第二八話 根回しと推理、です!
「……はい、ええ、そう、そうです。火薬と砲弾は少し後でも構わないですから、例のやつはすぐに……。ええ、はい。えーと、それはこちらから輸送機を送りますから、それに積み込んでもらえると……、はい、お願いしますー。よろしくどうぞー」
ガチャン、と電話の受話器を置いた。この世界には当然ながらスマホやら携帯電話やらの類はまだ存在せず、従って卓上電話が主流――と言っても、もちろん一般家庭にまで普及しているわけがないが――である。久しぶりに受話器と本体がセットとなっている電話を見て使ったときには、若干の戸惑いと感動を覚えたものだった。
俺の目の前の机には、偵察部隊の面々が自信に満ちた表情で持ってきた莫大な量の報告書の束が、それはもうバサッと、ドサッと、うずたかく積まれていた。特捜部か何かのように、段ボール箱を数十箱この部屋に運び込んできたときには、流石の俺もどんな顔をすれば良いのか分からなかった。
そんな俺の心情を察してくれたのか、隊長が内容を要約したものをスッと机に置いてくれたことだけが救いだった。というか、それならこれだけ持って来いよ。そして段ボール持って帰れよ。部屋が段ボール箱まみれだよ、まったく。
「……本当に、大丈夫なのでしょうか。いえ、成功するかどうかではなく、このようなことを果たしてやって良いものなのでしょうか」
「いいんじゃないか、たぶん。ちょっと頼んでみたらすぐに返事をくれたし。連中も、新しい兵器の実証実験がしたくてたまらないんだろうよ」
ちなみに、新しい兵器というのは大雑把に言えば焼夷弾のことである。俺の世界におけるギリシア火のように、それらしい兵器はわりと昔から、一説には魔王戦争の頃からあったらしいのだが、効果を最大化しつつ、安全性と信頼性を確保した近代兵器としては、これが初めてのもののようだった。
なんでも、来るかもしれないし来ないかもしれない人民共和国との戦争に備えて、陸軍の開発部門――確か、ワンジン兵器廠とか言った気がする――がとりあえず開発したらしいのだが、実験で思いのほか良い効果が得られたために、実際の作戦での有効性も検証したいのだろう。
「いえその、それは良いのですが……」
「……ああ。確かに、この作戦には森林の大規模な破壊が生じることになるのか。自然環境……的にこれは少々問題があるのかもしれない。この広大な山林の一部ではあれど、我が国の貴重な自然の一つだからな。誰か適切な者に許可なり何なりを取ることは必要だろう。早速連絡を行おう。……誰が良いかな」
まだ自然環境を守ろうだの何だのと主張する人やら団体やらは皆無な時代だし、必然的に、他の国と同じくこの国にも環境省的な国家組織は存在しない。そうすると、誰が良いのか……。
……考えるのが面倒になった。参謀本部の誰かに言っておけば問題ない気がする。そうしよう。
「ああ、もしもし? はい、ブライフです。ザーグハルト=ブライフです。ええいつもお世話になっております。はい、はい、それで今日は少し伺いたいというか、御意見を賜りたいということでお電話させて頂いているのですけども。ええ、その内容というのは、私が現在指揮を執っている鎮圧作戦においてですね、はい、例の愛国主義戦線の……。それで、近いうちに開始する作戦計画に際して、連中の立て籠もっている山林に火災等の被害が発生する可能性があるんですけれども、……まあ早い話が山火事ですね。場合にもよりますが、参戦地域内の森林の大部分が焼失する可能性があります。これは参謀本部として問題ないでしょうか?
……なるほど。ええ、はい、はい、分かりました。はい、了解です。はい、ありがとうございます。失礼しますー」
ガチャン、と。
良く分からないが、恐らく許可を取ることができた。こいつ何言ってるんだ? 的な口調ではあったが、まあ気にする必要はないだろう。
「……まあ、いいのかな……?」
「? なにがだ?」
「いえ、大丈夫です! ……それにしても、敵の要塞は凄いですね。正攻法ではとてもじゃないですが攻め切れませんよ、これは」
「確かにそうだな。現に酷い損害が出てしまっているわけだし」
報告書によって判明した敵要塞は、予想はしていたものの相当に堅固であった。スナイパー部隊は、敵要塞の入り口付近を中心に山林のそこら中に潜んでおり、数はおよそ千人以上というのは、まだ何とか予想できる範囲ではあった。
しかし、山林内に入り口が十か所以上あり、かつ発見されると場所が変わるというのは困ったものであった。いや、確かに少し考えればそんなことも思いつくようにも思う。しかし、普通はそれにかかる労力やら何やらで実行するとは思わないだろう。……まあ、あの要塞は山の中に坑道を掘って造ったのだし、最初から人工物で造ったやつよりかは簡単なのだろうが、それにしても本当にそんなことをするとは思わなかった。ご苦労な連中だ。
ちなみに、内部の構造も少しずつ変わっているそうだった。構造上の問題から、変えられるところは多くないそうだが、こんなところに地図無しで突撃するのは、いやむしろ地図があったほうがえらいことになっただろう。ラスボスが住まうダンジョンか何かでも目指しているのだろうか。少なくとも意志、意識の強さ、高さだけは伝わってくるのだが。
「ああ、あとこの記述も気になります。これが事実なら、我々は彼らに外部との自由な連絡を許していたことになります」
「そうだな。しかし、これだと今の我々にはどうすることもできないだろう。早急に敵要塞を制圧するしかないな」
報告書には、簡潔に言えば、敵要塞のある場所から外部へとつながる謎の通路が存在する可能性がある旨の記載があった。偵察部隊が直接に確認したわけではないらしいが、内部の複数の人間の発言から、そのような存在が示唆されるとのことであった。
偵察部隊の潜入が発覚したとの情報はないし、恐らくブラフなどではないのだろう。そうすると、我々は彼らを包囲することに完全に失敗していたことになる。その通路があるならば、情報、兵士、兵器、食料などをいくらでも内部に運び込めるし、今も運び込んでいるのだろう。ならば、包囲による長期戦は何らの効果もないことになる。
(吶喊というのも、方向性的には間違いではなかった……のかもしれない)
問題は、その方法だ。いかに我々の部隊を山林の奥深くにある敵要塞に侵入させ、いかに効率的に敵要塞を制圧するか。前者については深い森と険しい山が、後者については複雑怪奇な要塞の構造と外部との連絡線が、それぞれその障害となっている。
(しかし、前者は解決が近いわけだ。あとは後者か。構造はともかく、外部との連絡は少し面倒だな……)
要塞への侵入路が確保できたとしても、内部から兵士やら兵器やらが湧き出るようでは制圧はとてもじゃないが不可能だろう。強引にやれば酷い被害を受けるのは必至だろうし。何とか通路を使えないようにするか、あるいはこれとつながる場所を抑える必要がある。だが、通路を使えないようにするのはできそうにないし、通路の先を抑えるのが合理的だろう。
(……言うのは簡単だが、実際にやるとなると難しいな)
あれほど凄い坑道を掘りぬいてしまう連中のことだし、やろうと思えばどこにでも通路を繋げられる気がする。国中の怪しい所を探すなんてことをしていれば何年かかるか分かったものじゃないのだ。
(いやしかし、連中はその場所から兵士やら兵器やらをたくさん要塞内に送り込んでいるはず。普通の場所でそんなことをすれば当然目につくに違いない。だが、そんなニュースを聞いた覚えはない。……この国の報道機関が連中の支配下にないと信じるならば、連中は衆目のない所を選ぶはずだ)
俺は作戦地域を含む広めの地図を開いた。俺たちの師団が陣地を構えている山岳地帯の南側には、多くの鉄路や道路が存在するものの、街や、これといった建物や地所は存在していなかった。その東西も、小さな街が点在するくらいで、それらしい場所は見つからない。また、山岳地帯は東西に連なり、いずこも険しい山と深い森ばかりで、大量の物資を容易に運び込めるような場所はない。
(こっちはだめか。なら、山の北側はどうだろう?)
山の北側には平野があって、その先には海がある。平野には、田園が延々と広がり、所々にポツポツと農村があるくらいである。
しかし、そこで俺はふと、平野と山の境目付近にある何かに目を留めた。
(……これは、なんだろう? 地図表記的には、そこそこ大きめの都市があるようだが。いやしかし、こんなところに都市なんてなかったはず。何かの間違いだろうか?)
俺は、中尉に聞いてみた。
「そこですか。うーん、この通りに街か何かがあるのではないですか? ……いや、そのわりには、名前が付いてないか。でも、こんな感じの場所は前にも見たことがあるような……?」
「そうなのか? どんな場所なんだ?」
「えーっと、なんだったかな……。…………あ、そうです! あの、名前が……そう、王族の御料地です! 国王陛下か、あるいはその血縁の方たちが所有している土地です!」
御料地……か。王族の所有している土地ならば、そして周りに何もないこの土地ならば、人や物をたくさん運び込んでもそれほど目立たないかもしれない。……いや、それでも兵器を運び込んだらやっぱり不自然か。
「でもって、街表記になっているということは……、確か、王族の経営している企業がここに集まっているのだったと思います」
「企業か。……もしかして、その中には兵器を製造していたりする企業があったりしないか?」
「兵器ですか? うーん、……はい、ありましたね、確か。エーデル重工業とグローサルト工業という会社が、兵器開発と製造を事業の主軸にしていたような気がします。重工系で国内有数の会社ですよ。うちも頑張らないと……」
ドンピシャだな。二社もあれば、造った兵器を幾らか流しても分かりはしないだろう。詳しく調べれば分かるのかもしれないが、警察も王族の企業には手を出しにくいだろうし。国王と連中がこんな所で繋がっていたのは予想外だが、まあ、結果オーライだろう。
「ここだな」
「え、何がですか?」
「秘密通路がつながっている場所だ。連中はここから兵士や兵器、物資を持って来ているんだ」
「なる、ほど……。確か、国王、が奴らと繋がっているかもしれない、ということでしたか。だとすれば、一応理屈は通りますね」
「まあ、ここに手を出すのは俺達でも難しいが、それでも妨害くらいはできるかもしれん。何とかやってみることにしよう」
ちょっと方法は思いつかないが、まあこれくらいならば、優秀な部下の皆さんに頼めば何とかやってくれるだろう。そう信じよう。
「しかし、私は未だに信じられません。国王があんな連中と手を組むだなんて。テロリストと手を組んで何をするというのでしょうか?」
「さあな。だが、大方親政でもして、アカ狩りしたり、人民共和国を潰したりしたいんだろうな。彼奴らと国王、というか王政は水と油、不倶戴天の敵同士だ」
「確かに恐ろしいのは分かりますが、そこまでするのでしょうか。だとしたら、国王は少々、……」
「常軌を逸しているのかもしれないな。よほど恐いんだろう」
「あはは……。まあ、いずれにしても、グローヴィア少尉が首尾よく帰ってくれば分かることですよね」
「そうだな。もう出発してから一日経ったのか」
少尉は、たった一人で要塞に侵入し、彼らと国王とのつながりを示す証拠を探していた。命の危険が極めて高いこの任務を、彼女はたった一人で遂行しているのだ。彼女の強さは、これまでの行動からある程度推測できるのだが、それでもやはり心配であった。
「確か、三十六時間以内に帰ってくる……だとか言っていたよな」
「はい。昨日の昼頃に出発しましたから、……あと五、六時間というところでしょうか」
「そうなるな。……やはり、何人か応援を付けたほうが良かったのかもしれない」
「そうですね……。しかし、あんなに自信満々で行ったのですし、何か策があったのかもしれませんよ」
「そうだと良いんだが」
「何が良いんですか?」
「え? いやだから、少尉が任務を成功できるような策があることを、だよ…………う?」
「単なる見栄やら何やらでないことを、任務の成功を祈るばかり…………です?」
あれ?
いま、どう考えても中尉じゃない声が聞こえたぞ? もしかしてあれか、幽霊か? この辺りは昔墓地か古戦場だったのか。
「あはは、そんなわけないじゃないですか。ちゃんとありますよ、ここに!」
こ、こいつ、心を読んで……。
いる訳がないか。
どこからともなく現れた少尉は、背中にしょっていたリュックサックを叩いた。
「か、かかかか帰っていたのか少尉よよよよよ」
「まままままったく、連絡の一つくらいよこしてくれれれ」
「一日半以内に帰ってくるって言ったじゃないですか。そんなに驚きましたか?」
少尉は軽く笑いながら言った。いや、その音もなく近くに現れたことに驚いているのだが。まあ、別に良いか。
「それで、任務はどうだった?」
「大成功です!」
ドヤ顔と言うにふさわしい顔で、勝ち誇ったかのように少尉は言った。そして、腕を突き出し、親指をビシッと立てて言った。
「愛国主義戦線と国王は、完全に繋がっています! 愛国主義戦線の蜂起と、私たちとの戦いは、国王自らが命じたことです! その証拠を掴んできました!」
先々週に二話書いて力尽きました。タシュ何とかは来ませんでした。浜波が可愛いので許したいと思います。来週からは月曜更新を目指したい……。




