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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第八話 処刑されます!?


 頭の横を何かが高速で通り抜けた気がした。全く見えなかったから確証はないが、目の前の男が怒髪天を衝く勢いでこちらを睨んで突撃銃を構えているのだし、あの男が俺を撃ったのだろう。偶然にも、いや恐らく敢えて俺のすぐ近くを撃ち抜いて、威嚇したのだろうか。次はお前の脳天を撃ち抜くぞ、といった風に。


「…………お前が……」


 恰幅が良く、普段は気の良い親父なのであろう目の前の男は、小さく、しかし俺に聞こえるくらいの声で呟いた。


「お前が、……こいつを……スタール上等兵を殺したのか……?」


 絞り出したような声で、男はそう言った。俺は、どう答えるべきか迷ったが、まあここで嘘をついても仕方ないので、小さく首を縦に振った。


「こいつは、……すごく良い奴だった……。不愛想だが、真面目で、職務に忠実な、立派な兵士だった……」


 そうだったのか……、としか言いようがなかった。いや、何か言ったらすぐに撃ち殺されそうだったから何も言っていないが、何か言うとしても、そう言うしかないだろう。俺は、とにかく黙って男の話を聞くしかできなかった。


「こんな、国のため、人のために尽くす立派な若者を、お前は、お前はああぁぁぁ!」

「隊長、落ち着いてください!」


 隊長と呼ばれた男は、今にも俺をハチの巣にしそうな勢いで引き金を引きかけたが、副隊長っぽい男に止められてなんとか命拾いした。恐らく、俺を生きたまま捕縛して人民共和国だか共和国連邦だかに連行し、情報を聞き出すか交渉材料にしようという肚なのだろう。全く良いルートではないが、いまここで撃ち殺されるエンドよりかは大分マシなルートであろう。仕方ない。ここは大人しく奴らの言うことに従うこととしよう。


「隊長、我々は誇り高き人民の模範たるべき兵士です。たとえ誰も見ていないところであっても、党と国家の法律に従わねばなりません。まずは公開裁判にかけ、それから銃殺刑に処すべきであります」


 前言撤回。


 誰がこんな赤のクソどもの言うことなど聞くか。汚泥でも食ってろゴミ虫どもめ。

 

 と、大声で言ってやりたい衝動に駆られたが、何とか我慢して脱出の糸口を考える。と言っても、俺は十数人の、武装した屈強そうな特殊部隊の兵士によって取り囲まれているわけで、俺の持っている武器は、切れ味こそなかなかであるものの、何か凄い力が秘められているわけでもない軍刀一振りしかないのである。どうしたものだろうか。


「ふん! ……まあ、そうだな。よし、ではお前がやってくれ」

「承知いたしました!」


 隊長をなだめていた副隊長っぽい、ヒョロッとした体躯の丸眼鏡を掛けた兵士が、こちらを向いて何かわけの分からないことを早口で朗々と述べ始めた。ところどころでこちらに何か質問のようなものを投げかけた気もしたが、一秒と経たずにまた同じ調子でしゃべり始めた。これが公開裁判と言うものなのだろうか。朗読劇にしか見えないのだが。男が気持ち悪いくらいに良い笑顔で、汚い歯を見せながら何事かを喋っている様子は下手な漫才より面白いかもしれない。今の俺には文字通り悪い冗談にしか聞こえないが。


 まあ、そんなことはどうでも良い。問題は、この状況をどう打開するかである。正確には、どうすればこの状況が打開されるのか、である。俺自身にはどうしようもない以上、他からの助けを待つよりほかに方法はない。そうすると、きっと中尉や少尉が俺を探しているもの信じて、何とか時間稼ぎをすることが、俺のやるべき仕事だろう。


「したがってー、この、資本主義者共に隷属する、犬畜生であるところのー、加えてー……」


 相変わらず丸眼鏡の男は、修飾語に修飾語を重ねて丸くこねたものを、薄く伸ばした修飾語でふんわりと包み、強火でカリっと焼いた後に、細かく砕いた修飾語をお洒落にまぶしたようなことを延々と述べておられる。もはや奴には、文法もへったくれもないようだった。周りにいた兵士たちも、欠伸を辛うじて堪えているように見える。彼らはあまり本国で訓練を受けてこなかったようだ。


 しかし、これはこれで時間稼ぎになることは確かである。丸眼鏡がありがたいお話を長くしてくれればくれるほど、俺の生存可能性が高くなる。なるべく長くお話をしてもらいたいものである。


「あー、であるからして、書記局長同志の第五十三共同農場における助言第五に鑑みれば……」

「あー、その、同志中尉。現在我々は、直ちにこの反革命分子に厳正な処分を下すべきであるものと思われるのだが」


 先ほどまで、俺に対する殺意の塊であった隊長殿ですらも、丸眼鏡殿の演説には辟易していたらしい。要は、俺をさっさとぶっ殺して帰りたいようだ。他の兵士達も、何度も頷いて肯定している。

 しかし、彼は途端に不機嫌になり、更に早口で怒鳴り始めた。


「同志大尉! 貴官は公開裁判の革命体制における重要性を何一つ理解していない! 貴官の発言は記録させていただく! そもそも、書記局長同志が第二革命劇場において述べられた提言第二十一によれば……」


 長い長いお説教タイムのようだ。どうやら、丸眼鏡は政治将校と言う奴らしい。要は、本国の党が軍を監視するために回してきたお目付役みたいなものなのだろう。階級は隊長より下とはいえ、事実上隊長よりも偉いようだ。


「であるからして……。……まあ、いいだろう。確かに時間が押していることは間違いない。これより、被告人の処刑を行う。総員、構え!」


 あれ? 早くね?


「目標狙え!」


 こんな急転直下で処刑が決まるとは……。はあ、異世界暮らしもこれで終わりか。ここで死んだら元の世界に戻れるのだろうか。それとも……。


 俺は目を瞑り、胸の前で手を組むなどという似合わないことをし始めた。中年のおっさんがこんなことをするなんて、不気味としか言いようがないのだろうが、こんな時くらいはこうさせて欲しい。


「撃て!」


 そんな言葉と同時に、数えきれない銃声が響いた。無数の銃弾が俺の腕を、足を、胸を、頭を貫き、そこら中から血液を噴き上げ、内臓は粉砕され、骨片を周囲に撒き散らし、俺は斃れ……ていない。




 俺は眼を開けた。目の前には、先ほどまで俺を囲っていた兵士たちが物言わぬ姿で地面に転がっていた。丸眼鏡の政治将校も、体中に銃弾が突き刺さり、そこかしこから血を垂れ流していた。隊長を含む、……俺を含む幾人かの生存者は、何が起こったのか全く把握できていないようだった。


「いったい何が……?」


 隊長は呆然として、先ほどまで喧しく怒鳴り散らしていた政治将校だったものを眺めている。

 

 その答えはすぐに分かることとなった。


「少将閣下―!」


 少し遠くから、中尉の声が聞こえた。前に別れてからほんの数時間、いや一時間も経っていないのかもしれないが、その声はひどく懐かしく聞こえた。もう二十メートルも離れていないところには、少尉と思しき人影が猛スピードでこちらに迫ってきている。


「! ……ッチ、命拾いしたな! だが、この借りは必ず返してやる。首を洗って待ってろ……!」


 掠れるような声でそう言った隊長と、幸運にも生き残った数えるほどの部下たちは、風のような速さで森の奥へと消えていった。


 間もなく、少尉が、そして数人の兵士が到着した。細マッチョ感溢れる兵士と少尉が二人がかりで、安心感で倒れそうになっていた俺を支えてくれた。


「少将! ケガはありませんか!? もう本当に心配で……。間一髪だったみたいですね。間に合ってよかった……」


「いや、その……、君たちのおかげだ。あと少しであの世に連れて行かれるところだった……。本当にありがとう」


 少尉の潤んだ眼で見つめられ、何とか照れを隠しつつ俺は頭を下げた。

 

 中尉も少し遅れて俺の前に辿り着き、突然土下座し始めた。


「まことに……、申し訳ありません! 指揮官を単独で逃亡させるなど……あの時の私はどうかしておりました! あと一歩遅かったら……。いかなる処罰をも受ける所存です!」


 そう言って中尉は頭をグリグリと地面に押し付け始めた。


「いや、いやいや、気にしなくて良い! こうして生き残ることができたのだから、それで良いだろう? さっさと頭をあげてくれ」

「しかし……」

「しかしもかかしもない! ……ああ、そうだ。作戦はどうなった? 敵の状況はどうなっている? 味方の状況は?」


 中尉は頭を上げると、申し訳なさそうな、しかし嬉しそうな顔で、大きく頷き、報告を始めた。額は地面の泥で汚れてしまっているが、そんなことが気にならないくらいの、凛々しく美しい表情であった。空から差す月光が後ろから彼女を照らし、女神のようでさえあった。


「……以上により、我が師団は敵戦力の完全な破壊に成功いたしました。作戦はこれで終了となります。間もなく、友軍も我が陣地に到達する予定です。まあ、彼らのやることはなくなってしまいましたが。って、少将閣下、どうかなさいましたか?」

「へ? あ、いや、何でもない。……そろそろ陣地に戻るか」

「? そうですね」


 こっ恥ずかしくなるようなことを考えているうちに、報告が終わってしまったようだ。微妙に怪訝な表情をされたが、見なかったことにしよう。


 良く分からないが、これで一区切りついたようだ。未だに頭の整理がついていないが、俺の異世界ライフは既に始まってしまったらしい。異世界に来て突然指揮官とは、なかなか理解できないが、まあ、頑張って生きていくしかないだろう。

 

 というわけで、異世界指揮官生活、はじまり、はじまり。


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