんだ空気を振り払うように言う。
「それでね上からもう一度、君の願いをかなえて転生させろとの言われたんだ。今度はどんな能力を求めるんだい?」
俺は眉間にしわを寄せて考え込む。
下手に能力をもらったとしても、生かせないのでは意味がない。それだったら少しでも良いところに転生した方がいい。そう考えた俺は口を開く。
「生まれる家なんかを選べたりできるのかな?」
「うーん、まあできるけど完璧に君の望みに合わせるのは難しいね。転生にも枠があるから」
俺の問いに男が答える。
まあ完璧でなくてもいい。そこまでは求めていない。ただ、俺は少しでも幸せになりたい。
「ぶっちゃけると俺は少し裕福できちんと俺に接してくれる両親がいる、幸せな家庭に転生したい。まあおまけしてくれるのなら、人並みかそれ以上に顔がよくて健康で運動神経がよくて頭がいいとか……」
俺の要求に対し、男はこともなげに言った。
「その程度ならお安い御用だ。と……君の望みに合いそうな世界が見つかったから転生させるね」
「えっ、早っ!」
驚いた俺の意識は前回と同じく溶けて消えた。
◆
「いや、これはないだろう」
前回と同じく10歳で記憶を取り戻した俺は、芸術品のような豪奢な庭の中にある東屋に置かれたテーブルセットに腰かけて頭を抱えていた。
中世ヨーロッパの貴族風の上品な衣類を身にまとった俺は、ぼんやりと考え込む。
うん、人並み以上に良いところに生まれたとは思う。お金にも困らず、良い食事をとれて良い教育を受けられる。両親も良い方々だ。前回――いや、前々回の人生の両親など足元にも及ばない。
顔もはっき言って美少年の部類だ。大人になれば女性にもてること間違いなしだろう。
ここまでは問題ない。俺が頭を悩ませているのはそれ以外のことだった。
「若君」
悶々としている俺に、若い女が声をかける。
「なんだい?」
顔を起こすと侍女の姿があった。
とても美しい女だった。白い肌、黒い髪黒い瞳――そして額から延びる黒い角。
人間ではない。彼女は――俺と同じく魔族だった。
もちろん両親も魔族である。
後の祭りであったが、もっと自称・神に条件をつけておけばよかったと俺は後悔していた。
「陛下がお呼びです」
「分かった」
侍女の言葉で俺は椅子から立ち上がると、父――魔王のもとへと歩き出す。
父の顔を思い出した俺はぼそりとこう言った。
「まさかファンタジーフォースの魔王の子供に転生するとはねえ……」
「何かおっしゃいましたか?」
つぶやきを耳にした侍女に対して「何でもない」と返しつつ、いつか来る勇者たちにどう接すればいいか頭を悩ませた。
了