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 何の変哲のない、いつもの日常、それは、朝起きて自分の朝食を作ることから始まる。


 朝食といっても、栄養がたっぷり配合されているというコーンフレークを牛乳で浸すだけの簡単なもので、僕の朝食は決まってそれだ。

 本当なら、テレビでよく見るご飯、味噌汁、魚、漬物といった典型的な朝食を食べてみたい。だけど、そんなものを朝から作る気力がないし、作ってくれそうな人もいない。


 甘えているかもしれないだけで、ちょっと早起きしたらできることかもしれないけど、僕と同じ小学生でそんなことをやっている人がいるかといえばそれは「いいえ」だ。 

 まぁ、おいしそうな朝食を想像するだけでもちょっとした幸せに浸れるのは妄想のいいところであり、僕はいつの間にか食べ終わっているコーンフレークの入った皿を、シンクにおいて水で軽く流した。


 そうしたあと、ランドセルを背負いリビングに置いてある母親の写真立てに「行ってきます」の一言をつぶやく。これも日課の一つだ、ちなみに、写真立てに入っていて「行ってきます」なんて言ったら、まるで母さんが死んでいるみたいだけど、そうではない、母さんは元気百倍で毎日電話を欠かさずかけてくるほどだ。


 そして、そんな僕の母さんは、奇妙なものを集めるのが仕事だと聞いている。ずいぶんと変わった母のもとに育ってしまった僕は、帰宅するたびに増える、わけのわからないものの整理をいつも頼まれている。


 こんなこと小学生の僕がすることではない、そう思いつつも、どこか興味のそそられる珍しいものの整理が、正直な所嫌いではなかった。というのも、母親が持って帰ってくるものはどれも珍品ばかりであり、そのどれもが僕をワクワクさせてくれるような不思議なものばかりだからである。

 

 例えば、つけるだけで女性を絶対に口説き落とせる仮面・・・・・・なんてのはあまり興味はないけど、不老不死になれるキノコや、座るとどんな人間でも天才になれる椅子、さらにはどんなものでもかみ砕けるようになる入れ歯などなど。とにかく、胡散臭いようなものばかりを集める母さんは、いつも僕を一人にして家を空けている。


 お金だけは困っていないあたり、仕事はかなりうまくいっているみたいだけど、小学生の僕を一人で家に残すは少し気に食わない。

 そしてそれがたたったのか、最近じゃ知らないお姉さんがよく家に来て、母親の事を訪ねてきたり、僕が一人でいることを、とても心配した様子で何度も押しかけて来るようになったのが少し怖かったりもする。


 母さんがいれば、その対応だってしなくてもいいのにと思うのだけど、そういうわけにもいかないのが僕の母さんクオリティ、何を言おうと自分の仕事のためありとあらゆる場所に足を運び、家でじっとしていることなんてない。


 だけど、そのおかげといっていいのか、僕は不思議と一人での生活にも慣れて、周りの人間からは大人びてると言われるようなっているようだ。それはただ母さんが僕をほっといているというだけの事なんだけど、大人びているといわれるのはどこか心地よかった。

 だから、母親が寂しいこともあるけど、自分自身の存在がどこか認められているような気がしてうれしかった。


 ただ、そうして大人びているというのが原因なのか、学校での友達作りがうまくいかず学校にはただ登校し、勉強を終えると帰宅するという何ともつまらない生活を送るようになっていた。

 友達もいないということは、母さんが持ち帰る珍品の整理にも精が出るわけであって、僕は今日も暇つぶしと整理もかねて、多くの珍品がおいてある倉庫にいた。


 なんだかんだといいつつも、せっせと体が動かしながら整理をしていると、母さんがつい最近持ち帰ってきた大きな鏡を見つけた。それは僕の身長よりもはるかに大きな姿鏡で少しだけ恐怖心を感じるものであった。

 そう思う返せば、この大きな鏡を持ち帰ってきたとき、さすがの大きさに僕には頼めないと思ったのか、母さんが必死に無言で倉庫にしまっていたのは記憶に新しい。


 あの時は妙にこそこそした様子で帰ってきてたし、鏡に関して妙に説明が少なかったというか。いつもなら持って帰ってきたものは、事細かに説明してくれるけど、この時は「まぁ、無駄にでかい鏡だよ」なんてそっけない言葉で終わらせていた。そんな母さんの言葉が、妙に気になって、僕はその鏡にかけられていた布を思い切ってはぎ取った。


 目の前に現れたのは大きさ以外どこにでもあるような普通の鏡だった。ただ、どこか不思議に思えるほどきれいな鏡を前に奇妙な感覚を覚えた。

 その奇妙な感覚がなんなのかはわからないけど、僕は思わず鏡から距離をとった。もちろん、不思議な感覚なんてのは気のせいでしかないと思う、だけどそう感じるほどの摩訶不思議な鏡を前に、一度は後ずさったものの好奇心からか再び鏡に近づきたくなった。


 それは気まぐれ、そう、一瞬の気まぐれから僕は近づくだけでなく自然と鏡に手を伸ばしていた。すると、指先が鏡に触れた瞬間、鏡面が揺らいだ。

 目の錯覚とも思える現象に触れた手を放して思わず目をこすった。そして、再び鏡をみると鏡面はまだ小さく波打っていた。


 夢でも見ているような現象を前に、僕は再び鏡に触れた。


 すると鏡は再び揺れ動いた。それは、まるで水の中に手を付けたかのような感覚であり僕はその不思議な鏡に内なる好奇心がうずき始めた。それは、もはや内に秘めておくことができないものであり、僕は半端に突っ込んだ手を鏡の中に思い切り押し込んだ。


 すると、僕の手はどんどんと吸い込まれていくように鏡の中へと入っていった。あまりに衝撃的な現象に、どういうわけか笑いが込み上げてきた。

 鏡の中は、何とも言えない感覚で手をどれだけ動かしても何かにさわれるというわけではなかった。だけど、どこか心地いいというか、ずっと手を入れていたくなるようなそんな気分でしばらく鏡の世界を楽しんでいた。


 そうしたところで、僕はふと『この鏡の中に入ったらどうなるのだろう?』なんてスリルに満ちた考えをしてしまった。好奇心というものは人間をこうも狂わせるものかと抑えるどころか好奇心にのまれ、僕は勢い良く鏡の世界へと飛び込んでみようと思った。


 なんともおバカな思考だと思いつつわくわくしていたその時、鏡の中に入っている僕の手は何者かによってつかまれた。

 突然つかまれた感覚と共に、恐怖心がバクバクと襲い掛かり、僕はどんどんと鏡の中に引きづりこまれそうになっていることに焦った。


 あまりに突然の出来事に、声も出せずに何とか抵抗してみたものの、重心がのっていない僕の体は、あっという間に鏡の中へと引きずり込まれてしまった。


 そして次の瞬間、僕の体は少しひんやりとした感覚とじゃりじゃりとした気持ち悪さを感じた。目の前には外と思われる景色が映っており、そして自分自身が地面に寝そべっているということに気付いた。


 僕はすぐさま飛び起きてあたりを見渡すと、間違いなく外の景色が広がっていた。近くに流れるの流れる音、ざわざわと聞こえる人の声らしきもの、さっきまで薄暗い倉庫の中で不思議な鏡と戯れていたはずなのに、一体全体どうしたというのだろう?


 そんな、明らかに異常事態である状況の中、ひとまず橋下と思われる場所から抜け、まぶしいほどの太陽に照らされながら近くにある階段を上ると、そこには多くの人で行きかう街並みが目に入った。

 

 どこか洋風な街並みが目に入り、行きかう人々もどこか洋風な顔立ちの人たちばかりのように思えた。


 これはつまり、鏡の中の世界ということでいいのだろうか? いや、そんなわけがない、だって鏡の中に世界になんて存在するわけがないしそんなのおとぎ話の中だけだ。そもそも、鏡の中に吸い込まれること自体おかしなことであって、これはおそらく夢か何かを見ているに違いない。


 僕はすぐに頬をつねった・・・・・・・

 

 まぁ、何はともあれ、とにかく今はこの場所がどこなのか、そしてどうやったら元の世界に戻れるのかということを考えなきゃいけない。そう思い決めた僕は、再び橋下に戻った。


 だけど、橋下に戻ったところで、あるのは頑丈そうな橋下の壁と川が流れているだけ、どこにも鏡とつながりそうな場所はなかった。

 しかし、どうしても元の世界へと戻りたい僕は、橋下の壁を端から順番にたたきながらどこかおかしなところがないかと探ってみることにした。


 鏡が揺らいだんだから、壁だって揺らいでくれてもいいだろうにと、もう望み薄な期待を心に秘めて、固い壁や床を何度かたたいてみた。だけど、どうにもこうにもただの壁、揺らぐのは僕の心ばかりだ、なんてこの非常事態によく思いつくものだと自分が嫌になった。


「ど、どうしたらいいだろう」


 思わずそんな言葉を言いたくなるほど追い詰められた中、突然「ねぇ、どうかしたの?」という女性の声が聞こえてきた。

 そんな、突然の声にすかさず振り返ると、そこにはとてもきれいな美少女が立っていた。僕と同学年か一つ下位に思える美少女の登場に驚いていると、目の前の美少女は口を開いた。


「ねぇ、そんなに驚いて、どうかしたの?」

「え、あの、その」


 金髪碧眼に銀縁眼鏡、まるでお人形のようなきれいな瞳と肌。まるで、漫画やアニメの世界の美少女像を詰め込んだ容姿の彼女に僕は思わず見とれた。しかし、そんな僕の事なんか知らずに目の前の美少女は不思議そうな顔して僕の顔をのぞき込んできた。


「ねぇねぇ、どうして君は壁をたたいてるの?」

「え、いや、その」


「その何?どうして壁を叩いてたの?」

「な、なんとなくです」


「なんとなく?」

「は、はい、えへへっ」


 ごまかすように笑って見せると、目の前の金髪美少女も同じく笑った。


「なにそれ、かわいいっ」

「か、かわいい?」


 そういえば、大人たちからはそんな事も言われたこともあるけど、こんなにも綺麗な子からそんなことは言われたことがない、それだけに僕はなんだか恥ずかしくて顔が熱くなった。


「それで、どうしたの?迷子?」

「は、はい」


「そっか、お父さんやお母さんは?」

「い、いません」

「そっか、君もいないんだ」


 なんだか意味ありげな言葉と表情をする美少女は、すぐにはにかんだ。実際にはここにいないというだけで母親は確かにいる。だけど、そんなことを言うことすら忘れるほど僕は目の前の美少女に見とれた。

 しかし、見とれている場合ではないことをすぐに思い出した僕は、我に返ってこの場所の事について聞いてみることにした。


「あの、そんな事よりここってどこなんですか?」

「ここ?」

「はい」


 ここでイタリアとか、ドイツとか、フランスなんて言葉が出てくるなら僕は鏡を通して諸外国へワープできるどこでも行けちゃうミラーを利用したことになる・・・・・・あれ、でもそれにしては普通に話せてるような。


「ここはドールだよ」

「へ?」


「ここはドールだよ」

「ど、ドール?」


 二度聞いても聞き覚えのない名前に嫌な汗が噴き出してきた。 


「うん、ドールだよ」

「ドール?」


 やはりそんな聞きなれぬ国の名を不思議に思っていると、目の前の金髪美少女は突然顔を近づけてきた。


「あれ、ドール知らない?」

「し、知りませんっ」


「えぇっ、ドール知らないの?」

「はい」


 やけに驚く様子を見せた金髪美少女、そしてすぐに考え込む様子を見せた彼女は、まるで何かを思いついたかのように手のひらをたたいた。


「あっ、もしかして外から来た人かな?」

「外から来た人?」


 言葉は理解できる、だがその言葉の意味が理解できなかった。


「うん、たまに迷い込む人もいるみたいだけど、えーっと、こういう場合どうしたらいいんだっけ」

「あの、どういうことですか?」


「えっとね、ここはドールっていう国でね、それでね、たまに君のように外の世界から迷いこんじゃう人がいるって話をママルから聞いたことがあるの」

「そ、そうなんですか」


「うん、えーっと、そういう時はどうすればいいんだっけ、えっと、えっと」

「あ、あの落ち着いてくださいね」


 僕の言葉に少し冷静さを取り戻したのか、金髪美少女は騒ぐのをやめて、あたりをテクテク歩きまわりながら物思いにふける様子を見せた。

 

 そんな彼女を横目に僕は外の世界という言葉がとても気になっていた、もしかして、僕は鏡を通じてどこか北欧とかそういう素敵な違う国にでも飛ばされたのだろうか?

 いや、でもその割には会話が成立している、言語が通じるあたり海外に飛ばされた感じではないようだけど、街並みや人ははっきり言って日本のそれではない。


「うーん、うーん、どうすればいいんだっけぇ」

「あの、所であなたは誰ですか?」


 僕のために悩んでいるところ申し訳ないけど、なんだか気になったのでそう質問すると、彼女は動きを止めた。


「え、私?」

「はい」


「あ、そういえば自己紹介してなかったね、私はメープル、ヨロシクね」

「メープルさん」


「うん、メルって呼んでね」

「メルさん」


「うん、それで君は?」

「僕は番条小鞠です」


「バンジョーコマリ?」

「はい、コマリと呼んでください」

「コマリ君っ」


 そうしてメルさんは嬉しそうに僕と握手をしてきた。これもいたって普通のやり取り、まぁ少しフレンドリーな感じもするけど。


「は、はい」

「じゃあコマリ君、ちょっとついてきて」


 そうしてメルさんは握手していた僕の手をぎゅっと握ってきた。柔らかい感触と、初めて感じる変な高揚感に顔が熱くなってきた。


「あの、どこに行くんですか?」

「あのね、よくわかんないからママルに聞いてみることにするの、だから一緒に行こ?」


「ママルって誰ですか?」

「とっても頼りになってとってもすごいの、ママルに聞いたらきっとコマリ君の事もわかると思うんだ、それに一人でこんなところにいたら寂しいでしょ」

「あ、はい」


 どうやら、いい人に巡り合えたのかもしれない、そう思い一安心していると、僕の視界には一匹の犬の姿が目に映った。その犬はどこかやつれた様子で、しかも体からはもやもやと黒いものを吐き出しているように見えた。

 なんだか、幻覚でも見ているような目を必死にこすり、もう一度その犬に目を向けるとやはり最初に見た通りのままの姿だった。そして、その犬はどういうわけか、一目散にメルさんの背後から走りかかってきた。


「う、うわぁっ」

「へ、どうしたの?」


「メルさん避けてっ」

「えっ」


 メルさんの背後から襲い掛かる影をまとったような野良犬を目にした僕はそう叫んだ。こんなに大きな声を出すのは初めてだと思うほど人生最大の危機におびえていると、いつの間にか僕の視界からめるさんが 消えていた。


 そして、僕の目の前には迫りくる奇妙な犬。犬はメルさんがいなくなったことで標的を僕にしたのか、それとも最初から僕を狙ってきたのか、とにかく僕に襲い掛かってきた。

 もはやこれまで、僕はこの正体不明の犬にかみつかれてボロボロにされてしまうのだろう。そう覚悟しながら思わず目をつむった。


 しかし、その時僕の耳には「キャウン」という犬の悲鳴のようなものが聞こえてきてすぐに目を開いた。すると、僕の目の前には、消えたはずのメルさんの背中と、地面に寝そべる奇妙な犬の姿が見えた。 


「メルさん、いつのまにっ」

「私は大丈夫だよ、それよりコマリ君」

  

 メルさんは僕のもとまでやってくると僕をじっと見つめてきた。なんだか真剣な表情に少し緊張したが、なんだか魅力的に思えるその目に僕はたまらず見とれた。


「な、なんですか?」

「ううん、それよりも今はシャドちゃんの相手だね」

「え?」


 じっと見つめてきたかと思えば、すぐに奇妙な犬へと意識を向けたメルさんの背中はなんだかとてもかっこよく見えた。


「たまにこの辺りにも出てくるんだよねシャドちゃんが」

「シャドちゃんってなんですか?」


「悪いことばっかりする子たちの事だよ、黒いもやもやが特徴なの」

「へ、へぇ」

「まかせてコマリ君、これくらいの相手なら私にだってできるからっ」


 そうして、メルさんは野良犬に向かって走り出し、すごい勢いで再び野良犬を蹴飛ばした。すると、野良犬はもやもやと影を生み出しながら闇に溶けるようにその姿を消していってしまった。まるではじめから実態なんでなかったかのように消える様子に僕はやっぱり夢でも見ているような気分になった。


「き、消えた」

「ふぅー」


 犬を退治したメルさんはというと、ニコニコとした笑顔で僕のもとへと戻ってきた。


「す、すごいですねメルさん」

「いやー、それほどでもないよぉ、えへへ」


「あの、さっきの犬のようなのはよく現れるんですか」

「シャドちゃんの事?」


「はい」

「うん、最近は良く出てくるようになったってママルが言ってた」


 詳しくはわからないけど、とにかくさっきの生き物は人に危害加える悪者のようだ。


 あんな生き物見たこともないうえに聞いたこともない、それを平然とやっつけるメルさんもすごい。僕と変わらないくらいの背丈なのに、あんなに早く動けて、しかもすごい力強い蹴りもできる。そんな、ほれぼれするような美少女の登場に見とれていると、メルさんは僕の手を握ってきた。


「ねぇコマリ君」

「へ?」


「ちょっと付き合ってくれる?」

「え、えぇっ?」

「えへへ」


 『付き合ってくれる?』そんな言葉を美少女に言われた僕は何もわからないまま、メルさんに手を引かれてついていった。何が起こっているのかわからないまま、手を引かれること数分、僕がたどり着いた先は大きな屋敷だった。道中、やはり見慣れない風景と人と、それから見たことのない物に困惑したけど、それよりも今は見たことのない大きな屋敷が僕をとりこにした。


「あ、あのメルさん、ここは?」

「私たちのお家、ほら入ろっ」


 大きな扉を開けて、屋敷内のリビングらしき場所にたどり着くと、そこには4人の女性がいた。そして、そのうちの一人である赤髪ロング女性が声を上げた。


「おい、遅かったなメル、早くおやつをよこせ」

「あ、ごめんね、ちょっとシャドちゃんに襲われてて」


 乱暴な口ぶりと、偉そうな態度の赤髪の女性は、メルさんに向かって何かよこせといったようなジェスチャーをしていた。


「はぁ、そんなの3秒で片付けるんだよ」

「えぇー、たぶん3秒くらいだったと思うけど」


 メルさんはいじけた様子で、買い物袋から取り出したお菓子袋のようなものを赤髪の女性に渡した。


「バカあたしの3秒はコンマ3秒の事だ、おせーなメルは、はっはっは」

「えーっ、もっと早くなんて無理だよ」

「あたしならできる・・・・・・・んで、お前の隣にいるそいつは一体どこのどいつだ?」


 つり目で、少し怖い印象を抱く赤髪の女性はそういって僕をにらみつけてきた。あまりの恐怖に思わず思考停止し、その場で立ち尽くしていると、メルさんが僕の手を握ってきた。そして「安心して」と言わんばかりの笑顔を僕に見せてくれた。


「あのね、この子はコマリ君って言って、とってもすごい人なの」

「コマリ?あ、そんなことよりメル、お前今日の晩御飯何するつもりだ?」


「え、えっとね今日の晩御飯はカレー・・・・・・じゃなくてもっと私の話聞いてよっ」

「あぁ、話ならママルに聞いてもらうんだな、私お菓子食べるので忙しいし、これ食ったらカレーに備えて調整してくるから、そこにいる奴なんてどうでもいいや」

 

 そうしてお菓袋を逆さにして、中に入っているお菓子を一気に口に流し込んだ赤髪の女性は勢いよく立ち上がった。すると、突然声を上げたのは薄い緑色の髪の女性だった。つくづく多彩な髪色を持った人たちの登場にもはや漫画の世界にでも飛び込んだような気分だ。


「ミルフィ」

「んぁ?なんだよムー」


 赤髪の女性はミルフィさん、そして青髪の女性はムーという名前のようだ。そして、そんな二人は少し険悪な雰囲気でにらみ合った。


「ミルフィ、昨日私が大切にとっておいたお菓子とった」

「へ、へぇ?何のことだ?」


「とぼけないで、私の大好きなマシュマロを食べた罪はちゃんと償ってもらわないと困る」

「いや、あたし食べてないし」

「証拠はある、棚に仕掛けた監視カメラが悪い顔したミルフィ姉さんが私のマシュマロを盗んだ姿をとらえている」


 そうしてムーと呼ばれた茶髪の女性はノートパソコンらしきもので、ミルフィさんがマシュマロを盗み食いしてる姿が映し出した。


「こ、これはっ」

「早く買ってきて、そして頭を下げて私に謝罪と二度とお菓子を盗み食いしませんと約束して」


「そ、そんな事よりこんなことしていいと思ってんのかよムー、盗撮だぞ盗撮っ」

「違う、防犯」


「ち、違うくねぇよ、なぁママル、こんなのムーが悪いよな」

「私は悪くない、ミル姉さんの方が悪い」


「盗撮だっ」

「防犯」


 ミルさんとムーさんは互いに譲らない様子で顔を寄せ合い、今にも喧嘩が始まってしまいそうだった。しかし、そんな中突然大きな声が響き渡った。


「静かにしなっ」


 その声は部屋の中は一瞬で静かになり、声の主である黒髪ロングの女性は立ち上がった。そして、それと同時にミル姉さんが声を上げた。


「マ、ママル、でもこいつ盗撮とかしてんだぞ、こいつが悪いよな」

「ミル、あんたはムーのマシュマロを弁償しな」


「えぇっ?」

「食べたあんたが悪い、そうだろう?」


「そりゃそうだけどさ」

「ほら、カレーのための腹ごなしに行くところだったんだろ、お金渡すから、運動ついでにムーのマシュマロ買ってきな」


「う、わかったよママル」

「それでいいだろう、ムー」

「はい、ありがとうママル」


 なんだか納得のいっていない様子のミルフィさんは、いじけた様子でママルと呼ばれた人からお金を受け取っていた。そして、ママルと呼ばれている、ここにいる人たちの中で一番身体の大きな女性は僕に目を向け、歩み寄ってきた。

 自分よりもはるかに大きな女性の接近に、とてつもない恐怖心を覚えた。だけど、相変わらず僕の手を握ってくれていたメルさんが、優しく微笑みかけてきてくれたおかげで、何とか平静を保てた。


「大丈夫だよコマリ君、ママルはとっても優しいんだから」

「は、はい」


 そうして僕のすぐ近くまで来たママルさんは、癖のあるとても長い黒髪と、優しい笑顔の美人さんだった。


「それで、君はコマリ君だったかな」

「は、はい」


 とてもやさしい笑顔と声色で話しかけてくれるママルさんに、僕は少しだけ安心した。


「君は一体何者なんだい?」

「あっ、あのね、コマリ君は町で一人ぼっちになってびちゃびちゃになってたの、だから家に連れてきたの」


 メルさんの言葉にミルフィさんがすぐさま反応して口を開いた。


「バカメル、それはホームレスっていうんだ、なんでそんな奴連れてきたんだバカ」

「いえ、それ以前にこの若さでホームレスとはいったいどんな生き方してきたらそうなるのか、それが気になる、ぜひ彼が選んだ愚かな選択というものを聞いてみたい」


 ミルフィさんに続いてムーさんまでもが怖いことを言ってきた。


「あ、あの、僕はホームレスじゃなくて」

「あぁ、ごめんごめんコマリ君、うちの姉妹はどうにも自由でね、ほらミルフィはとっとと行きな」


 どうやら、ここにいる人たちは姉妹のようだ。なんて、美人姉妹の集まりなんだと思いつつもちゅうさいにはいってくれた ママルさんは優しく僕に微笑みかけてきてくれた。


「わかった、行ってくるよママル」

「あぁ、気を付けて行ってくるんだよミルフィ。それでメル、このコマリ君というかわいい少年は一体何者なんだい?」

「うん、あのねママル、コマリ君はドルマなんだよ」


 メルさんが、僕の事を「ドルマ」というわけのわからない単語を発した瞬間、その場にいた美しき女性たちが一斉に僕のもとまで詰め寄ってきた。


 それはママルさんはもちろんの事、出掛けようとしていたはずのミルフィさん、そしておとなしげに見えたムーさんまでもが目を見開いて僕を見下ろしてきた。皆さん、とても怖い顔で僕を見下ろし、ミル姉さんに至っては僕の頭をわしづかみにしているようだった。そうして無言の圧力が続いているとママルさんが静かに口を開いた。


「メル、それは本気で言ってるの?私に嘘言ってるんじゃないだろうね」

「え、言ってないよママル、それにね、コマリ君が「よけてっ」って言ったら私の体がビューンてなってムムムムッて力が出てきて凄いことになったんだよ、あんなに早く動けたの初めてだった、うふふふふ」


 ニコニコと嬉しそうに話すメルさんとは裏腹に僕の頭をつかむミルフィさんは握力を強めてきた。


「おら糞ガキ、お前メルになんか変なことしやがったな」

「な、何もしてませんっ」


 まるでチンピラに絡まれたかのような状況の中、僕の隣には次なる脅威ムーさんがやってきていた。


「信じられません、今すぐにでも拘束して尋問をするべき、蝋燭の準備はできている」

「な、なんですか、僕何もしてないですっ」


 ムーさんはいつの間にかぼうぼうと燃える蝋燭を何本も手にしており、僕を脅かすかのようにちらつかせてきた。顔近くに迫る熱と恐怖で今にも気絶しそうになっていると、ママルさんが服の内ポケットから何かを取り出すそぶりを見せた。


「まぁ静かにしな妹たち、あと、メルはとりあえずこれ飲みな」

「えー、私大丈夫だよ、なにもされてないよ」

「一応だよ、ほら早くのみな」


 そうしてメルさんはママルさんから試験管のような小瓶を手渡された。それには青い液体が入っており、少しだけおいしそうに見えた。


「本当にこれ飲むの?」

「あぁ、早くのみな」

「う、うん」


 メルさんは手渡されたポーションのようなものを飲んだ。するとメルさんはまるで苦いものでも飲んだかのような表情になった。


「うぇー、これ苦いからあんまり飲みたくなかったのにぃ」

「どうだいメル?」


「大丈夫だよ、ほら何にもないでしょ?コマリ君は普通のかわいい子だよ、悪い子じゃないよっ」

「ふむ、確かにコマリ君は決して悪い子じゃないようだね」


 最初から最後まで僕の事を信じてくれているメルさんに感動しつつ、ママルさんの目つきが柔らかくなっていることに気付いた。だけど、僕の頭をつかんでいる人と、蝋燭の火をちらつかせている人は相変わらず僕をじとーっと見つめてきていた。


「いいや、こういう純粋そうなガキに限って何考えてるかわからん、一回しめてそっから本性をあぶりだしてやるくらいしないとな」

「ひっ」


 なぜだかわからないけど悪者扱いされ、とてつもない脅しをかけられてせいで思わず涙が出てきた、それはわけのわからぬ場所に飛ばされて、知らない人に変な屋敷に連れてこられて、挙句の果てには怖いお姉さんに胸倉つかまれて、ガン飛ばされるからなのかもしれない。


 そうして、そんなことを考えている間にも僕の眼からは絶えず涙があふれ出てきた。それはとどまることを知らず、ただただ僕は涙を流した。

 すると、ミルフィさんが小さく「あっ」声を上げた後、乱暴に僕の頭から手を手放してくれた。そして、すぐにメルさんが僕に駆け寄ってきた。


「あぁっ、大丈夫コマリ君?」

「だ、大丈夫です」


 メルさんは僕の事を抱きしめながら優しくそう言ってくれた。


「もぉ、みんなどうしてコマリ君をいじめるの、コマリ君がかわいそうでしょ」

「い、いやあたしは別に・・・・・・なぁ、ムー」


「み、ミルフィがやたらと怒号を浴びせてた、原因はミルフィにあり、間違いない」

「はぁっ?ムーだって蝋燭とか何ちゃらとか言って脅かしてただろ」


「あ、あれは別に、彼を歓迎してただけ」

「何が歓迎だっ、蝋燭の火が怖くて泣きやがったんだよ、ムーのせいだっ」


「ち、違う、ミルフィが胸倉つかんだから」

「違うね、胸倉つかまれたくらいで泣くやつがいるかっ」


 そうして、いつの間にか先ほどのようにミルフィさんとムーさんが喧嘩していると、ひときわ大きな声で「うるさいっ」という声が聞こえてきた、それはママルさんの声であり、その声は騒がしかった室内を一気に静まらせた。そしてすぐに次なる言葉がママルさんから飛び出してきた。


「ミルフィッ」

「はいっ」


「とっととマシュマロ買ってきなっ」

「で、でもっ」


「コマリ君は私が面倒みる、とっとと行きなっ」

「は、はいっ」


 ママルさんの一言でミルフィさんは顔を青ざめながらドタバタ屋敷を出て行った。


「ムーッ」

「は、はい」


「ミルフィがマシュマロ買ってきてくれるからもう大人しくしてな」

「は、はい」


 あっという間に二人をたしなめたママルさん、そしてそんなママルさんのもとに、残る一人、真っ白な神と肌を持つ少女が歩み寄ってきていた。その少女は僕やメルさんよりも幼い容姿で、ちょこちょこ歩いてくると、ママルさんの足にしがみついた。

 まるでコアラのようなナマケモノのような、そんな白い少女はママルさんを見上げながら口を開いた。


「ママル怒った?」

「あぁ、ごめんねモカ、うるさかったね」


「大丈夫」

「そうかい」


 ママルさんはそうしてモカと呼んだ白い少女を抱き上げた。まるで対照的で親子のような二人、そしてママルさんは僕に微笑みかけてきた。


「コマリ君、君に少し話があるんだけど、いいかな」

「は、はい」


「そうだ、お話の前にお茶の用意をしよう、メル、手伝ってくれるかい?」

「うん、お手伝いがんばる」


 お茶の用意がされている間、ムーさんとモカさんと一緒に待っていることになった。モカさんはボーっとした様子で僕を見つめているような気がしたけど、その視線はどこか外れているような、そんな不思議な感じがした。そして、ムーさんはというと、パソコンをカタカタといじりながら没頭しているようだった。

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