第十三話 作戦準備、です!
質素でこざっぱりとした基地内の司令室にて、俺が少しの間待機していると、一人の男が部屋を訪れた。俺の軍服ほどではないが、その軍服には煌びやかな階級章と幾つかの凝った意匠の勲章が並んでいた。あの階級章からすると、多分中佐くらいであろうか。確証はないが、きっと中央の総司令部から派遣された将校なのだろう。わざわざご苦労な事である。
「既にご承知のことと存じますが、陸軍総司令部及び参謀本部は、第一機甲師団に出動命令を発しております。行き先はヴェストシュランゲ地方」
そろそろ中年になろうかというくらいの男が、はきはきとした、良く通る声で言った。
「どういった任務だ?」
「当該地方を不法に占拠する敵の殲滅です。敵はこの地方一帯を広く支配しており、既に派遣された部隊は厳しい戦いを強いられております。第一機甲師団におかれましては、当該部隊と協力し、共同で敵を撃滅していただきたい。……ああ、こちらが詳しい任務の内容となっております。ご確認ください」
そう言って、男は鞄から如何にも高級そうな封筒を手渡してきた。封を開けて中の指令書を出してみる。うわ、とんでもなく分厚い。そして何やら、小難しいことがつらつらと書いてある。読むのが面倒になったので、そばにあった俺の机に封筒をそっと置いて、将校殿に尋ねてみることにした。
「敵、というのは、どのような敵なんだ? 反乱軍か何かか?」
男は一呼吸置くと、自分を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で応えた。
「……まあ、そのようなものです。人民革命軍は、ヴェストシュランゲ地方を根拠地として、我が国全体の赤化すら目論む極めて過激な集団です。恐らく、パトリアからの相当の金銭的、物質的支援があったものと、情報部は考えられております。また、地方政府の複数の高級幹部とも繋がりが認められております。もっとも、これらの幹部は既に逮捕されて中央へ移送され、間もなく処刑されることとなっております」
また新しい組織が出てきたな……。人民戦線の後は人民革命軍か。これ以上人民が出てきたら確実に混ざりそうだ。もう出てこないことを祈っておこう。
にしても、国内でもやばめな組織がいたんだな。てっきり国内に共産主義者を入れない為に国外で戦っているものだと思っていたが、こんな事なら国外の組織に構っている暇などないだろうに。まあ、いろいろ事情があるのかもしれないが。
そんなことを考えていると、男は少し悔しいような、腹立たしいような表情で畳みかけてきた。
「参謀本部としては、敵がこれほど強大な組織であるとは関知していなかったのです。情報部は、我々に対して適切な情報を伝達することができなかった。適切な情報が無ければ適切な判断はできないのです。……しかし、そうであるからと言って事態を傍観するわけにもいかない。これは全くもってやむを得ない、緊急的措置というべきものです」
先ほどとはうってかわって早口で言われたせいで理解が難しかったが、要は言い訳であろう。つまり、尻拭いということだろうか。……あまり気の進まない命令ではあるが。まあ、やるしかないか。
男は、言いにくいことを言い終わったせいか、妙に清々しい表情となり、連絡事項を再び話し始めた。
「我が軍及び我が国にはあまり余裕がありません。現在、少なくない数の軍部隊が何らかの任務を負っており、そのために防衛予算が国家予算の中で大きな割合を占めるに至っております。その予算も、既に枯渇が近づいており、今年度中の大規模な作戦行動はあまり容易ではなくなっております。つまり……」
ここで男は一旦言葉を切った。
「つまり?」
「つまり、本作戦において、これ以上の援軍は原則として期待しないでいただきたい、ということです。それに、第一機甲師団は我が国最精鋭の師団。大規模な援軍が必要になることを、総司令部及び参謀本部は想定していません。貴官の指揮の下、何ら問題なく作戦が遂行されるものと考えております」
期待しているようで、失敗したら叩きまくってやろう感丸出しの口調でそう言う男に、俺は少しムッとしつつも、努めて笑顔で、敢えて自信満々に応えてみた。
「そうだな、我が師団をもってすれば人民解放軍など敵ではない。期待通りの戦果を挙げることを約束しよう」
人民革命軍だった気もするが、まあ良い。同じようなものだろう。男も全く気にせず言葉を続ける。
「ええ、もちろんそれを期待しております。……ああ、作戦期間としては明確に決定されてはおりませんが、司令部は一か月から二か月以内の戦闘終結を想定しております。そのつもりで、是非とも采配を振るっていただきたい」
「一か月か。なるほど、承知した。……指令はそれだけか? ならば、私はそろそろ準備をしたいのだが」
「…………ああ、あと一つだけ」
男は、ふと俺の傍にまで近寄ると、居丈高な口調から今度は秘密の話でもするように、小声で囁いた。
「一つだけ、注意……忠告があります。どうも、貴官に出動していただく地域には……その、ネズミが多いようです」
「ネズミ? 繁殖でもしているのか?」
「ええ、最近になってずいぶんと増えたようで。まあ、これは連合王国の他のいくつかの地域でも同様の事態が起きていますがね。しかも、現地部隊はずいぶんと長い間当該地域に留まっているせいか、陣地内でもネズミが確認されているそうです。将官や佐官らも、随分と困っているらしいですな。しかも、連中の素早さと言ったら物凄いらしい。なかなか捕まらないそうです。貴官と貴師団におかれましても、食料や、その他の取り扱いには十分に注意していただきたい。……私からは以上です。何か質問等はございますか?」
「……そうだな、今のところはないな。詳細については、またこの分厚い指令書を読むなり、現地の部隊に聞くなりしよう。しかし、ネズミか。入念な準備が必要になるな。ご苦労様」
「いえ。では、私はこれで」
そう言うと、男は部屋から出て行った。
そろそろ、私も準備しないとな。これから忙しくなりそうだ。俺は慌ただしく部屋を駆けまわり、準備を済ませていく。服は何処にやったかな? バッグは……ああ、あそこか。
おっと、そうだ。忘れないうちに済ませておくことにしよう。
俺は急いで部屋を出ると、部屋の前を歩いていた兵士に言った。
「ああ、君! 使えそうなネズミ捕りをできるだけかき集めてくれないか? なるべく多くだ。出発前までに頼むぞ!」
「敵は、強力な陣地を有しております」
元は役所であったらしい建物を改装した、現地部隊の司令部は、そこら中に書類が散乱し、人がそこら中を忙しなく歩き回っていた。そんな司令部施設の一角にある会議室で、俺と中尉に、師団所属の大隊長以上と、現地部隊の指揮官が集まってブリーフィングをしている。
「我が軍は、敵陣地を完全に包囲しております。しかし、敵は山岳地帯を背にしておよそ数百キロメートルにわたって塹壕を構築しております。塹壕はほとんどの地点で二重又は三重、あるいはそれ以上存在し、各塹壕は通路で連絡している模様です」
「塹壕の間の地点には、巧妙に隠蔽された無数の砲撃陣地及び機関銃陣地が存在しております。敵野砲の射程は我が軍のそれとほとんど変わりなく、遠距離からの無力化は困難となっております。また、機関銃陣地は極めて効率的に配置されており、強行的突破はほとんど不可能となっております」
「また、敵は陣地内部にも相当の兵力と兵器を有しております。また各部隊には無線設備が完備されており、山岳地帯近くに存在すると思われる敵総司令部の指揮の下極めて機動的かつ連携のとれた防御戦闘を行っております」
「我が軍はこれまで幾度となく敵陣地への突撃を敢行しておりますが、いずれも敵の猛烈な反攻によって遺憾ながら撃退されるに至っております」
「敵部隊の動きから、近日、相当大規模な、我が陣地への攻撃が予定されているようです。現在の我が軍の状況では、これを撃退することは極めて困難です。少将閣下、我々にはもはや時間が残されておりません。我々はいかなる犠牲を以てでも、敵陣地を突破し、敵を殲滅する必要があるのです。そうしなければ、我が軍の敗北は確定的です」
並み居る将校たちが、次々に報告を行っていく。まるでリハーサルでもしたかのような、整然とした報告だ。関心する。
それはさておき。俺はここに来るまでの鉄道で、例の男に渡された分厚い指令書を、頑張って読んでいたのだが、その内容によるとあまり状況は芳しくないようであった。もしかしたら、俺が行くまでに状況が改善しはしないかと、淡い期待を持ってこの場に臨んだのであるが、やはり状況は良くなく、というかすこぶる悪いようだった。
(いや、むしろ指令書の内容より悪くないか……?)
指令書によれば、こちらの包囲は完璧で、ただ敵陣地を攻め落とせずに苦戦しているとのことであったはず。しかし、今の説明によれば敵の反攻で包囲どころか派遣された軍部隊自体が壊滅の危機に瀕しているようなのである。話が違うとしか言いようがない。
「第五歩兵師団としては、今一度突撃部隊を編成し、敵陣地の突破を敢行する手筈となっております。まもなく編成は完了し、数日中、敵の攻撃前に作戦を開始したいと考えております。少将閣下、閣下の第一機甲師団におかれましては、我が師団の突撃を援護していただきたいと思っております。異存がなければ……」
「いや、少し待ってくれないか」
俺は、一刻も早く会議を切り上げたそうな彼らの話を何とかして遮り、口を挟むことに成功した。
「戦況については、貴官らの話から良く理解することが出来た。残念なことに、状況は芳しくない、どころか最悪と言っても良いようだ。敵は効果的な防御陣地を備えている上に機動的な防御戦闘を行う能力をも有している。その結果、我が軍においても少なくない損害が生じているとのことであったと思う」
「まったくもってその通りであります。しかし、既に申し上げました通り、我々には時間が残されておりません。我々はいかなる犠牲を以ても、敵陣地を突破し、敵司令部を制圧して、敵を殲滅しなければならない」
彼らは自分がついさっきした話を覚えていないのだろうか。突撃しても突破できなかったからどうしようかという話ではなかったのだろうか。まあきっと、失敗続きで頭に血が上っているのだろう。人間誰しも、そういう時はある。この世界の住民であっても例外ではないのだろう。そうに違いない。
そんな感じで自分を納得させつつ、どうにかしてこの頑固な将校……たぶん第五歩兵師団隷下大隊の大隊長だと思う――階級章的に大佐っぽいし――を説得しようと試みる。正直、心臓がバクバクいっているのであるが、ここまで来て逃げる訳にもいかない。どうにかして鼓動を抑えて、頭から言葉を一つ一つ捻り出した。
「もちろん、我々に時間がないこともよく理解している。だが、我々にはいかなる犠牲を払うことができるほどの人的、物質的余裕も同じくらいに存在しないのだ。我が国の軍は疲弊が著しい。したがって、慎重な行動を行う必要がある」
将校は、少しだけ間を置いたが、まだ諦められないかのように続けた。
「しかし、だとすれば、我々はどんな方法を以て敵を叩けばよいのですか? このまま包囲を続けるのみでは、我が軍の敗北は間違いないのです」
「そうだな、私も包囲のみで敵を降伏させることが出来るとは思っていない」
「であれば」
「そして、突撃を以て敵を敗北に追い込むことが出来るとも思っていない」
「…………」
将校は少しの間、俺を軽く睨むようにしていたが、やがて諦めたように、俺に言った。
「……分かりました。確かに、少々性急過ぎたのかもしれません。我が師団としては、突撃は一時中止したいと思います。今後の作戦は改めて検討することにいたします」
「そうだな。それが良い。……しかし、時間がないのは確かだ。明日の朝にでも再び集まり、作戦を検討しよう」
「承知いたしました。……このようなところにまでご足労頂き、誠にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」
そう言うと、将校ら、歩兵師団所属の者たちは部屋から出て行った。
「少将閣下、お疲れ様です。何とか突撃は回避できましたね」
「そうだな。一時はどうなることかと思ったが。何とか丸く収まったらしい」
「閣下のおかげです。本当に良かった……」
中尉が心底安心したように言う。……本当にその通りである。無駄な損害は避けられるに越したことはない。一人の戦死で今までの訓練代やら食事代やら何やらが一気にパーだし、その者に家族でもいたら遺族年金を延々と支払い続けることになる。とんでもない出費だ。
……なんで俺がこんな心配をしなければならんのだろう。俺も随分とこの世界に溶け込んでしまったのかもしれない。まあ、別に悪いことではないのだが。
さて、会議は明日か。それまでに何とかして作戦を考えないといけないな。
俺たちもまた会議室から出て、割り当てられた宿舎へと戻っていった。




