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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第四話 特殊部隊です!

――

『後デネブラ歴1570年に刊行された〈世界文明共産化計画 エガルテ著〉は、当初こそ奇書扱いされるのみであったが、その精緻かつ巧妙と言わざるを得ない理論により発刊後数年で爆発的に普及し、全世界に共産主義運動を拡散させるに至った。そして、シヴィラール都市連合国との度重なる領土紛争により疲弊したデムージ王国において、1623年、遂に共産主義革命が勃発し、パトリア社会主義人民共和国が誕生するに至ったのである。

 これに触発されて、プロス=ティクム連合共和国内の共産主義過激派組織、プロスペラ人民戦線が蜂起した。当該組織はパトリアの強力な支援を受けていることが明白であり、その蜂起成功は連合共和国の主権に重大な危機を及ぼしかねず、ひいては我が国の安全保障をも破壊しかねない。貴師団の任務は、当該組織を完全に撃滅して連合共和国の主権を維持し、以て我が国の平和的な生存の権利を守ることにある』

――

 

 俺が読み始めた資料には、およそ数十頁にわたり、今行われている作戦の意義が延々と述べられていた。途中で飽きて読み飛ばした部分もあるが、大体以上のようなことが書いてあった気がする。なんか良く分からないが、要はその何とか人民戦線とか言うのを叩き潰せば良いってことだろう。やはり、何をすべきかが明白になると、気持ちも楽になるってもんだな。まあ、結局俺自身が何をすべきかは分からないのだが。


 他にもこの師団の編成やら所有兵器の諸元やらが事細かに書いてあったが、特に読む気も無かったので放っておいた。


 ……そうそう、案の定、書類に書いてある文字は今まで見たことない文字なのに、何故かすらすらと読むことができて、内容も一応頭に入ってきた。今でも不思議な感覚だが、この状況自体意味不明なのだし、特に気にしないことにした。


「それにしても、この師団も大変ですねぇ。あっちの戦場に派遣されたと思ったらすぐこっちの戦場に派遣されて。我が国の最精鋭部隊と言われている訳だし、当たり前と言えば当たり前ですが」


 ふと、グローヴィアが口を開いた。最精鋭部隊。やはりそうなのか。まあ、戦車が七百両も配備されているわけだし、当たり前と言えば当たり前だろう。詳しく記憶してはいないが、下手したら自衛隊の戦車配備数より多い気がする。流石に陸軍国家とは比較にならないだろうが。


「それは仕方のないことでしょう。こちらだって望んでそうしているわけではありませんし。任務は任務です」


 ファーナリアが何をいまさら、といった表情で言う。まあ、最精鋭部隊ならば当たり前ということだろう。


「それはそうだけど……。まったく、こちらの気にもなって欲しいものです!」

「文句ならあなたの上司に言いなさいな。我々の知ったことではないわ。ねえ、師団長閣下?」

「え? あー、そうだな。その通りだ」


 ちょっと話についていけなかったが、まあしょうがないか。おいおい分かるだろうし。


「少将までそんなこと言わなくてもいいじゃないですかー。まあ、その通りですけども」

「ちょっと、少将閣下でしょう? 言葉遣いに気を付けなさいな」

「少将は少将じゃないですかー」

「あなたと言う人は……。少しは礼儀と言うものを知りなさい」

「あーはいはい。閣下閣下かっかっかー」

「あなたには少し教育が必要のようね……」

「そんなことより、本当にこの司令部は人が少ないですね。さっきここに来たときは入り口に歩哨すらいませんでしたよ? いくら何でも警備ザル過ぎではないですか?」


 グローヴィアがあからさまに話を逸らしてきたことに、ファーナリアは軽く舌打ちをしつつ頷いた。


「そういえば、先ほどまでぞろぞろといた将校たちも、一人たりとも帰ってきませんね。まったくこの大変な時に何をしているんだか……。にしても、歩哨も居ないというのは気になりますね。司令部付大隊は何をしているのかしら?」

「そうだな。待っていればそのうち帰ってくると思っていたのだが。少し様子を見て来た方がいいかもしれないな」

「では、私が行って参りましょう。大隊詰所のほうを少し見てきます」

「いやいや、ここは私が行きます! パッと行って連れ戻してきますよ」

「あなたでは役者不足だわ。ここで大人しく待っていなさいな。……それに、あなたはここに来たばかりなのでしょう? この陣地の配置もまだ頭に入っていないでしょうし、時間の無駄よ」

「むむむ……。そ、そんなの、匂いと女の勘でどうとでもなります! ……少将閣下! どちらが適任だと思います!?」


 二人が俺の顔を刺すように見つめてきた。俺は若干顔を逸らして、照れで顔が赤くなるのを防ぐ。恐らく三、四十代位のおっさんがうら若き美少女たちに見つめられて顔を赤くしてたら、気持ち悪いとしか表現し難いし。


 ……どちらが適任て……、どっちでも良いんじゃないかな、知らんけど。しかし、これは俺が決めないとどうにもならないだろうしな。


「あー、じゃあグローヴ」

「ゲホッゲホッ」

「そのー、小」

「ゲフン、ゲフン」

「……」

「あら、どうかされましたか、師団長閣下?」

「いや、何でも……。じゃあ中尉、よろしく頼む」

「はい。すぐに戻って参ります」


 ファーナリアは忍者の如くにテントから消えた。残されたグローヴィアの瞳からはハイライトがお休みに入ったようだった。


「……なんで」

「? どうかしたか、少尉?」

「どうして、私では、ないのですか……? 何か……、私に落ち度でも……?」


 グローヴィアさんは、俺の肩をがっちりと掴み、揺さぶりながら、無表情で俺を見据えていた。その眼は完全に据わっていた。ハイライトさんはどこか遠くに旅行に行ったらしい。


「いや、その、えーっと……」

「……」


 グローヴィア様はなおも俺を見据える。肩を掴む力もなお強くなり、今にも肩が粉砕されそうだった。冗談ではなく、わりとマジで。


「あー、そのだな。君には……、いや貴方様におかれましては、この司令部にて私めの護衛等をして頂きたいな、と、こう思った次第でありまして。そのようなことから、貴方様にはこちらに居て頂きたいな、と、私は思うわけであります、はい」

「なーんだ、そういうことでしたか! 少将も人が悪いですね! お任せください! この司令部には蟻一匹通させません!」


 大魔王ですら裸足で逃げ出すんじゃないかレベルの眼光で俺を見つめていたグローヴィアは、それが夢か幻であるかのように明るく可愛らしい笑顔で俺に微笑みかけた。きっと、今のは夢だったんだ。白昼夢だったんだ。うん、そうに違いない。


「そ、そういえば、あちらからの砲撃音も止んだし、こちらからの砲撃もほとんど聞こえなくなったな。市街地制圧作戦も終わりが見え始めているのかもしれないな!」

「そうですね! そろそろ良い報告があるのかもしれません!」


 実際に、さっきまでやかましいほど聞こえていたこの陣地からの砲撃音は、今ではほとんど聞こえなくなっていた。あちらからの砲撃音も聞こえないということは、こちらの砲兵隊が敵の野砲を全て潰したということだろうか。だとしたら、市街地に突入した歩兵部隊も、悪くない戦果を挙げているのかもしれない。そう期待していいのだろうか。


 にしても、一応ここが師団の司令部なのだから、何かあればすぐに報告があっても良いはずなのに、作戦開始から一度たりとも報告がない。通信機器もしっかり準備して、良い報告を待っているのに、何もない。便りがないのは何とやらと言うが、報告はしっかりと上げてもらわないと困るのではないだろうか。機会があればびしっと言ってやるか。


 そんなことを考えていると、司令部テントの外から偵察大隊員を名乗る男がやって来た。グローヴィアに案内されて、テントの中に入って来た。まだ若そうな男は、若干怪訝そうな表情を浮かべつつも、報告を始めた。


「第三五六偵察大隊より師団司令部へ報告です。第十八歩兵連隊麾下第七歩兵大隊、ティエルザ市街へと進攻し、一六三〇を以て市街中心部に位置する市庁舎へと突入、これを制圧しました。人民戦線は未だに市街各所で散発的抵抗を続けているものの、同大隊が徐々にこれを殲滅しております。また、我が砲兵部隊の砲撃により、敵野砲隊は完全に崩壊しました。現在、敵残存部隊殲滅のため支援砲撃を行っております。……報告は以上であります」

「報告は確かに受け取った。下がって良いぞ」

「はっ!」


 男はきびきびと敬礼した後、足早にテントを去っていった。終始不思議そうな顔をしていたが、どうかしたのだろうか、彼は。納得いかないような、弛緩したような、そんな顔であった気がする。まあ、いいか。きっとお腹が痛かったんだろう。そうだろう。


 そういえば、せっかくこのテントにご立派な通信機があるのだから、これを使って報告してくれても良い気がするのだが……、と思っていると、ちょうど通信機からいくつかの報告が続けて流れてきた。どれもまあ予想通りの報告ばかりで、包囲していた敵部隊の進攻を阻止したとか、市街地の東部はほとんど制圧したとか、そんな感じであった。順調そうで何よりであった。


 突然この戦場に放り出された訳だが、これで一区切りつくということだろうか。終わったら色々とこの世界について調べてみないといけないな。……って、まだ終わってないのか。終わってないうちから終わったこと考えるなんてまんま死亡フラグだよな……。いかん、いかん。


 そう思ったのがいけなかったのかもしれない。いや、そもそも注意力が散漫であったのかもしれない。運が悪かったのかもしれない。何の理由も無かったのかもしれない。まあ、ともかく、この異世界であっても順調に見えるときほど悲劇が起こるのは俺のいた世界と変わらないようだった。


 唐突に、汗だくで、服もボロボロになった兵士が司令部に駆け込んできた。そこら中血だらけで、すぐにでも倒れそうであった。すぐに衛生兵を呼ぶべく少尉に声をかけたが、兵士はこれを拒否し、報告したいと言ってきた。ただ事ではないと思い、少し落ち着かせてから、兵士に報告をしてもらった。


「ご、ご報告、申し上げます……! 我が陣地付近、もうこのすぐそばに、……人民……の、特殊……」

「だ、大丈夫!? や、やっぱり衛生兵を呼んだ方が……」

「いえ……、もう、すぐそこに、敵が……敵が迫っております……」

「敵? しかし人民戦線はほぼ崩壊したのではないのか?」

「いえ、違う敵です! 人民解放軍の特殊部隊……パトリア社会主義人民共和国人民解放軍の特殊部隊です!」

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