第四八話 脅迫状、です!
「ふう、久しぶりに一息ついた感あるな」
「そうですねぇ。なんだかんだで一日も休日ありませんでしたし」
「休日どころか自由時間もほとんど無かったですよね。まあ、一秒でも時間が惜しい今日この頃ですし、仕方ないと言えば仕方ないのですが……」
とある日の午後、俺たちは久しぶりに休日を楽しんでいた。別に各自過ごしても良かったのだが、久しぶりすぎる休みで何をすべきか分からぬ……という三人の総意の下に、とりあえず街中にあった喫茶店に来ていたのだった。
もう五月も今日で終わりという時期、それは即ち、投票日まで二週間を切ったという時期になって、ようやく休みが取れたというところに、俺たちの頑張りを感じ取ってもらいたいと、俺はこう思うのである。終わってしまった今では、喉元過ぎれば何とやらという感じで、なんか良い思い出だなと思ってしまうのだが、二、三週間前は本当に地獄であった。文字通り朝から晩まで、街頭での声掛けからビラ配り、演説原稿の準備に新聞用の記事作成、演説にラジオ収録、その他良く分からん雑務に次ぐ雑務といった仕事が詰まっており、ほとんど分単位のスケジュールをこなしていたのである。我ながらどうしてできたのか不思議に思っているのである。
「にしても、一応党首であるところの俺がこんなに働かないといけなかったのか……?」
俺がぼやくように言うと、ミュリアが元気な声で応える。
「これも支持を集めるためですよ! 派手な活動も大切ですが、それ以上に地道な活動こそが一票を集めるんです。それに、先生は演説文を考えるのもなかなか上手ですし。下手にスピーチライターなんかを雇うよりもコスパ良いと思うんです」
「そ、そうか……? まあ、大変なのはミュリアも同じか。いや、本当に感謝するよ」
「うぇ!? あ、ありがとう、ございます! 私は私にできることをやっただけですよ」
スケジュールをこなすのは確かに大変だったが、達成不可能なものではなかった。毎日毎日、やるべきことを的確にこなせるように、そんなスケジュールを組み立ててくれたのはミュリアであった。
「スケジュールだけじゃない。具体的な宣伝方法も、新しく党員となった子たちの指導やらも、何もかもやってもらっていたからな。感謝の言葉しかないよ」
「あ、あはは……、改めて言われると照れますね」
…………。
たしかに、改めて言葉に出してみるとなかなか恥ずかしいものがあった。今更ながら急に恥ずかしくなってきた。よくもこんな台詞がポンと出てきたものである。きっと急に休みをもらって気が動転しているのだろう。もう俺は立派なワーカーホリックおじさんだったというわけである。ああ辛い。
それはさておき、ミュリアの活躍は本当に目覚ましいものであった。
なんなら、俺のスケジュール管理などは片手間程度の仕事量だったのである。関係各所への根回しや、支持団体の確保など、俺の手が回らない分はミュリアが一人で片づけてくれたし、党組織の組織化も、各地域単位では行われていたとはいえ、全国組織としての体裁を整えてくれたのはミュリアであった。俺がいつかやらないと、と思っている間にいつの間にかやってくれていたのである。流石です、お姉さま! どころではなかった。
俺の軽い愚痴にも付き合ってくれたミュリアであったが、本来は俺が付き合ってやらねばならん気もしてきた。今度はそうしよう。
「……。…………?」
そんな心構えを抱いていると、グローヴィアが、私も褒めて褒めて! と言わんばかりに眼を輝かせてこちらを見つめていることに気づいた。もう恥ずかしくて照れくさいので勘弁して欲しいのであるが、まあ不平等だしなぁ、と思いつつ、眼を微妙に逸らしながら言葉をつなぐ。
「えと、その……、グローヴィアも例の部隊編成について色々やってもらっているようで何よりだ。まあ、使う機会がないのが一番良いのだが、何が起こるか分からん世の中だからな。君の役割は相当に重要だ。頑張ってくれよ?」
「もちろんです! もうそろそろできあがると思うので、期待して待っていてくださいね? ……あ、でも……」
「でも?」
「私、色んな所から人を集めてきたんですけど、最終的に集まったのって、……その、何と言うか……、あまり上品な連中ではないのです。それでも大丈夫かな、と……」
「ああ、そういうことか。まあ、しっかり働いてくれる人なら別にどんな感じでも大丈夫だと思うよ。……さて、せっかくの休みなんだし、仕事の話はこれくらいにしておこう。さっきから思っていたんだが、この紅茶美味しくないか?」
「ですよねぇ! なんだか身体の芯にまで染み込むような、深い味わいです」
「私も紅茶に造詣が深いわけではありませんが、この紅茶は素晴らしいと思います。なんて銘柄かしら……?」
そんな感じで、俺たちの午後のひと時は過ぎていったのであった。
ブライフ達の休日の三日ほど前。王都某所にある、そこそこの豪華さを誇るホテル。
その会議スペースには、国会に議席を有する与党、そして野党の代表者が一堂に会していた。各代表の周囲には、各々の有する準軍事組織の構成員が盾のように身構えており、会場は緊張に包まれていた。メディアには完全に非公開であり、この場所を嗅ぎ付けた記者は、黒服に身を包んだ男たちとの肉体言語を使った楽しい話し相手にさせられていた。
連合王国政界における、与党と野党の対立は凄まじいものがあった。何しろ、王政終結後まだそれほど時代を経ていない連合王国においては、民主主義的社会への移行が完全に済んでいるとは言い難い状況であったのだ。政党傘下の準軍事組織による他党への活動妨害が常に選挙結果に影響を及ぼす主因の一つとなっているほどであった。
野党の大多数が赤化し、資本主義と社会主義というイデオロギー対立が生じてからは、両者の闘争は警察であっても手を付けられない有様であった。
そんな両者が、今日、同じ場所で同じテーブルを囲うという状況が顕れたのは奇跡としか表現しようのない事態なのであった。お互いに警戒し合い、いつ武力衝突が始まってもおかしくない状況とは言え、今のところ代表者による話し合いができ得る状況であるだけで、もう表現しようのない事態なのであった。歴史的会議といっても何も差し支えない状況であった。
もちろん、与野党がそんな機会を持たざるを得なくなった原因が、国民運動の大躍進にあることは言うまでもない。
全員が席に着いたところで、保守党幹事長であるアルター=インダックが口火を切った。
「……既に用件の詳細は伝わっているだろうから、簡潔に述べる。調査結果に出ている通り、今回の総選挙は我が党及び中央同盟にとっても、そして野党の皆様にとっても厳しいものとなるのは明らかだ。……そこで、私は提案する。我々の間にある全ての遺恨は一時忘れ、我々のあるべき舞台を守るために手を握ることを。具体的には、我々の有する全ての組織の力を以て、我々に仇なす敵を撃滅することを、私は提案するのである」
複雑な表情のまま、幹事長はそう言った。
対立があり、巨大な準軍事組織を有する保守党ではあるが、自ら率先して妨害活動を行うことはない、という点に、彼らは自負を感じていた。相手の活動妨害を行うのはあくまで報復であり、自らが勢力拡大のために活動妨害を行うことはないという、薄らとした、軽いと言えば軽い自負を、彼らは胸に抱いていた。それを、幹事長の提案は自ら破り捨てることになるのである。党の決定ではあるものの、アルターは未だ納得できずにいた。
中央同盟と、野党第一党である労働党の代表者もまた、あまりこの提案を快くは思っていないようだった。彼らもまた、強力な組織を有しているものの、それを積極的に使おうとはしていない点で、保守党と同様であった。それと対照的に、社会民主党以下三党は、資本主義者と手を組むことに目を瞑る限りは、この提案に概ね同意するような素振りを見せていた。
長い間、会議場は各党の代表者とその補佐をする数人とのひそひそ話と、組織構成員同士のメンチの切り合い、定期的になされる幹事長の馬鹿に大きい咳払いが続いていたが、やがてひそひそ話が終わり、労働党の幹事長が立ち上がった。
「……我が国は、今のところ民主主義国だ。そのような国では、論戦でこそ国の代表を決めねばならん。そうであるならば、今あった提案のような暴力的手段に訴えることは避けるべきだ。…………しかし、もはやそのような悠長なことは言っていられない。政治を何も分かっていない素人連中が政権を執ることを避ける限りで、このような提案は受け入れざるを得ない。言わば、これは民主主義を守るための暴力であるのだ。そう考えるのであるから、我が党としては保守党の提案に賛成するものである」
分かりにくい上に欺瞞と詭弁に満ちた答弁だ、と思ったのだが、党内でそういうことに決まった以上逆らうわけにはいかなかった。労働党幹事長はゆっくりと椅子に座った。
「我々としては、資本主義者と手を組むことには強烈な抵抗がある。諸君らも同じだろう。しかし、目の前にいる更に巨大な敵に立ち向かうためには、そうでない敵と手を組むこともやむを得ない。今回の総選挙の限りで、その限りで我が党は保守党の提案に賛成する。そしてやると決まった以上は、徹底的に敵を叩き潰すつもりだ。そして……」
人民党書記局長は、社会民主党、そして国家人民連合の代表者の顔を順々に眺める。二人とも、大きく頭を縦に振った。
「他の二党も同じ意見である。つまり、野党としては保守党の提案に賛成するものである」
労働党幹事長は少しむっとした顔を浮かべたが、特に否定するところもないので何も言わなかった。アルターは満足そうに頷いた。
「…………我々としては、選挙に暴力が介在する事態は永久に禁止されねばならないと考えている。…………しかし、他の全ての党の総意がそうであるならば、我が党が敢えて反対するべき理由はない。野党諸君と手を組むことに抵抗がないわけではないが、この非常事態ではそうは言っていられない。我ら中央同盟もまた、提案に賛成する。我が党の全ての力を用いて、計画の達成に努めることにしよう」
中央同盟の代表者もまた、座ったままそう言った。
「そうすると、全ての政党の同意が得られたものということで良いかな?」
そう言ってアルターが立ち上がり、部屋を確認するように見渡す。いずれの代表者も軽く頷いていた。彼は、改めて満足そうに、そして安心したように頷く。
「では、これで決定したものとする。
次に具体的な実施方法であるが、基本的にはまず宣戦のための予告状を送り、相手の行動を牽制したい。その上で、相手がなおも行動を起こすようであれば、各自対抗措置を講じるものとする。分担は……」
正攻法での勝利を完全に諦め、悪魔と手を組んででも劇の舞台に立ち続けることを選んだ者たちの会合は、夜を徹して行われたのであった。
喫茶店でのひと時を過ごし、適当にショッピングを楽しんだ俺たち一行は、特にやることも無いな、ということでこの街、王都シュラインブルクでの拠点となっているホテルに戻ってきた。
丘の中腹とすその間くらいに建てられたこのホテルには、統一レグリア国民運動の選挙総本部兼臨時党本部が置かれており、党の幹部が多く集まっていた。誰一人分からなくてあたふたしていた俺だったが、不思議なことに、いやむしろ俺が党首であることを考えれば当然と言えば当然なのだが、幹部たちは全員俺のことを知っていた。一人一人と軽く挨拶を交わしつつ、ミュリア達と別れて部屋に戻ろうとしたその時、ホテルの入口の方で何やら大声で叫ぶ男の声が聞こえてきた。
「あれは……うちの党員のようですが、何かあったのでしょうか?」
ミュリアが不安そうな声で誰にともなく問いかける。
「何かの紙を持って叫んでいるようだが……。ちょっと行ってみるか」
「そうした方が良いかもしれませんねぇ……」
人混みをかき分けながら、渦中の男のところへ俺たちは走った。
「おい、君。何事だ? 何か起きたのか?」
俺が言うと、紙を持った男が息を切らしながら言った。
「あ、は、はい! これ、これを見てください! き、脅迫状です!」
「なんだと!」
周囲は再び騒然とした。俺は手渡された紙をひったくるように取り、中身を確認する。ミュリアとグローヴィアも覗き見るように紙を見ていた。
「なになに……」
紙には、なにやら長々と文章が書いてあったのだが、要約すれば、投票日まで、国民運動の全ての選挙活動を停止せよ、さもなくば、与野党の準軍事組織連合が、あらゆる手段を以て国民運動に対し攻撃を行う、というような内容であった。
「大変です! 他の支部からも、脅迫状が届いたとの情報が!」
「こっちもです!」
「すぐに全ての支部、事務所に脅迫状が届いていないか確認して! あと、党員とその関係者、候補者の安否も! 急いで!」
ミュリアが大声で叫ぶ。何の役職なのかは分からないが、恐らく結構な立場いるのだろうミュリアの声に、担当者はすぐに反応して確認作業のために受話器を握った。
「……これから緊急の対策会議を開くことにしよう。準備を頼めるか?」
「ええ、そのつもりです。……先生は、念のため部屋に戻っていてください。このホテルも絶対に安全とは言えませんし。グローヴィア、先生の部屋の警備、よろしく。あと、例の部隊の準備もお願いね?」
「あー、はい。了解、了解」
せっかくの休みが台無しになった感が否めないが、やむを得ないだろう。俺は微妙に肩を落としながら、グローヴィアと共に部屋へと戻って行った。
肩こりと頭痛ってすごい相関関係があるんですね。驚きました。
それと、スマホの容量を削減したらスマホがヌルヌル動くようになりました。感動的でしたね。
早く涼しくなると良いですね。それまで頑張りましょう。




