第五五話 これからが本番、です!
「さて、では今日も会議を始めます! 元気に頑張っていきましょう!」
「「「はーい!」」」
「えーと、じゃあ私からね! 私から時計回りということで!」
「えー、私次じゃん……。私もう少し後がいい……。てか帰りたい……」
「んもう! 元気出してよ! 夜までずっと遊んでるからだよ!」
「仕方ないじゃん……。みんな仕事熱心なんだし……」
「あーもう分かった、分かった。私から反時計回りね? 特に変わったことはないけど……」
今は共和国宮殿と呼ばれている、旧王国の全ての美術を結集させて建造された大宮殿でもひときわ豪華な一室で、うら若き少女たちが小さなテーブルを囲んでティータイムを楽しんでいる。
少女たちは、片手にティーカップを持ち、もう片方の書類を見つめながら、立ち上がって話す少女の話を聞いている。
ひとしきり話が終わって、ティータイムと雑談が再開しようとしていたところで、部屋の巨大な扉がゆっくりと、申し訳なさそうに開いた。
「し、失礼します!」
「そういうわけで……、何か、用?」
扉に背を向けて座っていた少女が振り返り、少し不機嫌そうな声音で応じる。皺ひとつない制服を着た壮年の男は、額から冷や汗を吹き出しながら、少し声を抑えて言う。
「は、はい! ご報告をお持ち致しました! ご確認をお願いいたします!」
「そう。来て良いよ」
「はっ!」
そう言うと、男は早足でテーブルに駆け寄り、A4サイズの紙を少女たち一人一人に一枚ずつ配り、直立不動の体勢を取った。
「ふーん」
「なるほど」
「ほうほう……」
「あー……」
「……連合王国の、選挙結果かぁ。現与党を破って、国民運動? とか言う政党が政権を取ったってわけね。……これはまた面倒事が増えるのかしら」
「そんな気がする」
「どうしようかな……とりあえずちょっかいとか出してみたり? ……というか、貴方もう出て行って良いわよ?」
「え、いや、しかし……」
「私の言葉が理解できないのかな?」
「はっ! た、た、ただいま出て行きます!」
制服の男は光の速さで部屋を後にした。
「えーと、それでどうする? とりあえず適当な声明でも出してみる?」
「いやいや、別にいいでしょ。というか、首相替わるのよね? どんな人だっけ?」
「えーっと、あー、その……」
「なに?」
「端的に言うと、反共主義者ね。国内の同志たちの粛清と、連合共和国への連合王国軍の再派兵、帝国との反共同盟締結とかを主張しているらしいわ」
「それは……、まずいです……」
「そんなことは分かっているわよ! 問題はどうするかね……」
「まあ、当分は様子見で、連合共和国への介入を強めていくのが妥当な線かしら」
「うーん、あまり面白くはないけれど、まあそんな感じかな。んじゃあ、今日のところはこれで解散ということで! ああ、あなた例のリストしっかり進めているのよね?」
「一週間以内には完了するよ。また決めないとね」
「よし、じゃあ今度こそ、解散!」
そんな感じで、少女たちは部屋を後にした。
プリンシピウム帝国第五州内のとある湖にて、毎四半期恒例の地方視察を行っていた帝国首相である壮年と老年の境目にいる男は、側近二人と共に釣りに興じていた。もちろん、世界最大の二億人以上の臣民を束ね、世界一の経済力と軍事力、政治力を誇る帝国の、その臣民代表である男に側近が二人しか付いていないはずもなく、数十メートルほどおいて数十名から百名ほどの護衛が常に周囲を警戒している。しかし男は、そんな一種の無粋な状況を気にすることも無く、のんびりと湖に釣り糸を垂らしていた。
「……今回は、あまり釣れなかったな」
「そうですね。もう少し、何かあると思ったのですが」
「仕方ないな。他に期待することとしよう」
そんなとりとめのない、しかし意味深な会話を数分おきに繰り返し、そろそろ帝都へと戻ろうかと、男と側近が釣り具の片付けをし始めていると、ようやく護衛との話を付け終わった官僚の男が、首相に駆け寄ってきた。
「……何だ?」
鋭い眼差しで首相が男を睨みつけると、男は少し委縮しながらも、はっきりとした口調で報告を始めた。
「はい! 昨日の連合王国議会総選挙の結果が出ました! 現与党の保守党は大敗し、新興政党である統一レグリア国民運動が過半数の議席を獲得し、政権を奪取いたしました。現首相は敗北宣言を発し、特に混乱は生じていないとのことです」
報告を聞き終わると、首相は面白くも無さそうな表情で手を止めることなく言う。
「ふん、そうか。まあ、別に驚くものでもないな。新しい首相は、……何と言ったか」
「確か、ザーグハルト=ブライフだかいうまだ若い男です。何でも軍人上がりで、無駄に演説が上手いのだとか何とか。まだどうにも評価することはできないでしょうな」
側近の男が首相の思考をくみ取り的確な回答を行う。
「……どんどんと若い者に替わっていくなぁ……。シカーティオもそろそろ替わるだろうし……。私だけになるな」
「そんな。閣下はまだご壮健であられます」
「それはさておきだ。まあ何も反応を示さないのも良くはないだろうし、適当な声明を出しておくべきではあるだろう。おい、何とかしておいてくれよ? なるべく、早くにな」
「は、はい! 承知いたしました! では、失礼いたします!」
男は急ぎ足で護衛の輪へと戻って行く。それを見届けると、なおも釣り具を片つけながら、首相は雑談と同じような口調で、側近に話しかける。
「若い指導者の国家が二つ、生まれたわけだな。どうなるべきなのだろうか」
側近は、慣れたように、首相の望む答えを澱みなく口にする。
「不倶戴天の言葉通りになってくれれば良いのですが。まあ、そうでなければ我々がそうするまでなのですがね」
「……そうだな。連合共和国を上手く使うべきだろうな。それに、我々には今、余裕があるわけではない」
「はい。できれば今年中に、遅くとも来年中にはけりを付けたいところです」
「本当にしつこいからな、ナトゥラムルタの連中は。さっさと諦めればよいものを、粘ってややこしくするんだ。さっさと片付けたいものだ」
側近が頷くと、首相は釣り具を手に持ち、既に用意を終えた側近と共に湖から歩き始めたのであった。
『統一レグリア国民運動 三二〇議席 政権交代へ
連合王国議会下院総選挙は昨日十一日に投開票され、新党統一レグリア国民運動が総定数六〇〇のうち過半数を超える三二〇議席を獲得した。
国民運動は、単独で通常法案を成立させることのできる過半数を上回り、圧勝した。国民運動党首であるザーグハルト=ブライフ氏は、勝利宣言を行い、新首相に任命されて新内閣を発足させる予定。与党保守党は公示前の三二四議席からほぼ半減して百六十議席を確保するにとどまり、惨敗した。野党第一党である労働党も五九議席を確保するにとどまり、敗北した。その他の党も軒並み議席を減少させた。投票率は、王国日日新聞社の推計で七十三%前後となり、前回(七十一・二二%)とより上昇した。
国民運動は、その結党以来与野党の政治姿勢を徹底的に批判する一方、政府による積極的な公共投資や企業投資の活性化、社会福祉費及び防衛費の増額などの財政拡大を主張し、地方を中心に多くの票を集め、議席を伸ばした。また、ブライフ氏の過激な演説や、独自の宣伝手法も、多くの国民の支持につながったものと思われる。ブライフ氏は、「国民は、既存政治に三行半を突きつけた。我々は、政治を一から見直し、真に国家と国民の利益となる政治を進めていきたい」と述べ、これまで主張してきた政策の遂行に意欲を示した。
五月二十九日のいわゆる与野党密約以来、与野党傘下の準軍事組織が国民運動の選挙活動に対して激しい妨害行動を行い、それまで順調に支持を伸ばしていた国民運動の支持が一時的に低下した。しかし、六月一日のツーリュック六世記念大劇場事件において、国民運動傘下の準軍事組織の反撃に遭って以降、与野党準軍事組織の活動は衰え、再び国民運動は支持を伸ばすに至った。
保守党は、王都をはじめとする都市部の議席は確保したものの、地方ではほとんどの議席を失い、惨敗した。ラーヴァイズ首相は、十一日夜の記者会見で、「全ての責任は私の稚拙な判断と無能力にある」として敗北を認め、引退を表明した。
労働党もまた地方の一部で議席を確保したものの、公示前の一五六議席からほぼ三分の一の五九議席にまで減らし、惨敗した。労働党のエルテスター=インザイト委員長は十一日夜の記者会見で、「我々は与党の卑劣な謀略に巻き込まれた。極めて遺憾であり、今後も追及を行っていく」と述べ、自らの進退については明らかにしなかった。
連立与党の中央同盟は、公示前の三六から三分の二のニ四議席を獲得するにとどまった。野党第二党の人民党は、明確な政策を提示することができず、公示前四四から十二議席と、惨敗した。社会民主党と国家人民連合も、それぞれ議席を減らした。
今後、明後日十四日にも臨時国会が召集され、首相指名と、新首相の施政方針演説が行われる予定となっている。
解説 レアム=エクスペーター編集委員
今回の下院総選挙は、統一レグリア国民運動という新党の結成及びその予想を超えた大幅な支持の拡大という大きな波乱に満ちたものであった。事前に予測がなされており、その予測よりも議席を減らしたとはいえ、公示のおよそ一か月前に結党が発表された政党が過半数の議席を獲得する事態は、我が国の政治史上類を見ないものと言えよう。
国民運動の勝利は、その主張する政策が国民に広く受け入れられた結果とも言えるが、それ以上に、既存政党の政治に対する国民の不満が爆発した結果とも言うことができるだろう。与野党の連合王国議会におけるお世辞にも褒めることのできない空疎な議論は、多くの国民に失望を感じさせるに十分なものであった。また、本来政党及び候補者が議論を戦わせることによって国民の支持を得ることこそが民主主義国家のあるべき姿であるところ、無意味に肥大化した暴力集団による暴力行使を伴う選挙妨害が頻発し、あまつさえ少なくない死者が出たことは、もはや国辱と言っても差し支えない事態である。これら集団の解散を含めた徹底的な改革が求められるのは必至だ。
言論の府と既存政党のこのような醜態、これに代わる新たな選択肢の出現により、国民は遂に現在の状況へ拒絶の意思を示すに至ったものと言える。そうであるならば、今回の結果はむしろ必然だろう。
しかし、不安もある。国民運動の党首であるザーグハルト=ブライフ氏は、士官学校を卒業後すぐに連合王国陸軍に入隊し、それ以後陸軍将校として数々の武勲を重ねてきた生粋の軍人である。当然、政治に関わる経験はこれまで有していない。また、今回当選を果たした国民運動候補者のほとんども、政治経験のない者ばかりである。経験を有していないことが必ずしも望ましくないわけではないが、これまでの内政及び外交における各政策の連続性の維持の点や、その政治的能力の点で疑問が生じうる。
いずれにしろ、国民運動による我が国の政治はこれから始まる。我々報道に携わる者としては、国民運動の行う政策の一つ一つを注意深く検証し、良い点には賛意を示し、悪い点には反対の意思を示すなどして、我が国の行く末がより良いものになるようともに行動していく必要があるだろう。
(王国日日新聞 1631年6月12日)』
「……ふっかふかだなー」
王国宮殿の建物内にある首相執務室にて、俺は豪華な部屋に置かれたこれまで見たことないほど立派な椅子に、どっぷりと腰を掛けていた。何かの動物の毛皮が、動物愛護団体がいたなら鬼のように抗議をするほどふんだんに、贅沢に使用されたこの椅子は、その肌触りから座り心地まで本当に極上のものであった。少しだけリクライニングできる機能も付いており、いつでも寝落ちすることができそうだった。恐らく歴代の首相たちが愛用してきたのだろうこともあって、経年劣化の後も見られたが、それはそれで独特の味を出しているように思えた。
「……まずい、本当に眠くなってきた」
自然と瞼が閉じ、意識が少しずつ遠くなって、今まさに眠りに落ちようとするその瞬間、執務室の煌びやかに飾り立てられた巨大な扉が勢いよく開いた。
「遅くなりました! もう時間もありませんし、さっさと残りの閣僚の候補を挙げきってしまいましょう! ……って、先生?」
「ふおう!? いや、寝ていない。寝ていないからな? 少しだけうつらうつらしていただけだ!」
「は、はあ……」
ミュリアが何とも言えない表情で見つめてくる。俺は眠気を必死に追い払いつつ、目の前の、これまた豪華な執務机に置かれた書類に目を通した。
「確か、あとこの中から五人だったな?」
「はい。もうそろそろ決めて、党幹部と話し合いをしておかないと間に合わなくなってしまいます。急ぎましょう」
「そうだな。えーと……」
大量の氏名が記載された当選議員のリストと、各々の情報が記載された書類をパラパラとめくり、どうにか仕事を回すことのできそうな者をピックアップしていく。外務大臣やら大蔵大臣やらの重要ポストは大体決まっているのだが、それ以外のポストについてはまだ検討の必要が残されていた。
(これが終わったら、施政方針演説を考えないとだし、あと省庁を回って官僚たちにも一応の挨拶回りをしないといけないんだったか。忙しいにもほどがあるな……)
幸いにも、予定は既にミュリアが完璧と言ってよいくらいにしっかり組んでくれていたので、何をすれば良いのか分からずおろおろするような事態には至らなかったのだが、何しろやることが死ぬほど多かった。仮にも、一国のトップなのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、既に過労気味であった。
(こう、首相になるぞ的な実感というか、高揚感が全然ないんだよなぁ。いやまだ指名はされていないんだけれども。少しはのんびりしたいものだ)
そんなことを思わざるを得なかった。
だが、どうにかこうにか、あれよあれよという間に連合王国のトップにまでなってしまったのである。訳も分からずこの世界に放り出されて泣きそうになっていた頃のことを思えば、随分と遠くにきたものであった。そして、こうした地位を手に入れたからには、なるべくこれを失わないように、そして、有効に活用できるようにしたいところであった。それこそが、この身体の元の持ち主であった男の魂の望みでもあるのだろう。
「……これからも頑張らないとな」
「ふえ? それはもう、もちろんですよ! 私やクロちゃん、ファナちゃんや他の皆も、先生を支えてくれると思います! 頑張りましょう!」
「ありがとう」
俺は少しだけ照れながら、再び書類に目を落とした。
ほとんど夏に近い陽射しが、窓を通して机を照らし出していた。
最後まで遅くなりっぱなしで誠に申し訳ありませんでした……。
しかし、何はともあれこれで一区切りがつきました。一年以上にわたってこの物語を読んでくれた方、応援してくれた方、本当にありがとうございました。大変力になりました。
異世界指揮官生活。それ自体はこれで一旦終わりますが、この世界の物語はまだまだ続いていく予定です。いつ、どんな形で再開するのかはまだ未定ですが、また機を見て始めていきたいと思います。よろしければ、また読んでもらえると嬉しいです。
適当な短編もあげるかもしれませんので、興味があれば読んでもらえるとなお嬉しいです。
改めまして、最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました! また会いましょう!




