第五三話 劇場突入待ったなし!? です!
ツーリュック六世記念大劇場の北方に広がる山脈内の某地。
十数名の男たちが深い森の広がる急勾配を疾走していた。羽虫の金切り声と、巨鳥の悲鳴のような喚き声が響くほかは、人の気配がしない山林であったが、それでも男たちは走った。目的の場所を見つけるために。任務を遂行するために。
(これも私の職務に含まれるのだろうか……)
男たちを率いる細身の男、第一機甲師団第三五六偵察大隊隊長のアウゲン=シャウツェは、そんなことを思いながら、集団の戦闘をひたすら走る。もちろん、走ることが彼らの目的ではない。彼らの目標を、その痕跡であっても見逃すまいと、鋭い眼光を向け、視界の隅々にまで意識を張り巡らせていた。
(中将閣下の副官の頼み……か……。確かにあの者は相当の実力を持っているようだし、閣下の信頼も厚いようだが……)
だがしかし、と彼は逡巡する。
確かに中将は自らの尊敬すべき上司であり、その信頼を受けた副官――連合共和国における戦役から中将と行動を共にするようになった、グローヴィアと名乗る女性兵士――もまた、彼にとってある程度の信用はおける同僚のようなものであった。彼らの頼みであれば、なるべくなら叶えてやりたいとも思っていた。
だが、それはあくまで軍内において、その作戦行動においては、の話であった。軍の作戦行動においてではなく、個人的な頼みとして上司に何事かを頼まれ願われるのは、彼のこれまでの軍人生活において数少ないことであり、まったく想定外のことであった。もちろん、将校の中には、公私混同の甚だしい愚劣極まりない者もいるようだったが、この腐敗が進みつつある連合王国軍の中でも、そのような者は例外的であった。
そんな、唾棄すべき腐った将校とは程遠い、そんな噂を聞いたことすらない中将閣下が中将としてではなく個人的な頼みとして、今回のような、自らの部下をも巻き込んだ平和的でない頼み事をしてくることに、彼はほんの少しであれ懸念を持たざるを得なかった。何か、通常でないことを意図しているのではないか、万に一つのことではあるが、国家に対して良からぬことを企図しているのではないかと、彼は軍人として当然抱きうる心配をせざるを得なかった。
(……そうせざるを得ないほど、追い詰められているということか……)
当然だが、彼の考えているようなことは、当然中将も、そしてその副官も承知していた。この頼み事が権限の私的流用となり得るものであり、場合によっては反逆罪に問われうることを、彼らは当然考慮し、憂慮し、配慮していた。その上で、副官は彼に問いかけたのだ。中将のために、国家のために働いてもらえないか、と。卑劣な手段を用いる敵に一矢報いるために、手を貸してもらえないか、と。そう言ったのだ。
生真面目で正義感の強いアウゲンにあって、この言葉に嘘があるとはとても思えなかった。彼らは本当に困窮している。しかも、自らに何らの非もなく。であるとすれば、彼にとって手を貸さない選択肢はなかった。そうして彼は、部下とともにここにきた。
「にしても、自分はまだ信じられませんよ。保守党がアカの連中と手を組んだ、だなんて……」
すぐ後ろを走る、まだ若い男は言った。彼は義務教育を受けた後、すぐに軍に入隊し、軍人としてここまで過ごしてきたのだが、政治の動きにはとても敏感であり、色々あって今では保守党の熱心な支持者であった。男はそのあたりの事情を話したくないようだったし、同僚も、そしてアウゲンもそのあたりのことを問うたことはなかった。
「私もさ。あの与党と野党が手を組むなんて、天地がひっくり返ってもないことだと思っていた」
アウゲンはそう言う。それほどまでに、あの二勢力は対立し、互いに非難と罵倒、そして暴力の応酬を繰り返してきた。
「だが……。あの中将閣下がそう言うんだ。他の誰かが言うのであればともかく、あの堅物な中将閣下がそんなつまらん冗談を言うとはとても思えん」
「それは……そう、ですね……」
「ああ。……しかし、見つからないな。この辺りのはずなんだが……」
アウゲンは不意に走りを止める。普段から鍛錬を続ける彼らであっても、流石に疲労があったのだろう。皆息を切らし、地面に膝をつく者もいた。それでも、誰一人として緊張を緩めることはなく、辺りに油断なく注意を向けていた。
「この人里離れた山だ、何か跡があっても良いと思うんだが……」
しばらく、辺りを警戒する男たち。すると、男たちのうちの一人が、片手の人差し指を口に当てつつ、もう片方の人差し指である方角を指差した。皆が静かに、視線を指差す方角へと移す。
そこには、大樹の根元ですやすやと眠っているように見える、人の姿があった。
双眼鏡を持った男が、その観察をし始める。それによると、その着ている制服から、与党保守党傘下の準軍事組織、青年自由同盟に所属する者であることが分かった。
突然降って湧いたチャンスに、男たちは舌なめずりをするように、ゆっくりと、武器を構えつつ斜面を静かに進み、居眠りを続ける男のいる大樹を完全に包囲する。その後、アウゲンは構えた突撃銃の先を男の額に押し当てる。不自然な感触に、男は意識を回復し、ゆっくりと眼を開く。それほど馬鹿な男ではなかったらしく、男はすぐに自らのおかれた状況を察し、ゆっくりと手を上げた。
アウゲンは満足そうに頷き、口を開く。
「貴様らの司令部を案内してもらおうか? こんな山奥に埋められたくはないだろう?」
『こちら東口! 劇場周縁部東側は第五層までの制圧に完了! これより第六層の制圧に移ります!』
『こちら南口! 未だ敵は抵抗を続けておりますが、劇場周縁部南側第二層から第五層までの制圧には完了! これより南口の制圧及び第六層への突入を敢行します!』
「了解! 我々は間もなく劇場内への砲撃を開始する! 衝撃等に注意せよ!」
『はっ!』
作戦開始から優に二時間が経過し、段々と陽も落ちて辺りも暗くなってきた。二時間を経過した時点で劇場内の照明は点灯し、煌々とした明かりが劇場から少し離れた敷地にまでも漏れ出ていた。
(……予想外に長くかかったが、どうやらこの作戦を完遂することができそうだな……。そして、鉄剣団の連中は電源を破壊できなかったらしい。まあ、今となってはどうでも良いか……)
青年自由同盟の現場指揮官であるテープ=ファーカイトはそう思い、間もなく行われる手筈となっている劇場内への砲撃準備完了の知らせを待っていた。
圧倒的な兵力差及び戦力差のあった与野党連合と国民防衛隊との今回の戦闘は、当初の与野党連合の予測を大きく外れ、泥沼の戦いとなっていた。与野党連合の有する圧倒的な兵力は、敷地内に多数設置された遮蔽物及びそこに潜む多くの防衛隊員の抵抗によって、初めの一時間ほどは敷地内に満足に侵入することすらもできていなかった。
その後複数投入されたtH-28装甲車とKlRn-1機関砲の火力により、南以外はその敷地を突破し、劇場で入口を制圧することができたものの、南口は未だ突破することができておらず、また現時点で装甲車と機関砲はほぼ全て破壊され若しくは使用不能となっていた。また、百名単位の死傷者が各方面にて生じ、敷地外は運ばれた死体と負傷者で溢れていた。
しかし、入り口の突破後は、敵の抵抗はほとんどなく、順調に劇場周縁部の各層を制圧することに成功していた。
(あとは、六層と、劇場内部か……。……まだ油断はできないか。最後の抵抗は恐らく熾烈を極めるだろう。民間人にも相当の被害が生じる……)
この後、与野党連合は更なる攻撃手段として、火砲を複数門用意していた。その中でも70㎜PlD45カノン砲は、連合王国陸軍でも一線級の装備として各師団に配備されているもので、その威力は相当のものであった。青年自由同盟は、これを劇場内に複数発撃ち込むことで劇場内を大混乱に陥らせるとともに、国民防衛隊の指揮系統をかきみだし、かつ、党首及び観客の死傷による士気低下を目論んでいた。
(……このような作戦で、本当に良かったのであろうか? ……いや、司令部が命令を下した以上、私にこれを拒否する権限はないのであるが……。いや、しかし……)
ファーカイトをはじめとする現地指揮官においては、民間人の死者が間違いなく生じるものと思われるこのような作戦については、反対の者が多数であった。しかし、司令部に属する青年自由同盟をはじめとする与野党の準軍事組織の指導者たちにとっては、作戦の完全な成功のみが至上命題であり、民間人の犠牲回避は考慮の外にあったのであった。
なおも疑念を抱く指揮官もいたものの、準とは言え軍事組織の一員である彼らには、命令に違背する選択肢など持ち合わせていなかった。
(……劇場の中心部を目標とすることは伝わっているはずだ。中心から観客席までは少なくとも数十メートルはあったはず。最低限の被害にはなると思うのだが……)
火砲の操作は当然手動であり、弾道計算も完全なものではない中で、砲弾を狙った場所へピンポイントに撃ち込むことは、ほとんど不可能なことであった。たとえ目標を決めても、その通りに行くことはまずないと言ってよい状況である。それを知らない指揮官ではなかった。
そんなことを思っていると、再び通信が入る。
『こちら火砲部隊! 用意が完了いたしました! いつでも発砲可能です!』
「分かった! ……砲撃は間もなく開始する! 構え!」
『はっ!』
(……私が考えても意味はない……か……。ならば、さっさとこの酷い戦いは終わらせることにしよう)
男は砲撃のタイミングを計るべく、腕にしていた時計に目を落とした。
与野党連合が火砲による砲撃の準備を終える数分前から、その護衛部隊と、劇場の六層に立て籠もるミュリア達少数の国民運動党員は、そこそこに激しい銃撃戦を繰り広げていた。具体的には、六層のいずれかの場所から狙撃が行われ、これに応じて護衛部隊の機関銃による掃射が行われる。そんな応酬がもう十数回にわたって続いていた。
「……まったく、どうしてこんなにも当たらないのかしらねぇ……」
劇場西部の南端での狙撃に無事失敗したミュリアは、援護役の党員と共に廊下を北へと走っていた。
「……それはもう、ミュリアさんの狙撃の腕が、……よろしくないからでは?」
「いやそうなのだけれども……。もう少しオブラートに包んでくれないかな?」
「すいません。とは言っても、私を含めた党員の皆は、狙撃の腕どころか銃を今日まで撃ったことも無い人たちばかりですからねぇ。頑張ってくださいとしか言えないのです……」
「はあ……」
こんな感じで、防衛隊にとっては残念なことに、与野党連合にとっては幸運なことに、ミュリアの狙撃の腕は残念なものであったため、火砲部隊は何ら邪魔されることなく火砲の設置と弾薬の装填、砲撃位置調整と弾道計算を淡々と、順調に行うことができていた。それに気づいたのか、護衛部隊による応射もそれほど大したものではなくなっていた。
ある程度走ったところで、適当な部屋に飛び込み、窓際へと滑るように向かうミュリア。傍らでは、窓から外を窺う党員が控えている。彼の合図で、ミュリアは狙撃銃を構える。
(そもそも、私に頼むのが間違っているんだよなぁ。私はあくまで宣伝担当であって、戦闘員じゃないのに……)
非戦闘員であるところのミュリアへ、火砲部隊への狙撃というミッション:インポッシブルが無線機で舞い込んできたのは、彼女が必死で多くの党員を劇場内部へと避難させているときであった。
ちなみに、この大戦闘の真っ只中にあるところのツーリュック六世記念大劇場は、楕円のすり鉢のような形状をしている劇場部分と、これを囲うように造られた、同じく楕円の建造物で構成されている。比喩的に表現するのであれば、巨大なお豆腐を楕円形の金型でくり抜き、くり抜いた部分の真ん中に小さめの楕円すり鉢をすっぽりとめり込ませたような、そんな感じの劇場となっている。
但し、劇場部分と周縁部の建物との間には空間があり、大小さまざまな渡り廊下で繋げられている。その中には巧妙に隠されているものもあり、党員たちは、そんな秘密の渡り廊下を伝って、劇場内の観客には見えないようになっている部屋へと避難したのであった。そんな構造のおかげで、周縁建物に砲弾が直撃し、激しい銃撃戦が繰り広げられようとも、その音や衝撃は劇場へと伝播することがないのであった。
また、渡り廊下は、一定の操作を行うことにより崩落させて、通行することができないようにすることもできる。その他にも、至る所に隠し部屋やら隠し通路があり、その全容を把握している者がほとんどいないくらいであった。なお、なぜただの劇場にこれほどのギミックがあるのかは良く分かっていない。
それはさておき。
この非常時に断るということはなかなかできず、とりあえず狙撃銃を手に火砲があるという西側に面した会議室の窓際へと向かったミュリアであったが、王都の大学を卒業しただけのミュリアには、当たり前であるが、狙撃方法など知る由もなかった。偶々傍にいた、兵器オタク気味の党員であるアウセンザイター氏のレクチャーを受けて、どうにかそれらしいフォームを身につけることができたのだが、所詮は付け焼刃でしかなく、撃ちだされた銃弾はあらぬ方向へと飛び去り、火砲を操作する与野党連合兵士には掠ることすらも無かった。
ちなみにレクチャーをしたアウセンザイター氏は、確かに兵器の扱いには詳しいものの、実際に撃つのは怖いのでパス、ということで、頑なに狙撃の任を受けることがなかった。
「はあ、どう考えても当たりそうにない……」
「ですから、もっと腋を締めて、体幹を固定するんですよ。それから、撃つときには意識をそれだけに集中させるんです。他のことは一切考えず、スコープに映る敵兵士の姿だけに集中するんです。そしたら絶対当たります!」
「集中しているのだけれども……。というか、やっぱり貴方にやってもらった方が良いと思うんだけどなあ……?」
「いやその、えーっと……。と、とにかく無理なものは無理なんです! 頑張ってください! さっきよりもフォームは良くなっていますし、少しずつ標的に近くなっていますよ」
「いやいや……。まあ、もう一回やってみるか……」
ミュリアは、もう何度目かも分からないが、狙撃銃を構え、スコープで、ちょこまかと動きながら火砲の用意を行っている与野党連合兵士に狙いを定める。偶に止まったかと思えば再び動き出し、動いたと思ったら止まる兵士に辟易しつつも、ミュリアは意識を集中させる。
(集中……集中……集中………………)
彼女の集中が臨界点へと達し、一人の兵士が止まった時、ミュリアの左手人差し指は、素早くその引き金を引いた。
火薬が銃身内で破裂する音と共に、銃弾がジャイロ回転をしつつ、直線的軌道を描いて放たれる。
数瞬後、ミュリアのスコープに映し出された兵士のすぐ左隣にいた哀れな観測手は、後頭部から大量の血飛沫を上げつつ、ゆっくりと地面に斃れていった。
突然の出来事に、予想外の出来事に混乱をきたす火砲周辺の兵士たち。辺りを右往左往し始め、少しの間準備が止まる。しかし集中力の研ぎ澄まされたミュリアの狙撃は止まらない。一人、また一人と、スコープの外側にいる兵士が斃れていく。
「……あ、当たってる……。ミ、ミュリアさん! 当たってます!」
「そう……ね……。でも、……逃げるわよ! みんな! 早く!」
そう言うが早いか、ミュリアは手近にいた党員の腕を引っ掴み、とんでもない速さで部屋の外へと逃げていった。他の、兵器オタクな党員を含む数名の党員もまた、何が何だか分からず大急ぎで部屋を後にする。
直後、複数の砲弾がミュリア達のいた部屋や、その隣、下層の部屋に直撃する。激しい振動が、ミュリア達のいる廊下を激しく揺さぶった。
「どうやら、こちらを本格的に潰すことにしたみたいね……。君、隣の部屋の様子を見てきて! けが人がいたらすぐに劇場内へ避難ね! あとの子は私についてきて!」
指示通り、党員は分かれていく。ミュリアと兵器オタク、気弱そうな女子大生党員は、再び場所を移動する。
(もうなかなか集中的に狙撃することはできないし、もうすぐあっちの準備は完了するか。それに、ここもいつまでもつかは分からない、と。はあ、絶望感が半端ないわね……。何かうまい方法はないものかしら……)
「痛っ!?」
ミュリアがつらつらと考えていると、不意に後ろを走っているはずの気弱党員が悲鳴を上げた。慌てて振り返ってみると、彼女は何かにけつまずいて思い切りすっ転んでいた。
「何やってるのよ……。大丈夫?」
「す、すいません……」
別に怪我をしているところはないらしい。すぐにまた走り出そうとしたところで、ミュリアの視界にあるものが入ってきた。
「貴方、何に躓いて……! これは!」
「ふえっ?」
「おお! これはいつかの……!」
そこにあった物、党員の躓いた原因である物は、帝国製の軽迫撃砲、十一式迫撃砲であった。
「ねえ! これ使えるんじゃない?」
「そうですね……。……はい、砲弾もあるみたいですし、状態も悪くなさそうです! これなら……」
「あるいは、火砲部隊を一網打尽に……」
「で、できるかも……なんですか?」
輪唱か何かのように言う三人。しかし行動は素早かった。そこそこの重量のある迫撃砲を、三人がかりで運び、適当な会議室に入り込む。階段に近いらしく、防衛隊員と与野党連合兵士の銃撃戦の音がしているが、すぐにここまでは来なさそうだった。兵器オタクが急いで窓に向かい、様子を確かめる。どうやら、こちらを狙う火砲や機関銃はないらしい。急いで窓際まで迫撃砲を持っていく。
「さて、どうやって使うのかな? 狙いの付け方は……?」
「えーっと……、…………。はい、これでこことここを押せば砲撃できるはずです。狙いの付け方は……、詳しくありませんが、もうこの際狙撃銃と同じ感じでやってみましょう! どのみち、狙撃銃ではもうどうしようもありませんし、恐らくもうあちらの砲撃準備も完了してしまったみたいです。さあ、早く!」
「え、ええ……」
言うが早いか、三人は迫撃砲をまるで狙撃銃が如くに抱え、火砲のある方向へと向ける。かなり無理のある態勢ではあるが――そのように撃つことを想定していないから当たり前であるが――、何とか撃てそうな雰囲気は出来上がった。
「わ、やばいです! 連中、もう撃ちそうです! 早く早く!」
「わ、分かってるわよ!」
慎重に、しかし迅速に狙いを定めるミュリア。もう失敗は許されない。これを外せば数万人の観客の命が危うい。そう思うと、ミュリアは集中を加速度的に高める。
「……ミュリアさん!」
「ふぁい!」
そんな声とともに、砲弾は発射された。70㎜PlD45カノン砲が砲撃しようとする、そのわずか二秒前のことであった。砲弾は緩やかな放物線を描き、70㎜砲へ吸い込まれるように接近する。そして……。
その場にいる全ての人の耳を貫くような、大爆発音がこだました。
少し遅れて、数門の火砲が置かれていた場所は、真っ赤な爆炎に包まれた。その熱は遠く六層に居たミュリア達の肌にも触れる程のものであった。
「……………………」
「……………………」
「…………ふぇ?」
三人は、しばらくの間、迫撃砲の重さも忘れてしばし呆然と立ち尽くす。その頭の中には、数えきれないほどの疑問符が、クエスチョンマークが氾濫している。
爆炎が引き、再びその様子をはっきりと視認できるようになったところで、ミュリア達は再び沈黙する。
「「「…………………………。……ない!?」」」
そこには、劇場に向けて恐ろしいまでの威圧感を放っていた数門の火砲の姿が一つも見当たらなかった。いや、姿を消したわけではない。正確には、彼らの網膜には、完全に破壊された数門の火砲の残骸と、恐らく兵士の死骸と思われる何かが散乱するさまが、映し出されていた。
「……えーと」
「これはつまり……?」
「や、やったという……、ことでしょうか……?」
自然と、誰からともなく笑みがこぼれた。自分たちは、どうにかこの困難な任務を、ミッション:インポッシブルを成し遂げることができたのだと、その実感が少しずつ溢れてきたのであった。
「や……」
「や…………」
「やっt」
「おお! こんなところに! 既に与野党連合は六層に到達しつつあります! 戦えるのならば私と共に連中を食い止めてください! そうでないのなら一刻も早く避難を! とにかく急いで! もうすぐ敵が雪崩れ込んできます!」
残念なことに、彼らにホッとする暇などなかった。三人は、突如生まれた謎の連帯感を胸に秘めつつ、そこら辺にあった突撃銃とともに、迫撃砲を抱えて六層から五層へと至る階段へと走って行った。
「ああ、こちらでも確認できた……。もういい、分かった。負傷者は早急に敷地外へ撤退させろ。後はこちらで何とかする。ああ、よろしく」
(……まあ、大勢に影響はない……か……)
ファーカイトは短く応え、すぐに通信を切った。
火砲部隊による劇場砲撃は、劇場からの迫撃砲による攻撃によって失敗に終わった。とはいえ、与野党連合が劇場周縁部を制圧していることには何ら変わりがなく、間もなく劇場内への突入用意を完了させようとしていた。
(先ほど北と西の用意も整ったとの連絡があったし、後は南口……か……)
南口における与野党連合は、どうにかその敷地内への侵入には成功したものの、強固に構築されたバリケードによって建物内への突入は未だにできないでいた。しかも、南口へ至る一層の通路や、二層から繋がる階段についても同じくバリケードが張られ、この部分だけ与野党連合は一切立ち入ることができないでいた。
(まあ、別にここを必ず押さえなければならない訳でもないしな……。南は二層以上から侵入を図れば良いか。最悪、南以外からでも大きな問題は無いだろうしな)
そんなことを思っていると、ファーカイトのもとに再び無線が入ってきた。かなり要領を得ないもので、彼は困惑を隠せなかったが、要するに、もう南口の制圧は無駄に損害が拡大するばかりでほとんど不可能である、したがってその攻略の放棄を提案する、というものであった。指揮官であるファーカイトにとってもその提案は願ってもいないものであったため、すぐに了承し、間もなく開始される劇場内突入作戦への参加を命令した。
(さて、用意は整ってきただろうか。そろそろ司令部に連絡を入れておくとするか)
彼は再び無線機を手に取った。
「応答せよ、応答せよ! こちら労働者戦闘集団! 劇場内突入の準備は完了した! 突入命令を求む! ……司令部、応答せよ!」
「繋がらないのですか?」
「ああ、まったく繋がらん! ったくどうなっているんだ! まもなく最後の攻撃であるというのに……。おい! お前の無線機でもダメか?」
「はい、まったく繋がりません。延々とノイズが続くだけです」
「いったい何だというのだ!」
北口にて、労働者戦闘集団の指揮を執るネティーク=ハルトンは、突然の司令部との通信途絶に戸惑いを隠せずにいた。
つい数分前までは、特に問題なく通信ができていたのに、なんの前触れもなくこれができなくなったのであるから、当たり前と言えば当たり前なのだが、無線を使った作戦にあまり慣れていないネティークをはじめとする戦闘集団は、今や軽い恐慌状態に陥っていた。
「と、とにかく、今は作戦を実行することの方が大切だ! 誰か、自由同盟の連中と連絡を取ってきてくれ。こっちは準備が整った、いつ攻撃をするのか、と聞いて来るんだ。分かったな?」
「はっ!」
そう言って、近くにいた兵士が走り去っていった。
「まあいいさ。何にしろこの戦いは終わるんだ。それまでの辛抱だ」
ネティークは、そう言いながら、イラついたように足を踏み鳴らした。
「おい、そっちのはどうだ? ……だめか。お前のは?」
「こっちもダメみたいです」
「うむ……。これほどたくさんの無線機が同時に壊れるだなんてことはあまり考えられないな……」
「ええ。そうだとすれば……」
「恐らく、司令部の側で何かあったのだろう。だとすると、少し困ったことになったな」
テープ=ファーカイトはそう言ってため息を吐いた。
指揮系統に共通性がほとんどない準軍事組織を無理に統合するのは無駄なコストがかかる、ということで設置されることになった総司令部は、これまでの作戦遂行において順調に機能を果たしていた。各組織とも、総司令部の命令に従い、この巨大な大劇場の制圧をどうにか進めることに成功していた。
しかし、当然といえば当然であるのだが、総司令部に異変があれば、各組織間に何らの連絡手段も用意されていないがために作戦の遂行に大きな障害が生じるのは火を見るよりも明らかであった。事前にそのような事態も想定し、わざわざ総司令部を山奥に設置して、警備のために兵を割いたのだが、そのような対策はうまく機能することがなかったようであった。お互いに有する無線機で通信することも、組織ごとに使っているものの会社が違うとか何とかという理由で実現に至っていなかった。
「まあともかく、戦闘集団らと連絡がつきさえすれば良いのだ。おい君、ひとっ走り行って連中と連絡を取ってきてもらえないか? 攻撃のタイミングを聞いてきてくれ」
「はい!」
テープの傍らにいた男が、小走りで通路を走り始めた。
「最悪、単独での攻撃も考えなければならないのでしょうか?」
「うむ、まあ最悪そうなるだろうが、なるべく避けたいところだな。敵も相当の損害が生じているはずだが、まだ少なくない数の防衛隊員が劇場への通路で待ち構えているようだし。窮鼠猫を噛むではないが、こちらにも小さくない損害が生じかねん。もうこれ以上の犠牲はなかなか許容できないからな」
「なるほど……」
「今はとりあえず、連絡を待つほかないだろうな」
「ぐわっ!」
「なに……っ」
「とっとと逝きなさいな!」
「失せろ、クソども!」
何処からともなく現れた二人の悪鬼の如き射撃と斬撃により、二人の兵士はなす術もなく物言わぬ物体へと変わっていった。
悪鬼、もといファーナリアとグローヴィアは、それぞれ機銃部隊の撃滅と、西側周縁部での戦闘集団兵士との激しい戦闘を終えて、どうにか再会を果たしていた。そして、既に劇場周縁部はほとんど完全に制圧され、残すは六層の一部のみとなっている状況において、二人はどのような立ち回りをすべきか悩んでいたところで、不意に二人のいた廊下を走る兵士に出くわしたのであった。
「彼らは……何なんでしょ?」
「はてさて……。二人は別々の方向から走って来たのよね」
「それで、……二人とも制服が違いますぅ!」
「ということは……」
「ということは……?」
「「…………分からない」」
二人はその後も少しの間考えてみたのだが、結果は変わらなかった。
「とりあえず、間もなく劇場に総攻撃があるってことは確からしいみたい」
「だったら、各入口の状況でも確認しに行きますかねぇ」
「そう、ね……。ここまでくるともう二人でどうこうできる状況でもないし」
そういうわけで、二人はとりあえず最寄りの劇場への入口へと向かった。途中、先ほどの兵士と同様に、何処かへと走っていく兵士に何回も出くわしたが、その度に特に苦労することなくあの世へと送り出したのであった。
「当たり前だけど、結構兵士が多いわね」
「そうですねぇ。でも、皆武器らしい武器は持っていませんでした」
「確かに。精々護身用っぽい拳銃くらいしか持っていなかったような」
「そうすると、何のために走っていたのでしょうかぁ?」
「戦闘でないとすると……連絡とか?」
「連絡なら無線でやるんじゃ……? 自由同盟と戦闘集団は直接連絡を取っていないみたいですけど、総司令部を介して間接的には取っているだろうし」
「まあ……そうかな……。あれ、でもクロちゃん、昨日……だか今日に、総司令部は襲撃される予定だとか何とか言っていなかったかしら?」
思い出したように、ファーナリアは言う。因みに今二人は、最寄りの入り口近くに来たものの兵士が予想外に集結しているのをみて、いったん適当な物陰に隠れているところであった。自然と二人の声は小さいものとなる。
「え? ……あ。そうでしたぁ。予定ではもう総司令部を発見して襲撃している手筈になっているのですけれども。でも、敵が無線を使えていないということは、それに成功したとみて良いのかもしれませんねぇ」
「それで、連絡を相互に取るために兵士を走らせていた、ということか……。通りで、もう準備が整ってそうなのに総攻撃が始まっていないわけね。連絡が取れていたらとっくに攻撃が始まっておかしくないだろうし」
「ようやく謎が解けてすっきりですぅ。……あれでも、連絡が取れてしまったら、攻撃が始まるということでは……?」
「なら、私たちのやることは決まったわね。連絡用の兵士をできる限り潰して、なるべく敵の総攻撃を遅らせましょう」
「そうですね! ではいざ!」
そう言って、二人は再び走り始めた。
走り始めて数秒後、グローヴィアの持っていた無線機に連絡が入った。グローヴィアは走りながら、その音声を上手い具合に聞く。
『…………!』
「! ほんと!?」
「え? どうかしたの?」
『……………………!』
「了解!」
「なになに?」
「これはですねぇ……。勝ったな、ガハハッてやつです!」
「ほい、これで上がりだな」
「おい、マジかよ! ……ほらよ」
「へへ、毎度ー」
大劇場の敷地外。
戦闘に参加する必要がなくなった青年自由同盟所属の兵士は、怪我人救護のために忙しく働く一部の衛生兵を除き、その大半は暇な時間を過ごしていた。ある者は樹の根元で惰眠を貪り、ある者は無駄話に興じ、またある者は、この男たちのようにカードを用いた賭博に勤しんでいた。
「はあ、ここに来てからずっと負けてんな……。……なあ、ところでこの戦い、まだ終わらないのか?」
「俺に聞くなよ。まあでも、そろそろ終わるんじゃないか? ほら、敷地内にいた兵士もおとんどいない。みんな今頃劇場に突入しているんだろうさ」
「なるほどなー。まあ、ご苦労なことだよ。損な役回りだよなぁ」
「と言っても、あいつらが失敗したら、今度は俺たちだぜ? 面倒くさいなぁ」
「そっか。まあ、何とかなるだろうよ。……そう言えば、あいつまだ生きてるかな……」
「あいつ……って、あいつか。俺まだあいつに百ジルン貸したままなんだよな」
「百ならまだいいじゃねえか。俺なんか五百だぜ? 取りっぱぐれるのは嫌だなぁ」
「こっちだってやだわ。……そういえば、あっちの警備ってどうなってたっけ? もしかして、次の担当俺たちじゃなかった?」
「え、そうだっけ? いやでも、それなら連絡が来るだろうよ」
「それもそうか。来ないなら来ないでサボれるしな」
「…………随分と暇そうだな?」
男たちが与太話に花を咲かせていると、突然背の高い男が口を挟んできた。見覚えのない男の出現に、男二人は少し身構える。
「いや、今休憩中なもんで……。あ、もしかして交代か? 悪い悪い、今行く……っ!」
「おいどうした……っ?」
二人が立ち上がろうとすると、長身の男は両手に構えた拳銃を男二人の額に押し当ててきた。
「な、お前、何を!?」
「おい、こいつよく見たら俺たちの制服じゃねえ! こいつ、国民防衛隊の……!」
「ふん、流石に制服の見分け程度はつくらしいな? まあいい。警備があまりにザル過ぎて罠かと思ったが、どうやら本当に油断しているだけみたいだな」
「くそ!」
片方が、抵抗すべく腰にある拳銃を抜こうとしたが、すぐに指ごと吹き飛ばされた。
「ぐああああ!」
「動くなとは言っていないが、この状況で動いたらどうなるかくらい分かっているだろう? ……さあ諸君! 素敵なパーティーの始まりだ!」
怪訝な表情の二人は、すぐに驚愕する。気づけば、その周囲は国民防衛隊の兵士で埋め尽くされていたのだ。その数はもはや数えきれないほどであった。統一感のある真新しい制服を着た兵士たちが、整然と、敢然と敷地内へと侵入していった。
二丁拳銃を構える男の傍らにいた男が無線機に向かって叫んだ。
「こちら国民防衛隊増援部隊! ただいま到着しました! これより、攻撃を開始します!」
どんどんと遅くなってしまいすいません……。パソコンの調子が悪いのです……。長めに書いたので許して下さい……。
あと、少々忙しくなってしまいましたので、一週間ほど更新はお休みする予定です。もう少しですので、本当にもう少しですので、最後までお付き合いいただければ幸いです!
ちなみに、岸波とゴトランドは両方お迎えできました。




