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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第十九話 反撃されてます!

「第一機甲師団所属の諸君。我々はこれより、眼前の赤化勢力の駆逐作戦を開始する。本作戦の主眼は、周知のとおり友軍が西部戦域の敵陣地に対して攻撃を仕掛けている間に、南部戦域の敵陣地に対して機甲部隊を中心した突破攻撃を敢行し、敵司令部を制圧する点にある。航空部隊は、我が師団の作戦行動を支援することになっている。


 諸君、この作戦は何よりも時間が重要だ。我々の陽動攻撃に敵が気づけば、主力部隊への迎撃が行われ、この作戦はたちまち崩壊することとなる。遅くとも正午、あと十時間以内に敵塹壕陣地を突破し、今日中、二十二時間以内に敵司令部を制圧する必要がある。


 敵を沈黙させるチャンスはもはや残されていない。諸君らの奮闘を大いに期待する」


 翌日、午前二時を少し回った頃。俺は、作戦開始を告げるべく、会議室に集まった、航空部隊を除く全ての部隊長に対して、最後の確認を行った。まだ少し眠くて若干棒読みになった感は否めないが、むしろ真面目なものとなった気がする。どの兵士も、緊張した面持ちであった。比較対象とするのはいささか不謹慎であるようにも思えるが、丁度、これから試験を受ける受験生のようであった。


「まず、第十八歩兵連隊には、突撃ポイント正面にある敵偵察陣地に進出し、なるべく迅速に制圧してもらいたい。砲兵連隊は、適宜支援を頼む。それが済み次第、私は第五歩兵師団に突撃命令を行う」


 この偵察陣地は、前回偵察を行った後に、急遽構築されたようであった。恐らく、我々の攻撃に備えて脆弱なポイントにいくつか設けられた陣地のうちの一つだと思われた。ただ、急造されたこともあって造りは極めて雑であり、制圧は訳もないことだと思う。


 その後、俺は簡単に最終的な部隊配置と侵攻地点を説明した。まあ、兵士たちには既に資料が行き届いているだろうし、大きな問題もないだろう。


 そして遂に……。


 遂にこの瞬間がやって来たのである!


 つまり、司令官であるところの俺が、作戦開始を宣言するときが、である!


 これまで司令官として良く分からない雑務を良く分からないままにこなしてきた訳であるが、遂に如何にも司令官らしい、司令官冥利に尽きる任務を遂行するときが来たのである。俺は、こみ上げる高揚感を何とか抑えつつ、しかし堂々と、精一杯の威厳をもって、万感の思いをもって、俺は告げた。


「諸君、この戦いは、我らの神聖な国土を敵から解放するための、重要な戦いである。敵は極めて狡猾で、姑息な手段を用いて我々を翻弄し、損害を強いている。しかし、我々は決して……」


 俺はふと、ここから見て奥の部屋の壁に掛かっていた時計を見た。時計は午前二時二十分を指していた。どうやら、簡単と言いつつ、説明に時間を使いすぎたらしい。そろそろ攻撃に移らなければ、まだ冬の只中とはいえ、夜が明けてしまうだろう。遺憾ながら、そろそろ解散するとするか。せっかく頑張って演説文を原稿用紙十枚ほど考えたのだが、……まあ、いつか披露する機会もあるだろう。


「決して屈してはならない。諸君らの健闘を、そして勝利を、私は大いに期待している。……白い夜明け作戦、きゃいし! ……開始!」


 真面目の塊のような将校たちから、若干の笑いが漏れた。少し顔の表情が柔らかくなった気がする。そう、俺は、緊張で押しつぶされそうな彼らを何とか和ませようと、敢えてピエロを演じたのである。断じて、肝心な場面で噛んだというわけでは、全くないのである。そうに違いない。


 …………。


 何はともあれ、作戦は実行されることとなった。




 ちょうど塹壕の途切れた、この危険な地点に申し訳程度の陣地が構築されることとなったのは、つい一昨日のことであった。連日にわたる連合王国軍の嫌がらせのような攻撃で疲弊を極めていた彼ら――人民革命軍所属の兵士たち――にとって、その構築作業は耐え難いものであった。雪があらゆるものを染め上げる極寒の中、彼らは、人民共和国から派遣された幹部たちの金切り声を浴びながら、資材や武器を運び、建物を建築し、塹壕を掘り、土嚢を積む作業に追われた。そして今夜、そんな徹夜での作業がどうにか終わり、ようやく彼らは一息ついて、他部隊が横流ししてくれた酒を飲み、騒ぐことができた。


「今夜は宴だ!」


 誰もがそんなことを言い合い、酒を飲み、少ない配給品をめいっぱい食らい、これまでの苦労を語り合った。憎たらしい幹部たちがぶつくさ言いながら、しかし逃げるように陣地から去ると、その盛り上がりは更に過熱していった。何のためにこんなことをしたのかすらも、彼らにとってはもはやどうでも良かった。今が良ければそれで良し、それが彼らの共通の合言葉であった。


「そういえば、昨日から奴らの攻撃が全然なかったな!?」

「なーに、奴らもきっと、疲れてるんだろうよ! 今日くらいは休みってこった!」


 そんな風に彼らは笑い合った。互いに酒を飲み交わし、互いに酔いつぶれさせて、陣地内はどこもかしこも酒の匂いが充満していた。そこにいるだけで酔いそうなほどであった。まるで、戦場から切り離されたような、そんな場所となっていた。


 だから、彼らは気づかなかった。数百両の戦車が静かな地響きを立てて荒地を疾駆し、彼らに迫りくるのを。


 だから、彼らは気づかなかった。夜空に浮かぶ星々しか光のない闇夜の中を、数千の兵士が降り積もった雪を踏みしめてひた走るのを。


 だから、彼らは気づかなかった。突然、幾つもの閃光弾が打ち上げられ、辺りが昼のように明るくなるのを。


 彼らはようやく気づいた。ここがまだ戦場であったことを。しかし、彼らは気づくのが遅かった。


 気づいたときには、連合王国軍の誇る120㎜PlD380カノン砲から放たれた数十発もの砲弾によって、土嚢は吹き飛ばされ、建物は崩落し、弾薬庫は吹き飛んだ。至る所にさっきまで酒を飲み交わしていた仲間だったものが飛び散り、焼け爛れていた。


 ようやく何があったのか理解した者たちが行動を起こそうとしたところで、陣地内に数百の兵士がなだれ込み、動くもの全てに銃弾の雨を浴びせた。




「ほ、ほ、報告! 現在、第四四六偵察陣地は敵の攻撃を受けている! 至急救援を要請する! 繰り返す! 我々は敵の攻撃を受けている! もはや陥落は時間の問題だ! 至急救援を!」


 仲間の肉塊を頭に食らった兵士が、酔いから醒めて必死に司令部へ通信を行っている。そこかしこから敵兵士の足音が聞こえるが、気にする余裕はなかった。彼は祈るように返答を待っていた。ブツン、という音とともに司令部からの通信がきた。


『こちら司令部、遺憾ながら、救援には応じられない。現有戦力のみで陣地維持に努めることを求む』


 兵士は、無機質な、そして無情な司令部からの返答に絶望と怒りを覚えつつ、なお助けを乞うた。


「これ以上は一分ももたない! もう陥落は目前だ! ここが落ちれば、我々は弱点を敵にさらけ出すことになるぞ! 聞いているのか!? 早く救援を……」

「その必要はないぞ」


 突然、後ろから声が聞こえた。苦悶に満ちた表情で、手を上げつつ後ろを振り返ると、トレードマークの緑色の軍服に身を包んだ連合王国軍兵士が、突撃銃を構えていた。彼は何一つ抵抗する手段を持たず、ただ黙って従うしかなかった。


 その他の、幸運にも砲火を免れ生き残った彼らに対しても、同じく冷たい銃口が突きつけられた。彼らにも、抵抗する手段などなく、ただ降伏を告げることのみが残された選択肢であった。


「こちら第十八連隊、偵察陣地の制圧は完了した」

『こちら司令部、了解した。別命のあるまでその場で待機せよ』

「了解」




「やはり、こちらが本命か。諸君、連合王国軍はまもなく突撃を開始する。一人たりとも敵をここから先へ行かせてはならない! 用意をしておけ!」

「「「「はっ!」」」」


 兵士たちの士気は、最高潮に達していた。彼らは、愚かにも銃口の前に飛び出してきた敵を散々に打ちのめすべく、手ぐすねを引いて待機していた。今か、今かと敵を待ち構えていた。敵の血を、肉を求めるかのような、殺気が、塹壕内に満ちていた。


 そして、飛んで火に入る夏――今は冬だが――の虫たちがわらわらとやって来たのを発見すると、一斉に火砲が、機関銃が、狙撃銃が、火を噴いた。




『報告! 第六十一歩兵連隊、作戦継続不可能!』

『報告! 第三十歩兵連隊、一個歩兵大隊が壊滅! これより後退する!』

『報告! 第七歩兵連隊、連隊長が死亡! 指揮権を委譲する……』


 時間は午前四時前と言ったところだろうか。数十分ほど前に突撃を命じた第五師団から、ひっきりなしに損害報告が入ってくるようになった。彼らの任務は、陽動として敵の主力部隊を引き寄せることであり、したがって損害が大きいのは当然といえば当然なのだが、それにしても凄まじい損害であった。一時間と経たないうちに、少なくとも数百人、最悪数千人が死傷しているようだった。種々の政治的事情によって、第五師団は師団であるのにも関わらず十万もの兵士を擁しているのだが、それを加味しても、もしかしたら第五師団が壊滅する気がしないでもなかった。いや、このままだと、決して少なくない確率でそうなりかねない。


「まさか、敵がここまでの反撃を行うとは……」

「このままだと、敵は逆に包囲網を突破して、我々を背後から襲撃する可能性すらもあるな……」

「そうなれば、作戦どころではない。撤退すらも考慮せねばならなくなる」


 司令部将校たちが、少しずつ焦りを見せ始めた。確かに、たとえ師団の壊滅まではいかなくとも、突撃部隊が壊滅すれば、後は僅かの予備戦力しか存在しない地点を敵が放っておく理由もなく、敵主力部隊は大挙してこれを突破せんと押し出してくるだろう。そうなれば、包囲網には大穴が空き、統合司令部や師団司令部も危険にさらされることとなる。もはや、作戦遂行どころの話ではなくなるのは間違いない。


「そもそも、第五師団の連中は突出しすぎだろう。彼らの任務は敵を引きつけることであって、陣地を突破することではないというに」

「まったくだ。まあ、突撃しか能のない連中にそんな芸当ができるとは思えんが」

「しかし困った。……少将閣下、いかがいたしましょう? このままでは作戦が瓦解しかねません」

「ああ、分かっている。何とか、主力部隊の到着だけでも遅滞させたいが……」


 俺は、無線をいじり、通信で呼びかけた。


「砲兵連隊長、聞こえるか? 現在、友軍が激しい反撃に遭っている。まもなく、敵主力部隊も反撃に加わるだろう。少しだけでも良い、敵の合流を阻止することは出来ないか?」

『阻止……ですか。出来るといえば出来ると思いますが、その場合こちらの支援は出来なくなるでしょうな。それでも構わないのであれば、出撃いたします』


 少しおじいさんに近づいた気もするが、まだまだイカしたおじさん感の漂う砲兵隊長かが応えた。


 この抵抗ぶりを見れば、案外こっちの方は敵が少ない気もするが、しかし敵が両方とも防備を整えていたら状況は更に悪化することになる。難しい判断だ。こちらも失敗してしまえば、失敗して損害が著しいものとなれば、もはや人民革命軍の殲滅は不可能となりかねない。


(……でも、西が突破されてしまえばどのみち作戦は失敗か。ならば、やむを得ん)

「ああ、それで構わん。すぐに支援を頼むぞ」

『は!』


 これで、どうにかなると良いのだが。


「きっと、何とかなりますって。私が保証します! なんなら、私が何とかしますよ!」

「そうですよ。絶対、大丈夫です」


 二人は努めて明るく、俺を元気づけてくれた。その言葉だけで、どうにでもなるような気がした。……それは言い過ぎかもしれないが。


 ふと気づけば、俺はずいぶんと緊張していたらしい。体が小刻みに震えていた。こんなことでは、部下たちも動揺してしまうだろう。俺は立ち上がり、深呼吸をした。心を平静に、体を落ち着かせるように、ゆっくりと呼吸を繰り返す。


「砲兵連隊長の支援が行われ次第、第一師団は攻撃を開始する。全部隊に通達せよ。……我々は、必ず勝利を手にする!」


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