第四一話 不穏な足音、です!?
「……まあというわけで、今度の演説では、保守党政権批判を中心に据えつつ、野党の怠慢と暴力性も訴えるような形が良いと思います。でも、資本家批判と共産主義批判控えめな感じを忘れないようにしたいですね。……まあ、こんなところでしょうか」
「ふむふむ……。いや、ありがとう。大変ためになったよ。これを基に原稿を作ってみることにしよう。……おっと、もうこんな時間か」
なんやかんやで、ミュリア先生の特別講義が終わったのは午後七時半であった。もうかれこれ数時間、集中レッスンを受けていたことになる。流石の俺もかなり疲れてしまった。ミュリアもそこそこ疲労していたようだったが、一方で一仕事終えたぞといった表情をのぞかせていた。
「にしても、良く勉強しているんだなぁ。そういえば、大学は卒業しているんだったか?」
「え? …………ああ、はい、王都の方の大学を卒業していますよ。専攻は政治学でした。今話したことは、ほとんどそこで学んだことです」
「そうだったか。いや、本当に役に立ったよ。ありがとう」
「お役に立てて何よりです」
一瞬間があったような気がするが、どうしたのだろうか。何かやらかしたのだろうか? ……大丈夫だよな?
「そろそろあっちの方も一仕事ついただろうか? そしたら、慰労も兼ねて夕食会でもしたいな」
若干誤魔化すような感じになってしまったが、まあそんなことを気にするミュリアでもないだろう。それを証明するかのように、明るい表情で応えた。
「あ、良いですね! あっち見てきます」
「頼むよ。……何にしようかな?」
……。
…………。
………………。
…………。
……。
「では、今日も一日お疲れ様でした! かんぱーい!」
「乾杯!」
ということで、……なにがということなのかは分からないが、それはともかく、今日の夕食会は事務所でささやかに行うこととなってしまった。というのも、金曜日ということもあり、どこの酒場も予約が取れなかったのである。仕方がないので、酒屋やら乾物屋やらを色々巡って酒とつまみを買い集めてちょっとした酒盛りをすることにしたのであった。まあ、そこそこ盛り上がっているみたいだし、許してもらいたい。
乾物屋で買ってきた昆布――この世界、この国にもあったのである。結構美味しい――をもっちゃもっちゃと咀嚼していると、隣に座っていた大学生男子、……確かザンティ君だとか言った気がするが、その子が俺に話しかけてきた。
「……えーと、あの?」
「へ? どうかしたのか?」
「ああその、先生は統一レグリア国民運動の党首でいらっしゃるんですよね?」
「ああ、そういうことになっているよ。それが何か?」
「いやあ、政党党首の方と酒席を共にできるとは……と思いまして」
あはは、と笑いながら彼はそう言った。
「そう言ってもらえるとありがたいな。まあ、当選しなかったらただの政治団体の長ってだけになるのだけどな」
「そうならないためにも、我々は頑張ってお手伝いさせて頂きますよ。そういえば、先生はラジオ放送もされるんですよね?」
「そうだよ。来週あたりから順次流れる予定になっていたかな。良かったら聞いてみてくれ。……あまり自信はないが……」
「是非、聞かせてもらいますよ! ……それにしても、ラジオで選挙運動をするというのは盲点でしたね。まだ普及し始めとは言え、ラジオ放送を使ったのは先生が初めてじゃないですか?」
「うむ。そうだと思っているよ。まあ、金をごっそり持っていかれたけどな」
「ああ、やはり高いんですか。……失礼ながら、お金には余裕があるんですか?」
グイグイくるな、このお兄ちゃん。まあ勉強熱心で良いのだろう。やはり若者は、こういう風に積極的でなくてはならんな、うん。
…………、なんだかとても辛くなった。忘れよう。
「まあ、余裕はあるよ。そこそこの援助を受けているからな。このおかげで色々活動の幅を広げることができているんだ。有難いことだよ」
お金と言えば、俺は数日前に、暇が少しだけできたということで、銀行に足を運んだことがあった。ファーナリアからの手紙で順次選挙資金を俺の口座に振り込んでいるとのことだったので、その記帳をしておこうと思ったのである。
銀行員が何かを見ながら、少しだけ青ざめた表情で記帳をしているのを不思議そうな顔で俺が眺め、震える手で渡された通帳を何の気なしにパラパラとめくってみると、俺もまた見る見るうちに青ざめた。通帳を何度か落としそうになりながらもなんとかお預かり金額を見ると、そこには百万ジルンとの記載があった。それも、一つではない。一つ、二つ、三つ、四つ……合計で五つの百万ジルンが、通帳には記載されていた。いずれも名義は異なるものの、恐らく例の何とか委員会から振り込まれたものなのだろう。五回も誤振込があるとは思えないし。
要するに俺の口座には、合計五百万ジルンもの金が存在しているのである。比較はなかなか難しいが、大雑把に日本円に直すとするならば、およそ四十二から四十三億円程度であろうか。多分、そんな感じだと思う。もう、額が大きすぎて良く分からないな。実感を掴むことはできていない。
敢えて例えるとするならば、連合王国の戦闘機、名前は忘れたが、あれを五機から六機、あるいはもう少し買えるだけのお金になるのだろうか。正直、あの戦闘機の価格はよく覚えていないけれど。
しかし、この金額が俺の下に送られてきたというのは、俺にも少なからぬ期待と責任を負わされているということになるのだろう。
もちろん、何とか委員会が集めた金を俺に全て一度に送ってくるとも思えないし、これでもまだ一部なのだと思う。とはいえ、この金額だ。彼らはかなり本気で選挙戦を勝利する気なのかもしれない。頑張っていかないとな、と思ったのだった。
「しぇんしぇー、飲んでますかぁ?」
ふと傍らを見ると、泥酔具合の著しいグローヴィアが俺にしな垂れかかってきていた。俺は明後日の方角を向きながら、適当にいなす。
「あれれぇ? グラスが空ですよぉ。おーい、君、瓶持って来て!」
「いや、私はそんなに飲まないのだが……、まあいいか。……そう言えば、例の報告ってもうしたんだっけか?」
「報告ぅ? ……あ……」
グローヴィアが気まずそうな表情となり、動きが止まった。どうやらすっかりしっかり忘れていたらしい。全く、仕方のない奴だ。
例の報告と言うのは、まあ要するに俺たちがここでこんなことをしていますよ、これくらいのお金を使いましたよ、これからこんなことやりたいですよ、ということを、……そうだ、救国委員会だとかいう組織に伝達するものである。国民運動とこの委員会の関係はいまいち良く分からないのだが、ケルヴィン氏からこれだけはするようにとの言伝を賜ったので、まあ大切な事なのだろう。
確か、期限――と言っても厳守しなければならんということもないと思うが――は今日か明日だった気がする。それで、できれば今日中に出したいところだ、と今朝三人で話していた記憶がある。その時、グローヴィアに暇を見つけてやってくれるように頼んでおいたのだが、結局忘れてしまったようだった。
そんな彼女の様子が目に入ったのか、ミュリアがさり気なく近寄ってきて、俺に小声で事情を聞いてきた。かくかくしかじかとかいつまんで説明すると、呆れたような、申し訳なさそうな表情になった。
「あー、その、後で私が出しておきますね」
「そうか? ありがとう、じゃあ頼むよ」
「ううー、ごめんなさい……」
「気にしないで、クロちゃん。……ところで、報告ついでに色々とあちらにその、お伺いを立てておいた方が良いこともまとめて送る方が良いと思うのですが、どうでしょうか?」
ミュリアもまた、結構飲んでいたのだろうか、そこそこ酔いが回っているらしかった。しかし、まだ一応正気は保っているようだった。
「お伺いか……、確かに、いくつかあったな」
党首……というのか指導者と言うべきか分からないが、国民運動の一応トップであるところの俺であっても、全ての事項について勝手にやるのは色々と不都合が生じるというものだろう。やはり、事前であれ事後であれ、報告を入れておくのは後々に角が立たないようにするという意味でも大切な気がする。
「まずは……、まあ一応ラジオ放送の件かな?」
「うーん、特に問題ない気もしますが、念のため、ですかね」
「あ。あのー、例の、護衛のための組織についても、まだどうなるか分からないですけど、一応報告しといた方が良い気がしますぅ……。……頭痛い……」
「大丈夫か? ……まあ、そうだな。詳細はぼかしておくとしても、概略ぐらいは報告すべきだろう」
これまで決まったことはこんなところだろうか? でも、ついでだしもう少し色々言ってみたい気もする。やっぱり党首だしな、色々言ってみてもいいんじゃないかな?
とか何とか、アルコールでボーっとする頭でふわふわと考えてみる。
「ああ、そういえば、なんだかんだでここの皆ってもう党員みたいな扱いになっているよな? ……あれ、そんな感じで良いのかな?」
その言葉を聞きつけた、大学生女子……というより女子大生であるところのフォーラさんがバカにでかい声で言った。
「そんな感じで、いいと思います! ね、みんな?」
「おー!」
大学生の飲み会のノリで決めて良いのかという点については疑問が生じ得るところではあるが、まあいいか。別に入ったら脱退できませんなんて決まりはないだろうし。
「……とすると、……あれだ、まあもちろん良いんだろうが、こちらでガンガン党員の獲得に勤しんで良いのかというのも、まあ、確認みたいな感じで一声かけておいた方が良いのかな」
「そう、……ですね。ほんの少し触れておこうと思います」
「あとは…………」
その後の記憶が正直途切れ途切れで、何を話していたのか思い出すことができないのだが、夕食会という名の飲み会が解散となった後に、急いで書き終えたのだろう報告書兼確認書をミュリアから見せてもらったところによると、自前の移動手段として飛行機かヘリコプターを購入しても良いか否か、と独自に新聞社かラジオ局を設立しても良いものか否か、だとかいう事項が記載されていた。
控えめに言って意味の分からない仕上がりとなっていたが、まあどうせ一旦ファーナリアを介して何とか委員会に行くんだろうし、もう酔いが回ってフラフラだしということでこのまま出すことにした。
「こういう手紙って郵便局の窓口で預かってもらった方が良いんですかね……?」
「うーん。まあでもあれだ、ファーナリア宛にしてあるんだろう? その手紙自体が正式なものってわけでもないし、だったら、あの子が何とかしてくれるんじゃないかな? 分からんけど」
「えーと、まあ、そうですよねー。ファナちゃん優秀だし、きっと何とかかんとかしてくれますよね。んじゃあ、行ってきまーす」
「気をつけてなー。ここら辺まあまあ物騒らしいし」
「いってらっしゃーい。そして、お休みなさーい……」
そんな感じで、俺たちはミュリアを見送った。もう泥酔状態と言っても良いくらいな気がするが、まあ郵便ポストはここからそれほど遠くないところにあったような覚えがあるし、問題は無いだろう。
というか、もう頭痛すぎるし、今夜はさっさと寝ることにしよう。ミュリアは確か鍵も持っていたよな……。
そんなことを考えているうちに、俺はグローヴィアの後を追うように、倒れるように夢の世界へと旅立った。
「目標、地点γに接近中」
『了解、これより行動を開始する』
リモ・トルト某所。
複数の男たちが路地裏に潜み、不審な動きを見せていた。各々が与えられた命令を忠実にこなし、確実に計画が遂行されようとしている。如何なる者も、彼らの行動を妨げることはできない。
『! 目標、視認! 事前情報通り、目標は極度の泥酔状態にあります』
「予想通りだな。よし、それではとっとと仕事を終わらせよう」
『は! これより目標の確保に移る! 行くぞ!』
少し離れたところで、小さな、しかし複数の足音が響いた。
(悲鳴でも上げられたら厄介だが……)
今のところ、足音以外に聞こえてくる音は存在しない。リーダーと思しき男は、祈るように成功報告が耳元でなされるのを待った。
ほんの少し、しかしその男にとって、否、男たちの誰にとっても永遠のような時間の後、喧騒と呼べるほどのものでもないような何かが、波のように路地裏に広がる。男は通信機から流れてくる声を今か今かと待ち構える。
そして。
『目標、捕捉成功! これよりそちらに向かいます』
「良くやった! だが急いでくれ、パトロールのサツが来たら台無しだ」
『はっ!』
リモ・トルトではまだ珍しいが、深夜である故に目立たない漆黒のバンが、男たちと目標である一人の女性を乗せ、いずこかへと消えていった。
微妙に話が動き出したところで恐縮ですが、都合により最低でも一週間、もしかしたら三週間ほどお休みする予定です。読んでくれている方がいたら、誠に申し訳ありません。できれば七月の最後辺りからまた再開できれば良いのですが、まだ分かりません。気長にお待ちいただければ大変幸いです。
熱中症等に十分注意して、頑張っていきましょう!




