第二話 偵察……ですか?
「おお、少将閣下、お戻りでしたか。重ね重ね恐縮ですが、敵の包囲は徐々に完成しつつあるようです。我が陣地の各所より、敵軍の姿が確認されております。攻撃はまもなく開始されます。我が師団は何としてもこの攻撃を凌いで反攻しなければならないのです」
「ああ、分かっている。しかし、無駄に慌てて行動を起こしても、こちらの損害ばかりが大きくなるだけだ。ここは一つ、慎重に計画を立てて、その後に大胆な作戦行動を取るべきではないだろうか」
俺は、何となく当たり障りのなさそうな、無難な意見を述べる。今はとにかく、それっぽいことをそれっぽく言って、この場を凌ぐしかなかった。こんなことなら、防衛大学校か何かに入っておけばよかったのかもしれない。そうでなくとも、もっと知見を深めておけば良かったのかもしれない。まあ、後の祭りであるが。
俺は手元にあった資料に目を留めた。どうやら、この師団の現況らしい。この師団の名称は、第一機甲師団で、三個戦車連隊を基軸に歩兵連隊や砲兵連隊を擁するようである。兵力数は一万五千弱のようだ。やはりかなり大きい組織だな……。だけど、もう後には引けない。
「……そう、でありますな……。では、具体的にいかなる作戦を採ることとしましょう?」
「そう、だな。まだ人民戦線の状況が判明していないから何とも言えないが、とりあえず戦車部隊を市街地に突入させることは止めておこう。戦車は陣地後方及び左右の防衛にあたってもらいたい」
そう言うと、大体の男たち、即ちこの師団の将校たちは、そのほとんどが黙ってうなずいたのだが、一部将校、具体的には戦車連隊の連隊長が渋い顔をしてこちらを見つめてきた。
「し、しかし、市街地の敵は未だ強力です。ここは強力な戦車部隊を突入させて、一気に殲滅を行うべきであると考えます」
「そうは言っても、先ほど一個戦車大隊が壊滅したとの報告があったではないか。正確なことは良く分からないが、恐らく彼らが対戦車兵器か、それに類するものを有している可能性が高い。そのような状況で突撃を行うのは自殺行為に等しい。そうではないか?」
良く分からないけど。間違ったことは言っていない、気がする。軍事関係の知識なんて皆無なんだし、このくらいで許してほしい。
「いやしかし、我が戦車部隊は、未だ戦果を残すことができていないのです。ここで戦果を残すことができないのならば、我々の存在意義を本国の司令部は問うてくるでしょう」
「ほとんど勝機のない突撃を行って戦果を得るよりも、ここは後方で支援攻撃を行って、本国で司令部とやらを説得する方がより簡単なように思うが。それに、包囲網を敷いてくる人民戦線を撃滅することができたら、それでも十分な戦果だ。私も必要ならば司令部の説得に力を貸そう」
俺は三人の連隊長に向かって哀願するような、命令するような視線を送り、引き下がらせようと努力した。その甲斐あってか、連隊長たちは諦めたように無言で頷いた。
そんなことをしているうちに、偵察大隊所属の兵士が会議室テントへと入って来た。見たことのない男で、さっきたむろしていた奴らではないようだ。彼は緊張した面持ちで、手にした報告を読み上げる。
「ご、ご報告申し上げます。市街地に籠城する人民戦部隊の総戦力を確認いたしました。総数約3000、野砲80門、機関銃100程度、装甲車両が十数両、そして多数の兵士が対戦車兵器と思しき兵器を所持しております。野砲及び機関銃等の位置については、現在これを印刷しております。まもなく、皆様に配布されることとなっております」
偵察部隊って凄いんだな……。位置まで分かってしまうのか。この世界の偵察技術が凄いだけなのかもしれないけど。しかし、位置まで分かったのなら、そこを狙って砲撃もできるのではないだろうか、いやできる。
「すぐに砲兵連隊にもその情報を伝えてくれ。連隊長、すぐに砲撃の用意を行ってくれ」
「は! 承知いたしました!」
おじさんとおじいさんのちょうど境目にいそうな、優しさもあってかつ経験豊富そうな砲兵連隊のトップが、年齢に合わない威勢の良い声を上げ、テントから出て行った。
「市街地の状況は概ね把握できた。やはり、戦車部隊の突入は困難だろうな。歩兵連隊長……あー、えーっと、第十八の方だな。一個大隊を市街地に突入させてくれ。敵との数の上では不利だが、武装及び練度の面ではこちらが優位に立っている。予備として、第三三の方も、一個大隊は予備戦力として後方に置いておいていただきたい。ああ、それと残りの部隊は陣地防衛に当たってもらうこととなる、別命があるまで待機してほしい」
「!」
二人の寡黙な歩兵連隊長は、お手本のような敬礼を行った後、ほとんど音を出さないまま会議室から消えていった。
ドガーン、と、比較的近い場所から爆発音が聞こえた。どうしたのだろうか。そう思っていると、兵士が二人ほど会議室テントに駆け込んできた。
「ご報告いたします! 市街地からの砲撃が再開されたようです。何発かが陣地内に着弾し、若干の被害が生じております」
「同じく、報告いたします。人民戦線、我が陳地の北面に対して攻撃を開始いたしました。第一六歩兵大隊が迎撃に当たっております」
「少将閣下、もはや猶予は残されていないようです」
「そのようだな。よし、これにて会議は終了する。直ちに行動を開始せよ」
「は!」
三者三様の敬礼を行い、将校たちは出て行った。さて、俺はどうすれば良いのだろうか。うむ、やはり、指揮官としてはここでどっしり構えていた方が良いのかもしれない。てか、もう動きたくないし。俺は、敵の砲弾が司令部に直撃しないことを祈りつつ、資料を適当に眺めていた。