第三五話 目標設定、です!
「ふう、美味しかったですね!」
「はい、満腹、満腹、です」
「ボリュームもたっぷりだったし、値段もお手頃だし、大満足だな」
リモ・トルトの唯一の誇りらしい、やたらと美味い肉料理を堪能した俺たちは、ひとまず事務所へ戻ることにした。食べてすぐに歩いたせいで、脇腹が若干痛かったが、丁度よい眠気覚ましになっている気がした。
しかし、こうして歩いてみると、何もないと思っていたこの街にも、多少は魅力があるようにも思えてきた。建物は古めかしい石造りのものばかりだが、王都のそれよりも、何というか歴史が感じられる。恐らくこの世界基準でも悪くない雰囲気なのではないかと思う。それに、王都では少しずつ自動車が走り始めて、排気ガスが少しずつ気になり始めていた。しかしここでは、幸か不幸か自動車は影すらもなく、衰退しかけとは言えそこそこの規模の都市であるのに、空気は驚くほど良かった。
「ふう、今日も良い天気ですね」
「そうだな。空気も良いし、良い街だ」
「はい。若干ここに住んでも良いかなと思っている自分がいます。……ところで、クロちゃんへのお土産はこれで良かったんですかね?」
そう言いながら、ミュリアは事務所への道すがら、たまたま見つけたケーキ屋で買ったケーキの箱を見つめた。三人だけで肉料理店に行ったのは悪いな、ということで、いちごケーキやチーズケーキ、チョコケーキにモンブランなど、それらしいものを適当に選んで買ったのだった。
ちなみに、ケーキの種類には大して違いがなかった。二種類くらい、俺が見たことのないケーキがあったのだが、しかし多分、元の世界にもあったような気がしないでもなかった。スマホでもあればすぐに調べられるのだが、贅沢は言えない。
「ああ、確か好きなんだろう、ケーキが。喜ぶだろうさ。……にしても、クロちゃんて……」
「え? あの、前の飲み会で決めたじゃないですか。名前にさん付けで呼び合うのはやっぱり堅苦しくないかなー、お互いにあだ名とか付けたら良いんじゃないかなー、みたいな」
「そんな話したっけか……?」
「ええー? 覚えてないんですか? え、したよね、ファナちゃん?」
「うーん、あ、そういえばそんなことを言っていた気もしますね。私がファナちゃんとかで」
「グローヴィアちゃんがクロちゃん、私は……、あれ、なんだっけ?」
「ミュリちゃん? ……あ、違う。あれですよ、別に名前長いわけでもないし、ミュリアさんとかちゃんとかで良いんじゃないかしら、ということになったんでした、確か」
「あー、そう、だったかな。そんな感じです」
……まったく覚えていない。何の話だろうか。
ああ、そういえば、三軒目に入ったあたりで、俺は酔いが回りまくってほとんど眠っていたんだった。多分、そこで決まったんだろうな。
えーっと、ファーナリアがファナ、グローヴィアがクロ、ミュリアはミュリア……か。……いやでも、俺が使う必要はないか。今の俺は確か三十代前半だか後半だったはず。そんなおっさんが十代から二十代初めの少女……女性? に対してあだ名呼びするのもアレだしな。覚えておくだけにしておこう。
「あ、着きましたね。いやあ、結構歩きましたね」
「まあ、距離感もつかめて良かったと思います」
「そうだな。そういうことにしとこう」
そんな感じで事務所の扉を開けると、クロちゃん、もといグローヴィアが待ち構えたように椅子から立ち上がった。お客さんが来ていたらしく、湯呑やらが置いてあったが、既に帰ったようだった。
「中将閣下ぁ! ……もといブライフ様! ……さんの方が良いかな? まあそれはさておき、大変、たいへんなんです!」
そう言うと、テーブルに置いてあった手紙を掴み、俺の方に駆け寄ってきた。
「こんなものが事務所のポストにありました! この差出人、見てください!」
「なんだなんだ……?」
俺は、……自分で言うのもなんだが不思議そうな顔でその手紙の差出人を探した。
「えーと、差出人は、統一レグリア国民運動、最高顧問、ケルヴィン、ライデンシャフト……」
ケルヴィン……、てあれか、ファーナリアのお父さんか。最高顧問って肩書だったんだな。どうでも良いが。
「その、ケルヴィン氏からの手紙のようだな」
「ええ、そうです。きっと、何か大変なことが書いてあるんじゃないかと! こう、指令的な? 命令的な? あ、そうだ。ファナちゃんにも手紙来てたんだった。はい、これ」
「お父様から……?」
そんなわけで、しばしの手紙読みタイムに突入した俺たちであった。
「……では、今回も事前の打ち合わせ通りに票を配分するということで、異存はないな?」
「ああ、一議席ずつ確実に獲得することにしよう」
リモ・トルト某所。街から隠れるように存在する小さな建物の中で、社会民主党と国家人民連合の、同地区における選挙担当者が秘密の打ち合わせをしていた。
表向きは議席を争うような動きを見せる二党であったが、水面下でがっちりと手を組んで票の配分をしていることは、ほとんど公然の秘密と化していた。それは、この二党だけでなく、他の野党である人民党と労働党もまた同じであり、更にここリモ・トルトだけでなく他の選挙区であっても同じであった。
「しかし、今回は少々厄介な問題が生じているな」
「ああ。統一レグリア……、国民運動とか言ったか。連中もここで選挙活動をしているってことは……」
「そういうことなんだろうな。困ったことになった」
「で、どうするんだ? そちらとしては、何か行動を起こすのか?」
「ああ、青年団を動員することになっている。早ければ明後日にも実行に移すつもりだ。そちらはどうなんだ?」
「ああ。既に党中央にも話は通っている。すぐには無理だがいずれ可能になるだろう」
「我々だけでも恐らく問題は無いとは思うが、少し気がかりだ。念には念を入れていこう」
「ああ。任せてくれ。何か動きがあればまた」
「……えーっとだな。一旦整理しようか。これまでの情報を整理して、俺たちの達成すべき具体的な目標を、しっかりと策定することにしようじゃないか」
「そうですね、そうしましょう……」
「頭がパーになりそうですぅ」
「流石の私も混乱を隠しきれません。是非ともやりましょう」
ファナ父から唐突に送られてきた一通の手紙は、俺たちを混乱の極致へと誘うのに十分な威力を有していた。もう何が何だか分からなくなってしまったのである。例えて言うならば、そう、小学校の夏休みの終わる二日前に、自由研究と朝顔の観察日記をしていなかったことに気づいて目の前が真っ暗になった感じである。こう、一応他の計算ドリルとか読書感想文とかはやってあるのに、無駄に時間のかかるやつと毎日やらなきゃならないやつが残ってて死にたくなる、そんな感じである。全部やってなくてむしろ開き直れるあの感じではないことがポイントである。
……て、そんなことはどうでも良いのだ。夏休みの宿題とは違い、今は一歩間違えるだけで俺の持っている素晴らしいキャリアやら地位があっという間にパーになる。異世界に来てまでホームレスなどになりたいとは微塵も思わない。とにかく、やるしかない。
「まず、だ。改めて確認するが、ファナ父……もといケルヴィン氏から届いた手紙には、要するに、お前は党の代表だ、代表としては、ここリモ・トルトのみならず、全国で遊説を行い、党への指示を訴えてもらわなければならない、特に、王都は未だに保守党支持層が強固だ、ここを切り崩さなければ、国民運動は与党どころか野党第一党にすらなれない、是非ともここでの選挙運動は早めに済ませ、全国をあまねく回って欲しい……。こんなことが書いてあった。ここまではいいな?」
三人とも黙ってうなずいた。
「そうすると、だ。公示日は今週末で、あと六週間後に投票日が来るってことを考えると、できれば来週末、遅くとも再来週までには何とかしてここでの活動に区切りを付けなければならないんだと思う。つまり、来週若しくは再来週までに、私がこの選挙区で当選確実なくらいの票を集めなければならないんだ」
……自分で言っておいてなんだが、普通に無理ではないだろうか。この世界、というかこの国の選挙戦の仕組みは未だに掴めていないからなんだが、仮に元の世界と同じだとするならば、俺の目標は、地盤も、看板も、鞄も無いド新人が、わずか二週間足らずで現職を打倒して当選するというものになる。こんなことはほとんど絶望的と言っても良いだろう。無謀で無茶で、無鉄砲というものである。
「……やっぱり、無駄な時間は一秒たりともないみたいですね。これからはビシバシいかないと……」
「うぅ……、改めて言われると辛いものがありますぅ……」
「やるしかないですよ。やれることからやっていきましょう」
三人も、この状況を一応分かってくれているようだった。確かに、やれることは全てやらないといけないな。
「よし、なかなか困難なものではあるが、そんな感じで行こうと思う。そうすると、これを達成するために何をするか、だが……。……なんでも良い、何か案があるって奴はいるか?」
うーん、と唸る三人。俺も乏しい発想力を絞り、色々と案を練った。
「えーと、まあ特に変わったものではありませんが、やはりポスター貼りとチラシ配りはした方が良いんじゃないかと思います」
ミュリアが控えめな声でそう言った。
「まあ、確かにそうだな。他の党がやっていることを私たちだけしないというのもなんだしな。採用だな。他にないか? できるできないは後で考えるとして、今はとりあえずアイディアを出していこう」
再びシンキングタイムに入ったが、今度はすぐに、グローヴィアが元気よく手を挙げて言った。
「はいはい! 紙とかを貼ったり配ったりしても、皆は多分読んでくれない気がします。なので、ブライフさん自ら、街頭に立って、主張を述べてみるというのはどうでしょう? 街中で喋っている人がいたら、足を止めてくれる人もきっといるんじゃないかと思います!」
「あー、なるほど」
いわゆる街頭演説と言うやつだな。車の上とかミカン箱の上とかで、マイクを持ってやる例のあれだな。まあ、無難な方法だろう。
「それもありだな。多分、ケルヴィン氏もそういうことを私にやって欲しいんだろうし、良い練習にもなるだろう。それも採用だ」
「やったぁ!」
「この調子でいこう。他ないか?」
そろそろ俺も何か言わないとな。……と言っても、やっぱり思いつかないんだよな。
俺は、何かヒントがないかと、事務所の中を見回した。カレンダー、花瓶、飲み物、良く分からんガラクタ、紙束、電話……、電話?
電話掛けというのはどうだろうか? 元の世界の選挙でも、電話掛けは良く行われるものだ。どれほど効果があるのかは知らないが、多少の効果はあるかもしれない。
……いや、しかし……。
「なあ、電話……、って今どのくらい普及しているんだろうな?」
「電話ですか? わりと珍しいものだと思いますよ。お仕事とかで使っている所にはあるでしょうが、恐らく家庭にはほとんど出回っていないかと……」
「だよな。ありがとう。……どんどんアイディア出していこう」
そうだよな。この世界は、元の世界で言うところの多分1920年代から1930年代なんだよな。どんな先進国でも流石に各家庭に電話が普及しているってことはないよな。
後は、……さっき買ってきたケーキに、……早く食べないとな、……暇潰し用の本に、参考図書に、まだ開けてない段ボール箱に、ラジオに、……ラジオか。
ラジオ広告か。枠を買って、主張を電波に乗せて届けるというわけか。……費用はともかく、結構良いかもしれない。
「ラジオを使うとか、どうだろうか? 広告のような感じで、予め録音しておいた演説を、放送するというものだ」
「はぇー、良いかもしれないですね! そういうのは聞いたことがないですし!」
「私もありませんけど、凄く有効な気がします。……でも、お金がある程度かかるんでしょうね……」
そうだよな。広告料の相場など知るよしもないが、ワンコインでできるようなものでないことは明らかだろう。一応、俺にも使ってない給料が残っているわけだが、ここで全部つぎ込んでしまって良いものかと言うと、少し心配だ。
鞄……欲しいなぁ。
そんなことを思っていると、グローヴィアから貰った手紙を読んで若干放心状態であったファーナリアが正気に戻り、少し掠れた声で言った。
「……あ、……お金に関しては、特に問題は無いですよ。国民運動は、財界からはそこそこの支持を得ているので、献金とかが相当集まっています。……あの、私、私に言って下されば、すぐとはいきませんが、まあ用立てることができると思います」
あー、そういえば、ケルヴィン氏は何とか重工業の社長だとか言っていたな。それに何とか商会の代表なんだっけか。商会所属の企業から献金と言う形でお金が流れ込んでいるってわけか。
「そういうことなら、ラジオ広告もいけそうだな。……というか、お金の心配はもうしなくて良いということだろうか」
「そうなりそうですね。結構安心できますね、そうなると」
「よし、もっと挙げていこう!」
こんな調子で色々と案を挙げていった俺たちであった。
最終的に、既に採用されたポスター貼り、ビラ配り、街頭演説、ラジオ広告のほかに、週に一度、この街のどこかで行われる予定らしい各党候補者――と言っても、社会民主党と国家人民連合しかいないが――による合同演説会への参加と、各家への訪問、企業や団体への訪問といったことが決まったのであった。
(まだ何とも言えんが……、若干に希望くらいは見えてきたのかもしれない)
「これから忙しくなるな……」
「ええ。でも、面白くなってきそうです! 頑張りましょう!」
そんな感じで、俺たちは今後の具体的な予定を詰め始めたのであった。
少しお久しぶりになってしまいました。またしばらくは一週間更新できると思います。よろしくお願いします。
だんだん暑くなってきていますね……。体調管理にはくれぐれも気を付けていきましょう。
イベント辛いorz




