チュートリアル(本番)
目が開かない。寝起きのような気怠さが全身を包んでいる。
機械的な声が頭の中に響き、その質問に無意識に答えていく。
~名前の入力をしてください~
名前は…沙羅。
~主人公の型を選択してください~
・戦士
・盗賊
・魔法使い
・ガンハンター
・全裸
タイプ?…ああ、寝る前にしていたゲームの話かな。戦士だったはず。
~痛覚の設定をしてください~
・無痛 (非推奨)
・0、1倍~20倍
痛覚設定?こんなのあったっけ?
かなり自由に選択できるみたいだけど…1倍でいいのかな?
…いやいや、痛いの嫌いだし、どうせ選べるならあまり痛みを感じないほうがいいかな?
無痛は非推奨と書かれているので、0、5倍を選択する。
~血の色を選択してください~
・赤
・白
・緑
・茶
・黄
・桃
血の色?赤一択じゃないの?
…ああ。主人公はホムンクルスだったっけ。それなら白とかのがいいのかな?
でもなぁ。やっぱり違和感が強そう。無難に赤にしよ。
~難易度を選択してください~
・絶望したいプレイヤー用
・地獄を体験したいプレイヤー用
・無限の死を体験したいプレイヤー用
…どれも同じに見えるんだけど!?
ゲームの難易度ならイージーとかハードみたいに、もっと分かりやすく教えてほしいよ!
機械音声さんに抗議してみるけど、全くの無反応。
少し待ってみたけど選択肢は変更してくれないようだ。
むぅ…一番簡単なものを選びたいけど、どれが正解なのかわからない。そもそも、これ全部ハードモードじゃない?もっとマシな選択肢プリーズ!
…やっぱり待てども選択肢が増えることはなく、先にも進めないし、相変わらず目も開かない。
仕方ない…これかな…?
絶望したいプレイヤー用を選択する。
すると視界が明るくなり、ゆっくりと瞼が上がる。
「ん…眩しい…」
明るさに慣れてくると、自分の部屋ではないことがわかった。
真っ白な部屋に見たこともない機械が乱雑に置かれている。
まるで実験室のような場所に私は居た。
そして目の前には初対面の…けれど見覚えのあるおじいさんが、私のことを狂気を孕んだ目で見てくる。怖い。
けど状況が掴めないので、意を決して話しかけてみる。
「あのー…ここはどこですか?私、寝ていたみたいなんですけど」
マッド「遂に完成したぞ…究極のホムンクルスが!」
「え?」
マッド「まずは性能実験だな。おい…そういえば名前を考えてなかったな」
マッド「お前の名前は沙羅だ。いいな」
「は?いえ、もともと沙羅ですけど」
マッド「そうだ。身体は動くな?目の前にある扉を開けて中に入ってみろ」
「…会話のキャッチボールができないんですけど!!」
噛み合わなすぎて怖い!
おじいさんは言いたいことを言って満足したのか微動だにしなくなる。
そしてここまできてようやく違和感の正体に気付く。
この部屋、そして目の前のおじいさん。
これって…パソコンの前で見た、ゲームのチュートリアルの画面と瓜二つだ。
え?どゆこと?
状況が理解できない。
ここがゲームの世界…ってこと?
私の記憶では…お姉ちゃんの部屋でゲームをしていて、森のステージで宝箱を開けた瞬間、宝箱に擬態していた化け物に食べられてゲームオーバーになった。
その後の記憶が一切ない。
「嘘…」
目の前のおじいさんを改めて見る。
こちらをぼーっとした目で見ているが、動く気配はない。
「あのー…」
マッド「目の前の部屋を開けてみるのだ」
「いや、それは聞いたんですけど、ここはやっぱりゲームの世界なのですか?」
マッド「目の前の部屋を開けてみるのだ」
「いやだから…」
マッド「目の前の部屋を開けてみるのだ」
「…完全にゲームだコレ!」
会話成立しないもん!
俄かには信じられないけど、どうやらここは本当にゲームの世界なのかもしれない。
そういえば…最後のゲームオーバーの時、ぴったり累計ゲームオーバー回数が1億回目で、おめでとうみたいな文言が書かれていた。
「1億回記念とか?ははは…はぁ…」
笑えない。ほっぺたをつねってみても変化は起きなかった。
それどころか、自分の手や頬に違和感を感じる。
「あれ…手が小さくなってる?」
まるで自分の手ではないような…
ちょうど部屋の隅に姿見があったので自分の姿を確認すると…
「うわ…サラダだ…」
そこに写っていたのは私…沙羅ではなく、ゲームでキャラメイクしたサラダが鏡の前に立っていた。
ここまでくると信じたくはないけど、納得せざるを得ない。
「…夢とかだったらいいなぁ」
数時間経って目が覚めることに期待しよう。
とりあえずおじいさん…マッドに言われた通りに扉を開けて部屋に向かうことにするか?
「いや…あの扉の奥の部屋って、戦闘チュートリアルのロボットがいる部屋だよね?」
もしここが私が先程までプレイしていたゲーム、「21グラムの世界」ならば、扉を開ければロボットとの戦闘になる。
私は人生で戦ったことなんて一度もないし、ましてや剣を振るなんて想像もつかない。
しかも…ロボットを複数回倒すと、最後は絶対に勝てない巨大ロボットが出現するのだ。
お姉ちゃん曰く、負けイベントに突入することになる。
もしそれと戦うことになって負けたら…本当に死んでしまうのかもしれない。
「そんなの怖すぎる…一旦落ち着こう」
想像するだけで身体が震える。絶対に踏みつぶされたくない。
もし夢なら、時間が経てば目覚めるだろう。
そんな消極的な考えから、私はこの部屋で少し待機することにした。
数時間後…
「ダメだ…全く目が覚めない!」
時計が無いので正確な時間はわからないけど、5時間はこの部屋で過ごした。
しかし目が覚める様子は微塵も感じられない。
「そろそろ行動しないといけないかも…」
これ以上、この部屋にいるのは精神衛生上よくない。
なぜならこの部屋にはよくわからない機械と部屋の中央で微動だにせずに立っているマッドしかいないのだ。
シュールすぎる。頭がおかしくなりそう。
しかし、分かったこともいくつかあった。
まず一つ目。かなり時間が経過しているのに全くお腹が空かないこと。
私はかなりお腹が空きやすい体質で、ご飯を食べた直後でもすぐにお腹が鳴ってしまうくらいには腹ペコ女子なのだけど…
数時間経ってもお腹が空くことはなかった。
同様に、眠たくなることもなかった。
夢だと仮定すれば、夢の中で寝るってのもおかしな話ではあるけど、眠気は一切ない。
「もしかして私…三大欲求欠如しちゃった!?」
欲求が無くなるとどうなるのだろうか…
特に問題もない気もする。
まぁもしゲームの世界なら、アクションゲームの主人公がご飯食べたり夜しっかり寝るようなゲームは珍しいだろう。
冒険中に餓死しました。そんな悲しい状況にはならない様で少し安心した。
分かったことその2。
剣の扱い方。
私は剣士タイプの主人公を選択したので、腰にロングソードが装備されていた。
試しに剣を抜いてみると、想像よりもずっと軽くて、手に馴染む。
そんな嬉しい誤算もあって、これはイケるのでは!?
なんて思いながら剣を振ると、これが自分でも恥ずかしくなるくらいにヘタクソだった。
…いや、正直に言うと、剣に振り回されて尻もちつきました。はい。
誰かに見られてなくてよかった…(マッドはカウントしない)
ゲームでやっていたことを思い出しながら剣を振っても変わらず…
剣の振りは遅いし、よろよろ~ってなるし、目が回るし…私って才能ないのかも。
「ゲームなら□ボタンを押せば勝手に動いてくれるのに…てうお!?」
□ボタン!と叫びながら剣を振ると、自分の足が勝手に前へと踏み込み、鋭い横切りを放った。
ゲームと同じ動きを自分がしたことに驚き、つい剣を手放してしまう。
「な、何事?びっくりした~」
これまでの素人丸出しの振り方とは違う、力強い一振り。
「もしかして…□ボタンに反応した?」
試しに□□□…と心の中で唱えながら剣を振ると、横薙ぎ→逆横薙ぎ→縦振り…と連携技を繰り出すことに成功する。
「おお…」
ゲームの動きそのものだ。
もしかしたら攻撃以外にもこのアシスト機能は適用されているのかもしれない。
そう思い、試しに×!と唱えながらローリングしてみると…
「うわ!ビックリしたぁ。…けど出来た!」
綺麗に前方にローリングして、ピタッと立ち上がる。
こんなこと学校の柔道の授業でちょっとやった経験しかなかったけど、この世界では問題なくこなすことが出来るみたいだ。
「これなら…ロボット相手でもどうにかなるかも?」
小さいロボットなら苦戦することなく倒すことが可能だろう。
けど…最後に出てくる巨大ロボット。問題はアレ。
ゲームではいくら攻撃しても全くダメージを与えられなかった。
加えて巨大ロボットの踏み付け攻撃は貰えば即死。
即死…考えただけでもブルっと身体が震える。
死ぬなんて…人生で考えたこともない。いや、想像することが怖いから意識的に避けてきたのだ。
「やっぱり…死にたくはないよね…」
普通なら身が竦んでしまう状況だろう。
けど私は運が良いことに、お姉ちゃんから巨大ロボットの倒し方を聞いていた。
確か…後ろに回り込んでひたすら攻撃。そして踏み付け攻撃が来たら全力で逃げる。
これを繰り返すことが出来れば時間は掛かるけど倒すことが可能。そうお姉ちゃんは言っていたはず。
時間がいくらかかっても死ぬことに比べれば大したことない。
1時間でも2時間でもやってやろうじゃないか…!
ここに何時間いても状況は変わらないだろう。
今は…前に進むしかない!
「マッド…行ってくるよ」
マッド「目の前の扉を開けるのだ」
「おっけーい!」
目が死んでいるマッドに別れを告げ、扉を開ける。
何かを開けたり、アクションを起こす時は基本〇ボタンだ。
「〇」
ウィーンと扉が横にスライドする。
中央でしゃがみ込んでいるロボットを除くと、何もない青色の部屋に足を踏み入れる。
「ふぅ…はぁ………いくぞ」
ロボットの前まで移動する。
するとロボットが起動し立ち上がる。
部屋の上隅に設置されているスピーカーからマッドの声が部屋中に響き渡る。
あそこから声が聞こえてたのか。
マッド「サラダよ…ロボットを倒してみろ」
「了解!」
小さいロボットとの戦闘は全部で3回ある。
1戦目は何もしてこないロボットを攻撃する練習。
2戦目はパンチをしてくるのでローリングで回避する練習。
3戦目は動き回るロボットをロックオンして倒す練習。
まずは攻撃の練習だ。
「□□□…!」
鉄製の剣とロボットの金属ボディがぶつかり金属音が響き渡る。
ダメージは…ちゃんと入ってる!
ロボットの頭上に表示されている体力バーは攻撃を加えるごとにみるみる減っていく。
そうしてすぐに1体目のロボットは倒すことができた。
「やった!私、やればできるじゃん!」
ロボットが煙を吹いて前に倒れる。
そうして動かなくなったロボットは不思議なことに影も形もなくなり、新しいロボットが中央に出現する。
次は攻撃をしてくるロボット。
とは言っても、ローリングで回避する必要もないくらい超スロー攻撃だ。
でもこれも練習の一環と割り切ってローリングを使ってみる。
当然回避に成功し、同様に□連打で倒す。
「順調順調♪」
最後は動き回るロボットだ。
機械音声でL3ボタンでロックオンしてくださいとアナウンスが入る。
「L3…と。おお!?ロボットを見ずにはいられないッ!」
ロボットに視線が釘付けになってしまう。
これが…恋!?
なんて冗談を言っている場合ではない。
ロボットが近づいて攻撃してくる。反射的にローリングで回避しようとすると、後方にくるりと一回転する。後方ローリングだ。
「器用だね私!」
そのまま立ち上がり、直進して攻撃する。
どうやらローリングは360度、必要に応じて可能なようだ。
しかもローリング終わりに攻撃ボタンを押すと、立ち上がり様に剣を振り抜く特殊モーションが発動することが判明した。
我ながらちょっとカッコいい。
「よっ!っほ!っは!」
3戦目のロボットは動きもそこそこ速く、パンチ攻撃もちょこちょこしてくるため、色々な動きを試すのに最適で、長時間戦闘をこなした。
巨大ロボットと戦うのが怖くて時間を先延ばしにしていたとも言える。
しかしじわじわと削っていたロボットの体力も遂に無くなってしまう。
「ああ…倒しちゃった…」
3体目のロボットが地面に倒れ、消滅する。
そして遂に…私が初めてゲームオーバーを経験した巨大ロボットが出現する。
「でっっっっっっっか」
「………」
目の前で見ると、当たり前だけど迫力が全然違う。
私の目線が巨大ロボットの膝辺りだ。
全長は…6メートル近くあるだろう。
ハウ〇テンボスで巨大ロボットを見たことあるけど、あれに似てるわ。
その巨大さ、異様さに呆然としているとロボットが動き出す。
「うわあああああ!!!」
ズシン!とロボットが私を踏み付けようとしてくる。
ローリングなんて忘れて全力で後ろに逃げる。
入ってきた扉の前までひた走る。
「はぁ…はぁ…〇!〇!…やっぱり開かない!」
今までのちびロボットと難易度違いすぎでしょ!恐ろしすぎる!
巨大ロボットは無言で私に近づいてくる。
動きは遅いけど、なんせでかいからすぐに私の目の前までやってきた。
「うわあああああ!!またくるうううううううう!!」
「………」
後ろに逃げ場はない。咄嗟に潜り込むように前にローリングする。
ズシン!
直後に地面が揺れる。
恐怖心からロボットを見ることもできずにそのまま反対側の壁まで猛ダッシュする。
「ハァ…ハァ…ハァ…まだ一度も攻撃できていないのに疲労感半端ない…」
なんでこんな目に遭わないといけないんだーーー!!
お姉ちゃんのお願いなんて聞かなきゃよかった!!
だいたいお姉ちゃんはいつも勝手なんだよ!
私に無断で、雑談動画で私についての話をいっぱいするし、料理もできないから私が作る羽目になってるし!外に出ないからお姉ちゃんの服は全部私が買わなくちゃいけないし!私よりスタイルいいし!
そんなお姉ちゃんへの止まらない愚痴で頭がいっぱいになっていると、恐怖感が薄れてくる。
「ハァ…ハァ・・そうだ。このままだとずっと部屋に閉じ込められたままだ。攻撃しないと!」
巨大ロボットのワンパターンな踏み付け攻撃にも少しだけど慣れてきた。
先程と同様に潜り込むようにロボットの足と足の間を走り抜け、後ろを取る。
「よし。後ろ取った!攻撃攻撃攻撃!」
左足に狙いを定めて連打攻撃をする。
ダメージは微々たるもので、ほとんど変わってないけど減ってる!
繰り返していけば倒せる!
勝てるかもしれない!そんな希望を持つことができたおかげか、恐怖心は完全に払拭されていた。
ひたすらに左足だけを狙って攻撃を繰り返す、踏み付け攻撃が来たら一目散に逃げる。
「大丈夫…大丈夫…冷静に足の動きを見てれば逃げ切れる…」
慎重に攻撃を加える。
焦る必要はない。着実に体力は減ってるんだから。
ゆっくりと…けれど確実に巨大ロボットの体力は減り続けていた。
アドレナリンが分泌され続けているのか疲労は全くない。ただひたすらに□□□…!と心の中で唱え続ける。
そうして巨大ロボットの体力が半分を切ろうかというころ。
巨大ロボットに変化が起きた。
左足が私の攻撃に耐えきれなくなったのか、膝から崩れ落ちる。
「………」
「これって!チャンスなんじゃないの!?」
巻き込まれないようにローリングを繰り返してロボットから離れた後に確認すると、片膝立ちになって動けなくなっているロボットの姿が目に入る。
これまでのように私を追ってくることはない。
イケる!このまま攻撃を続ければ勝てるんだ!!
全く動けないロボットに近づいて再度攻撃を繰り返す。
「□□□、□□□!!!」
「………」
巨大ロボットは身動きが取れず為すがままだ。
回避する必要がなくなったために攻撃頻度も増え、ガシガシ体力も減っていく。
そして残りの体力が遂に4分の1近くまで減らすことができた。
「勝てる!勝てるよ!…っあああ!?!?」
あと少しで倒せる!そんな高揚感に私は攻撃している左足にしか目がいっていなかった。
いつの間にか私はロボットの左手に掴まれていた。全身を。
いつ手が動いたのかも気づくことができなかった。
「う…ああ…」
手が大きすぎる為、私の全身は手に包まれていた。
手から出ているのは顔だけ。当然身動きも取れない。
「嘘!嘘嘘嘘!!なんで!?」
身動きが取れない動揺、再び湧き上がってくる恐怖。
キリキリと締め付けられる絶望、焦燥。
「やだ…!やだやだやだ!!放して!お願いだからああああああ!!!あぐ」
巨大ロボットは私を掴んだままゆっくりと手を正面に移動させ、右手でも私をがっちりと掴んだ。
そして無機質なロボットと目が合い、必死に助けてと懇願する。
だがその願いも空しく締め付ける強さは増すばかりで、全身の骨が砕ける、口からは血が溢れる。
「いやあああああああ…あああ…あ…」
激痛で何も考えられなくなって何を叫んでいるのかもわからなくなって…
私は意識を手放した。