第三七話 地道な活動、です!
『連合王国陸軍、ルスティクム共和国より撤退か
ルスティクム共和国に一年以上駐留を続けてきた連合王国陸軍部隊が、来月にも完全に撤退することが分かった。昨日、複数の政府関係者らが明らかにした。
撤退することが決定したのは、連合王国陸軍西部軍隷下の第九後方師団。同師団は、昨年十月から、同軍隷下の第一機甲師団と交代する形でルスティクム共和国への駐留を開始し、同国の復興や治安の安定化に努めてきた。
同国では以前から、共産主義過激派組織を始めとする武装組織の活動が活発であったため、ルスティクム共和国政府の要請を受けて、我が国はその鎮圧のために軍を派遣し、武装組織壊滅任務を遂行してきた。昨年九月には、大規模な武装組織であるプロスペラ人民戦線の本拠地となっていた同国中西部の都市ティエルザを制圧するなど、大きな戦果を挙げてきた。今回の撤退は、そうした我が国の、同国における活動の大きな区切りとなる。
既に現地では、第九師団の撤退に向けた準備が進んでおり、関係者によると、後二、三週間以内には同師団の全部隊が帰国する見通しとのことである。
しかし、懸念もある。現地の治安は未だ完全に安定化したとはいえず、同国の警察機構も盤石な状態とは言えない。複数の武装組織が同国に潜入を始めているとの現地報道もある。更に、同国と連合共和国を形成しているプロスペラ共和国に、パトリア人民解放軍が進駐を計画しているとの情報もある。同国の今後の情勢について、慎重に分析することが必要となろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
連合王国議会下院総選挙 あす公示
愛国主義戦線の武装蜂起などにより、実施が先送りとなっていた連合王国議会下院総選挙が、あす公示される。投票日も六月十一日に決定し、約一か月半にわたる選挙戦が始まることになる。
今回の総選挙では、下院の議席定数である六百議席に対して、約千四百人が立候補を行った。これは、現在の形での下院総選挙が開始されて以来最多の立候補者数となる。ニ十八日午後十一時時点の候補者の内訳は、保守党が三七〇人、中央同盟が四〇人、労働党が三二〇人、人民党が九五人、社会民主党が五〇人、国家人民連合が三〇人、統一レグリア国民運動が四七五人、無所属その他の候補が二五人。立候補はきょう深夜で締め切られる。
今回の選挙では、従来の与党保守党と野党労働党等の対決に加えて、財界の強力な支援を受けていると思われる統一レグリア国民運動が登場し、多数の候補者を擁立させており、三勢力による激しい選挙戦が予想されている。国民運動が、今回の選挙の台風の目となるのか、注目される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
王都西部、男性の遺体発見
二八日昼ごろ、シュタインブルク西部のバンボース区内の空き地で「人の遺体のようなものがある」と、通行人から王都警察に通報があった。警察官らが現場に駆け付けたところ、空き地に、身体を無数に切断された遺体が発見された。遺体は損傷が激しい上に衣服を身につけておらず、その他持ち物とみられる品も発見されなかった。警察は現場の詳しい実況見分を行う等の捜査を開始し、遺体の身元特定を急いでいる。
(王国日日新聞 1631年4月29日)』
恐怖の写真撮影会から一夜。俺は今日も街を歩き、まだ俺の写真が載っていないバージョンのポスターを貼ったり、通行人にビラを配るなどの活動を行っていた。まだ昼過ぎなのだが、俺の足は既に棒と化していた。
「ふう、ちょっと疲れてきましたねぇ」
「ええ。でも、もうひと踏ん張りです! 既にポスターは貼り終えましたし、後はこの残ったビラを配ってしまいましょう」
(……まだ百枚以上あるんだがなぁ。……しかも一人につき……)
そんなことを思いながら、俺は手元の紙束を見つめた。
元の世界の街では良く見かけたし、この世界でも偶に行われているビラ配りであるが、実際にやってみると、これがまたなかなか大変であった。自分もその一人なのだから何とも言えないが、ビラを受け取ってくれる人はこの世界でもあまり多くはない。政治活動の一環としてビラを配る人自体が皆無だったこともあるのかもしれないが、それにしてもビラを受け取ってくれる人は少ない。大抵の人は見て見ぬふりをして通り過ぎていく。最初のうちは、なかなか心が折れた。こう、俺が精いっぱいのコミュ力を振り絞ってかけた声が空を切り、差し出したビラを半ば避けるように過ぎ去っていく人を見送るのは、なかなか辛いものであった。だが、今となってはそれほど辛くはなくなった。慣れというのは素晴らしいものである。
しかし、そんな俺でもまだ慣れていないパターンが二つほどある。
一つ目は、ビラ配りをあからさまに無視するパターンだ。ビラを配る俺たちのことをみると、途端に方向を変えるか、変えきれないと分かるといかにも不愉快そうに、バツの悪そうにこちらと目線を合わせず、なるべく距離を空けて通り過ぎる、そんなパターンだ。こう、何とも言えない虚脱感と言うか、虚無感に陥るのである。おっさんやおばさん、お兄さんならそれほどでもないが、若めの女性にこれされるとそこそこ傷つく。
二つ目は、俺としてはこっちの方が若干辛さレベルが高いのであるが、ビラを覗き込んだり、俺に話しかけたりして、こちらに多少の興味を持つものの、結局それほど良い反応を示されないまま、ビラも受け取られないままに行ってしまうパターンだ。多少なりとも興味を持ってくれただけ有難くはあるのだが、ビラを受け取らずに行ってしまうと、こう、興味を持ったものの、こちらに魅力がないがために興味を失った感じがして、なんかあれなのだ。何より、手持ちもビラも減らないし。踏んだり蹴ったり感が凄いのである。
…………。
とまあ、愚痴タイムはこれぐらいにしておこう。
なんやかんやで、俺のビラ配りスキルも少しずつアップしたようで、一目見ただけでビラを受け取りそうか否かが判別できるようになってきた。これなら、もう一時間もしないうちに配り終える気がする。ミュリアとグローヴィアもそんな感じのようだ。
……まさか、このビラ配りスキルが俺の秘められたチートスキルだなんてことは……ないよな? ……ないよな?
……あまり言うとそうなってしまいかねない。俺は気分を変えるように頭を軽く振った。
「下院総選挙候補者、ザーグハルト=ブライフです。よろしくお願いいたします。本日は、立候補の御挨拶をさせて頂きたく、この場をお借りしております。ザーグハルト=ブライフと申します。よろしくお願いいたします……」
と、こんなことを大体五十回から百回ほど繰り返したところで、ビラを配り終えた。
他の二人もちょうど配り終えたようで、俺のところに集まってきた。
「おお、終わったようだな、二人とも。……さて、この後はどうするか」
「うーん。えーと、今日は特にもうやるべきことはないですね」
「マジですか!? じゃあ今日はもう終わりということで……」
グローヴィアが目を輝かせてそんなことを言った。確かに、今日は体力と精神力を削られた一日だったのだし、もう帰って寝るのもありかもしれない。お布団が俺を呼んでいる気がする。
そんな俺たちの気だるげな雰囲気を察したのか、ミュリアは発破をかけるように大きな声で、しかも俺たちの耳元で叫んだ。
「んもう! そんなことでは落選してしまいますよ! ここは少しでも住民の支持を集めていかないと!
明日はもう第一回目の演説会ですよ? この調子では人っ子一人いない独演会になってしまいます! そうですね、次は小学校と商店街に行ってみましょう。街の状況を知るとともに、少しでも多くの住民と触れ合っていくんです。派手な活動も大事ですが、こうした地道な活動も同じくらい重要です。さあ、行きましょう! ……クロちゃん! 露骨に嫌そうな顔しない! 先生も死んだ魚の目をしないでください!」
はーい……。
そんな感じで俺たちは歩き始めた。
普段は例の車――真っ黒なボディで結構かっこいい――で移動していたのだが、良く良く調べてみたら、俺たちの買った車は結構な高級車だったらしく、これを乗り回して選挙活動をするというのはどうだろうか、ということで、こうした住民との触れ合いのある場合は車を使わないことにしたのであった。それに、あのかっこいい黒塗りの高級車に、疲れた学生の乗った車が追突したら困るからね。仕方ないね。
「それにしても、昨日は本当に緊張しましたねぇ」
グローヴィアは、唐突にそう呟いた。
「そうだなー。あれほど緊張したことはあまりないな。作戦開始を宣言するときくらいなものだ」
「そんなに緊張したんですか……? まあでも、最初は怖かったですよね」
緊張と言えば、写真撮影の時も相当緊張していた俺であったが、その後の商工会議所での、この街の経済界の重鎮的ポジションにいる人達との面会もかなり緊張していた。黒いスーツをビシッと決めた複数のおっさんとおじいさんの前では、三十代の俺でも若造同然であった。
最初に若干どもってアワアワとしてしまい、彼らの失笑を買った俺であったが、それでもどうにか、夜なべしてでっち上げたとりあえずの政策理念的な、政治的ビジョン的なものをそれっぽく語ってみると、思いのほか彼らの関心・賛意を得ることができたように思う。……と信じたい。いや、俺が話し終えるとしっかり拍手してくれたし、一人一人握手もしてくれたのである。きっと悪くない感じであったのだと思いたいのである。ああそうだ。確か彼らに献金のお願いもしておいたし、明日か明後日くらいに振り込まれていたら本物だったということにしておこう。
「なんでしょうねぇ。やっぱり資本主義万歳! 共産主義に死を! 的なことを言っておいたのが効いたんですかねぇ」
「ええ、確かにそれは十分に可能性としてあるでしょうね。この国が万が一赤化したとしたら、彼らは真っ先に粛清されかねないでしょうし。それでなくとも、今までも社会民主党だか国家人民連合だかの下部組織に散々嫌がらせをされていたみたいですしねえ。まだ確かな支持を得られたとは言い難いですけれども、支持を得られる要素は十分にあると思います」
……あー、なるほど、つまり彼らはその二党ではないからあんなに支持を表明してくれたってだけで、必ずしも積極的に支持しているわけではないのか。まあ、そりゃあそうか。とはいえ、それならば少なくとも今後も消極的であれ継続的な支持を期待できはするのだろう。ひとまず、経済界とは良い関係を築けたということにしておくか。
そんな感じで雑談をしていると、まず小学校についた。この世界、この国、あるいはこの地域全てで一般的であるか否かは分からないが、少なくともこの小学校では、親御さんたちが、子供を送り迎えするスタイルのようだった。ちょうど学校が終わる時間だったようで、大勢の子供たちがぞろぞろと校門から出てきた。
「……みんな可愛いなあ」
みんな可愛い……。すごく……可愛い……。……大事な事なので二回言いました。
その、ロリコン的な意味ではなく、本当に可愛いのである。みんな将来への希望に満ち溢れた、天真爛漫で天衣無縫、純真、純情、天真、無心…………、もうなんか凄い光輝いているのである。俺はすくすくと育っていく孫を見ているおじいちゃんな気分であった。この世界ですら俺は三十代だし、元の世界でも、子供はおろか結婚もしていなかったが。
ところで、元の世界で、三十代とはいえ、そこそこの年齢の男性が子供可愛いなぁとか呟いたらそれだけで事案になりかねない訳だが、この世界では大丈夫だったのだろうか。俺は恐る恐る、隣に居たミュリアの顔を見つめた。ミュリアは俺の言葉に応えて、癒されるように呟いた。
「そうですね。みんなピカピカ輝いているようです」
……どうやらセーフだったらしい。穢れ一つない、清らかで無垢な、この素晴らしい世界に祝福を! なんつって。
「あの頃にもう一度、戻りたいですねぇ……。あの頃に、もう一度……」
確かに戻りたいな。ひたすら遊んでいられたあの頃に……。できればこの世界の子供に戻りたい。もう一度くらいおまけで転移……転生? しないものだろうか?
「……って、いやいや、感傷に浸っている場合ではないぞ! ここでこそ挨拶していかないと!」
そう俺が意気込むと、お母さんらしき女性が話しかけてきた。
「……もしかして、今度の選挙で立候補なさるとかいう方ですか……」
「あ、はい、そうです! ザーグハルト=ブライフと申します。よろしくお願いします」
「まあ、想像したよりも凛々しい方ね。何でも、新しい政党? から立候補されたとか? 頑張ってくださいね」
「あ、ありがとう、ございます!」
「ああ、あの人が新しい立候補者の……」
「結構若い人なのね……」
「良い人そうね~」
と、たちまち人垣ができた。ちょっと頭の処理が追いついていない俺であったが、どうやらもうそこそこの知名度を得ていたようだ。なら写真入りポスターとか作る必要なかったんじゃないかと思わないでもなかったが、まあ良いか。もう作ったし。
その後も、かぁいい小学生たちに囲まれてみたり、奥様方にサインや握手を求められたりして、多少は人気が出てきたんじゃないかと思い始めた俺であった。その後に行った商店街でもそこそこ認知されていて、商店のおっさんたちは、俺の肩を叩きながら、応援してるよ的なことを言ってくれた。
……若干ミュリアが不機嫌そうな表情であったのは、見なかったことにしておこう。……ちなみにグローヴィアは、商店街のおっさんたちのアイドルと化していた。まあ、普段は意識しないが凄い可愛いからな。必然と言って良いだろう。
そんな感じで、今日の業務は終了したのであった。
もう梅雨に入ったそうですね。毎日のジメジメ感が半端ないです。




