第六話 連行中です!
「にしても……、ここは一体何処なんだ? こんなに人がいないことってあるのか?」
俺はひたすらに走って、走って走って走りまくったのだが、今のところ兵士の一人とも出会うに至っていない。陽はすっかり落ちて、辺りは真っ暗である。それなのに、灯の一つもついていない。物音もほとんど聞こえない。軍隊の常識など俺が知るわけがないが、にしても陣地に兵士が一人もいないのは流石に何かおかしいだろう。
可能性としては、味方の部隊が陣地を放棄して撤退したか、一時的に陣地から出て敵に攻撃を行っているか、それくらいだろうか。しかし、人がいないとはいえ、野砲やら装甲車やらはそこかしこにおいてあるから、前者であるとは言い難い。そうすると、後者になるのだろうか。でも、だとしたら、恐らく師団長である俺に何か報告なりなんなりがあるはずだが。
まあ、ここに人がいない理由を考えても仕方がない。とにかく味方を見つけることだけを考えよう。
とか何とか考えていると、角を曲がろうとしたその先で兵士が一人銃を構えて歩いているのが見えた。暗くて様子が良く分からないが、姿勢を低くして、周囲を警戒するようにゆっくりと歩いている。
ようやく人に会えた。俺は嬉しさのあまり小踊りしそうになりながら、兵士に声をかけるべく歩を進めた。
「おい! そこの君! 良かった……。まったく、人がいなくて心配していたぞ。他の兵士たちはどこにいるのだ?」
しかし、その兵士は銃を構えたまま、敬礼やら何やらを一切する気配もなく、ただ俺を睨みつけていた。
「おい君! どうしたというのだ? ……君にも分からないというのか? 黙ったままでは分からないぞ?」
俺は、……あまり褒められたことではないのかもしれないが、肩に付いていた少将を示す階級章を見せつけるようにしつつ、なお尋ねてみた。しかし彼の表情は、そして態勢は変わらない。むしろ、先ほどより警戒感というか、そう、殺気が増しているように思える。
これは、もしかしたらやってしまったかもしれないと思いつつ、いや、きっと俺は正しいことをしたとも信じつつ、でもやっぱり、目の前の若者の軍服が、今まで見てきた味方兵士たちのそれとはまったく違う、むしろついさっき穴だらけにされたばかりの、哀れな仔羊たちのそれに類似しているような気がして、微妙に後ずさりつつ、なお誰何してみた。
それに対して目の前の兵士は重々しげに口を開いた。
「ふん……。飛んで火に入る夏の虫とはこのことを言うのだな……」
「なに? 貴様、何を言っている……?」
「連合王国軍第一機甲師団のザーグハルト=ブライフ少将……、もっと頭の切れる奴だと聞いていたが……。どうやらその情報は誤りであったようだな」
ザーグハルト……? ああ、俺の名前か。どうも慣れない名前だな。なんか格好良すぎるというか……。お尻がむずむずするというか……。
じゃあなくて、こいつはやっぱり人民何とか軍の兵士であった。俺の勘はばっちり当たったようであった。そして絶体絶命のピンチである……。どうすれば良いのだろうか。誰か教えてくれ。
「ここでは場所が悪いな……。私についてきてもらおうか?」
そう言って男は、今の俺より二回りくらい、そして昔の俺よりも若い気がする若者は、俺に銃を突き付けた。一応、少尉から渡された軍刀は持っているが、実は剣豪級のとんでもないチートスキルを持ち合わせているわけでもない俺は、脅しに屈するほかなかった。逃げるにしても、万一にも撃たれたら痛いだろうし。てか死ぬし。
俺は若者兵士に促されるがまま、陣地内を、そして陣地の外へと歩いて行った。周りは草原であったが、少し――1~2kmであろうか――行くと木々が生い茂る森林の中に入った。いや、それほど木々が密集している訳でもなかったから、林と言った方が良いのかもしれない。雑木林と言ったところだろうか。まあ、そんな所にまで、俺は連れていかれたのである。
木々の間からは月明かりが差し込んでおり、周囲を一応視認できるくらいには明るい。都会の圧倒的明るさに慣れ親しんだ現代人には、やはり少し暗い気もするが、しかしかなり明るいことには間違いがなかった。空には満月……いや少し欠けているようにも思えるが、月が浮かんでいた。この世界にも太陽と月があることに、少しだけ安心する。
いや、安心している場合ではないのである。この辺りは戦場や街から距離があるようで、兵士はおろか人の姿が全くなかった。中尉達や特殊部隊兵士が来るにしても、まだ時間がかかるだろう。本当に、人っ子一人いないのである。こんなところで撃ち殺されたら、いつまでたっても死体を発見されることはないだろうような、そんな所であった。若者兵士――兵士甲とでもしておくか――が持っているような突撃銃は勿論、たとえ艦砲を撃ったとしても、その砲声は誰の耳にも届くことはないくらいの、そんな荒涼感があった。……さすがに艦砲を撃ったら聞こえるだろうが。
雑木林の中の少し開けたところに出ると、兵士甲は立ち止まり、俺もまた立ち止まらされた。黙ったまま何も言わないので、思い切って振り返ってみた。相変わらず、突撃銃を構えたまま俺を睨みつけている。しかし、睨みつけるばかりで、黙ったままである。これから処刑する、だとか、お前の死体を埋める穴を掘れ、だとか言われても困るのだが、何も言われないというのも困ったものである。せめて武器を捨てろ、だとか、無理のない命令をしてくれた方が、会話の糸口が掴めて良いのだが。
そういえば、いくら軍刀とはいえ、武器を持っている敵に対して何も咎めないというのはあり得るのだろうか。俺が少将だからせめて軍刀ぐらいは持たせてやろうってことだろうか。それとも、この世界ではそんな習慣がないとか? しかし、この世界は今のところ俺のいた世界と大きくは変わっているところはない。どういうことだろうか。
「……う……」
う……? 何のことだろうか? この世界特有の合図なのだろうか? 彼は俺に何を命じたのだろうか、それとも命じていないのだろうか?
俺は、俺の持つ全ての観察能力をフル稼働させて、兵士甲が俺に何をしようとしているのか、何を言ったのか、その答えを導き出そうとした。兵士甲はなおも俺を穴が開くくらい睨んでいるが、負けずに俺もじっくりと観察してやった。
甲は、一見すると不敵な笑みを浮かべて、狩人の眼で俺を睨みつけているようであった。しかし、突撃銃を持つ手は震え、足も小鹿のように……、と言うのは言い過ぎであるとしても、小刻みに震えているように見えた。そして、額には脂汗が玉のように噴き出していた。
……この状況を見れば、大多数の人間は、一つの結論を導き出すであろう。俺も、多少の時間はかかったにしても、何とかその結論にたどり着くことができた。いや、他の可能性を考えればその結論で確定してしまうのは多少の危険はあるだろうが、しかし合理的に考えればきっとそんなことはないだろう。多分。恐らく……。
(間違いない……。彼奴はビビっている。この俺に……、いや俺自身でなく、俺の外側の俺に、恐れ慄いている……)
そう、兵士甲は、軍刀以外何も持ち合わせていない、ただのおっさんに――しかし、連合王国軍第一機甲師団を率いるザーグハルト=ブライフ少将に――ビビっている。まあ、無理もないのかもしれない。こっちは恐らく大国の偉い将軍であり、相手は新興国の一兵士に過ぎない。いくら敵同士とはいえ、やはり何か……オーラ的なやつが滲み出ていたのだろう、きっと。
(そうだとしたら、何とかこれをうまく使って、この場を切り抜けられないだろうか?)
俺は必死に考えた。相手のビビり状態をうまく利用すれば、うまくいく気がする。そう、その相手の弱点を上手く突くことができれば、俺は生き残れる。俺はそう思って、解決策を見つけ出そうと頑張った。
……。
…………。
………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
よし!