とあるストーカーの日常
────琴乃葉サイド────
「まったく、先輩は…………」
家に帰り、今日あった会社の出来事を思い出し、愚痴をこぼす。
しかし本当に嫌なわけじゃない。
むしろ嬉しいぐらいだ。
私、琴乃葉 継未は現在職場の先輩に恋をしている。
あいにく先輩はお世辞にもかっこいいなんて言えない。
しかもだ、毎日のように髪は撥ね、隈はでき、どこか抜けている。
だから漫画みたいに恋のライバルなんていない。
私は先輩が大好きだ。
それは高校時代から貯めていたお金をすべて使って先輩が買おうとしていたゲームを買ったほどだ。
とても高い買い物だった……………。
まだ今月14日もあるのに残高が6000円しかない。
「はぁ、何やってんだろう私……………」
まだ先輩も買ってもいないゲームを先輩が「買おうかな」という言葉だけで買ってしまったのだ。所持金全部使ってまで。
今では少し後悔している。
でも先輩より早く始めたことでだいぶん強くなった。
ゲーム内では【ハープ】という名前を使っている。
最近では自分でも驚くほど強くなっている。
元々ゲームなどはあまりしなかった私だがこのゲーム自体が自分に合っていたのだろう。
今ではゲームの中で【毒舌のハープ】と呼ばれている。
実際私の職業は【勇者】なので二つ名とはちょっと、と言うかかなり違うのだけれども……。
勇者はこのゲームでは特別な職業らしく、全ての剣や斧、盾などの物理関係の装備は勿論のこと、低レベルの杖などの魔法装備もできる。
挙げ句のはてにはちょっとした魔法も使えるのだ!
今入っているギルドの中にも見たことないし、噂で「私の他にあと何人か勇者がいる」位しか聞いたことがない。
話が脱線してしまったが、この間から遂に先輩がゲームを始めたと本人から聞いた。
名前も教えて貰った。
【inokawasan】《いのかわさん》と言う名前らしい。
なぜそんな変な名前にしたのか聞いてみたら「なんとなく」らしい。
返事が正直ウザイと言うか、先輩らしいと言うか……。
まぁ、そんなこんなで私はゲームの中で先輩の行動を見張るようになった。
決してストーカーなんかじゃない。
心配だから見に来てあげてるだけだ。
それから先輩の監視が始まって大体一週間が過ぎた。
先輩はスライムばっかり倒していているだけなので見るのが辛くなってきている。
「先輩は何をやっているんですか……」
ボソッと独り言を呟く。
先輩を監視しているためにギルドのメンバーとの約束も全部キャンセルして来ているというのに……。
「明日会社でこき使ってやる……!」
いつも使っているがそれよりも何倍もこき使ってやる!
で、でもいつも酷いこと言っているから少しは押さえてあげよう。
一応好きな人なのだ。
そう再確認する度に顔が赤くなっていくのが分かる。
実際ゲームの中のキャラは顔の表情は動いてないのだが……。
そしてそんなこんなで二週間目に突入。
大好きな先輩は食欲のためだけに動くダメ人間と化していた。
スライムを倒すだけ倒してお金を手にいれては屋台で食べ物を買い、自分の畑の近くで食べる。っとこれの繰り返し。
そして何を思ったのか先輩は魔草を食べ始めた。
別に何を食べても構わないと思う。
がしかし、魔草は超が付くほどのレアドロップ品なのだ。
一個10000ポレはする。
それを割って食べていたものだから一瞬止めようと思ったのだが、先輩の前に出る勇気が私にはなかった。
それから暫く先輩を見ていると急に先輩が焦り始めた。
先輩の慌てようが面白くてちょっぴり笑ってしまった。
会社でも頼りなければゲームの中でも頼りなさそうである。
でも、本当に何をしているのだろうか?
さっきから何かを探しているような……。
暫くして探し物は見つかったのか先輩は魔草の中身を食べ始めた。
うぅ……やっぱり勿体ないと思ってしまう。
魔草を食べ終わった後先輩は立ち上がり、ある一点を見つめていた。
先輩が真剣な顔している……。
ちょとだけカッコいいと思った。ちょっとだけ。
と言うかあれはトロール?
何でこんなところにトロールがいるの?
そんなことよりせ、先輩!
駆けつけたときには先輩はトロールにパチンコのようなもので攻撃していた。
しかし一回しか攻撃せず、膝をまげて地面に手をつく。
あのままじゃ先輩がやられてしまう!
「先…………!」
『ふざけんな! 何が『フリーライフ』だ! 全然自由なんてないじゃないか!』
「へ…………?」
私が呼びかける前に先輩は突然怒り出した。
呆然とするしかない。
『俺も『魔法』使いたかったよ!』
そう先輩が叫ぶとトロールの一体が魔草に覆われて動かなくなった。
「な、なによあれ…………」
本人も驚いたような顔をしている。
しかし、少しににやけたかと思うと、トロールに砂みたいなものを投げつけては何かを叫んだ。
「なによ…………この威力は…………」
トロールを一発!?
トロールなんてHPだけが異常に高い位しか取り柄はないモンスターだが、HPだけは異常に高いのだ。
今の私でさえ一発じゃ倒せないぐらいなのだ。
それが簡単に一発で、しかも奇妙な死に方をしている。
「やっぱり最弱職じゃねーか…………」
先輩はボソッと何かを言い残すと、諦めたような、全て吹っ切れたような顔をしていた。
まったく、先輩は…………
「見てらんないわね……」
私は剣を抜き、トロールを次々と屠っていった────。
【『トロールの群れを撃退せよ』がクリアされました。】
はぁ、疲れた…………。トロールはHPが高くて嫌になる。
先輩を見ると先輩は結構HPが減っているようだ。
「これでも飲んでください」
とりあえず回復ポーションを渡しておく。
「これは?」
「え? あなた回復ポーションを知らないんですか? バカなんですか?」
「あ、えっと……すいません? ありがとう」
……………………いつもの悪い癖が出てしまった。
なぜ私は好きな人に当たりが強くなってしまうのだろうか?
はぁ、自分が嫌になる。
それよりも今は聞きたいことが─────
「それで? さっきの魔法は一体何なの?」
「俺にもサッパリ……」
「そう、無能ね」
「あの助けて貰ってありがとう、君の名前を教えて貰ってもいいかな?」
まだ、私のことは言いたくない。
「私のアバターネームをなぜ貴方に教えなきゃいけないの?」
「え? あ、ごめんなさい……」
でもこれぐらいならいいだろう…………。
「その無能な頭でも分かれば良いわ、さよなら、いのかわさん」
「あ、さよなら?」
私は少し恥ずかしくなって少し早歩きになりながら去って行った。