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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第五十話 会場設営、です!

一六三一年五月三一日深夜、ツーリュック六世記念大劇場。


 現在の連合王国における建築技術の到達点と言えそうな、荘厳な建築物であった。その荘厳さや華麗さは、建築に造詣が深いわけではない俺にも何となく伝わってきたような気がした。なんというか、まだ完成したばかりだけど、後世まで残るシンボルになるぞ感が溢れているのだ。例えるならば、完成したばかりのコロッセオやパルテノン神殿を、現代人がタイムリープして観に行ったような、そんな感覚であった。名前になっているツーリュック六世というのが誰なのか俺には分からないが、きっと偉い人なんだろうな、と思わせるような雰囲気があった。


 そんな大劇場は、とは言ってもその立地が王都中心街からかなり離れているが故に、何かイベントがない限りはほとんど人気のない場所である。現に、俺たち国民運動の党員が来る前は、警備員か何かの人以外は人っ子一人いない、とても静かな所であった。


 しかし現在、そんな普段の静けさとは全く異なる怒号と喧騒が、この場所を支配していたのであった。


 もう少しで日付が変わろうとしている時間であるのにも関わらず、そのアリーナ型の劇場には大量の照明設備が備え付けられ、真昼のような明るさとなっていた。それ以外の部分にも、これでもかというくらいの照明から煌煌と光が生じ、夜なのか昼なのか分からない程であった。


 そんな劇場の至る所を人が行き交い、多くの物資を手に運び、様々な作業に追われていた。


 俺たち――俺とミュリア、そしてグローヴィア――は、作業の邪魔にならないように、そしてこれから行われる大仕事の前の最後の準備ということで、劇場内の小さな控室に詰めていた。


「この、新築の建物特有の匂いって良いですよねぇ」

「えー……、ちょっと私は無理かも……。何か頭がフラフラするというか……」

「人それぞれだよな、この匂いって。……ってそうじゃなくてだな!」

「もうここまできたらぶっつけでいくしかなくないですかぁ? 大体、九割方先生の落ち度ですよぉ」

「いやいや、いやいやいや、それならあのとき少しでも注意してくれれば良かったんだ! あのとき少しでも教えてくれれば、今頃はなんの心配もなく気楽に過ごせていたというに……」

「もう、そんなこと言っていたって仕方ないじゃないですか。今からでも少し考えておきましょうよ。幸いまだ時間はあるわけだし」


 ここにきて俺たちは、ある一つの小さな問題を抱えていた。


 問題と言っても、それはなんら複雑なものではない。問題点は至極簡単、単純明快なものである。

 

 つまり。

 

 演説用の原稿を何も考えていないのである。


 …………。


 もう何というか、八月三十一日どころではなく、九月一日の登校直前に、やってない宿題が大量にあるのに気づいた的な、締め切りが今日の正午までだと気づいた午前十一時三十分的な、そんな気分である。


 まだ演説開始まで半日程度あることが唯一の救いであったが、にしても、この希望から絶望への相転移は厳しいものがある。


「もう、さっさと考えてくださいよ。いつも通りで良いじゃないですか。いつも通りやれば問題は何もありません」

「いやでもな。あれ結構時間かけて考えているんだぞ? 練習も結構がっつりやっているし。準備が本当に大変なんだ。……いや、初回は違ったけども」


 初回は何故か神が宿ったかのような、悪魔が宿ったかのような感じで、体が勝手に動いたのだが、そうそう滅多に起こることでもなかった。ほとんどの回では、一生懸命に文面を考えて、必死に練習した結果、そこそこの出来になっていたのだった。


「はあ、誰か何とかしてくれないかな……」

「そんなこと言ったってどうにもなりませんよ」

「ダレカタスケテー」

「な、何言ってるんですかぁ?」

「……すまん。疲れているのかもしれない……。はあ、仕方ない、考えるとするか」


 そう言って俺が手近のペンを取ったところで、突然控室の扉が開いた。


「すいません、こちらがザーグハルト=ブライフ候補の控室と伺ったのですが……」


 聞き知った声とともに、見知った顔の淑女が部屋に入ってきた。


「……え? ファナ……ちゃん?」

「どうしてここに……?」

「え? いや、近い場所で演説会をなさるということで、少しでも手伝えれば良いかな、と思ったのですが……。ダメでしたか?」

「いやいや、ダメだなんてことは何もないが……」


 ファーナリアの唐突な出現に、俺たちはしばし呆然としていたのであった。




「以上が作戦の概要である! 質問はあるか?」

「ええ、これで特に問題は無いでしょう」


 王都を囲む山脈の何処かに設けられた山小屋。そこにひっそりと置かれていたのは、来るべき国民運動の大演説会を破綻に追い込むために集結した与野党の準軍事組織の統合指揮本部であった。各党の準軍事組織のトップが集結し、愚かにも開催を決定した国民運動に鉄槌を食らわせるための算段をしていた。


 今回、急遽同一の目的のために連合した彼らであったが、普段は常にお互いに衝突していた間柄であるが故に、一つの組織に統合することは不可能であった。そこで、各組織の指揮系統はそのままにして、その上位に新たに本部を置くことで、各部隊の有効な作戦行動を図ろうとしていたのであった。


 保守党の準軍事組織であり、準軍事組織の中でも最大の規模を有する青年自由同盟の委員長は、周囲の顔を見渡しながら、言葉を続けた。


「よし。具体的な作戦内容は、各組織に任せることにする。だが、今言い渡した作戦は必ず完遂するようにお願いしたい。


 ……では最後に、各組織の役割を確認する。


 まず劇場内への侵入は、我ら青年自由同盟と、労働者戦闘集団が担当する。我々が劇場の南口と東口から、戦闘集団が北口と西口から、各々劇場内に侵入し、敵を突破しつつ内部を目指す。その後は、市民を適宜拘束しつつ、ターゲットの捕縛若しくは射殺を遂行する。


 次に鉄剣団は、我らとともに侵入しつつ、電源設備の破壊を担当する。これはあくまで副次的目標であり、不可能と判断したら、我々とともに内部への突破を行ってもらう。


 人民救済戦線と赤色青年団は、劇場周縁部の各部制圧を担当する。周縁部は六層になっているから、作戦の時間をよく検討しておいてもらいたい。


 そして社会主義闘士同盟は、人民救済戦線らの周縁部制圧と同時に最上部へ展開し、内部を牽制してもらいたい。また、状況によってはターゲットの狙撃を依頼することもあるから、そのつもりでお願いしたい。


 ああ、また青年自由同盟と労働者戦闘集団のうちで任務を受けていない者は、また別の任務があるから、そのつもりでいるように言っておいてもらいたい。


 私からは以上だ。特に何もなければ、これより作戦を開始する。諸君、我が国の政治はこの戦いに掛かっている。心して作戦にあたってもらいたい」


「おう!」


 その後、そこに集まった人々は、何者の存在をも覆い隠す森の中へと消えていった。




「いやあ、それにしても本当に久しぶりだねぇ! 王都はどう? 変わってなぁい?」

「あはは、久しぶりと言っても一か月くらいですけどね。それくらいでは何も変わらないですよ」

「だよねぇ。はあ、いつになったら王都でのんびり暮らせるのかなぁ」

「とりあえずこの選挙が終わったらな」

「もう少しで投票日ですし、頑張っていきましょう!」


 そんなこんなで、しばらくの間、俺たち四人は久しぶりの再会ということで談笑タイムを楽しんでいた。積み上がった面倒な問題もしばらく忘れて、それはもうキャッキャウフフと無駄話に花を咲かせていた。


 どうして王都に戻ることになったのか、これまで何をしていたのか、少しだけ気になるところではあるが、恐らく家族に関係する大事なのだろうし、ここは聞かない方が無難だろうな。俺はそんなことを考えながら、手元に置かれた飲み物――流石にアルコールではない――を一口飲んだ。


「そう言えば、ファナちゃんは王都で何をしていたんですかぁ?」


 っておい! 何を聞いているんだお前は! 絶対それ聞いたらあかんやつだろ! 絶対気まずい雰囲気になるやつだろ!


「え? ああ、実はお父さ……お父様がちょっと倒れてしまって。その看病というか、お世話に戻っていたんです。まあ、看病とかはお手伝いさんが全部やってくれたから、私は偶にお見舞いに行くくらいだったけど。まあでもそのおかげで、色々お手伝いができたみたいだし、良かったかもしれませんね」


 ってお前も躊躇なく答えるんかい! 心配して損したわ! 


「……先生、どうかなされたんですか? 顔が少し赤いみたいですけれど……」

「い、いや、なんでもない。それで、お父上の容態はどうなんだ?」

「幸いなことに、回復に向かっております。ああでも、こうなってから少し思うところがあったようで、しばらくしたら社長を引退するかもしれない、と申していました。まだ分かりませんけど」


 あの時に会ったときは、結構元気そうだったのだがな。やはり大企業のトップというのは心労が絶えないのだろう。俺から言えることは特にないだろうな。


「そうだったのか。まあとにかく、帰ったらお大事にと伝えておいてくれ」

「はい。そう伝えておきます。……そう言えば、この周辺を一通り見てきましたが、準備は順調に進んでいるみたいですね」

「ああ、党員の皆が頑張ってくれているよ」

「防衛隊の方も、部隊配備を完成させつつあるみたいでぇす。装備も整っていますし、大概の攻撃になら耐えられると思いますよ」

「それは良かったです。私も、明日は特に用事がないので、微力ながらお手伝いさせて頂きたいと思います。……あ、今思い出しましたが、物資がまだ足りていないのではないかと思って、色々持って来ていたんでした。そこらへんにいた党員の方に頼んでおいたので、今頃運び込まれていると思います」

「おお、それは助かる! ちなみにどんな物を?」

「照明はわりと揃っているみたいだったので、音響設備ですね。また新製品が出たので持ってきてみました。あと、食料とか飲料ですかね。……ああ、それと発電機も一応持ってきました」

「本当ですか! 助かりました、ここの発電機、あまり性能が良くなかったので。ああ、だから今はしっかり照明設備が稼働しているんですね。さっきまでチカチカしていたのが、今はあんなに安定しています」


 この控室には窓があり、そこからアリーナ内の様子を一望することができるのだが、確かに先ほどまでは時たまチカチカと点滅していた照明が、今では途切れることなく光を放っていた。


「……って、先生! 結局一文字も考えていないじゃないですか!」

「うおっと! そうだった……。はあ……」


 いや、忘れていたわけではなく、敢えて触れないようにしていたのだが、気づかれてしまった以上向き合わざるを得なくなってしまった。はあ、面倒くさいのう……。


「あれ、もしかしてまだ明日の……というか今日の演説内容考えていないのですか?」

「……色々あってな。色々と……」

「例の脅迫ですか。まったくしょうもないことをする人たちもいたものですね。それも現職の政治家たちが……。まったく世も末、国も末です」

「まったくだよ」

「あ、……また思い出しましたが、何かに仕えるかもしれないと思って、演説文そのものではないのですが、主張したら良いかも、と思った内容をまとめていたものがありました。これなんですが……」


 そう言ってファーナリアは、持っていたバッグから何やら紙束を取り出し、俺に渡してきた。


「お役に立つかは分かりませんが、まあ見てみてください」


 俺は何の気なしに、それを読んでみた。

「…………!」


 再び、何かがビビッときた。そうこれは、初めて演説をする前の同じだ。こう、何時間でも、素晴らしい調子で素晴らしい雰囲気をまとった演説を打てるような、そんな感じだ。


 しばらくの間、夢うつつのようにそれを読んでいた俺だったが、ふと我に帰った。


「……悪いが、これをしばらく貸してもらえないか? 是非参考にさせてもらいたい」

「へ? あ、はい、もちろんです」


 その言葉を聞くと同時に、俺は酔っ払いか夢遊病者のように、控室の奥の仮眠室へと引っ込んでいったのだった。


イベントが忙しすぎて結局週明けになってしまいました。そして一切新規ドロがありません。助けてください。

……次こそ何とか週末くらいに挙げられたら、と思います。気長にお待ちください。


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