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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第五話 お逃げ下さい!

 若い兵士が叫んだ、その声とほぼ同時に、司令部の近くに複数の人がいるような、そんな気配がした。俺が椅子から立ち上がり、様子を見るべく外へ行こうとすると、少尉が凄い勢いで俺を引きずり倒した。


「な、何を……」

「伏せてっ!!」


 直後、耳をつんざくような凄まじい音が響き渡った。通信機器が粉々になり、テントを構成するそこそこ厚手の布は穴だらけになり、木製の折り畳み椅子は木片と化した。複数の足音が地面を踏みしめる音が近づいてくる。もう、すぐ傍にいるようだった。足音は俺の伏せている、その目の前までやって来た。真っ黒な軍靴が俺の顔の目の前にある。


「立てっ!」


 男の声が聞こえた。見上げると、カーキ色の軍服に身を包んだ兵士が、小銃を俺に突きつけつつ、殺気立った目で睨んでいた。一応少将である手前、少しは抵抗した方が良いのかと思ったが、銃を持った相手に抵抗する術を思いつくはずもなく、また特に少将であるプライドも無かったものの、せめて面倒くさそうに、渋々と立ち上がってやることにした。


「手を後ろに組めっ! ……お前もだ、そこの女!」

「……」


 グローヴィアも、特に抵抗することなく、俺と同じように手を後ろに組んだ。

 すると、入り口からこのお客さんたちのリーダーらしき、見るからに偉そうな男が入って来た。若干中年太り感があったが、それでも鋭い眼光に引き締まった体躯を持っているようであった。その足元には、先ほどの一斉射にやられたのであろう、先ほどの味方兵士が残骸となって転がっていた。俺はこみ上げる吐き気と胸糞悪さを必死でこらえつつ、その男を見据えた。


「ふん、やはり死にはしなかったか……。我々はパトリア社会主義人民共和国人民解放軍第三南方戦線第五軍隷下の第二独立任務大隊である。これより諸君らを連行する。来い!」


 ご丁寧に自己紹介までしてくれたが、あいにくと長すぎて途中から聞いていなかった。しかし、このクソッタレの御一行が生まれたての赤い国から来たことだけは辛うじて判明した。というか、人民解放軍ってなんだよ……。今いる世界には飽き足らず遂に異世界にまで中国人は移住してきているというのか? ……んなわけないか。


 しかし、このまま連れていかれるのはなかなか困るわけである。最悪処刑されかねないし、たとえ脱出できたとしても今の地位のままいられる保障はない。別に、俺としてはどんな形であれこの世界で生き残ってそのうち元いた世界に戻れれば問題ないのであるが、なるべくなら今の恐らく恵まれているであろう地位に留まっているべきだ。しかしまあ、どうしたものだろうか。


「おい! 何をやっている! 早く来い! ……おい軍曹! このノロマどもを直ちに連行しろ!」

「了解! おい、さっさとしないか!」


 軍曹と呼ばれた若い男が俺たちに再び突撃銃を向けた。今にも撃たれそうな気がして内心ではかなりビビっていた俺だったが、何とかこれを押さえつつ、さも余裕があるかのように表情を作った。


「そんなにギャンギャン吠えなくても聞こえている……。それにしても、武装もしてない俺たちには過剰過ぎではないか? 何人いるのだ、貴様ら」

「うるさいぞ! この作戦は失敗するわけにはいかんのだ! それを考えたら、これでも足りんくらいだ!」

「なかなかの評価だな。ありがたいことだ」

「そんなことはどうでも良い! いいから来るんだ! そこの女もいつまでじっとしている! とっととしろ! 撃ち殺すぞ! ……って、お、お前は……」


 軍曹はグローヴィアの顔を見ると、一瞬で顔を青ざめさせた。そして小刻みに体を震わせ始めた。異常に気付いた他の連中が少尉の顔を見ると、同じように恐怖と脅えで震え始めた。

 

 え? なに? この少尉様そんなすごい奴なのか? 確かに一目見て狂戦士感を感じ取った自分がいたけれど、そんなやばい奴なのか? 見た目ドジっ娘美少女だぞ? 


 ここからでは少尉の顔が見えず、何を考えているのか分からなかったが、もしこいつがそんなに凄い奴なら、この状況を打開することができるかもしれない。俺は何とか合図を送るべく、咳払いをしてみたり、指パッチンしてみたりした。しかし、少尉はこちらを振り向くことなく、ただ同じ態勢のまま虚空を見つめていた。


「ただいま戻りました。予想通り、護衛大隊詰所の方にも誰もおりませんでしたね。まったく、いったいどこで油を売っているのだか。……え? っ!」


 突然、テントの分厚い布をめくって中尉が帰って来た。中尉は司令部内の異様な状況に驚愕を隠せないようであったが、しかしその後の行動は素早かった。直ちに腰のホルスターにあった拳銃を抜き、俺の顔……のすぐ横に向けて銃撃を始めた。薬莢が地面に落ちる音と、人民解放軍と名乗っていた連中が次々と地面に斃れていく音がハーモニーのように混ざり合って俺の耳に響く。


 じっとしていた少尉も、中尉に応じるようにどこからか取り出した突撃銃を構えて、まだ生き残っていた兵士を残らず撃ち殺していく。拳銃と突撃銃の銃声と薬莢の落ちる音が、それだけが重なり合って響き渡った。


 生者が俺たち三人だけになった後、注意が焦ったように俺の腕を掴んだ。


「少将閣下! ……どうやら我々はまんまと嵌められたようです。敵は巧妙な手段を使って司令部周辺の警備体制を破綻させ、我々を殺害若しくは捕縛する計画だったのでしょう。ここまで狡猾な敵がこのまま我々を見逃すとは思えません。直ちにこの場からお逃げ下さい!」

「恐らく予備の部隊がもうすぐそこまで来ているはずです。……私が囮になり、敵をひきつけます! その隙にお逃げを! 少し行けば、味方がいるはずです!」

「お、おう……。わ、分かった!」


 そう言うや、中尉は掴んだ俺の腕を思い切り引っ張り、俺はテントから連れ出された。夕陽が俺の眼に突き刺さり、思わず眼を細めた。昼間に、俺が来たここに来た時にあれだけあった雲はいつの間にかどこかへ行ってしまったらしい。


「いたぞ! 護衛を殺せ! 少将は生きて捕縛だ!」

「ッチ! 失せろっ! クソども!」」

「敵は一人だ! 撃ち殺s」


 中尉が目にも止まらぬ速さで、それが当然のような、自然で軽快な動きで突撃銃を乱射し始めた。隊長と思しき男は仲間に声をかける間もなく首から上を失い、仲間たちも彼を追いかけて逝った。隊長の行くところにはどこまでもついて行く、上司への忠誠心の高い素晴らしい部隊と言うことができるだろう。


「おい! いたぞ! 十一小隊がやられた! 早くしr」


 中尉殿は人の話を聞くのが苦手なようだ。


「敵が多すぎる……。……少将! 私が敵をひきつけます! 貴方は早くここからお逃げ下さい! これを!」


 中尉は軍刀を俺に放り投げた。俺が何とか受け取ると、陽が沈むというのに元気いっぱいのお兄さんたちに鉛玉をプレゼントしてお休みさせつつ、中尉は叫んだ。


「遺憾ながら、それしか武器がありませんでした! しかし、閣下の腕であればきっと切り抜けられるはずです! さあ、行って!」

「逃がすな! 追え! 何としても捕らえるんd」

「とっとと逝け! クソ虫が!」


 中尉は情け容赦なく、無慈悲に、中年男性の上半身を粉砕し、周囲の、まだ少年かもしれない若者の左半身を穴だらけにしていった。


 俺は大急ぎで司令部から遠ざかった。辺りにはやはり人っ子一人いない。確か陣地に駐屯している部隊もいたはずなのだが。どこに行ったのだろうか。それにしても、同じようなテントがあっちこっちにあって今どこに向かっているのかも分からなくなっている。恐らく司令部からは離れているはずだが……。とにかく、一刻も早く味方と合流しないとやばいな。何しろ俺は今、軍刀しか持っていない。あいにく俺は剣道とかそういう武道をしていた経験もないし、ただ振り回すことしかできない。ライフルか何かを持った敵に見つかったらひとたまりもないのだ。


 俺はただひたすら走った。体力もない俺が出せる速さなんて高が知れているが、それでも頑張って走った。正直もう疲れたのだが、立ち止まった瞬間に敵に見つかる気しかしなくて立ち止まるに立ち止まれなかった。もう疲れて何が言いたいのか分からない。しかし俺はひたすら走った。


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