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 そんなどうにも居心地の悪い中、しばらく待っていると、ママルさんとメルさんが笑顔で戻ってきた。二人はお盆に何かを載せて持ってくると、それらをテーブルに置き始めた。

 そうして、机の上にはたくさんのお菓子と、いい香りのする紅茶が置かれた。お菓子の皿にしてもカップにしても、何もかも高級に見えるそれらの登場に思わず緊張していると、メルさんが僕の隣に座ってきた。


「えへへ、私コマリ君と一緒におやつ食べる」

「あ、えっと」


 突然の歓迎ムードになって、どうしたらいいかわからないでいると、ママルさんが僕の前にケーキを置いてくれた。


「遠慮しないで食べてくれ、コマリ君」

「え、でも」


「いや、君にはずいぶんと失礼なことをしたからね、これはほんのお詫びの一つだ、もしかしてあまいものは苦手かい?」

「いえ、大好きです」


「そうかい、そりゃよかった」

「はい」


「それから、メルから一連の事は聞かせてもらった、なんでも外の世界から迷い込んだんだって?」

「はい、なんて言ったらいいのかわからないんですけど、突然ここに飛ばされてきてしまって」


「なるほど」

「ドールなんて国の名前聞いたことありませんし、僕のいた世界とは少し違うかんじがして」


「ふむ、だとすると私たちはただでさえ不安な君をずいぶんと追い詰めてしまった事になるね」

「そうだよ、ミルフィもムーも意地悪だよ、コマリ君とっても怖がってたんだよ」


 ぷんすか怒りながらお菓子を貪るメルさんはなんだかかわいらしかった。そしてムーさんはというと、僕をじっと見つめてきていた。そしてしばらく間をおいてからムーさんは口を開いた。


「は、反省はしている、それに子どもとはいえドルマだとわかったら、あぁなるのも仕方がない」

「ドルマ?」


 ドールに続いて聞きなれない言葉の二つ目「ドルマ」これまでの会話の中からちょこちょこ出てきてはいたけど、いったい何のことなのかがわからない。


「そうだね、その話もしないといけないしムーの反応はこちらからすれば仕方のない反応でね、許してやってくれないかコマリ君」

「も、もちろんです、見ず知らずの人が突然来たら警戒するのは僕も同じですから、すみませんでした」


「ありがとう、コマリくんが優しい子でよかったよ」

「い、いえ、それよりもママル、さん?」


「あぁ、ママルでいいよコマリ君」

「あの、ママルさん、ドルマというのは一体何なんですか?」


「うん、それについては後で詳しく聞かせてあげるさ、それよりも今は、ここに来たばかりでいろいろと不安だったろう、紅茶でも飲んでリラックスしたらどうだい?」

「あ、はい、いただきます」


 ママルさんの勧めもあり、僕は目の前で心地の良い香りを出す紅茶を一口飲んだ。身体に染み渡るような温かい紅茶を飲むと、不思議と心が楽になったような気がした。普段紅茶なんて飲まないけどとてもおいしく感じる紅茶はまるで魔法の飲み物に思えた。


「ママルさん、この紅茶とてもおいしいです」

「そうかい、コマリ君の口に合うようで何よりだ」


 そうして紅茶の味を楽しんでいると、突然メルさんが僕の顔をのぞき込んできた。


「ママルの淹れる紅茶はとってもおいしいんだよ、私も頑張って真似しようとしてるんだけどなかなかうまくいかないんだ」

「へ、へぇ、そうなんですね」


「ん?メルもちゃんとおいしい紅茶を入れられるじゃないか、私は知ってるよ」

「でも、ママルのようにはいかないよ、私はママルのようなおいしい紅茶を入れたいの」


「ママルの紅茶は世界一、メルのはあと五十歩も百歩も足りない感じ」

「ほら、ムーもこう言ってるもん、やっぱりママルの淹れる紅茶はすごいんだよ」


「そうかい?私はメルの淹れる紅茶、大好きだけどねぇ」

「うぅ、ママルにそういってもらえると嬉しいけど・・・・・・あ、今度私の淹れた紅茶コマリ君にも飲ませてあげるね」

「あ、ありがとうございます」


 とても和やかなムードになりつつある空間で、メルさんは会った時から変わらぬ笑顔で微笑みかけてくれた。そんな姿に本当に素敵な人だと思っていると、ママルさんが優しい笑顔で僕を見つめてきた。その突然の様子に思わずどぎまぎしていると、ママルさんは口を開いた。


「ところでコマリ君、少しいいかな」

「はい、なんですか?」


「色々と混乱していると思うかもしれないが、君がここに来た経緯について、詳しく聞かせてくれないかい?」

「あ、はい」


「どんな些細なことでもいいんだ、焦らずゆっくり話してくれればいい、もしかしたら君の力になれるかもしれないからね」

「はい、でもママルさん」


「ん、どうした?」

「とても信じられないような、とてもおかしな話になると思いますが、それでも聞いてくれますか?」


「ふむ、何やら相当な訳アリのようだね」

「はい、かなり訳アリです」


「大丈夫、できる限りの事は信じるつもりさ、こう見えても私は博識なんだよコマリ君頭ごなしに否定しようとは思っていないさ」

「じゃ、じゃあ言いますね」


「あぁ」

「簡単に言いますと、僕は鏡に吸い込まれてここに来たんです」


 僕がそういった瞬間、メルさんが顔を近づけてきた。


「すごーい、コマリ君鏡の世界からやってきたのーっ」

「い、いや、鏡の世界ってわけじゃないと思うんですけど」


「でも、鏡の中からやってきたんでしょっ」

「えっと、僕の記憶が正しければそれで間違いはありません」


「わー、私も鏡の世界に行きたーい」

「コラメルッ、静かにしなっ、今は大切な話をしてるんだよっ」

「えっ、はぁい」


 メルさんはしゅんとした様子で口をつぐんだ、そしてママルさんはというと真剣な様子で僕を見つめてきた。その顔が果たして本当に信じてくれているのか、はたまたあきれ果てたが故の顔なのかわからなかったけど、その真剣な表情に僕は怒られるんじゃないかと、少し緊張してきた。


「コマリ君、その話は本当なのかい?」

「はい、大きな鏡を触っていたら突然鏡の中に吸い込まれて、それで気づいたら知らない場所、つまりはこのドールという国にいました」


「じゃあ君は鏡の中に吸い込まれてここにやってきたんだね?」

「はい」


「ふむ、それはとても信じられない話だ」

「そ、そうですよね」


 当り前だ、だれがどう聞いても鏡の中からやっていましたなんて言えばそりゃもう頭のおかしいやつだといじめられてしまう。だけど、目の前のママルさんはやはり真剣な表情だった。


「そうか、鏡を通してこの世界へとやってきたのかい?」

「はい」


「見たところドールにいる人間と大差ない身なりではあるが、ふむ、確かにどことなく君からは違う匂いを感じる」

「に、匂いですか?」


 なんだか変なにおいでもしているだろうかと、自らの服を匂うと洗濯用洗剤の良い匂いがした。もしや、この世界ではこの匂いが変だったりするのだろうか?そう思いながら自らの身体を匂っているとメルさんが僕の体を嗅いできていた。


「わ、わぁっ、メルさん、なんですかっ」

「えーっ、コマリ君変な匂いしないよ、むしろいい匂いがするよ、スンスン」 


「こらこら、言葉のあやというものだよ二人とも」

「言葉のあや、ですか?」


「あぁ、君からは少し違う雰囲気が漂っているのさ、そう、それはまるで・・・・・・」

「まるで、なんですか?」


 なんだか気になる間を作ったママルさんは、数秒の沈黙をなかった事にするかのように笑った。


「いや、いいんだ、それより君がここに来た時に鏡を通ってきたんだね」

「はい、自宅の倉庫で大きな鏡を触っていたら、突然引っ張られるように鏡の中に吸い込まれたんです、本当なんですっ」


「ふふふ、そうかいそうかい」

「あれ、僕なにかおかしなことを、あ、いやおかしなことを言ってるんですけど、本当の話なんですよママルさんっ」


「分かっているさ、別に君を疑っているわけじゃないんだ」

「ほ、本当ですかっ?」


「あぁ、それにだコマリ君、わが国ドールには君のように鏡を通し、別の世界の住人がやってくるという伝説が残っていたりするのだよ」

「僕と同じような人がいたんですか?」


「あぁ、君は伝説と同じ方法でこの世界へとやってきたのさ、だからいつか必ず元の世界へと帰れるはずだ」

「あ、あぁ、よかったです」


 なんだかママルさんは初めて会ったばかりだというのになんだかとても安心させてくれる、


「ただ、コマリ君には悪いが、伝説は知っているが、君が元の世界へと帰れる方法は知らないんだ」

「え・・・・・・」


「だが、心配しなくてもいい」

「え?」


「伝説には、鏡を通してやってきた者は大いなる功績を残し、元の世界へと帰っていったとある」

「そ、それはつまり」


「あぁ、君が元の世界に和えれる方法は必ずある」

「そうなんですねっ」


「あぁ、だから帰り方が見つかるまではここにいるといい」

「こ、ここにいてもいいんですか?」


「勿論だ、君とこうして出会ったのも何かの縁だ、それに伝説を体現する君をほったらかしにできるわけないだろう」

「あ、ありがとうございます」


 なんとも希望に満ちた展開に僕はひとまず安心した。おまけに屋根の下で過ごせるというおまけつき、こんなにも幸運な出来事に僕は再び涙が出てきそうになった。


「まぁ、とは言ってもねコマリ君」

「はい、なんですか?」


「この屋敷に住むからには少しばかりお願いしたいことがあってね」

「はい、なんでしょうか?」


「いや、なに私の代わりといっては何だが、少しこの屋敷での家事手伝いをしてくれると非常に助かるんだ。これから私も忙しくなりそうなんでね、ほんの些細なことでもいいんだ家事手伝いをしてくれると助かるんだ」

「それはもちろんです、何でも言ってください、僕にやれることなら何でもやります」


「ほぉ、何でも?」

「はい、なんでもします」


「ふふふ、そうかい、それは助かるよ」

「はい、よろしくお願いします」


「じゃあ今日からよろしく頼むよコマリ君、今日から君は私たちの家族同然だ、遠慮せず暮らしてくれ」

「ありがとうございます」


 そんなこんなで、僕はメルさんの屋敷で暮らせることとなった。わけのわからぬ場所へきて、さっそく屋根の下に住むことができるとは思わなかっただけに、僕はなんて幸運だと二度目の紅茶に口をつけていると、隣にいたメルさんが僕の事をじっと見つめてきていた。その表情はどこか嬉しそうであり、目がきらきらと輝いているように見えた。


「コマリ君、これからよろしくね」

「あ、はい、皆さんのお邪魔にならないようにひっそりとしてますので」


「私コマリ君だったら大歓迎だよ」

「ほ、本当ですか?」


「もっちろん、じゃあ今日は一緒に寝る?」

「えぇっ?」


「あれ、コマリ君私と一緒に寝るの嫌?」

「い、いや、嫌とかそういうことじゃなくて」


 嫌とかそういうのじゃなくて普通に考えてこの年齢で女の事一緒に寝るなんてのは、なんだかよくわからないけど、ありえないことであり、もしかするともしかしてこの世界ではそういうのが当り前だったりするのだろうか?


「コラメル」

「え、何ママル?」


「コマリ君には空き部屋を使ってもらうから、メルとは一緒に寝ないよ」

「えー、でもコマリ君と鏡の世界についてお話ししながら寝たいのに、ぶーぶー」


「我慢しなメル、えっと、それでだねコマリ君」

「はいなんでしょうか?」


「この屋敷は私たち5人姉妹には持て余すほどのものでね、そのこともあって空き部屋はたくさんある、だから空き部屋なら好き所を使ってくれてかまわないよ」

「なんだか、何から何まですみません」


「あぁ、ちなみに部屋には家具やらなにやら全部そろっているから安心してくれ、君を地べたに寝させようなんてことは思っていないよ」

「ありがとうございます」


「気にしないでいい、だが少しくらい掃除した方がいいかもしれないね、使っていない部屋はホコリがたまっているかもしれないからね」

「掃除なら慣れていますので、大丈夫です」


「そうかい、なら安心だ」

「はい」

 

 そうして、この屋敷にお世話になることになった僕は、それからしばらくお茶とお菓子を楽しんだ。


 よくわからない所に来たというのに、こんなにも落ち着いてお茶を飲んでいられるのは、メルさんやママルさんが優しくしてくれたおかげだろうけど、それ以上に普段のつまらない日常から、非日常に移り変わったことがなによりの理由だったのかもしれない。多少の不安はあったけど、それ以上にワクワクとした感情も僕の心にはたくさん生まれていた。


 そんな、おとぎ話の世界に迷い込んだ僕はというと、メルさんの好意で一緒にあきべやのそうじを することになった。部屋の中は思いのほか綺麗で、多少のほこりが家具にかかっているくらいだった。ベッドの大きく、僕一人では持て余すほどのもので、つくづくお金持ちの家のように思えた。


 そうして、メルさんとの掃除が終わるころにはすっかり日も暮れており、それと同時に何やらいい匂いが鼻をくすぐった。


「なんだか、いい匂いがしますねメルさん」

「うん、今日はママルが私の代わりにカレーを作ってくれてるの」


「そうなんですね」

「うん、ママルの料理はほっぺたが落ちちゃう位おいしいんだよ」


 それにしても「カレー」とか「ほっぺたが落ちるくらい」だとか、やっぱり僕がいた世界と何ら変わらない言葉がポンポン出てくる。

 これはつまるところ僕はパラレルワールドとか、並行世界とかそういうものに迷い込んだと考えるべきなんだろうけど、どうにも金髪美少女のメルさんが日本語をぺらぺらと喋っているのはなんだか不思議な感覚になった。

 

 そんな、少しづつ冷静に物事を判断できるようになった僕はあらかた掃除の終えた部屋を一望したのち、メルさんと彼のにおいにつられるように一階へと降りた。リビングに戻ると、食卓には四人姉妹がすでに席に座っていた。


「やぁ、部屋の掃除は終わったかい二人とも」

「うん、コマリ君掃除がとっても上手なんだよ、だからすぐに終わっちゃったよママル」


「そうかい、じゃあ二人とも手を洗ってすぐに食卓につきなさい」

「はーい」


 そうしてメルさんと共に手を洗いに行き再び食卓に戻ると、僕とメルさんが仲良く隣同士になる形で椅子が置かれていた。僕はその用意されたであろう席へと向かおうとしていると、突然僕の前にミルフィさん声をかけてきた。


「おい」

「ひっ、なんですか?」


「ビビッてんじゃねぇよ男のくせに」

「す、すみません」


「それよりコマ、お前ここで暮らすんだってな」

「は、はい」


 と、ここでメルさんが僕に駆け寄ってきてくれた。そして、まるで僕を守るかのようにミルフィさんと僕の間に立ってくれた。本当にメルさんにはとても助けられる、明日からはメルさんに少しでも恩返しできるように生きねば。


「ちょっとミルフィ、コマリ君いじめちゃだめだよ」

「誰もいじめてなんかねぇよ、ここで暮らすって聞いたから挨拶しようとしてんだよ」


「でもコマリ君怖がってるよ」

「何もしてねぇだろっ」


「ミルフィが怖い顔するからだよっ」

「してねぇよ、普通の顔だっ」


「それよりコマリ君に何の用?」

「ふん、もういいやとっとと座れ二人とも、飯にするぞ、こっちは腹へってんだ」

 

 ミルフィさんは何か言いたげな様子を見せたあと、ふてくされるようにしてドカッと椅子に座った。結局何を言いたかったのかはわからなかったけど、最初にあった時よりは優しい目つきになっているような気がしたのは気のせいだっただろうか?


「ほらママル、早くいただきますしようぜ、腹減って死にそうだ」

「そうだね、メル、コマリ君、席に着きなさい」


「はーい」

「は、はい」


 席に着くと、テーブルの上にはカレー、とんかつ、ポテトサラダ、そして一人一つのゆで卵が置かれていた。やはり僕がいた世界と変わらぬ様子になんだか驚いてしまった。

 見知った料理の党所だったけど、普段の夕食からは考えられない華やかさと、周りに人がいるということに僕はなんだかうずうずしてきた。

 そうしてうずうずしていると、ママルさんが突然手を合わせた。そしてそれに同調するかのように他のみんなも手を合わせた。


「さぁ、コマリ君みんなでいただきますをしよう」

「あ、はい」


 どうやらいただきますの合図だったようで僕は普段することのない合掌をした。そしてママルさんのよく通る声で「いただきます」という声と共に食事は始まった。

 まるで幼稚園にいたころを思い出すかのような光景に少し戸惑ったけど、なんだか礼儀正しくてとても心地が良かった。そして食事を勧めている間、みんな食事に夢中になっていると思いきや、ミルフィさんが僕に話しかけてきた。


「おぉ、そういやコマ」

「はい、なんですかミルフィさん?」


「お前、この屋敷に住むかわりに何でもするって言ったらしいなぁ」

「は、はい、言いましたけど」


 確かに言ったのは言ったけど、そのことにそんなに興味を抱くものだろうかと、にやついたミルフィさんを見つめていると、彼女はさらに楽しそうに笑った。


「そうかそうか、お前はなかなか見どころのあるやつだな」

「あ、あの、どういう意味でしょうか?」


「あぁ、気にするな気にするな、それよりコマ、飯が終わったらマッサージしろよ」

「へ?」


「へ?じゃねぇよ、マッサージだよコマそれくらいわかるだろ」

「は、はい」


「こっちは一応労働者なんだ、それなりにねぎらってもらわないとな、ほら、お前何でもするって言ったんだろ?」

「わ、分かりました」


「コラミルフィ、あまりコマリ君をいじめるんじゃないぞ」

「わかってるわかってる、ちょっとマッサージしてもらうだけだって、なぁコマ、よろしくな」


「は、はい」

「よぉーし、そうと決まったらさっさと飯食って、マッサージしてもらうか、あっはっはっは」


 とてもうれしそうなミルフィさん、だけど、マッサージとはいったいどんなことをすればいいのだろう?


 普通に肩たたきとか肩揉みとかそんな事でいいのだろうか、とにかくそんなことを考えながら目の前にあるおいしそうなカレーを見ていると、視界が何だかぼやけてきた。

 せっかくのおいしそうな夕食だというのにどうしてこんなにも視界がぼやけるのだろう。すぐに目をこすってみると、今度はまぶたが急激に重たくなってきた。せっかく夢にまで見た理想の夕食を目の前にしているというのに僕はなんだか目を開けることができない。そうして、僕はそのまま瞼の重さにあらがうことができずに、目を閉じざるを得なくなった。


『ドルマスクール』


 目を覚ますと、いつもと違う布団の感覚と甘い匂いが僕を目覚めさせた。まだ覚醒しきっていない身体を起こしあたりを見渡した。

 洋風な家具で飾られた部屋、大きな窓から差し込む眩しいほどの太陽の光、どう見てもいつもの僕の部屋とは違う光景。


 そんな光景に、すぐさまドールという異世界へとやってきていたことを思い出した。とても重大なことであるにもかかわらず、ずいぶんとぼけな朝を迎えているものだと思っていると、ふと、布団の中から違和感を感じた。それは生暖かく柔らかい何かであり、僕はすぐさま布団をはぎ取った。

 

 するとそこには、まるで猫のようにまるまったメルさんの姿があり、彼女はむにゃむにゃと眠りこけていた。どうして彼女がこんなところにいるのだろう、そう不思議に思っていると、突然部屋の扉がノックされた。そして、すぐにママルさんの声が聞こえてきた。


「おーい朝だコマリ君、起きなさい」

「は、はいっ」


 僕はすぐにベッドから飛び降りた、そして、いつの間にか着せられている女性ものであろうパジャマを脱ぎ、近くに丁寧にたたんでおいてあった自分の服に着替えなおした。そうしている間にもメルさんは起きる様子はなく、僕はたまらずメルさんのもとに歩み寄り彼女の体をゆすった。


「メルさん起きてください、もう朝ですよ」

「うぅん、むにゃむにゃ」


「メルさーん」

「えへへ、コマリ君朝だよー」


 僕を起こす夢でも見ているのだろうか幸せそうに寝言を言うメルさんは非常にかわいらしかった。思わずそのままずっと見ていたくなるような天使の寝顔を見つめていると、僕の背後ですさまじい音が鳴り響いた。そんな、身の危険すら感じる音に目を向けると、そこには鬼の形相をしたミルフィさんの姿があった。


「おらぁっ、朝だっつってんだろボケども、こっちは朝から空腹で今にも死にそーなんだ、早く起きやがれっ」

「は、はいっ」


 ものすごい勢いのミルフィさんに怯えていると、ミルフィさんは僕をじろりと見つめてきた。


「おうコマ、お前は起きてたのか」

「は、はい、おはようございますミルフィさん」


「あぁ、いい朝だな、んで、そこにいる寝坊助が諸悪の根源か?」

「あ、あの、起こそうとしたんですがなかなか起きなくて」

「そうか、じゃあ覚えとけコマリ、起こしても起こしてもなかなか起きねぇ寝坊助メルは、こうやって起こすんだよっと」


 ミルフィさんは何をおもったのか、メルさんを抱き上げて窓際へと向かった。そして窓を開け、まるでゴミを捨てるかのようにメルさんを外へと投げ捨てた。


「ななな、なにやってるんですかミルフィさんっ」

「何って、メルを起こすんだよ、わめくなコマ」


「で、でもここ二階ですよ、そこから投げ飛ばすなんて」

「ちっ、今日はずいぶんと深い夢を見てやがるな」


 僕の言葉を無視して、窓から外を覗いているミルフィさんは、まるでこれが日常とでもいうかのように平然としていた。だけど、僕にとってはこの一連の流れがただの殺人現場にしか見えず、僕はすぐに窓からメルさんの様子を見た。すると、そこには地面に寝そべるメルさんの姿があり、彼女はぐったりとした様子だった。


「う、うわぁっ、メルさんが、メルさんがっ」

「うるせぇなコマ、朝から騒ぐなよ」


「でも、メルさんが」

「なんだようるせぇ、あいつは大丈夫だっての」


「大丈夫って、ここは二階ですよ、生身の、それも睡眠中の人間がそんな高所からの衝撃に耐えられるわけないじゃないですかっ」

「ん、お前まだ、私らの事聞いてないのか?」


「何のことですか、そんな事より早くメルさんを」

「まぁ待てコマ、いいか、あいつをよく見ろ」

「へ?」


 僕はもう一度窓からメルさんの様子見た、するとそこではやはぐったりとした様子で眠るメルさんの姿があった。


「何ですかミルフィさん、早く救急車を」

「ちゃんと見ろ、あいつはちゃんと息してるだろ、それも寝息だっ」


「寝息っ?」

「あぁ、こんなことで起きる奴じゃないし、こんなことで救急車呼ぶほどでもねぇ、お前は心配性だなコマ、心臓までコマいな」


「え、えぇい、もうついていけませんよミルフィさん、とにかく僕はメルさんのところに行きます」

「ん、あぁ、いくのはいいけどハンマーぐらい持ってけよ、そうしないと起きないぞ」

「そんなもの必要ありませんよっ」


 物騒なミルフィさんの言葉を否定し、すぐに階段を駆け下り、玄関を飛び出し、メルさんが落ちたところにたどり着いた。

 すると、そこにはまだぐったりとした様子のメルさんがいた。僕はすぐにメルさんのもとに駆け寄り彼女の安否を確かめていると、彼女はミルフィさんが言った通り気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 朝から夢のような、現実を目の当たりにしていると、頭上から声が聞こえてきた。


「おーいコマ、私の言ったとおりだっただろ、そいつは寝てるんだ」

「え、あ、はい」


「じゃあ、そいつをひっぱたいて起こせ、おうふくビンタだ」

「で、できませんよっ」


「じゃあ起きねぇな、そいつが普通に起こして起きたことはねぇんだ、お前も男なら気合入れて起こせ」

「そ、そんな、もう起きてくださいよメルさん、朝ごはんですよ」

「えへへ、お寝坊さんだねコマリ君」


 相変わらず夢の中で僕の事を起こそうとしているのか、なんだか能天気なメルさんに、そろそろ本当に起きてほしくなった僕は目いっぱい声を上げてメルさんを起こすことにした。


「も、もう、起きてくださいメルさんっ」


 目一杯の声で僕がそういうと、メルさんは目をぱっちりと開けた。それこそ、「ぱちっ」という音が聞こえそうなほどの勢いで目を覚ましたメルさんは、驚いた様子で僕を見つめてきた、かと思うとすぐに笑顔を見せた。


「あ、おはようコマリ君、今日もとってもいい朝だね」

「や、やっと起きてくれたんですね」


「うん、コマリ君の声が聞こえたから」

「もー、すごく心配したんですよ」


「え、どうして心配するの?」

「いや、ほら、メルさんいまどこにいるかわかりますか?」


「ここ?」

「はい」


「ここは庭だよ」

「庭だよ、じゃないですよ、メルさん二階からここに投げ飛ばされたんですよ」


「あー、今日はミルフィが起こしてくれたんだね」 

「いつもこうなんですか?」


「うーん、いつもはママルに起こしてもらうんだけど、あ、そういえば私コマリ君を起こしに来たんだった」

「あ、あはは・・・・・・」


 なんだか朝から絶好調なメルさん、そして、いつの間にか顔を引っ込めているミルフィさんを確認した後、家の中へと戻ると、さっきまでは気づかなかった、紅茶と香ばしいパンの匂いが鼻をくすぐってきた

。その匂いにつられるようにリビングへと向かうと、そこではママルさんとモカさん、そしてミルフィさんが食卓に座っていた。


「おやおや、今日はお寝坊さん二人がそろって登場か、今日は久しぶりにいい朝食を取れそうだ」

「えへへ、コマリ君に起こしてもらっちゃった」


 ママルさんの言葉にメルさんは嬉しそうに返答した。


「起こしに行った方が起こされるというのは、ずいぶんとおかしな話だぞメル、もう少ししっかりしな」

「ご、ごめんなさいママル、てへ」


「さて、今日は久しぶりの5人姉妹そろっての食事だね、これもすべてコマリ君のおかげだ、君を迎え入れて本当によかったと思っているよ、ありがとう」

「え、僕のおかげ、ですか?」

「あぁ、もう一人の寝坊助ムーが降りてきてるだろう?」


 そうしてママルさんが指さした先、僕の背後に寝癖をたくさんつけたムーさんの姿があった。


「あ、おはようございますムーさん」

「ん、おはよう・・・・・・ねぇ、コマリ」


「はい、なんですか?」

「これからはもう少し静かにして」


「あ、えっと、うるさかったですか?」

「すごくうるさかった、朝は静かなものだからこれからはあまり騒がしくしないでほしい」

「わ、わかりました、気を付けます」


 なんだか機嫌の悪いムーさんと、僕の事をじっと見つめながらご飯を食い散らかすミルフィさんの異変に怯えながら食卓に着くと、机の上にはパンを主体とした理想的でおいしい朝食が用意されていた。

 こんな朝食はいつぶりだろうと、昨日の夕食時にも感じたことを思いながら朝食を頂いた。朝食が終わると、ミルフィさん、ムーさん、メルさんは制服のようなものに着替えていそいそと屋敷を出て行ってしまった。どうやら彼女たちは学校に通っているのかもしれない。


 そして、残されたのはママルさんとモカさんと僕。モカさんは相変わらず僕の事をじっと見ていたり、ママルさんにしがみついていたりしていた。姉妹の中では一番不思議な雰囲気をもつ子だと思っていると、ママルさんが突然口を開いた。


「そうだコマリ君、今日は少し私に付き合ってくれないかい」

「付き合う、ですか?」


「あぁ、ちょっと君を連れて行きたいところがあるんだ、いいだろう?」

「は、はい、それはもちろん」

「そうかい、それは良かった」


 すると、ママルさんはモカさんを連れて二階へと上がっていってしまった。そうして、なんだかよくわからないままリビングで待機していると、ママルさんはモカさんと一緒にやってきた。


「やぁ、お待たせコマリ君、じゃあ行こうか」


 なんだかおめかしした様子の二人はとてもかわいく美しく見えた。そんな二人の後についていくことになった僕は、見知らぬ街へと繰り出した。

 今度はママルさんと一緒だから少し安心しているけど、どことなく不思議な街並みに、やっぱり胸がどきどきした。このままじゃ帰るころには心臓がストレスで大変なことになっているかもしれない。なんてことを思っているとママルさんが話しかけてきた。


「コマリ君、少しいいかい?」

「はい、なんですかママルさん」


「コマリ君は今いくつだい?」

「僕は今12歳です」


「ほぉ、それはちょうどいい」

「え、ちょうどいい?」


「あぁ、メルと同い年なんだよ」

「そうだったんですか」


「あぁ、ちなみにムーは15歳で、ミルフィは17歳」

「そうなんですか」


「ちなみに私はいくつに見える?」

「え、あの」


「なぁに、ちょっとした余興だと思って答えてくれればいいんだぞコマリ君」

「え、えっと、女性の年齢についてはとやかく言うなと母親から言われてまして」


 思わずそんな言葉をつぶやくと、ママルさんは驚いた顔をして見せた後、急に笑顔になった。


「ぷっ、あっははは、そうかいそうかい、そりゃいい教育を受けているねコマリ君、君のお母さんはとても素晴らしい人だよ」

「そ、そうですか?」


「あぁ、そうさ年齢についてとやかく言うものじゃないさ、年齢不詳ぐらいの方がミステリアスでいいものなぁ」

「は、はい」


「ふふふ、それにしても君のいた世界とこっちの世界では常識に大差ないようだね」

「そうみたいです、僕はここにきて一日もたってないですけど、僕がいた世界とあまり変わり無いように思えます」


「ふむ、そうなるといわゆるパラレルワールドとか、並行世界なんて言われるやつだな、君はおそらくこれらのようなものから世界超越をしてこっちの世界にやってきたのだろう」

「そうかもしれません」


「そして君を超越させた鏡というのも気になる」

「はい」


「まぁ、ごちゃごちゃ言ったところで、コマリ君にはここいることしかできないわけだから、ここでの生活になじめるよう必要なものをそろえようか」

「そんな、僕の事なんかお気になさらず」


「おやおや、そんなことをいうものじゃないぞコマリ君、君はもう私たちの家族なんだ、遠慮なんて必要ないぞ」

「でも」


「まぁ、君が私たちとの家族になるなんて御免、というのならそれは仕方のないことが・・・・・・」

「い、いや、そんなことありません、家族だといってもらえるだけで本当にうれしいです」


「じゃあ私たちは家族ということでいいのかい」

「よ、よろしくお願いします」


「うむ、じゃあ大切な家族のために生活必需品を買いに行こうか」

「は、はい」


 そうして、昨日会ったばかりの僕を家族といってくれる優しいママルさんに感謝しつつ、せっかくだから買い物中は荷物持ちに徹しようと思った。だけど、買い物を重ねるごとに僕の許容量を超える荷物の多さに結局最後にはすべての荷物はママルさんが持つことになっていた。


 ママルさんはとても力持ちのようで、たくさんの荷物を軽々と持ち運び、その上モカさんが抱き着いていることにも汗一つ見せないスーパーウーマンぶりを見せた。


 なんだか、ここにきてから情けないことばかりしていることに僕は思わず自己嫌悪に陥った。そして、それからはあらかたの買い物が終わり。休憩がてらと、近くにあった広場でママルさんにアイスクリームを買ってもらって休憩することになった。

 これもまたなんだかむず痒い状況だったけど、とてもおいしそうなアイスクリームを前に僕は食欲にあらがうことができなかった。


「コマリ君は、この食べ物も知っているのかい?」

「えっと、アイスクリームです」


「その通り、いやぁ、本当に君は別の世界から来たのか疑いたくなるね」

「え、あの、本当に違いますよ、僕の世界には変な影なんていませんでしたし、街の人たちもなんだか雰囲気が違うし、おまけに今朝メルさんが二階から落ちたのに平気で生きてたし、とにかく僕の知ってる世界と似てるようでどこか違うんですっ」


 まさかスパイか何かと疑われていると思った僕は、すぐさま弁明して見せるとママルさんはとても笑顔で僕を見つめていた。その様子を見た僕はまさしくそれが僕をからかったものだとわかった。


「ふふふ、分かっているよコマリ君、少しからかってみただけさ」

「う、うぅ、そうですか」


「あぁ、もちろん信用しているよコマリ君、なんたって君はとても素晴らしい男の子だからね」

「僕が、素晴らしい?」


「そうさ、そしてそんな素晴らしい君にちょっとした提案をしようと思っているんだが、聞いてくれるかい?」

「はい、なんですか?」


「あぁ、実はコマリ君にはスクールに通ってもらおうと思っているんだよ」

「スクールっていうと、学校のことですか?」


「あぁ、ドールでは君のような子どもは教育機関に属するものなんだよ」

「義務教育というものですか」


「うーん、義務とは違うような気もするが、それに近いものなのだろう、とにかくそのスクールではドルマになるための訓練が行われているんだよ」

「ドルマの訓練」


「あぁ、一般教養からドルマになるための授業まで、ここドールでは次世代のドルマ育成にかなり力を入れていてね、それもこれもすべては世界のため我が国ドールの未来のためといったところだね」

「あ、あの」


「ん、なんだい?」

「その、ドルマっていうのは?」


「君のその疑問はスクールに通うことですべて明らかになる、だからどうだい、スクールに通ってみないかい?」

「で、でも」


「なに、コマリ君が帰れるようになるまでの暇つぶしだと思ってくれればいい、どうだい?」

「けど、学校に通うとなったらそれなりに費用が掛かるというか、ママルさんに迷惑がかかることになるので」


「何言ってるんだコマリ君、スクールに通うのにお金なんて必要ないのさ」

「え?」

「さぁコマリ君、君の心配がなくなったところでそろそろ答えを聞かせてくれないかい、スクールは楽しいところだぞ、君と同じくらいの年の子たちがたくさんいて、みな仲良しだ」


 僕が知っている学校というものはママルさんが言うように楽しいところではない、まぁそれはつまり僕に友達がいないからということだけなのかもしれないけど、


「まぁ、今日の買い物はすべてコマリ君がスクールに通うためにそろえるものばかりだからね、断られたらどうしようかと思ったよ」

「え、えぇっ、そうなんですか?」


「勿論だ、さ、来週からは忙しくなるぞコマリ君」

「あ、はい」


 なんだかんだと話が進んだけど、お金がかからないのならばと、少し安心しつつ、ママルさんの優しさに甘えさせてもらうことにした。

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