第十七話 ゴリラさんとお話し会です!
「……あー、これまで色々と述べてきたが、この作戦はそれほど複雑なものではない。むしろ、極めて単純にして、明快なものである。一応、話をまとめることにしよう。
最初に、第五歩兵師団を主体とする部隊が、陽動として、敵防衛線の中の任意の地点を攻撃する。次に、敵の増援がそちらに引き付けられたのを見計らって、我が第一機甲師団を中核とする部隊が、既に割り出された敵防衛線のうちの脆弱な地点に対して攻撃を行い、これを突破する。当該攻撃に際しては、砲兵及び、友軍の戦闘機部隊による支援が行われる、……予定になっている。この行動と並行して、友軍の爆撃機部隊が、敵総司令部への爆撃を敢行し、総司令部と敵前線部隊との連絡を一時的に遮断する。その後、機動的行動を取れなくなった敵部隊に対し、内部に浸透した部隊と、防衛線の外縁に配置された部隊が一斉に攻撃を行い、敵前線部隊を前後から挟撃して、これを殲滅する。
細かい部隊配置等は別途指示があると思うが、大体の流れはこんな感じになる。何か質問はあるか?」
第一機甲師団に与えられた司令部施設、その二回にある大会議室で、俺は隷下部隊の隊長たちに作戦概要を説明している。
そこそこ広い会議室には、ぱっと見で三十人から四十人ほどが入っている。みんな真剣に俺の話を聞いて、メモを取ったり、配布資料を見つめたりしている。真面目に、一生懸命に作戦を理解し、これを実行すべく思考を巡らせていることが窺える。勤勉なものである。
これに対して、俺はというと……。
お布団に入りたい。
もう、さっきからこれしか考えていない。
この世界に来てからも、師団長として部下たちの前で何かを述べるという経験がないわけではない。この世界に来るまでも、何をしていたのかは未だに思い出せないのだが、こんなことがあったような気がすることを記憶している。しかし、今回のように、俺が一人で、相当の人数の前で、こんな風に長々と喋るという経験は今までにしたことがなかったのである。まさか、これほど緊張するとは思わなかった。
可能であれば一刻も早く自室に戻って、お布団にくるまりたいところではあるが、俺にはまだ、作戦概要を統合司令部のゴリラたちにも説明するという任務が残されている。部下に投げたいとは思うが、あのゴリラの手前、そうもいかないのだ。
そんなことを思っていると、大隊長のうちの一人が手を挙げた。
「敵防衛線の脆弱な地点というのは、どのような地点を言うのでしょうか?」
「ああ、まあ具体的に言えば、敵の塹壕が途切れている部分だな。それらの地点は、まだ塹壕が完成していないようだ。ここを中心に、攻撃することになる」
その質問によって堰が切られたように、次々と手が挙がった。一人一人、発言を許可していく。どうか、難しい質問が来ませんように……。
「戦闘機部隊が我々の作戦を支援するとは、どういうことですか? 私の理解に間違いがなければ、我が軍の戦闘機の兵装はH&M-11くらいしかなかったはずです。こんな兵装では、とても地上に対して攻撃することなど出来ないと思われますが……?」
Hなんとか言うのは、確か戦闘機に装備されている機関砲だったはず。地上攻撃用ではなく専ら敵戦闘機攻撃用であるこの機関砲は、確かに地上戦闘への支援には向いていないだろう。
「ああ、その点は私や参謀たちの間でも議論になったところだ。しかし、航空部隊の隊長によれば、そんなことは造作もない、とのことだった。したがって、基本的にはこのままの計画でいこうと思う」
「…………」
「……しかしまあ、諸君らの懸念は十分に理解できる。だから、突破に際しては、なるべく装甲部隊が先導し、歩兵部隊は後続するなどして、万が一にも誤射のないように、万が一誤射があったとしても、それによって損害が生じることのないように配慮を行うつもりだ。この点については、心配しないでもらいたい」
まだ不安があるようだが、それは俺だって同じなのだ。敵との戦闘によってならばともかく、誤射で味方に損害が出るのは避けたい。しかし、そうは言っても、友軍を全く信頼しないというのも良いことではない。きっとこれが妥当な方策なのではないかと思う。
その後もいくつか質問があったが、俺は何とか無難な回答でこれを乗り切った。
「質問はもう無いようだな。……では、これで会議は終わりにしよう。先ほども述べた通り、航空部隊の到着の問題から、作戦開始は早くても二日後だ。それまで、色々と準備をするなり、休息をとるなり、各自で行っておくようにお願いしたい。以上!」
そう言うと、兵士たちはぞろぞろと会議室から出て行った。俺もこのまま帰りたい気持ちを何とか抑えて、そのままの足で統合司令部へと向かうことにした。
なんだかんだで一時間後。
俺は少尉と共に統合司令部の大会議室に到着した。中尉も来るはずだったのだが、出発前に急に用事を思い出しただとか何とか言って、司令部へと戻って行ってしまった。すぐに戻る、とは言っていたが、良く分からん。まったく、少尉も少尉だが、中尉もたいがい自由な奴である。まあ、大きな問題は無いだろうし、良いのだが。
俺が部屋に入ったすぐ後に、ゴリラ師団長とその子分たちが、昨日よりも偉そうな顔でおっすおっすと入って来た。何とも言えない緊張感と、一種の馬鹿馬鹿しさで再び俺は怒鳴りつけそうになったのであるが、何とか堪えて、彼らへの説明のみに神経を集中させるようにした。
「あー、昨日、私が予告した通り、これより諸君らに、今後の作戦計画について説明することとする。まず、初めにこの作戦は……」
「すいませーん、こちらはそちらの師団さんよりも遥かに、極めて多忙なのでー、どうか手短にお願いしますねー?」
死ぬほど頭の悪そうな兵士が、心の底から腹の立つ声で俺の話を遮ってきた。俺はすぐにゴリラを睨みつけたのだが、その類人猿は薄ら笑いを浮かべるのみで、特に何も言うことはなかった。俺は今すぐにでも、腰にあった拳銃を抜いてその兵士とゴリラの頭を吹き飛ばしたい衝動に駆られたのだが、何とかしてこれを抑えて、努めて穏やかな声色で応じた。
「もちろん、なるべく早く終わらせることが出来るように努力する。諸君らにもそのために協力をしてもらいたい。……さて、この作戦は」
「ああ、説明は手短に、かつ明瞭にお願いしますよ? どっかのお偉いさん方や、暇を持て余している師団と違って、うちみたいな前線部隊には格調高い指令書を丁寧に解釈しているような暇はないんですから」
イヤミを辞書で引いたら一番目に出てきそうな顔の奴が、せせら笑いながらそう言った。
なんですか? ゴリラの、ゴリラによるゴリラのための怒声攻撃の次は、ゴリラの部下たちプレゼンツの低脳、愚劣で無礼なイヤミ攻撃ですか? 上層部はよくもまあこんなクソみたいな連中を反乱鎮圧に向かわせたものである。こんなふざけた、舐め腐った猿どもに何ができると言うんだ。
もういいか、やっちまうか、と思ったところで、俺はふと少尉の方を見た。もしかしたら、少尉は俺以上に激昂して、ここにいるお猿さんたちを皆殺しにしかねないのでは、と思ったのである。少尉の明るいけれど影がある(という俺が考えた設定の)キャラならば、やりかねない気がした。
少尉は会議室の隅の方をぼおっと見つめていたが、俺と目が合うと、微笑を浮かべてきた。そして意味もなくウインクをしてきた。……良く分からないが、キレてはいないようだった。というか、猿の言葉を理解する気はないようであった。
謎の安心感を持った後、俺は、もう色々と面倒になってきた。一刻も早くこの場から立ち去りたくなってきた。俺はほとんど投げやりな口調で、説明を再開した。
「……そうだな、貴殿のような頭の程度の者らでもすぐに理解できるように、ごく簡単かつ簡潔に説明することにしよう。
即ち、私が諸君ら第五歩兵師団に行ってもらいたい任務は、敵陣地への攻撃だ。諸君らの言葉で言うのならば、敵陣地への突撃である。諸君らには、恐らく突撃が最も適当であると思うし、そのような任務は諸君らにしかできないと思う。これまでの経験を生かして、是非とも敢行してもらいたい」
「……それで、本当に敵を殲滅することが出来ると、そう貴官はおっしゃるのか?」
「ああ、もちろん。諸君らは諸君らの、我らは我らの任務を完全に遂行することが出来るのであれば、この作戦は間違いなく成功し、敵を我らの祖国から抹消することが出来るだろう」
「ほほう……。では、貴官はこの作戦に関して」
「一切の責任を持つことを約束しよう。諸君らはただ、こちらの求めるタイミングで突撃を行って頂ければそれで良い。無論、突撃に際して手を抜く等の敢闘精神を踏みにじるような行動を取った場合は別だが」
「我々がそのようなことをするとでも? ……まあ、良い。承知した」
「作戦開始は二、三日後となる。それまでに準備は万端として頂きたい。……本日は以上」
早く終わって良かったと言わんばかりに、兵士たちが足早に部屋を後にしていく。俺も、特にここに残る理由は無かったので、若干ぼーっとしていた少尉を連れて、部屋の、そして建物の外へと出た。
統合司令部施設の近くには、小高い丘があり、そこからは、数十キロメートルにわたって前線の様子を一望することが出来た。まだ時間のあった俺は、その丘に行ってみることにした。
「へー、景色の良いところですねー」
「そうだな。ところどころ上がる黒煙とチカチカ光る発砲炎が良い味出してる」
「それに、ちょうど夕陽が落ちてきてるし、なんというか、その、幻想的な感じですよ。……まあ、少し肌寒いですが」
「今夜も冷えるらしいな。作戦前に風邪でも引いたら洒落にならんし、そろそろ帰るとするか」
「ええー、もう少しいましょうよー。凄い景色良いですよ? なかなか見られませんよ? 期間限定ですよ?」
「おおお、お前、私が期間限定という言葉につ、つら釣られるとでも……?」
「思いっきり動揺してるじゃないですか……。それより、中尉は何処に行ったんですかね? あれっきり結局会議にも来なかったし。お腹でも痛くなったんですかね? ……もしかして、あの日?」
「そういうことを軽々と女性が言うものではないぞ!? ……でも、確かに、どこに行ったのだろう」
俺が何か頼んだ覚えはないから、司令部の誰かに何かを頼まれた、とかだろうか。なくはないとは思うが、それなら言ってくれれば良いものを。まあ慌てていたから言いそびれたというのもあるのかもしれないが。
そんな感じの雑談をしていると、遠くから中尉の声が聞こえた。俺がそれに応じると、中尉は疲れた様子で俺たちの方に駆け寄って来た。
「こんなところにおられましたか。何処に行ったかと思いましたよ。というか、もう会議終わってしまったのですね」
「ああ、なんか一瞬で終わったな」
「少将がイラついてすぐに終わらせたんじゃないですか」
少尉が笑いながら言った。いや、その通りなのだけれど、それを言ったら身も蓋もないだろうに。誰があれらと適切なコミュニケーションをとれると言うのだろうか。反語表現を用いる以外にはないのではないだろうか。
「そういえば、中尉は何をしていたんだ? 特に何かを命じた覚えはないのだが」
「へ? ああ、その、会議に際して何か資料が必要ではないかと思い、急遽作成して印刷していたのです。それから急いでこちらに向かったのですが、もう遅かったようで。でも、せっかく印刷してきた訳ですし、第五師団の皆さんに渡しておきました。……もちろん、必要な事のみ、記載したつもりです。あ、ちなみにこれが、その資料です。一応ご確認ください」
そういえば、さっきはちゃんと資料を用意していたな。あまりに早く終わらせたくて忘れていた。でもまあ、渡してくれたのならそれで問題は無いな、うん。
俺は渡された資料を読んだ。中尉の言う通り、必要なことがしっかりと記載された、大変分かりやすいレジュメ……というか資料であった。これなら、あの馬鹿どもでも理解できるだろう。
しかしこの資料、本当に必要な事しか書いてないな……。ゴリラ師団の連中の部隊配置と突撃地点しか書いてないぞ。こちらの攻撃予定やら突破地点やらは一切書いていない。これだと、彼らにはこちらの動きが全く分からないことになるだろうに。連携や協働が上手くいかなくなることはないのだろうか。
いやしかし、彼らにこちらの作戦行動を知らせたところで、彼らのやるべきことは変わるまいし、こちらもこちらのやるべきことを粛々と行っていくだけだ。別に、彼らに作戦の全容をわざわざ親切に教えてやる義理もないのかもしれない。こちらの作戦に、彼らとの直接的な連携が必要となる場面などないはずだしな。それに、教えたところでどうせ理解しようともしないだろう、そうだろう。
「……うん、良い出来だな。助かったよ、ありがとう中尉」
「当然のことをしたまでです。しかし、ここは本当に、とても良い風景ですね。戦場となっていなければ、観光名所となっていたでしょうに」
「こうなる前は、たくさんの市民が集う場所だったみたいですよ?」
「やっぱり……。早く、元の平穏な場所を取り戻さないと、ですね」
突然くさいことを言い始めたな? まあ、この風景を見れば、そんなことの一つや二つ、言いたくなるのは分からないでもないのだが。
「そう、だな」
「もっちろんです!」
「ふふっ。……そろそろ帰らないと、真っ暗になってしまいまちゅよ……、ますよ?」
「噛んだな」
「噛みましたね」
「噛んでないです」
自然と三人に笑顔がこぼれた。三人とも、なんやかんやで緊張があったのだろう。やはり、どんな時でも緊張のほぐれる瞬間、神経を緩める瞬間というのは必要なのである。それは戦場でも何ら変わりはない。俺は、心からそう思った。
さすがにもう帰らないと司令部の連中に怒られるので、俺たちは少し足早に、自分たちの司令部へと歩き始めた。
「ちゅー、で思い出したが、この辺でネズミを見たりしたか? 私は結局一匹も見つけられなかったのだが。せっかくネズミ捕りをたくさん仕入れさせたのに、まるっきり無駄になっちまったよ」
「ネズミですか? いえ、見ていませんねぇ。ネズミが出るような不衛生なところも特になさそうです」
「ネズミ……、私は何匹かそれらしきものを見ましたよ。捕まえようとしたら、逃げてしまいましたが。しかし、閣下の慧眼には恐れ入ります。遺憾ながら、私はそのようなことを考え付きもしませんでした。つくづく若輩者です」
「いやいや、私も参謀本部の人間に教えてもらっただけだ。でも何匹かはいるものなのか。やはり、しっかりと注意しなければならないな。少尉も、もし見つけたら教えてくれよ?」
「はい! もちろんです! 尻尾を掴んで振り回して見せます!」
「え、いや、そんなことはしなくても良いが……」
「じょ、冗談に決まっているじゃないですかぁ!」
何を馬鹿なことを言っているんだ、この連中は、と、ゴリラの仲間に睨まれた気もしたが、俺たちは気にすることも無く、肌寒い風の吹く街路をてくてくと歩いて行った。
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。これからも大体一週間ごとに更新していきたいと思います。




