第二四話 秘密会議、です!
(……少しだけ印象が違っていた気もするが、まあ気のせいだろう)
参謀本部内で迷っていたという、つい先ほどから中将となった男の後ろ姿を見送りつつ、シュパース中佐は思った。自らもつい先日の昇進で中佐に昇進したときも、今までの自分とは違う気持ちがしたのだし、中将もきっとそんな高揚した気持ちだったのだろう、だから少し違って見えたのだろう、中佐はそう思った。
中将が廊下を曲がり、その姿が見えなくなったところで、中佐は廊下を急ぎ気味に歩き始めた。途中、何人もの同僚があれやこれや話しかけてくるのを何とかやり過ごし、階段を上ったり下りたり、長い廊下をグルグルと動き回りつつ、普段はほとんど人の来ない参謀本部のはずれ、第六十六会議室の前へと中佐は辿り着いた。
参謀本部、第六十六会議室。この部屋は、参謀本部にそこそこ長く勤めている人間であっても、行ったことがないばかりか存在自体知られていない。しかもその入り口は、廊下の装飾とうまい具合に同化していて、一見しただけでは分からないようになっている。また、入り方も少々複雑で、少数の者にしか分からない特殊な開け方をしない限り、扉が開くことは無いようになっている。参謀本部施設をはじめ、複数の省庁庁舎にはこんな秘密基地のような部屋が幾つもある……との噂があったり、なかったりするのであった。
中佐は軽く周囲を見渡し、人影のないのを確認すると、手際よく、例の特殊な開け方をして扉を開いた。
「おお中佐、少し遅かったな。して、少将……いや中将に首尾よく伝えることが出来たか?」
白い髭をもっさりと蓄えた、大将の階級章を付けた老人が、中佐に声をかけてきた。その部屋には既に、何人かの老人と初老の男が椅子に座り談笑していた。部屋の中は、参謀本部の中とは思えないほど質素で簡素な、良くまとまったデザインであり、家具等も高級感はあるものの、ゴテゴテとした装飾の一切ないシンプルな物のみが置かれていた。
「はい。少々手間取りはしましたが、間違いなく伝えることが出来ました」
「それは良かった。聡い彼のことだ。彼なら確実に任務を遂行してくれることだろう。さあ、中佐も早く座り給え? 皆様がお待ちかねだ」
中佐が手近の椅子に座ると同時に、白髪交じりの中年ながら、髪をしっかりと整え、ブランドもののスーツで身を固めた紳士が立ち上がり、話し始めた。
「既に大将閣下にはお知らせしてありますが、我々、レグリア民族商工会は、正式にレグリア救国委員会に合流することを決定致しました。来月から、加盟企業に救国委員会への献金が始まる予定であります。まだ額は決定していませんが、360万ジルン程度は、間違いないものと考えております」
その紳士、ライデン=アンハイト重工業代表取締役であるケルヴィン=ライデンシャフトの言葉に、会議室は拍手に包まれた。
レグリア民族商工会は、数年前に王立全国経済連合会から一部の企業が脱退して結成された組織であり、未だ加盟企業数は多くないながら、急速に成長を続ける新興企業や重化学工業を中心とする大企業など、連合王国の有力企業が複数加盟し、その影響力は経済連合会に勝るとも劣らないものがあった。そんな商工会の行う献金は、ここ数年連合王国政界でもかなりの影響力を持っていたのだった。
「ありがとう。これで我々は、目的の達成にまた一歩近づくことが出来るだろう。皆様の協力に、委員会を代表して強く感謝を申し上げたい」
「ただ、これがために直ちに保守党への献金を停止するのは懸念すべき事態を生じかねないと判断し、一定額はカモフラージュのために継続することは勘弁願いたい」
「ええ、もちろん構いません。その方がこちらとしても好都合ですからな。いずれにしても、今後ともよろしくお願いしますぞ」
「ええ、もちろんです」
そんな形式的な合意が結ばれると、男たちは各々に会話を始めた。ある経営者は自社の製品を軍に売りつけるべくセールストークを展開し、ある将官は部下の退役軍人の再雇用先確保を要請する。ある議員は来るべき選挙への個別的な支援と票集めを依頼し、ある官僚は今度施行予定の法律について講釈を行う。そんな時間が過ぎて行った。
「ところで、第一機甲師団……でしたか? 彼らは任務をしっかりと遂行できるのでしょうか? いえ、疑うとかそういうことではないのですが、報道によると、今度の相手はなかなか厄介らしいですし」
「なに、心配する必要はないでしょうな。何しろ彼らは、我が国、我が軍の誇る精鋭部隊だ。前の人民革命軍と同様、すぐに叩き潰してくれるでしょう」
「しかし、彼らは機甲師団、要は戦車部隊が中心の師団なのでしょう? それに対して今回は山岳地帯での戦いだ。あまりその能力を活かせるとは思えないのですが?」
「その点は、まあ我々も憂慮しているのですが、中将自ら、全く問題ない、すぐにでも打倒できると断言しておられました。彼らならばきっとやってくれるはずです」
「それに」
他所で会話をしていた大将が、大きな声で口を挟んできた。
「彼らには新たに航空戦力として第一航空団が配属されることになりました。最近ようやく戦闘機と爆撃機、それにパイロット等の必要数を満たした部隊でありまして、わが国唯一、世界でも有数の航空部隊であると自負しております。これらの戦力を活用できれば、大きな問題なくこの反乱は解決されることでしょう」
すると、経営者からも声が上がった。
「その点に関して私からも質問があります。第一機甲師団にはその航空部隊に加えて複数の歩兵部隊、砲兵部隊もその隷下に入るとの報道があったと記憶しております。これが他国……具体的には人民共和国に意図しないメッセージを与えることになることは無いでしょうか? 我が社やヴェストシュランゲ地方に拠点を置く企業としては、今我が国と人民共和国との関係が悪化してしまうと困難な事態となるのです」
シュパース中佐と同じ参謀将校である大佐は、その発言に気が付くとこれに答えた。
「ええ、その点に関しても、参謀本部内では相当議論になりました。元々精鋭である第一師団に、三個歩兵連隊と一個砲兵連隊を加えれば、小規模な軍と言っても差し支えない規模になるわけですから、他国に誤ったメッセージを送りかねないとの意見も複数あったことは事実です。しかし、新たに隷下となった連隊のうち二連隊は、未だ兵力や装備の充足がなされていない、いわば再編中の部隊ですし、外面上は師団のままですから、これを以て直ちに人民共和国にとっての脅威となるわけでもないとの結論に至った次第であります」
「なるほど……。分かりました、皆さんを信じましょう」
「にしても、全く迷惑な話ですな。ただでさえ政局は混迷を極めていて、選挙も遠くないというのに。しかも王都の近くで蜂起ときた。こっちとしては商売あがったりですわ」
鉄道事業を展開する経営者が愚痴をこぼすかのように言った。
「ごもっともです。ようやく人民革命軍を撃滅したと思ったら、これですよ。お金も人もどんどん取られて……困ったものです」
「連中は何を目的にこんなことをしたのか……」
するとシュパース中佐が自信に満ちた表情で、立ち上がり言った。
「それに関しては情報部が結論を出しております。それによりますと、どうやら連中は武力で現政権を打倒し、国王と連中を中心とする反共独裁政権の確立を目標としているとのことです。政権獲得後には直ちに人民共和国への宣戦を行うとの情報もあります」
「まあ、そんなことだろうとは思っておりましたが、改めて言われるととんでもない連中のようですな」
「彼らの行動だけ見ていると、応援してやらないでもない気もするのですがね」
そこかしこから笑いが漏れた。確かに、愛国主義戦線の掲げる目的それ自体だけを見れば、救国委員会のそれとも多少の重なり合いもあった。人民共和国は将来の連合王国の脅威となることはほとんど間違いのないように思えたし、今日の政局の混乱は、現保守党政権の無策さと、なによりラーヴァイズ首相の指導力のなさに起因していた。その政権の寿命は誰が見てもあまり長いようには思えなかった。今度の予算案が通らなければ、現政権は完全に袋小路に陥り、選挙の結果次第では与野党の交代すらもあり得ない話ではなかった。
「とは言っても、彼らが国王と手を組んでいるというのが本当であれば、見過ごすことは出来ませんね」
「その通りです。政権が安定しても、我々の活動に制約が加えられるのであれば本末転倒もいいところです。国王も、穏やかにどっしりと構えてさえいればいいのに、どうしてあの家系はこうも権力欲が強いのでしょうかね?」
「自らが中心にいないことが我慢ならないのでしょう。まったく困った方です」
「そうすると、あの噂は本当だったのですか?」
「どうもそのようですよ。直接的な証拠は全く見つかりませんがね。状況証拠ばかりです。まさか、国王宮殿に強制捜査をかけるわけにもいきませんし」
「まあ、それはそうでしょうが」
昔ほどではなくなったとはいえ、連合王国における国王及び王族への支持は未だ低いままであった。特に、以前の国王のほとんど専断によって勃発した帝国との戦争によって支配下に置かれた連合王国の地方においては、国王への支持が極めて低く、公然と国王支持を訴えることすらも憚られるほどであった。
国民は国王の独断専行を相当に警戒しており、そうした行動をいかに抑止できるかが政権の支持率にも連動しているといっても良いほどである。国王の違法あるいは脱法的な行動を許容してしまえば、政権の支持率は間違いなく低下してきた。
といっても、都市部を中心に国王を支持する国民も少なからず存在することは事実であり、地方でも地下に潜って活動を続ける国王支持の活動家や団体――通常国粋主義者や国粋主義団体と呼ばれる――が複数存在することは半ば常識となっていた。昔からある王室不敬罪や、国王反逆罪は、ほとんど適用例がないとはいえ、未だ効力を持っており、仮に起訴されれば、決して軽くない刑に処されうることは言うまでもない。したがって、国王に公然と逆らう行為や、それに準じるような行為をすれば、あまり良いことにならないこともまた、事実であった。
「だとすると、俄然中将閣下には期待せざるを得ませんなぁ。例の連中の要塞内部であれば、国王陛下からの秘密勅令やら何やらがある可能性は十分にあるわけですから。これをどうにかして手に入れることが出来れば、我々は政府、更に国王に対して強力な手札を得ることになる」
「その通りだ。……とは言っても、敵を打倒することも困難だと聞いている。これに加えて証拠を得るだなんてことはより難しい任務だろう。あまり大きい期待はせず、我々は我々で独自に動くべきではあるだろう」
その後もしばらく談笑は続いた。
「……。あと何メートルだ!?」
『小隊長殿の現在地から北東に約500です!』
山腹の森林地帯を、武装した複数の者たちが疾駆する。まだ昼間だというのに、陽光は無数の枝や葉によって遮られて薄暗い。それでも、彼らは寸分とも足を止めず、ひたすらに斜面を駆け上る。
(獣道すらもないところを駆け上がるなんてどうかしてる! ……だが、やるしかない!)
足元には雑多な多年草が生い茂り、至る所に巨大な岩が姿を見せている。勾配は斜面を進むほどに急となり、彼らの速さを抑えつけていた。
不意に、激しい爆発音が、小隊長と呼ばれた男のすぐ後ろで響いた。振り向くと、片手足を吹き飛ばされた部下の一人がうめき声をあげていた。それを合図とするかのように、各所で爆発音とともに手足を吹き飛ばされ、生命を刈り取られていった。
(こ、これは、……ブービートラップとかいうやつか!? ……卑劣なっ!)
どうやら、足元を覆う草々の合間にワイヤーが敷かれ、それに足を掛けると作動するもののようであった。よく見てもワイヤーらしきものは見つからないし、掛かるかどうかはほとんど運でしかなかった。
みるみる減っていく部下たちと共に何とか前進し、剥き出しの岩肌ばかりとなったところで、小隊長は耳元を何かが高速で通り過ぎる音を聞いた。一つ、二つと聞こえてくる中で小隊長はすぐにその正体に気づいた。
(狙撃か!)
そう思った瞬間、すぐ後ろにいた部下の頭から多量の血液が噴き出した。音もなく崩れ去る部下に、彼はどうすることもできなかった。周囲には木々が生い茂っていたが、どこからくるのかも分からない弾丸に対してはほとんど効果を持たなかった。音のした方向に向けて短機関銃を斉射したところで、何ら意味がなかった。彼らに出来ることは、ただこの山肌を前進することだけであった。
(あと、少し……。あと少し!)
もう少しで、敵山岳陣地の入り口があるはず。その思いだけで、四方八方からくる狙撃に耐え、じりじりと、這いずりながら進んだ。
「……ここだ! あの樹は見覚えがある! この下だ!」
隊長の掛け声とともに、部下たちの眼は再び輝きを持ち、狙撃手に対してけん制射撃をしつつ入り口とされる地点に擦り寄っていった。
「隊長! どちらでありますか?」
部下がようやく入り口とされる場所に辿り着き、狙撃手を逆に狙撃すべく狙いを定める隊長に対して問いかけた。
「ここだ! 私のすぐ後ろだ!」
「……? た、隊長! ここ、でありますか?」
「見れば分かるだろう! 早く突入しろ! 私もあとから行く!」
「し、しかし、ここには……何もありません!」
「はあ!?」
どうにか一人始末した隊長は、ゆっくりと後ろを振り向き、馬鹿な部下を叱咤しようとして驚愕し、戦慄した。
以前来たときには存在していた入り口の穴は、跡形もなく消えていた。
銃撃したり、手で必死に土を取り除いたりしたが、やはりそこには何もなかった。
「そ、そんな……」
その間にも絶えず狙撃は続き、残った精鋭の部下たちの手を、足を撃ち抜いていった。
「た、隊長! どういたしますか? 別の場所を……」
「撤退する!」
男は、涙さえも浮かべながら、大声で叫んだ。
「し、しかし! ここまできてっ」
「あと二分でもとどまれば、我々は一人残らず狙撃手の的となって死体となるだけだ! 戻るしかない! 一人でも多く生き残るんだ!」
パスッ、パスッという音の合間に、鳥の羽ばたく音が聞こえた。
「……それで、生き残ったのは君と……」
「あと五人だけです。他は全て戦死しました」
「そう、か……」
俺が、敵要塞が構築されたシュタイル山の山麓にある臨時の陸軍基地に到着したのは、参謀本部でのブリーフィングからちょうど二日後であった。急造されたらしく、未だ至る所で工事中のようだし、仮設感が滲み出ていたのだが、それでも新築ということもあってなかなかの居心地であった。やはり新しいというのはいいもんだな。
基地内の司令部施設に入り、仮設ではあるものの、なかなか小洒落た雰囲気を漂わせている執務室に入り、改めて指令書を手に取ってみる。ここに来る途中でも読んでいたが、これを見る限り、面倒くさそうな連中ではあるが、それほど厳しいものでもないな、と思っていた。塹壕もないし、地道に包囲網を狭めていけば、早晩打倒できるように思えた。何なら、力押しでも行けなくはないように思えるくらいであった。
そんな俺のところに、ぼろきれのような男が、二人ほどに抱えられて来たのがついさっきであった。何事かと思い問い質してみると、どうやら第一師団の到着前に制圧を担当していた警察の機動隊員のようだった。
俺は、そのボロボロとなった姿に底知れぬ悪寒を感じていたのだが、彼の話を聞くうちにそれは現実のものとなった。なにしろ、最初に五百名ほどの隊員と共に山へ突入したらしいのだが、最終的に六名しか生き残らなかったというのだ。損害率は驚きの九十パーセント超というわけである。もう何が何だか分からないのである。
「諸君らは一旦後方へ退いてくれ給え。恐らく、もはや彼らは警察力を以てしては到底止められないのだろう。後は、我々に任せて欲しい」
「しかし!」
「貴官の言いたいことは良く分かる。しかし、警察と軍とではやるべきことが異なるのは当然のことだ。貴官らは貴官らのやるべきことを着実にやってもらいたい。ここでなくても、やるべきことはいくらでもあるはず。そうではないか?」
「……承知いたしました」
そう言うと、男は寂しげな背中を見せつつ去っていった。
「例によって、また地獄のような戦場に来てしまったわけだが……」
「そこまででもないんじゃないですかぁ? 敵は所詮素人に毛が生えた程度の連中でしょうし。機動隊ならともかく、我々であれば大したことなく終わると思いますよ!」
「っ! ……いつの間に部屋にいたんだ……? まあ、良い。そんな簡単にいくものか?」
音もなく俺の後ろにいた少尉に呆れつつも、俺はそんな疑問をぶつけた。
「いけると思いますけどねぇ。なんなら、私がいってきましょうかぁ?」
「一人で行ったところでどうにもならんだろう。ともかく、いったん師団司令部で作戦会議だな。何か作戦はないものかな……」
今まで、この流れで作戦が思いつくだなんてことは一回もなかった俺であるが、もうなんやかんやで中将である。もうエリートと言っても良いくらいの地位にいるのである。そろそろそういったなんやかんやの補正が効いてきて、ナイスな作戦を思いつくのは訳もないことになるのだろう。俺はそう思いつつ、作戦会議までの二時間ほどの間に、アイディアを出す作業に没頭することにしたのだった。
E4ラスダン(丙)をようやく抜いたので投稿しました。次、次こそはしっかり上げたい……。




