第二五話 突撃突撃、です!
「ここはやはり、敵陣地を完全に包囲し、徐々にこれを狭めていくというのが結局有効であると愚考いたします」
「いいや、それでは一年かけても降伏させられないだろう! もはやいかなる犠牲を支払ってでも敵要塞に吶喊し、制圧するしかない!」
「私は包囲作戦を支持します。吶喊したとしても敵を降伏させられる可能性は決して高くないでしょうが、我が軍に許容し難い損害が生じるのは明らかです」
「包囲しても敵が降伏する可能性はない! 百パーセントない! であれば、少しでも可能性のある突撃を行うのが正しい選択だろう」
「いえいえ、それでは……」
「何を言っているんだ! そんなことでは……」
会議室だけ一応完成した仮司令部施設にて、俺たち師団司令部の将校は侃々諤々の議論を繰り広げていた。皆は包囲派と吶喊派に分かれ、互いに口角泡を飛ばす激しい言い争いを続けていた。俺は、その中でどちらにつくこともなく、ただ議論の行方を見守っていた。
もちろん、……と言いたいわけではないが、もちろんとしか言いようがないのでやむを得ずもちろんと言うが、俺は敢えて議論を見守るだなんて高度なことをしているわけでは決してない。結論を先に言うのであれば、俺は今のところ、結論を出すことができていないのだ。
第一機甲師団所属の全部隊は戦闘地域に集結し、山から平地へとつながる主要な山道は既に押さえることに成功している。もう少しで、愛国主義戦線の構築した山岳要塞から平地へと至る地点は全て押さえることができる予定であった。
しかし、今のところそれくらいしかできることは無かった。山に少しでも入れば、ウヨウヨ潜んでいるであろう狙撃兵の皆様の楽しい歓迎会が始まるし、それを乗り切っても、深々とした森に阻まれ案内役も誰一人おらず、進軍は困難となった。それでも頑張って進んだとしても、そもそも要塞に入れる入り口が見当たらなかった。
要するに、状況は、参謀本部で聞いたよりはるかに酷いものであった。
もちろん、そんなことは分かってはいた。参謀本部が正直に現場の状況を教えてくれるわけがないし、結局は自分の眼で確かめなければ分からないことくらいは、当然理解していた。
だが、改めて、こう目の前につきつけられると、やはり困惑を隠しがたいのであった。もう、どうすれば良いのだ、俺に何をしろというのだ、……という感じであった。
遺憾ながら、俺をこんな訳の分からない世界に送り込んだ何者かは、俺に遂にチート能力とやらを授けることがなかったようだ。転生だか転移をさせるのであれば、チート能力を授けるのが礼儀だというのに。俺にだけ授けるのを忘れたのだろうか。それとも、俺に敵意を持つ何者かがわざと俺に授けなかったのだろうか。……いや、そんなことはどうでも良い。俺には何の能力も与えられなかった、そんな事実があるだけなのだ。
別に俺は、この世界に飛ばされたことを恨んでいるわけでは、ない。そんなことは決してない。俺が前の世界でどんなことをしていたのかは未だに思い出せないし、この世界に来る前のことも記憶にないが、俺は前の世界でも碌な人生を送っていなかった。これだけは確かだ。そんな俺を、かように理想の高い、偉大で高潔な男に生まれ変わらせてくれたことに、そんな奇跡を俺に与えてくれた何者かには、感謝すらしている。
しかし、しかしだ。こんな特筆すべきところのない俺がここに来るにあたって、やはり少しくらい何かくれても良いのではないだろうか? 別に、軍港を一人で吹き飛ばせる能力でなくても良いし、ベクトルを自由に操れる能力でなくても良いし、核兵器を召喚できる能力でなくても良い。最初からレベル? とやらが最大である必要はないし、防御魔法だけ凄い、だなんてことも必要はないし、いくらでも生き返る能力だなんてものも必要はない。だけれど、何か一つ、それっぽいものをくれても良かったのではないか? それくらいあっても罰は当たらないのではないか? 例えばそう、軍事スキルがマックスだとか、アイディアがポンポン出てくるスキルだとか、ねえ?
…………。いささか愚痴が過ぎたようだ。ないものは仕方がない。ないものねだりをしても目の前の問題は解決されないのだ。であれば、俺は俺自身で問題を解決せねばならない。
(と言ってもな……。実際問題として、突撃か包囲か、くらいしかなくないか?)
前回のように陽動攻撃を行い、主力部隊を突撃させるというのも、目の前に広がる樹々の生い茂る山岳地帯を見る限り、ほとんど不可能だろう。最新鋭戦車として少しばかり配備されたSV2戦車であっても、あの急勾配を自在に駆け上がれるとは思えない。
航空部隊を使うとしても、目標自体定まらないし、あの深い森では威力も減殺されてしまうだろう。特殊部隊を使って秘密裏に潜入させる……というのも、スパイを全て処刑した連中のことだ、失敗する可能性が極めて高い気がする。
(しかしだ。両方とも難しいよな……)
突撃も包囲も、少なくとも作戦期間内に敵を降伏させる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。降伏させられたとしても、夥しい死体の山が出来上がることだろう。
言ってしまえば、この状況は詰んでいるとしか言うことができないのだ。何かこう、根本的にこの状況を変える物、あるいは事が無ければ、この膠着状態は半永久的に続きうる。そんな状態であった。
(しかし、どちらかを俺は選択せねばならない……。そして、ここで作戦を失敗させるわけにはいかない。……何としても、作戦を成功させる必要があるわけだ……)
この二つしか選択肢がない以上、俺にはどちらかを選択すべき義務がある。俺は、決断を迫られていた。
この戦いが俺の進むべきキャリアに対して如何なる影響を及ぼすのかを正確に理解しているわけではない。だが、少なくともその失敗は、俺の今有している地位を大きく毀損させることだけは恐らく間違いがないのだろう。何者かが唯一俺に与えたと言っても良いものは、俺の持つ連合王国陸軍中将という地位だけなのだ。これすらも失うということは、即ち俺がこの世界で生き抜く術を失ったのと同義だ。無論、そんなことはないのかもしれないが、そう考えて行動すべきではあるだろう。とにかく、俺はこの作戦の事実上の責任者として、何としてもこれを成功させなければならないのだ。
「中将閣下、この状況を打開するためには、主力部隊の吶喊による敵要塞への侵入及び制圧以外に方法はありません。直ちに、戦車部隊を中心とした突撃部隊の編成を行うべきものと愚考します」
「閣下、我が部隊には、多大なる出血を強いられる作戦を行う能力がありません。我々にできることは、敵要塞を包囲し、持久戦に持ち込む以外にはないのです」
「閣下、御決断を!」
「閣下!」
遂に彼らの眼が俺に向けられることになった。どちらが成功するか。俺は数秒目を瞑り、そして眼を開けた。
「…………。敵は、持久戦に対して相当の用意を行っている。これに対して包囲を行い、持久戦を行うことは、まさに敵の思惑通りに動くこととなる。それに、当該地域は我が国の主要な交通路が多く通る、いわば我が国の大動脈部分だ。このような地域で長期間にわたり作戦行動を行うことは、王国経済にとって多大な負担を強いることになる。
無論、突撃を敢行するとなっては、我が部隊に相当の損害が生じる可能性は決して低くない。いや、ほとんど間違いなく激しい損害が生じることになるだろう。しかし、肥大化した敵を撃滅するためには、何らかの犠牲を伴う必要があるのだ。……私は、敵山岳要塞に対し突撃することを諸君らに命じる」
一瞬の沈黙の後、包囲を主張していた将校が口を開いた。
「……誠に遺憾ではありますが、閣下の御決断であれば、我々はこれに従い全身全霊を以て作戦を実行する所存であります」
「そう、でありますな。作戦を必ずや成功するように、我々は任務を遂行いたしましょう」
……とても嫌そうな感じが伝わってきた。……俺は、もしかしたら選択肢を間違えたのかもしれない。もしかしたら、俺はバッドエンド直行ルートを選んでしまったのかもしれない。しかし、限られた期間で成功する可能性のある作戦といったら――作戦とも言えないのかもしれないが――このくらいしかないのだ。やむを得ないだろう。それにこれはどう取り繕ったとしても現実なのだ。セーブも、リセットもできない。覚悟を決めるしかないのだ。
俺は、自らを納得させるようにそう繰り返した。やむを得ない、覚悟を決めた、と。
その後、幾つかの確認を行い、解散となった。
作戦決定より二日後。
出動命令を受けた第五、第九戦車連隊と第七、第十八歩兵連隊は敵山岳要塞が存在する山岳地帯を進軍していた。木の根やら大きい石やらのおかげで進軍はなかなか困難なものであったが、何とか停止することなく山を上っていた。途中、狙撃兵が何度か攻撃してきたが、戦車が何発か砲撃するとすぐにどこかに消えていった。
「こちら、第五戦車連隊。現在進軍中。偵察範囲に敵影なし」
『こちら司令部、了解した。襲撃に注意しつつ、進軍を継続せよ』
「了解、進軍を続ける」
注意しろ、と言われても……、と通信を受けた通信兵と連隊長は思った。周りを見る限り敵兵士は一人もいないのだし、仮にどこかに潜んでいたのなら対応のしようがないし、中尉のしようがなかった。出たら不運だったと言う他ない。そう思うしかないほど、森は深く続き、まだ昼過ぎなのに陽の沈んだ後のように暗かった。
そんな状況がしばらくの間続いた。
突撃部隊の先頭が標高一千五百メートル付近を超えた辺りで、陽は完全に落ち、森は真に闇に包まれた。光が無ければ、文字通り鼻をつままれても分からないほどの暗さであった。やむを得ず、突撃部隊は最小限の照明を付け、進軍を続行した。
そんな時。
遠くから発砲音が聞こえ、発砲炎が確認された。
それから数秒と経たずに、何両かのSV1戦車が爆発炎上した。炎は、暗い森を一気に明るく照らし出した。
それが狼煙であったかのように、複数の場所から発砲音が連続して響き渡った。戦車はどうにかして回避しようとしたが、この足場の悪い山ではなす術もなく、同じ運命を辿った。
更に雨霰のような狙撃が始まり、歩兵たちは次々に斃れていった。
突撃部隊は恐慌状態となった。もはやまともな指揮系統は存在せず、誰も彼もが無茶苦茶に反撃を行い、逃走し始めた。混乱を極める部隊に対して、とめどない対戦車砲弾と銃弾が無慈悲に降り注いだ。
「こ、こちら第五戦車連隊! 敵襲、敵襲を受けている! 至急救援を求む! 敵襲だ! 救援を! 救援を!」
『敵襲? どういう……。とにかく早急に撤退しろ! 山から下りろ!』
「撤退!? その前に救援をよこしてくれ! このままではもたん!」
『直ちに送ることなどできない! これより砲撃支援を行う! その隙に撤退しろ!』
「くっ! ……おい、撤退だ! 撤退するぞ! 動ける部隊から一刻も早く撤退しろ! もう長くはもたんぞ!」
連隊長は必死に無線機に叫んだが、呼びかけに応じた部隊は多くなかった。
連隊長と連隊司令部は、この状況をどうすることもできず、なるべく多くの部隊とともに潰走ぎみにこの場から去るしかなかった。
風邪ひいた……orz
喉痛い……(>_<)
という言い訳でした。
ちなみに冬イベ終了しました。




