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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第七話 覚悟の時、です!

(何も思いつかない!)


 やはり俺は凡人だったようだ。俺はやはり、肝心な時に限って何も思いつかない、能無しで、脳無しの役立たずであったのだ。


 って、自虐している暇はない! 本当にどうすれば良いのだろうか? 恐ろしいほどに何も思いつかない。これがもし安価スレであったのなら、即刻>>2だとか何とか言ってアイディアを募集するところだが、あいにく俺にそんな能力もない。本当に困った。


 先ほどまでかなりビビっていた兵士甲も、少しずつ耐性を付けてきたらしい。震えが少し収まってきている。俺をビビらなくなってしまったら、今度こそ俺はこの深い雑木林の中で永眠することになる。


「…………。……! き、貴様。誰がこちらを向いて良いと言った? 後ろを向いてろ!」


 甲は思い出したように言った。緊張が緩んで周りが見えるようになったのであろうか。だとすると、軍刀を捨てろと言われるのも時間の問題だな。……困った。俺は再び面倒くさそうに後ろを向いた。


 とにかく、逃げるにしても戦うにしても、突撃銃が厄介だ。相手が徴兵されたての新兵さんであればまだしも、確か奴は特殊部隊の兵士だったはず。いざ撃つとなれば、確実に俺の頭か心臓をぶち抜いてくるだろう。そうなれば、俺に超回復スキルがない限りひとたまりもない。まだ確かめていないから持っていないとまでは言えないが、ここで試すのはリスクが高すぎる。


 そうすると、どうにかしてあれを使わせないようにする必要がある。方法としては、何とかして手放してもらうか、あるいは強制的に手放させるか、……あるいは、一時的にでも構えを解かせる……とかだろうか?


 今のところ甲は、少し緩んだとはいえ、俺にビビってかなりの緊張状態にあるはずだ。したがって、銃を持つ構えもかなりしっかりしている。俺が少しでも変な動きをしたら、恐らく発砲は避けられない。


(……いや、逆に考えろ。逆に、俺にビビらなくなれば、俺を舐めて油断してくれれば構えを一瞬でも解いてくれるのではないか? 隙を見せてくれるのではないか?)


 もう考えている暇はない。それでいこう。次に、甲が俺を舐め腐ってくれるには、馬鹿にしてくれるにはどうすれば良い? 

 

 ……これだ!


「…………! ああ、そうだ。貴様、軍刀を捨t」

「ひいぃ……!」

「な、なんだ? 軍刀を捨てr」

「……うわああーーーー! 止めてくれぇぇぇぇぇぇーー! 死˝に˝た˝く˝な˝い˝い˝い˝い˝い˝い˝い˝い˝ーーーー!!!」


 俺は唐突にうずくまり、そして泣き出した。泣き喚き、涙を散らし、鼻水を垂れ流した。それはもう、デパートでおもちゃを欲しがる駄々っ子の如くに泣き喚いた。正直不安があったが、土を顔面に塗りたくって口に突っ込んでみたら、わりとスムーズに涙と鼻水が出てくれた。


「おい、貴様……! な、なにを……」


 甲は混乱しているらしい。しかし、なおも構えは解いていない。俺はなおも渾身の演技を継続する。


「い˝の˝ち˝た˝け˝は˝あ˝あ˝あ˝あ˝……、た˝す˝け˝て˝く˝れ˝え˝え˝え˝え˝え˝……う˝わ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝」

「お、おい……。聞いているのか?」

「や˝め˝て˝え˝え˝え˝え˝え˝え˝ーー。こ˝わ˝い˝い˝い˝い˝い˝い˝い˝ーーーー。い˝や˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ーーーーーー。」


 土と涙と鼻水が混じり合って酷い顔になっている気がするが、やむを得ない。更に頭を振り、手を振り回し、その他良く分からない挙動を繰り返す。だんだんと正気をも失いそうになってきた。それでも俺は泣き喚くのを止めない。ただただ、喚き散らした。


「……。ふふ、ふははは、ははははっ!!」


 唐突に、兵士甲は笑い声を、いや嗤い声をあげた。気づかれない程度に甲を見ると、銃を下ろし、俺を馬鹿にしきった、完全に見下したような顔でこちらを見ていた。


(……作戦成功?)


 普段は厳しそうな、おっかない顔をしたおっさんが、地面にうずくまって鼻水と涙をまき散らし、命乞いをする。これほどのギャップはなかなかないだろう。そして、このギャップこそが、既存のイメージの徹底的な破壊につながるのである。敵は俺の神懸かった術策にまんまと嵌ったようだ。


(とはいえ、あまりのんびりしていると、ためらいなくぶち殺される可能性がある……)


 俺はまだぐずりながらも、チラチラと後ろを確認する。兵士甲は変わらず、銃を下ろし、軽蔑しきった眼でこちらを見下している。そして、一歩近づいてくる。また一歩近づいてきた。あと少し。あと少し近寄ってくれれば……。


「ふん! やはり少将とやらはとんだ臆病者だったようだな! こんなことなら、あの場で射殺しても全く問題なかったってわけだ! とんだ無駄骨だったな」


 甲は、それから延々と罵倒を続けた。完全に俺を舐め腐ってくれているようだ。銃は完全に下ろし、構える気配もない。俺にはそんな必要もないってことだろう。


「おら、少将様! 何とか言ったらどうなんだ? 腰が抜けて喋れもしないってか? とんだ大間抜け野郎だな! ああ?」


 甲は一歩、いや二歩ほど近づいてきた。どうする? このまま隙をついて逃げるべきか? それとも……。


 俺は手に持っていた妖しく光る軍刀に力を込めた。大丈夫、俺ならきっとできる。根拠はないが、そんな気がする。大丈夫、大丈夫、だいじょうぶ。


 …………。


 俺は覚悟を決めた。


「このクソッタレ野郎が! ガキみたいに泣き喚いてうずくまりやがってよ! てめえみてえなのはお家でがたがた震えてるのがお似合いなんd……ギャヘェッ!」


 一瞬の出来事だった。俺は素早く軍刀を抜き、甲の方へ振り向くと同時に軍刀を甲へと突き立てた。何かに当たった感触がした。甲の、蛙のつぶれたような声を上げるのが聞こえた。いつの間にか瞑っていた眼を開けることができなかった。血の匂いが俺の鼻を通り抜けた。


 永遠のような時間が過ぎていった。ゆっくりと、ただ、ゆっくりと軍刀が地面に引き寄せられていく。声にならない声が目の前から滲み出て、やがて消えていった。血と、土と、草と、唾液の匂いが混ざり合った不快な臭いが鼻を支配した。


 俺は、永い眠りから覚めた病人のように、震えながら瞼を開いた。目の前には、首筋を鉄塊で貫かれた哀れな兵士だったものが、絶望に満ちた顔を晒していた。


 ごとっ……と、何かが落ちる音がした。足元には、青白く光る軍刀が転がっていた。


 俺は、俺の手や軍服に赤い血が飛び散っていることに気づいた。


(終わった……)


 俺は、とりあえずそう思った。とにかく、俺がこの林の中で物言わぬ肉塊にならずに済んだことに、ただ喜びを覚えた。もしかしたら、この世界に来て初めての感情かもしれない。


 この後、もう少し一人の時間があったならば、もっと感傷に浸れたのかもしれない。何かを思うことができたのかもしれない。しかし、この世界はそんな余裕を俺に与えてはくれないようだった。


「対象発見! 対象発見! W003-1422地点にて対象を発見した! 至急応援を頼む!」


 向こうから、人民解放軍の部隊がやって来たようだった。俺は、とりあえず逃げようとしたが、いつの間にか周りは兵士に取り囲まれてしまっていた。


 少し遅れて、おそらく今俺を取り囲んでいる兵士たちのリーダーと思しき男がやって来た。年季の入った中年くらいであろうその男は、少し離れた距離にいる俺でも分かるくらい、目を真っ赤に充血させて涙を溢れさせていた。しかし、部下から渡された突撃銃をしっかりと掴み、それを真っすぐに俺へと構えるその姿は、敵意、殺意の塊のようであった。


 男は、死刑囚を今まさに射殺せんとする処刑人のように、ひたすら真っすぐに俺に銃を突き付け、今にも引き金を引こうとしていた。


 パンッ、と、乾いた音が俺の耳に響いた。

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