第二六話 偵察は大事、です!
「……本作戦による最終的な損害は、以上のようになっております……。あー、これで、報告は以上です」
「承知した。…………」
作戦から一夜明けた仮司令部会議室は、水を打ったような静けさに包まれていた。将校の一人による報告が終わった後は、誰一人として言葉を発しなかった。物音すらもしなかった。お通夜ですらもう少し雑音があるだろうと思う。それほどの静けさで満ち満ちていた。
敵要塞への吶喊作戦は、結論から言えば完全に失敗した。先鋒を務めた第五戦車連隊への不意の奇襲攻撃を機に、作戦は一気に瓦解し始めた。夜間で、地の利もない山岳地帯において有効な反撃を行うことなど不可能に近く、連隊はただ撤退することしかできなかったようだった。
最初の奇襲がわりあい早く他の連隊にも伝わったことと、我が第六十二砲兵連隊による極めて正確無比な支援砲撃が行われたことで、損害は他の三個連隊においてはそれほど出ることがなかった。
しかし、第五戦車連隊の損害は著しいものがあり、控えめに言ってもその継戦能力は残されていないと表現せざるを得なかった。配備されていた戦車のうち、三十両が完全に破壊され、六十両以上が大規模な修理を必要とする状態となった。更にそれ以上の戦車が何らかの被害を受けており、今後直ちに戦闘に参加できる戦車は百両にも満たなかった。人的被害も相当のものがあり、少なくとも数十名から百数十名の死者が出たようだった。負傷者は更に多いのだろう。要するに、第五戦車連隊はしばらくの間戦闘不可能ということだ。
(どう考えても、俺の責任だよな……)
吶喊派の将校たちに促されたとはいえ、最終的に決定を下したのは他でもないこの俺だ。この内乱鎮圧作戦の実質的な最高責任者が幸か不幸か俺であって、上に誰も上司がいない以上は、俺が責任を負うことになるのだろう。
そうなると、俺は参謀本部に作戦失敗の責任を追及されることになる。良くて十パーセントくらいの減給で、悪ければ軍法会議からの懲役刑……処刑すらも絶対にないとは言い難い。軍法を熟読したことはないから何とも言えないのだが。
作戦責任者からの解任や、降格なんてことも十分に考えうる。少将に戻るくらいならばまだマシだが、佐官や尉官にまで落とされる可能性もまあまあある。……下士官なんてこともあるのかもしれない。まあそれよりも除隊される可能性の方が高いのだろうが。
しかし、少なくとも正規の出世コースからはほとんど間違いなく外れてしまうことは間違いがないのだと思う。一個連隊が壊滅的打撃を受けたのだし、当然だろう。
(しかし、今はまだ何とも言えないか。だったら、今できることをやるべきか)
俺は、意を決して沈黙を破る覚悟を決め、立ち上がった。
「……諸君。今回の作戦において、我が師団は著しい損害を被り、作戦目標はなんら達成することができなかった。したがって、今回の作戦は完全なる失敗であると断ぜざるを得ない。今回の失敗の全ての責任は、作戦責任者であり、この師団の指揮官である私にある。
参謀本部は、今回の失敗の報告を受ければ、私の責任を追及するだろう。我が師団は、この作戦から外されるかもしれない。若しくは、私が師団長を解任されることもあると思う。そうなった場合には、私は潔く、間違いなくこれを受け入れるだろう」
一旦言葉を切り、周りを見渡した。責任を押し付けられるのではないかとビクビクしていた、吶喊を主張していた将校たちがホッとしたような表情になった。多少の安堵と一抹の孤独を感じつつ、俺は話を続ける。
「しかし、それまでは、私が解任されるその時までは、なお私が責任者であることに変わりはない。私は、自らの失敗のためにその立場を投げ出すような無責任なことはしない。私が犯した失敗は、私自身の手で取り返すつもりだ。
遺憾ながら、今回の敵は非常に手強い。正直に申し上げると、現時点で私には、彼らを降伏若しくは撃滅させることのできる作戦は持ち合わせていない。彼らをそもそも降伏・撃滅させることができるかすらも、今の時点では明言できない。我らが逆に殲滅させられるとの可能性も、全く否定できることではない。私はいま、そんな認識でいる。
そのうえで、私は諸君らに問いかけたい。私の指揮の下で、なお戦う意思が、覚悟があるのかどうかを。いかなる犠牲を支払ってでも、あれらの敵どもを叩き潰す決意があるのかどうかを」
少しだけ、将校たちがさざめきだった。俺はさらに丁寧に、ゆっくりとした口調で彼らに語りかけた。
「もし、諸君らの中で、私のような者の指揮下では、その能力を活かすことができないと思う者がいるのならば、今この場でも、後でも良いが訴え出てもらいたい。その者が真に活躍できる場を私は誠意をもって用意するだろう。この師団から抜けるのも、止めることはしない。私の有する権限の限りで、ということにはなるが、その要望にはなるべく応えることにしたいと思う」
流石にこの場で手を挙げる者はいないようだった。俺は、少しだけ語気を強めて語る。
「しかし、諸君らが、なおも私の指揮下において任務を遂行したいと考えるのであれば、第一機甲師団において今後も軍務に励みたいと言うのであれば、私は大変うれしく思う。
……本日は、これで以上としよう。今日はゆっくりと休んでくれ。次の会議についてはまた追って連絡する。……ああ、申し訳ないが、偵察大隊隊長は少し残ってくれ」
そう言うと、将校たちは部屋を出て行った。
「……会議、お疲れさまでした。立派な言葉だと思います」
後ろにいた中尉が、小さな声でそう言った。少尉も、大きく頷いていた。
これまでもずっと俺の後ろにいたはずなのに、その顔を見たのは、その声を聴いたのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。どうやら俺は、中将という地位に少し酔っていたのかもしれない。俺には地位だけしかない、なんてことは決してなかった。俺にはこの二人がいる。それだけで、少しだけ心が強くなった気がした。
なんて青臭いことを考えてみたりしていると、居残りを命じられて不安そうな顔をしていた偵察大隊長が目の前に来た。相変わらずノッポでヒョロッとした男だが、それでもその眼は闘志に満ちている……ような気がしないでもなかった。
「えー、その、どのような用件でありましょうか?」
「ああ、君に残ってもらったのは他でもない、……まあ、その、要するに……」
「……要するに?」
俺はここでふと、言葉を止めた。
俺が偵察大隊長を残らせたのは、もちろん偵察をして欲しいからであり、その偵察先と言えば、言うまでもなく例の愛国主義戦線だか何だかの巣食う山岳要塞である。そんなことは当たり前すぎるくらいに当たり前だ。
そもそも俺は、俺たちはあの要塞についてあまりに知らなさ過ぎた。どういう防衛体制が敷かれていて、どこに入り口があり、内部の構造はどうなっているのか……、そんなことを何一つ知ることも無く、将校たちは言い争い、俺は決定を下してしまったのだ。今思えば、あまりに愚かとしか言いようがないことであった。言ってみれば、地図も何もない迷路をただ突き進むようなものだ。どこかの遊園地のアトラクションであればそれも良いのかもしれないが、殺し合いの場でそんなことをすればまさに自殺行為であろう。俺はそんなことを命じてしまったわけだ。
まあ、終わってしまったことについてクヨクヨ考えていても仕方がない。二度目が無いようにすることを今は考えなければならない。そういうわけで、俺は偵察を命じようとしているのである。
しかし、だ。
この、どう考えても生きて返さないぞ感溢れる山岳要塞に、偵察部隊を送り込むことは果たして正解なのだろうか?
無論、我が師団の偵察大隊が優秀な者たちであることは疑いがない。現に、先の二つの戦いにおいても、偵察大隊はその能力を遺憾なく発揮しているのであり、彼らの活躍なしには作戦の成功がなかっただろうことも承知している。
とは言え、である。いくら優秀であると言っても、なかなかに急峻な山岳地帯であり、かつ森林地帯であり、そこら中にトラップやら狙撃手やらが転がっている、守りに適し攻めに窮する地獄のような戦場の、さらに奥にある、想像もつかない敵の要塞に入り込み、その情報を入手することなど、本当にできるものなのだろうか。俺はふと、そんなことを思ってしまったのである。
そして、そんな悪夢でしかない要塞への偵察を命じることは、指揮官として、上司として本当に正当な、合理的なことであるのか。そんなことも思ったのである。
以上のようなことを丸々三秒ほどかけて思考した後、俺はなおも命じることにした。確かに、不平や不満を彼が口にするのかもしれない。それは無理だ、と言われるのかもしれない、それでも、言わないのは逃げであると、俺はそう思ったのである。……まあ、早い話が特にこれを解決する術を思いつかなかったのであるが。
俺は、どうにかしてやんわりとした物言いになるように努めて話を続けた。
「要するに、だ。あの敵要塞の入り口や、その内部について偵察をする……というのは、どうなんだろうか?」
「どう、と言いますと……?」
「まあ、その、そんなことは可能なのか?」
隊長は不思議そうな顔で軽く頷いた。
「それは、……ご命令であればもちろん可能でありますが……」
「そうなのか? ……貴官も目を通しているとは思うが、敵要塞の防御は異常なまでに堅固だ。恐らく内部も厳しい監視があると思う。失敗すれば、容赦なく殺害されることになる」
「はい、もちろん理解しております。我々は、そのような状況で任務を行うことを常に想定し、日夜研究と訓練を続けております。閣下のご命令があれば、直ちに彼の要塞へと潜入し、必要な情報を獲得致しましょう」
隊長は、自らの能力に誇りを持つように、そう言った。その眼に虚勢や欺瞞の色は微塵もなく、任務の成功を確信しているようであった。
「そう、か。……しかし、この任務はかなり厳しい。もし必要であれば、兵士や装備を融通することができるが、どうだろうか?」
「いえ、必要ありません。今の隊員と装備さえあれば、十分に任務を遂行できるものと確信しております」
その自信に満ちた表情を見ると安心できるような気がするのだが、今までの惨状を鑑みてみると、やはり不安は残った。しかし、これ以上何か言うのも気が引けるので、俺は素直に彼に任せることにした。
「そうか。……ではよろしく頼む」
「はっ! 吉報をお待ちください」
そう言って、隊長は部屋を出て行った。
……まあ、何とかなるだろう、たぶん。




