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異世界指揮官生活。  作者: 谷澤御嶽
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第十二話 思い出話その二、です!

『あれは、天使か。悪魔か。戦場を駆ける、白銀の天使、深紅の悪魔、おお、神よ、偉大なる我らが神よ、我に、我らに大いなる救いを与え給え……』


 通信機から繰り返し漏れ出た、二三三五歩兵中隊隊長の言葉に、私はどう対応してよいのか分からなかった。


 二三三五中隊は、師団長の命令により速やかに敵部隊へ接近し、既にこれと交戦しているはずである。私の中隊もまたこれに追随して、もうそろそろ追いつくことになっている。


「あの隊長は、……どうかしたのでしょうか?」

「さあな……、気分でも悪くなったんじゃないか」


 部下の疑問に対して、私は精一杯軽口を叩いたつもりだったが、これっぽっちも上手くない。なにしろ、こんなことは初めてなのだ。あの中隊長があんな戯言を口走るだなんて、この戦場の誰にも予想など出来なかっただろう。……まあ、今はそんなことにかまっている暇はない。


 私は中隊各員に、敵部隊との邂逅に備えるように命じる。あと数分と経たずに先行する部隊と合流することが出来るだろう。我が部隊は、流れ弾等に注意しつつ、先を急いだ。


「…………! あ、あれは……なんだ?」

「……!?」


 少しぼーっとしていたらしい。私は、すぐ後ろを走る兵士の言葉に気づくのが一瞬遅れた。そろそろ味方のいる地点のはずだ。まさか、味方が全滅でもしていたのだろうか。私は目の前を見つめた。


 目の前には、味方は一人もいなかった。死体はあまり見当たらなかったから、恐らく味方は敗走したのだろう。まったく、いつの間に逃げ出したのやら。せめて我々が来るまで離れてもらいたくはないものであった。私はうんざりした気分で、もうすぐそばまで接近しているかもしれない敵部隊を確認すべく、更に遠くを見つめた。


「な……なに…………」


 ……正確には、味方が一人もいないわけではなかった。味方の兵士は、一人だけ残っていた。そう、一人だけである。一人の、たった一人の兵士が、我々からおよそ数百メートルほど離れた地点で、目視でおよそ千人は下らない敵部隊を散々に嬲っていた。


 我々が思わずその場で立ち止まった。私は、我々は、目の前に広がる光景を信じることが出来なかった。たった一人の兵士が、軍刀と、いくつかの突撃銃を手に、数百人の兵士に囲まれながら、しかし逆にその命を、花でも摘むかのように刈り取っているのである。もはや人間の理解を遥かに超えていたが、しかしその光景は、さながら巨匠の描いた名画のように美しかった。


 兵士が戦場を華麗に舞い、軍刀で、突撃銃で、敵を吹き飛ばし、切り刻み、消し去っていく。我々は自然と、もう少し近くで、もう少し傍でこの奇蹟を体感したいと、そう思った。


皆が自然とあの兵士の下へと、ゆっくりと歩みを進めて行った。一歩ずつ、一歩ずつ。


「おお……」


 遂に、手の届くくらいの近さにまでたどり着いた。軽快に、ダンスでもするように飛び回り、気づいた時には周囲に死体の山を築いていく。腰にまで届くくらいの長さの銀髪が舞い乱れ、振り乱れ、降り注ぐ夕日に反射し、全身が銀に包まれている。時折、妖しく輝く紅い光がこれを彩った。一瞬一瞬が永遠のように感じられた。


 美しい。

 美しい。

 美しい。


もはや、そうとしか表現することが出来なかった。そこにあるのは、ただそれだけを具現化させたような、物事を超越した概念であった。もはや、言葉で表そうとする発想すら超える、圧倒的な何かであった。


「ああ、神よ……」


 今なら、あの中隊長の心を私は理解することが出来る。そう、きっと彼はこれを見たのであろう。この世に顕現した神の御業を見て、正気を失ったのであろう。ここには、人を狂わせるに十分な何かがある。


 もしかしたらここはこの世と天界とを結ぶ、大いなる門の前なのかもしれない。人間にそう思わせるくらいの圧倒的な偉大さがあった。


 どれほどの時間が経ったのだろう。ほんの数秒か、あるいは数分か。一時間以上たっていたのかもしれない。不意に、私の体に何かがぶつかる音がした。液体の破裂するような音を立ててぶつかった物体は、すぐに私の足元に落ちた。赤黒いそれは、一体何なのか理解するのにずいぶんと時間がかかったが、ようやく私は、それを人の内臓だと認識した。まるでそれは、たった今切り出されたかのような新鮮さを持っていて、少しの間動きを止めなかった。少しだけ痛覚を刺激された私の腹部を見ると、その軍服には、真っ赤な血がべっとりとこびりついていた。


 ふと、私は先ほどまでの高揚感や、浮遊感の全てが失われていることに気づいた。心は驚くほどの静寂に包まれ、不思議なくらいに落ち着いていた。それと同じように、私は周囲の不気味なまでの静謐さをも感じ取った。


 再び、私の腕に、足に、顔に、腹に、何かが降り注いだ。これも、液体のようだった。いや、降り注いだというよりも、濃霧の中を進んでいったかのように、液体が私の体に纏わりついた。そう言うべきだろうか。そのような感じだった。べっとりとしたそれを、私は拭い取った。あまり見たくはなかったのではあるが、私はその液体を見た。それはやはり、撒き散らされた鮮血であった。周囲は、血液がまるで霧のように空気中を漂っていた。そしてそれは、今もなお、私のすぐ目の前で生産され続けている。


 更に、私の体に何かが激突した。


 それは、人の腕であった。つい先ほどまで武器を持ち、これを自由自在に振り回していたであろうそれは、今やピクリとも動かぬ骨付き肉と化して落ちていた。


 それは、人の足であった。今まで持ち主の体を常に支えていたであろうそれは、役目を終えたように地面に横たわっていた。


 それは、人の胴体であった。手と足、そして首を綺麗に切り取られたそれは、まるで元からそうであったかのように、ガラクタのように地面に転がっていた。


 それは、人の頭部であった。まだ生きているかのように口が動き続けていたそれは、まるで何かを訴えかけるように、その眼を私に向けた後、沈黙した。


「な、なに……が……」


 私は気づいた。未だに宙を舞う女神のようなそれの周りに置かれた、不気味なオブジェを。人の業ではとてもなし得ない、人であったもので象られた悪夢のような何かが、私の、私たちの周りに無数に、無造作に置かれていた。


 そのいずれもが、生前の無念と絶望と、失意と絶念を今もなお抱いているかのような、そのような表情と仕草で息絶えていた。今にも怨嗟と悲憤のうめき声が聞こえてくるようであった。


 そう、ここは天界への入り口などでは決してなかった。ここは、地獄の釜の縁であった。


 突然、兵士が、死神がこちらを睨みつけているような気がした。気づけば、あれほどたくさんいた生者たちは、残らず肉塊に形を変えている。死神はこちらを睨みつつ、ゆっくりとこちらに向かってきている。私は思わず後ずさり、部下にも後退を指示した。部下たちは、私と同じく現実を見出した者もいるようだったが、未だ幻覚の中に取り込まれている者もいるようであった。しかし私は、ただ後退をするよりほかになかった。


私は勘違いをしていたのかもしれない。あれは味方などではない。戦場に君臨した恐るべき鬼神、悪魔である。そうだとすれば、この場にとどまっているのは全く得策ではない。私はようやく正常な思考を回復したようであった。


「中隊各員に告ぐ! 我が中隊はこれより直ちにこの場から退避する! 総員、我に続け!」

「ああ、神よ…………。…………! ああ、ああ、ああー!」


 私は大声で怒鳴った。正気に戻っていた兵士は、かなり怯えながらも私の声に従い、元来た道を引き返し始めた。しかし、私の声で正気に戻ったか、何かの拍子で元に戻った兵士たちは、幻想と現実との急激な差に耐えられなかった。彼らは、次々に拳銃や、軍刀で命を絶っていった。


「っ、貴様ら! ……っ!」


 私は、無力だった。どうすることもできなかった。私はとまどう正気の部下たちと共に地獄の淵から立ち去った。そして、私は師団司令部との連絡を急いだ。


「……そちら、司令部か!? ここは危険だ! 直ちに撤退しろ! 一刻も早く国境沿いへ向かうんだ!」




『……そちら、司令部か!? ここは危険だ! 直ちに撤退しろ! 一刻も早く国境沿いへ向かうんだ!』


 信じて送り出した中隊長が、戦場の瘴気にやられて壊れたテープレコーダーのように、こんな訳の分からない祝詞を繰り返したかと思えば、今度は別の奴の怒鳴り声か。もう分からないことだらけだ。この世界ではこれが日常なのだろうか。見習いたいものである。


 この兵士は……、少なくとも先ほどのヤバイ兵士よりかはずいぶんとまともなように思える。少なくとも、言っていることの意味を理解することが出来る。これなら、まともなコミュニケーションが可能なのだろう。


「こちら司令部。一体何があったというのだ? 敵部隊はどうなっている?」

『敵部隊は消滅した! しかし、このままでは我々も地獄へ連れ去られることとなる! 早急に師団をこの地域から、いやこの国から退避させてもらいたい!』

「いや、しかし、敵部隊の追撃がないことを確認しておかなければ……」

『そんな必要はない! 敵は完全に消え去った! 私が保証する! とにかく今は、我が師団の全部隊を撤退させることが先だ!』

「…………、あー、了解した。直ちに実行する。報告ご苦労」

『はっ!』


 そう言って、通信が切れた。部下とのコミュニケーションがこんなに難しいとは思わなんだ。どうしてこの師団の連中は、俺の言うことに少しでも耳を傾けてくれないのだろう。……まあ、別に良いのだが。


 要は、とっとと国へ帰るぞ馬鹿野郎、ってことだろうか。……師団長が中隊長に命令されるのは何とも微妙な気分であるが、まあ良いだろう。早く帰るに越したことはないのだし。


 俺は、再び無線通信で師団麾下の全部隊に迅速な撤退を命じた。これにどれほどの効果があるのかは分からないが、まあ一日でも帰国が早くなることを祈ることにしよう。早く帰れますように、っと。


 ……いや待て。何か一つ忘れている気がする。こう、普段あったものが消えてなくなっている的な……。


 あっ。


「少尉は結局どこに行ったんだ……?」

「私ならここにいますよ?」

「ひぇぅ」


 凄い変な声が出てしまった。俺はこういう、突然人が出てきましたみたいな展開がとても苦手なのである。もういやん、なのである。


「い、い、いつの間にここに来たのだ?」

「うーん、今ですかね? まあ、良いじゃないですか。終わりよければ全て良し、ですよ。……少し残してしまいましたが。まあ、後のお楽しみということで」

「な、何を言っているんだ?」

「何でもありませーん! さ、早く帰りましょうよ! 流石にこの揺れは辛いですよ」

「……あはは、……そう、だな」


 もうなんか怖いし触れないでおこう。そうしよう。もう知らん。お家帰る。


 そんなわけで、師団は少数の犠牲が出たものの、何とか国境沿いの基地へ、そして国内の駐屯地へと帰投したのであった。




「……少将?」

「え?」

「だ、大丈夫ですか? 先ほどから上の空でしたが」

「あ、ああ、大丈夫だ。全く問題ない」

「そうですか? そろそろ基地に着きますよ。……今日はありがとうございます。とても楽しい休日を過ごすことが出来ました」

「ああいや。こちらこそ楽しかったよ、ファーナリア」

「ふふ、そういってもらえると嬉しいです」


 もやもやっと回想しているうちに、基地まで帰ってきていたらしい。普段ならタクシーで街から基地まで帰っているのだが、歩きでも別にそこまで遠くはないのだな。また新しい発見ができた。


「……なんだか、基地が騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」

「確かにそうだな。いよいよ出撃命令でも下ったかな?」

「そんな縁起でもないことを言わないでくださいよ。流石にまだないでしょう」


 そんなことを言いながら、基地に入っていくと、正面玄関から若い兵士がやってきた。見覚えがある気もするし、参謀将校的な奴だっただろうか。


「少将閣下! 探しましたよ。一体何処に行っていらしたのですか? ああ、中尉殿もご一緒でしたか。とにかく、私と共にいらして下さい!」

「いったい何があったというのだ?」


 俺がそう言うと、青年将校は一呼吸おいて、呆れたような、疲れたような顔でこう言った。


「我が第一機甲師団に出動命令です! 場所はヴェストシュランゲ地方!」


 …………。そ、そう来るとは思わなかったなー。なるほどー、そういうパターンかー。なるほどねー。……中尉さん、そんなに俺を見つめないで……。


「ああ、分かった。すぐ向かおう」


 俺の束の間の休日は、こうして突然に終わりを告げたのであった。


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