トラップ解除は慎重に
「は!?…はぁ…はぁ…はぁ…」
目が覚める。
あの巨大ロボット(トラウマ製造機)の姿はなく…
代わりにマッドがこちらを満足げな表情で眺めている。
不意に数秒前の出来事を思い出して汗が止まらない。
私は巨大ロボットに身体を掴まれ、全身の骨を砕かれて死んだ。
人工生命体でも骨や臓器は人間とほぼ一緒らしい。
しかし…自分の身体を確認する。
「…傷一つない」
さっきまでの痛みは嘘のように引いていて、健康そのものだ。
死んだら無傷で再生するらしい。
ゲームらしいというかなんというか…
そして、もしかしたら死ねば現実に戻ることができるのでは…?という一縷の望みも絶たれた。
色々悪いことが重なって気が滅入る。
「はぁ…」
マッド「うむ。戦闘も再生も問題ないな」
「うるさい」
マッド「これから沙羅には5つのイディアを攻略してもらう」
「やだ」
マッド「なに。何度でも生き返ることができるから気楽にな」
「気楽にできるかぁ!!」
マッド「どのイディアから行く?」
危険度A「生命蠢く森の世界」
危険度S「銃声響き渡る冬の世界」
危険度S「死が蔓延している影の世界」
危険度SS「竜と竜殺しの世界」
危険度SSS「円卓騎士の世界」
5つもステージがあるとか…先が長い。
とりあえず一番危険度が低いであろう「生命蠢く森の世界」を選択する。
マッド「では後ろにある転送装置に入ってくれ」
「はいはい…」
言われるがまま転送装置に入る。
転送装置の扉が完全に閉まり、一瞬暗くなる。
そして最近流行のVRのように視界ががらりと変わり、森を俯瞰で見ることができた。
壮大な景色だ。
「綺麗…」
暗い気持ちが少しだけ払拭される。
そうだ。クリアしないと現実に戻れないのなら…やらないといけない。
出来る出来ないの問題じゃない。やらないと終わらないのだ。
心が折れたら、それこそ本当のゲームオーバー。
私は折れない。絶対に現実に帰るんだ!
森の入り口への転送が成功したようで、扉が開く。
辺りは白い霧に包まれている。
転送装置からマッドの声が聞こえる。
マッド「無事に転送は成功したようだな」
マッド「そこは白い霧がかかっているだろう」
マッド「イディアでは再現しきれていない空間。【エアポケット】と我々は呼んでいる。そこは敵が侵入してこない安全地帯だ」
マッド「【エアポケット】を見つけたら必ずキューブを設置してくれ。そこが拠点となるからな」
マッド「試しに設置してみろ」
「〇。お。設置完了」
お姉ちゃんの説明によると、キューブはセーブポイント。
つまり死んだら…はぁ。
…死んだらここで復活して、またやり直しさせられるってことだ。
あとキューブの前で〇ボタンを押したら、敵を倒して得たスピリッドで買い物したりレベルアップしたりできるらしい。
絶対死にたくないから、早くレベルを上げたいところだ。
「よし。頑張ろう!」
ここからはゲームでも体験したことのない未知のエリアだ。
お姉ちゃんの助言はもうない。
不安はあるけど、エアポケットの外に出る。
「あ。そういえば…うわ~。やっぱりあるし」
ちらりと視界の隅にある草むらを見ると、宝箱の上部が見え隠れしている。
あんな絶妙な場所にあるのが罠だって思わないよ。配置した人性格悪すぎでしょ。
確かお姉ちゃんが宝箱を攻撃したら擬態が解けるって笑いながら言っていた。
だから宝箱を見つけたら、まずは攻撃することが大事とも。
でも擬態を解いたところで、あの宝箱の化け物に勝てる気がしないんだけど…
まずビジュアルが気持ち悪い。
宝箱から手足が生えて、しかも長い。
そして宝箱の間からは歯が生えていて、食べようと襲ってくるのだ。
画面越しでも気持ち悪いのに、実際に出くわすことを想像するだけで鳥肌が立つ。
「うん。あれは無視しよう」
ちらちら見える宝箱はスルーすることに。
まずはイケるところまで行ってみよう。
緑生い茂る森を歩く。
「難しいゲームじゃなければなぁ。とってもいい場所なのに」
一面に広がる緑。
木は生えているけれど、細い木なので死角は少ない。十分周りを見渡すことができる。
道がないからどの方向に向かえばいいか迷うね。
地図とかあればいいんだけど…
ゲームのメニュー画面とかで見れたりしないのかな?
「地図!スタートボタン!メニュー画面!お。なんか出てきた」
空中にメニュー画面と表示されているモニターが出現した。
近未来チックだ。
メニュー画面には…
・装備画面
・ステータス画面
・マップ
・所持アイテム
・設定変更
などが書かれている。
とりあえず地図を開いてみる。
「…う~ん?真っ暗だ」
中央の一番下に白い霧のマーク。
そしてその少し上部に、逆三角形が点滅しているだけで他は真っ暗だった。
試しにマップを開きながら少し歩いてみる。
すると逆三角形の点滅が少しだけ上に移動した。
「ああ!逆三角形は私のいる位置か」
そして、白い霧のマークはセーブポイント…エアポケットだろう。
つまり、行ったことのない場所は表示されない仕様みたいだ。
それって地図の意味ないじゃん!と思わなくもないけど、ゲームに文句を言っても仕方がない。
次のステージへの最短ルートがわからない以上、しらみつぶしに歩く必要があるみたいだ。
「でも何かを埋めていくの楽しいよね!ってぎゃあああああああ!?!?」
マップを見ながら歩いていると、突然地面に穴が開いた。
落とし穴だ。
そのまま私は何もできずに絶叫するだけして…意識を手放した。
~死亡を確認。データからキューブで再生します~
「…っは!?」
気づくとキューブの前にいた。
どうやらあのまま死んでしまったようだ。
唯一マシだったのは、落下途中で気を失ったおかげで痛みを感じることが無かったことかな。
「…これからは歩きマップ表示はしないようにしよう。うん」
注意力が散漫すぎた。
これは「死にゲー」なんだ。集中しないとすぐ危険に陥る。
エアポケットから出て、落下した場所に戻る。
「ここら辺かな…?」
地面をよく見ると、そこだけ草が無く、違和感しかない。
「こんなのに気付けないとか。私バカじゃん!」
落とし穴を避けて先に進む。
今後も落とし穴があるかもしれないから、地面を気にしながら歩こう。
それからは慎重に、一歩ずつ確認しながら歩く。
ゲームではここまで慎重にプレイはしないだろう。
時間をかけたおかげで、私は事前に数々のトラップを見破ることに成功する。
木と木の間に透明な糸を見つけたり、草むらに隠れているトラバサミ(踏むと足を拘束される道具)を見つけたり…
「ここまで慎重にゲームプレイする人なんていないだろうなぁ」
時間がいくらかかっても死にたくはない。そんな思いがあるおかげで私は初見殺しをことごとく回避することに成功する。
そうして森を探索すること数時間。
最初の落とし穴に引っかかってしまった以外は全ての罠を見破ることができた。
「うん。失敗したからこそ学ぶこともあるよね。地図も半分以上埋まってきたし」
現在はマップのちょうど中間あたりまで歩みを進めていた。
また、罠を解除するとマップに表示されるようになることが判明してからは積極的に罠を解除するようにしている。
例えばトラバサミなら石を投げたり、落とし穴は慎重に木の棒でつついて表面を剥がす。といった感じで。
もうそろそろセーブポイントが欲しいんだけど…
余裕が出てきて、そんなことを考えていると前方から息遣いが聞こえてくる。
私以外の生き物に遭遇したのはこれが初めてだったので驚き、急いで木陰に隠れて様子を窺う。
「な、なんだろう…?熊?」
グウウウ…
獰猛な声に心臓が跳ねる。
まだ距離はあるが、目視できる範囲に茶色の凶暴そうなクマが徘徊している。
よだれをダラダラ垂らし、獲物を探している様子だ。
もし見つかった戦闘になるのだろうか?
腰に差している剣に手を添える。
いや、勝てるわけない。
普通最初の敵ってスライムとか、弱い敵が相場じゃないの!?
熊って妙にリアルで強いんだけど!
これは撤退するしかない。見つかったら食べられちゃうかも。
そんな恐怖心から絶対に物音を立てないように細心の注意を払って移動する。
「バレませんように…バレませんように…」
熊が後ろを向いている隙にゆっくりその場から離れる。
来た道をそのまま戻り、熊の姿が完全に見えなくなったところで、どっと汗が噴き出た。
「はぁ~~。怖かったぁ。正面ルートは無理!」
運よくこちらが先に見つけることができてよかった。
もし鉢合わせていたらゲームオーバーになっていたことだろう。
でも生き残ることができた。
その幸せを噛み締めながら、次の方針を立てる。
「正面がダメなら右か左に行くことになるけど、どっちにしようかな?」
正解なんてわからない。ここは自分の勘を信じよう。
ってことで左ルートを選択する。理由は左利きだから。
罠を慎重に掻い潜りながら先に進む。
奥に進むにつれて罠の数も少なくなってきた。
代わりに、熊の他にも猪やゴリラ等、動物の姿が増えてくる。
そのどれもに勝てそうにない私は見つけるたびに隠れ、ルートを変え、先へと進む。そして…
「…あ!白い霧!」
ついに白い霧を発見した。
中に入ると…キューブを設置してくださいと機械的なアナウンスが入る!
嬉し涙で視界が歪む。
「セーブポイントにたどり着けた!うぅ…長かったよう!」
一度しか死なず先に進むことができた!
これって凄いことなのではなかろうか!?だって、全世界でプレイしている人たちは累計1億回もゲームオーバーになっているのに、このままのペースだったら、案外簡単にクリアできちゃうかもしれない。
「キューブ設置っと。ふふふ…私ってばゲームの才能あるのかも?」
上機嫌で休憩をとる。
身体に疲労感はなく、体調は万全なのだけど、罠の発見に全神経を集中させていたので精神的にしんどい。
眠たくはないけど、横になって目を瞑り、しばらくお休みすることに。
………
……
…
「うーん。問題は戦ってないからスピリッドが0のままなことかな」
休憩を終え、現状の確認をする。
そこで浮き彫りになった問題が、スピリッドが手に入っていないことだった。
このゲームで最も重要な要素(だと思う)のスピリッド。
スピリッドは通貨の役割も果たす他、レベルアップにも活用するので使いどころが多い。
しかし、スピリッドは敵を倒さないと入手することが出来ない。
でも敵を倒すためにレベル1だと不安だから、レベルを上げてから戦いたい。
けどレベルを上げるためには敵を倒さなければいけない。
「あれだね。服を買いに行くための服が無い状態だよ」
どうにかして敵を倒さずにスピリッドを入手する方法がないものか…
メニュー画面やキューブの購入欄を確認しながら必死に考える。
「ん?売買画面?」
キューブでどうやらアイテムを売ることが出来るらしい。
「アイテムかぁ。一個も拾えたりしてないけど、どうやって入手するんだろ?」
やっぱり宝箱かな?
ここまで来る途中に何個か宝箱は発見したけど、すべてスルーした。
やっぱり最初のトラウマが強すぎて近づく気にもなれなかったからだ。
「となれば、やっぱり敵を倒して直接スピリッドをゲットするのが無難なのか…」
敵を倒してアイテムもゲットできれば一石二鳥だし、覚悟を決めるときなのかもしれない。
「…よし。戦おう!」
レベルが低いまま先に進むのは危険だし、この先の敵が弱くなる可能性は低い。
森のフィールドでの戦闘はもはや避けて通れなかった。




