第四七話 反撃の狼煙? です!
「…………」
「…………」
「…………」
保守党本部、第八会議室。
今回の総選挙の選挙対策本部が置かれているこの会議室には、ラーヴァイズ首相をはじめとして保守党の主要メンバーがほぼ全員揃っていた。しかしその表情は皆一様に優れないものであった。
部屋の空気も最悪で、まだ通夜の方がマシかもしれない程の重さであった。
「…………どうしてこのような事態になったというのだ?」
首相がその重い口を開く。誰にともなく問いかけるが、その問いに進んで答える者は、答えられる者は誰一人としていなかった。首相もそのことに気づいたのか、視線を一人一人に移し、答えるべき者を探す。
「……なあ、フォール君? どうなんだ? 国防大臣としての見解は?」
死ぬほど嫌そうな顔をしつつも、フォールと呼ばれた壮年の国防大臣は、用意してきた紙を見つつ渋々答え始める。
面々は、ホッとしたような顔をしつつ、国防大臣を哀れむような眼で見つめる。
「…………、というように、情報伝達の不備が、非難声明の起案の遅れにつながり、そのために発表が遅れざるを得なくなったと、国防省としてはこのように考えている訳であります」
首相はしばらく黙ったまま、眼を閉じ、指で眉間を何度も叩いていたが、やがて眼を開き、苛立った声で言った。
「まあ、事情は理解した。しかしだな、非難声明の発表が遅れてしまったこと、このことは変えようのない事実なのだ。国民運動の連中は早速これをネタに各地で演説をぶち上げているし、国民の非難も増しつつある。そして何より……」
一旦言葉を切り、苦悶に満ちた表情で続ける。
「中央同盟までもが、我が党の唯一にして最重要の友党である中央同盟までもが、このことを捉えて公然と我が政権を、我が党を非難し始めている。これは非常に危険な兆候だ」
この事実はこの部屋にいる誰もが知っていた。そしてその事実が何を意味するのかも誰もが理解していた。
と言っても特に難しいことではない。要するに、保守党と、その友好関係にある連立与党の中央同盟とは、選挙においても強い協力関係にあるのだが、仮に関係が悪化して選挙協力を受けることができなくなれば、過半数の議席を有する保守党といえども足元を掬われ、議席を大きく失いかねない状況なのであった。
中央同盟の支持層は、国王を強く支持する、というより崇拝しているような有権者が大半であり、選挙等の政治活動は熱心に参加するとの特徴を有している。団結力、組織力も相当なものであり、党中央の命令に対して支持者はかなり忠実な動きをしているとされていた。
(中央同盟はかなり反共主義的だからな……。当たり前と言えば当たり前の反応だろう。しかし困ったことになった)
ラーヴァイズは思わず溜息を吐く。厳しい選挙戦になるということは重々承知の上であったが、下野の危機に瀕するとまでは流石に予想することができていなかった。仮に敗北を喫すれば、自己の責任を追及されることはほぼ確実であった。そうなれば、今まで築き上げてきた政治家としてのキャリアへの影響もはかりしれない。
(くっ、こんな事態になったのは全て奴らのせいだ! まったく余計なことをしてくれたもんだ……)
統一レグリア国民運動。この政党の出現が、ぬるま湯のような予定調和の中にあった連合王国政界を大嵐の中に叩き落したのであった。彼らの宣伝戦略はこれまでにないものであった。とてつもない短期間で支持を大幅に伸ばしており、その勢いを止めることはほとんど不可能と言っても良いくらいであった。このままでは、本当に彼らに政権を奪われかねない。そんな危機感をラーヴァイズは、否、全ての保守党幹部は覚えていた。余計な時期に面倒事を起こした人民共和国も憎たらしいのだが、それはあまり問題ではなかった。
「……政権は、我が党は、危機的な状況にある。このような困難な状況を打開するためには、まず人民共和国の侵略について何とか対応策を取らなければならない。閣内においても議論は行っているが、なかなか結論が出ない。そこで今日は皆さんの知恵を借りたい。誰か良い案はないか?」
再び並ぶ顔を見渡す。今度はポツリポツリと意見が出てきた。とはいえ、どれもほとんど意味のないものであったり、実効性に欠けるものであったりと、建設的な議論とはならなかった。
(そうそう上手い案なんて出るはずもないか。仕方ないか……)
結論が出ないまま、何となく話し合いは終わりへと向かっていった。
「……そういえば、あの、何と言ったかな? 王都第五区で出ているうちの候補……」
「……あー、ハルバイト何とかいう奴ですか? あれは……、確かインダック幹事長のところでしたよね?」
「そうだ……。これに関してはその……遺憾に思っているよ。いや申し訳ない」
そう言って、これまでに外務大臣や内務大臣、そして首相も務め、現在は保守党幹事長として辣腕を振るってきたアルター=インダックは深々と頭を下げた。
ハルバイト何とか、もといハルバイト=ネピチェは、今回の選挙で保守党から出馬することになった新人候補である。と、それだけであれば特に問題は無いのだが、それだけでないからこそ、この者を公認候補と認めてしまった、元首相であり、今も党幹事長という要職につく重鎮が頭を下げることになったのである。
容姿端麗、年齢も若く、行動力もあり、誰もが好印象を抱くであろうこの新人候補の問題は、一言で言えば出馬する政党を間違えたという点にある。というのも彼の主張は、人民共和国との国交樹立に加えて大企業の国有化や私有財産の大幅な制限など、どう考えても容共的、というより社会民主党や国家人民連合などの社会主義政党の主張そのものであったのである。大筋で反共であり、人民共和国とは安易な妥協をせずに対抗すべきとの意見でまとまっている保守党の中で、ハルバイトの主張はまったく異質であり、異物そのものであった。
更に悪いことに、ハルバイトは相当のカリスマ性を持っており、これにあやかろうと党の現役議員までもが彼の主張に同調し始めていた。そして保守党執行部がこの問題への対処を検討し始める頃には、党内で確固たる一勢力となってしまっていた。
「我が党にこれほど間抜けな議員がいたことには驚きを隠せませんな。まったく世も末と言ったところだ」
「…………本当に、世も末、我が党も末なのかもしれんな。……何でも良いから対策を考えねばならん。この際、全てのこだわりはなくすべきだろう。選り好みせず、どんなことでも良いから、皆には考えを出してもらいたい。頼む!」
ラーヴァイズは、そう強い口調で党幹部たちに要請した。幹部たちは、再び頭の中で考えを巡らせ始めるのであった。
「……今配布した資料をご覧いただければ分かるように、我々野党は、今回の選挙で極めて厳しい立場に立たされている。我ら四党のいずれもが現有議席を守ることができず、少なくとも半分程度にまで議席が減るとの予想が出ている。もちろん、このような結果の通りになると決まったわけではない。しかし、このような結果の通りになる可能性は決して低くはない」
労働党本部、第二十一会議室。
ある調査会社によってなされた世論調査の結果を受けて、連合王国議会に議席を有する野党四党が野党第一党である労働党本部へ集結していた。
結果は、控えめに言っても極めて衝撃的だった。政権与党である保守党が現有三二四議席から百二十議席と、破滅的大敗北を喫するとの予想を手始めに、労働党は現有一五六議席から八五議席へ、人民党は四四議席から十六議席へ、社会民主党は三一議席から十七議席へ、そして国家人民連合は九議席から五議席へ、各々減少するとの予想が報告書には記されていた。
「どうしてこうなったんでしょうなぁ。……いや、原因は明らかではありますが」
与野党を壊滅させる政党、それは報告書を読めば誰の目にも明らかであった。既存政党のいずれにも当たらない新しい政党、統一レグリア国民運動。これまで一議席も有することのなかったこの新党は、今回の選挙により三三〇議席を獲得するとの予想が出ていた。
「保守党政権が崩壊するのは喜ばしいことではあるが、二か月くらい前までは名前も知らなかった政党に政権を奪われるのも腹立たしいものがあるな。まったく、連中はどんな手を使ったというんだろう」
「それが分かれば苦労せんわ。聞くところによれば、ラジオ局だの新聞社だのを新しく作って、やたらと宣伝を行った効果が出たなんてことを聞くが、そんなことで支持を伸ばせるのか?」
「にわかには信じられませんが、現に彼らはそうやって支持を伸ばしているようじゃありませんか。いっそやりますか? 我々も?」
「そのような無様で卑劣な方法を用いることなど許されん! 我々は我々の思想を真摯に、慎重に人民へ浸透させねばならんのだ! やれラジオだの浮ついたもので支持を伸ばすなど、如何にも頭の軽いブルジョワの考えそうなことだ!」
そんな感じで侃々諤々、丁々発止の議論が続いていたところで、労働党委員長であるエルテスター=インザイトが立ち上がり、声を張り上げて言った。
「諸君、どうか聞いてくれ!」
「……?」
「我々四党は、確かに幾つかの点で異なる思想や主張を有している。この違いが簡単に埋まるなどとは私も思っていない」
意を決したように、彼は言葉を続ける。
「…………しかしだ。我々の、……我々の究極的な目標は本来同じであるはずだ。この国を理想的な共産主義社会へと変貌させる、その点においては我々は同志であるはずだ。そして今、我々のその究極的な目標の実現が危ぶまれようとしている。永久に潰えようとしている。そのような未来を避けるというこの一点においては、我々は協力できるはずだ。そうではないか?」
誰も言葉を発しはしない。しかし、その場にいる誰もが頷いている。
「であるとすれば、我々は協力する必要がある、と私は考える。このままでは我が党を含め、野党は破滅的危機に陥ることになる。国民運動などという訳の分からない素人集団に政権を譲り渡すわけにはいかないし、これ以上労働者を虐げる保守党政権を続けさせるわけにもいかない。私の案に賛成する者は?」
エルテスターは片手を天に挙げ、周囲の人間を見渡す。他党幹部は、少しの間様子を伺っていたが、やがて一人、また一人と手を挙げた。
全員が手を挙げたところで、エルテスターは安心したような表情を浮かべた。
「どうやら、我々の意思は同じのようだな。では早速、この状況を打破する方法を考えていこうではないか」
『国民運動、過半数獲得の勢い 政権交代確実か
王国日日新聞はニ十三日からニ十七日まで、六月十一日に投開票が行われる連合王国議会下院総選挙を前に臨時世論調査を実施し、その他の取材情報を加味して中盤情勢を探った。今回の総選挙を前に結成された統一レグリア国民運動は、その勢いに衰えが見えず、単独で過半数を超える三三〇議席を獲得する可能性がある。保守党は現有議席である三二四議席を大きく下回る百二十議席程度となる見通しで、壊滅的敗北を喫する可能性がある。野党四党も大幅に議席を減らし、合計でも一二三議席の獲得にとどまりそうである。また、無所属候補は健闘が見られ、最大二議席を獲得する可能性がある。
論説委員の解説
誰が今のこの状況を予測することができたのだろうか。
結成からまだ日の浅い国民運動は、間もなく息切れして勢いにも陰りが出るとの大方の予想に反して、公示日当初の勢いを更に増大させている。国民運動は、長期にわたって政権を担ってきた保守党及び、これに対峙してきた野党の持つ議席を大きく奪うことが確実視されており、同党が過半数を獲得する可能性すらも見えてきた。今回の総選挙の結果次第では、我が国の政治状況に大きな変化が生じるのかもしれない。
国民運動の選挙活動は、これまでの政党による選挙活動とは大きく異なる。同党の選挙活動の代表的な特徴としては、その独特な宣伝方法が挙げられるだろう。国民運動の党首であるザーグハルト=ブライフ氏自らが、全国を巡って演説を行う。演説には、最新鋭の音響設備が用いられ、党首から離れた位置で聴く人にも十分な迫力を持って言葉が伝わる。また、演説はラジオでも繰り返し放送される。ラジオを持っている国民であれば、彼の演説を聞いたことのない人はいないだろう。更に、演説にも種々の工夫がみられる。平易な言葉で伝えたい内容を繰り返し述べることで、全体を集中して聴かずともその主張を理解することができる。これら一つ一つの方法は、各党の広報担当者であればすぐに気付くことのできるものばかりである。しかしこれらの方法を全てまとめて用いることのできた政党は、国民運動が唯一である。まさに、目の付け所が他党とは違ったのだろう。
これらの宣伝方法により、多くの国民の耳目を集めたことは間違いない。しかしそれ以上に国民の支持を集めたのは、ブライフ氏の、過激ながらも注目すべき主張であろう。
ブライフ氏は、我が国の既存政党による政治を徹底的に批判する。保守党政権によってはもはや我が国の経済成長は果たせないとこき下ろし、また野党である社会主義政党によっては亡国の途を進むことになると断言する。その中で、国民運動のみが、我が国の閉塞状況を打破し、世界に冠たる国家を打ち建てることができると主張するのである。このような主張が、保守党政権による恩恵を受けていないと感じるものの、社会主義にも反感を抱く地方の国民の多大な支持につながっているのだろう。
しかし、国民運動には一つ弱点もある。それは、政治経験のなさだ。
国民運動は、新しい政党であるが故に未だほとんどの地方で党組織が完成していない。足りない人手は、大企業の手厚い支援を背景とする莫大な資金を用いてどうにか賄っているのであるが、いささか拙速感が否めず、地に足の着いた丁寧な活動にまでは至っていない状況である。また、国民運動の候補者も、そのほとんどが政治経験のない、いわば政治の素人である。与野党の一部議員が同党に入党しているものの、そもそも党首であるブライフ氏が現役の陸軍中将だ。既存政治の弊害を打破する点においては、既得権益とは無縁の人々が国民の代表となることはむしろ歓迎すべきこととも思える。しかし、政治の作法を何も知らない者たちが政治を担うことには一抹の不安もある。
今回の総選挙で突如新星のように現れた、統一レグリア国民運動。彼らによる政権交代の成否、及び仮に彼らが政権獲得をした場合の我が国の行く末には、関心が尽きることはないだろう。本誌は今後も、国民運動の主張やその実態を詳細に報道する予定である。
王国日日新聞 1631年5月28日』
まだまだ暑い日々が続くわけです。もう勘弁してもらいたいものです。ねえ?
そんなわけで、物語も最終盤へと突入して参りました。もう少しなので、できたら最後までお付き合いして頂ければ幸いです。頑張っていきましょう!




