第三三話の二 決意の夜、です!
「選挙……て、あの選挙ですか?」
「……あの選挙がどの選挙のことを言っているのか分からないが、私が言っているのは、今年の六月に予定されている、王国議会下院選挙のことだ。君には、この選挙に出馬してもらいたい。そして、見事当選を果たしてほしい」
「は、はあ……」
俺の頭が処理落ちして真っ白になっていることを見抜いたのか、中尉のお父様は懇切丁寧に説明をしてくれた。
「そうだな。やはりこういうことは、初めからしっかりと話しておいた方が良いのかもしれないな。よし、では事のいきさつを、一つ一つ話していくことにしよう。そちらのお嬢様方も、ファーナリアも、しっかりと聞いていて欲しい」
ケルヴィン氏は、一旦言葉を区切り、俺たちの顔をゆっくりと見回し、それから話を始めた。
「君が先日、その制圧に成功した、例の愛国主義戦線だとか名乗るテロリストたちは、国王を擁立し、我が国を国王の専制国家へ仕立て上げようと画策していた。国王もまた、恐らくそれを望み、彼らに惜しみのない支援をしていたことも、そこの少尉殿の活躍によって概ね明らかになった。
彼らは、暴動、いや反乱と言う手段により、立憲君主制国家であり、民主主義国家である我が国を転覆し、絶対王政国家を復活させようとしていた。このようなことは全くもって許されないし、必ず滅ぼされなければならない。そのために、彼らは我が国により、諸君らの活躍により消滅した。
しかし、だ。そもそも彼らはなぜ、こんなことをしたのか。なぜ、国王は、斯様なテロリストどもを使ってでも自ら権力を手に入れんとしたのか。……真実は、彼らにしか分からないのだろう。しかし、彼らの目的は恐らくただ一つ、たった一つだけだったのだと考えている。……それが何か、分かるだろうか?」
再び俺たちの顔を見回した。すぐに話を始めるのかと思っていたが、どうやら答えて欲しかったらしい。三人とも俺の顔を見つめてきた。俺は仕方なく、その疑問に答えた。
「共産主義国家の打倒、共産主義への勝利……でしょうか?」
「その通りだ。
彼らの主張は論ずるに値しないものばかりであったが、その中で唯一つ、そして彼らの唯一の目的は、私のような企業人はもちろん、我が国に住まう全ての国民にとって、多少なりとも同意せざるを得ない、……いや、同意せねばならないものだった。我が国は、必ず共産主義者との戦いに勝利し、地上から彼らを抹殺しなければならない」
彼はここで少し言葉を切った。俺はともかくとして、他の三人が、程度の差はどうであれ、困惑した表情となったのに気づいたのだろう。多少教条的となった話を止め、少し考えながら話を始めた。
「まあその、要するに、我が国にとって、パトリア社会主義人民共和国と、これに付き従う国内外の共産主義者はかなり危険な存在だということだ。それは、既に彼らと矛を交えた諸君らであれば、多少は理解しているだろう。
それで、だ。こうした国家と組織に対しては、適切にして有効な政策を以てこれに立ち向かい、これを打倒されなければならない訳だ。こうした政策を、我が国の政府が、保守党政権がしかと立案し、実行しているのであれば、少なくとも企業人である私や私の同胞としては、特に言うべきことはない。私は私のすべき仕事に戻るし、諸君らにも頼み事をすことはなかっただろう。
しかし、残念なことに、政府は、保守党政権は、この恐るべき脅威に対して何ら政策を取らないばかりか、この脅威に気づきもしていないのだ。彼らは、驚くほど無能な野党との遊戯に夢中になり、本来なすべき仕事を果たすことがなくなった。だとすれば、私は、我々は、こうした事態をただ看過することなどできない。そう考えたんだ。
そこで我々、レグリア民族商工会……そして、レグリア救国委員会は、決意をした。即ち、これ以上保守党に我が国を任せることはできない、と。我ら自身の手で政権を獲得し、我ら自身が我が国を、資本主義と民主主義を守らなければならない、と。そう決意した。
そこで、白羽の矢が君に立ったんだ」
…………。
まあ、何となくこのおっさんの目的が分かったような気がする。要するに、今の保守党政権では、共産主義の脅威からこの国を守れない、だから、選挙に出て、政権を獲り、この国を守る手段を講じたい、と。それで選挙に出馬して欲しい、だなんていうわけか。
そういう主張をしているのが、レグリア……救国委員会と言う組織で、何とか商工会ってのは、それに同調する企業家の集まりってところだろうな。確かに、間違ってこの国が赤化したら、真っ先にそう言った人たちが粛清なりされる恐れがあるわけだしな。確かに自然な要求だろう。
だが。
一つ分からないことがあった。俺は、それを問いかけた。
「お話は良く分かりました。しかし、一つ分からないことがあります。なぜ、私なのでしょうか。なぜ、私が選挙に出馬しなければならないのでしょうか。私でなくとも、相応しい人材は幾らでもいるはずです」
「ああ、確かに、恐縮だが、君よりも政治力のある人間や、専門的知識を有する人間は少なからず存在するだろう。現に、我々はそういった者たちにも勧誘をして、その出馬を乞うている。しかし、君もまた、特に指導力や大胆な発想という点では、他の優秀な人材と肩を並べることのできる者だと私は確信している。そして何より……」
「何より……?」
「君は我が国でも相当に名声のある人間だ。そう言った者を中心に選挙を行えば、我々にも十分な勝機はある。既に、君を代表とする党組織は大体完成しているし、君が承諾してさえくれれば、我々の選挙戦は今日にでも始まることになる」
名声……? 俺にそんな名声なんてあったっけか? 確かに、新聞に一、二回載っていたのを見たことはあるが……。
「……って、ちょ、ちょっと待ってください! 私が代表? 代表とは、ど、どういうことですか!?」
「ああ、我々が選挙戦を遂行する上で必要な党組織の代表だ。統一レグリア国民運動という名前にした。君には、国民運動の代表として選挙を戦い、我が国の首相と、指導者となってもらうつもりだ」
首相……? 俺が……?
いやいやいやいや、…………いやいや。
もう何だか良く分からなくなってきた。どうして俺がこの国の指導者になんてならなければならないんだ? 確かに俺は、俺のために生きると決めたが、それと代表になるだの首相になるだのといった話とは全く違うはずだ。そうに決まっている。
……あれ、そうでもないか?
あー、もう駄目だ、頭が真っ白だ。何も考えがまとまらん。
「……その、……私は軍人です。私はこれまで軍人としてのみ生きてきて、軍人として連合王国にお仕えしてきました。今更これを辞して、政治家などになれるとは到底思えません」
「……? ああ、別に、辞めなくても何ら問題は無いと思うよ。いくら何でも、君にそこまでのリスクを負ってもらおうなどという虫の良い話をするつもりはない。是非とも、軍の仕事は続けてくれ給え」
「へ、いや、しかし、軍人が政治家を兼ねるというのは……」
あまり覚えていないが、シビリアンコントロール的な意味でまずいのではないだろうか?
「? 別に禁止されているわけではないし、兼職をしている者は、多くはないがいるだろう? 何がそんなに気になるんだ?」
「……いえ、特に気になったわけではありません」
……まあ、あっちとは歴史も文化も考え方も違うであろう異世界なんだし、問題ないというのならば良いか。こっちとしても、せっかく中将になったのに、これを手放すのは色々な意味で惜しい。……となると、べつに断る理由もなくなったわけか。
「では、……その、承知しました」
「おお! では、出馬してくれるのだな?」
「はい。微力ながら、貴方の目的の達成のために努力させていただきます」
「ありがとう! 本当にありがとう! ……はは、これで我が国も安泰のようだな。では、準備が色々と整い次第、君たちには向かってもらおう。リモ・トルトに」
「はあ、しかし辺鄙な所でしゅねぇ……。居酒屋が中心街に三軒しかないとはぁ。シュラインブルクが恋しいです……」
いつも以上に呂律の回らない舌で、グローヴィアは言った。
俺がファーナリアの父に言われてやってきたこの地方都市――都市と言えるかは怪しいが――は、予想よりも遥かに田舎であった。もう、ド田舎と言っても良いくらい辺鄙な所であった。街自体には人が少なからず居るものの、皆何をするでもなくブラブラとしており、活気のようなものは微塵も感じなかった。
「でもでも、お酒は美味しいですよ! このワイン最高です! あとこのお料理も! 私はここ、大好きです!」
「はぁい! この肉料理とかぁ、味付け最高ですぅ! 毎日でも食べられそう!」
ミュリアとグローヴィアは、ここを大層気に入ったようであったが、多分都会育ちなのだろうファーナリアは、あまり元気が無さそうだった。
「……大丈夫か? ここでやっていけそうか?」
「え、は、はい。閣下、……ブライフ様と、そしてお父様のためです。これしきのことは……」
いかにも無理してますオーラ全開の彼女であったが、まあ、そのうち慣れてくるだろう。それまではしっかりとフォローしないとな。
「あれぇ、グラス空ですねぇ。今お注ぎしますねぇ」
「いや、もうちょっと……」
「遠慮しなくていいんですよ! 今日くらいはジャンジャン飲んじゃいましょう!」
そう言うとともに、俺のグラスにはワインがなみなみと注がれた。
あー、明日は二日酔い確定のようだ。酔い止めとかないのかな……。
「……頑張りましょうね、ご主人様。ファーナリア、グローヴィアさんも」
ふと、ミュリアが小声でそう呟いた。グローヴィアも、そしてファーナリアも、ゆっくりと頷いた。
「ああ、そうだな。やるからには、最後までやろう。そして、絶対に勝とう。俺たちならできる」
たった四人の決起集会は、夜更けまで続いた。
分割後半部分でした。
暑いです。もう冷房つけても良いのではないでしょうか……? もう皆さまはつけているんでしょうか?
サミュエル・B・ロバーツちゃん可愛い。




