第十一話 思い出話その一、です!
「……というわけで、最終部隊はロードバウド基地を発ったとのことです」
「うむ、了解した。ところで、我々はいつ到着するのだろうか?」
「そうですね、特に問題が生じなければ後一、二週間程度でしょうか。先行する部隊は既にデュプリカーテ基地に到着しているようです」
ティエルザでの戦闘から数週間、俺と、俺が指揮官をしているらしい連合王国陸軍西方派遣軍第一機甲師団は、祖国へと凱旋すべくひたすら東へと進んでいた。鉄道網がほとんど整備されていないこの国で鉄道移動など出来るはずもなく、必然的に俺たちは、物資と兵士を満載した狭苦しい輸送用トラックで、この国で最も整備されていると説明された道をガタガタ、というかドッコドッコ、ドカンボカンといった感じで揺られている。偶に休憩が入るとはいっても、こう毎日毎日揺られていると嫌になってくる。もう勘弁して欲しい……。
「そうか」
「ふう、長かったこの移動もあと少しとなると、少し寂しいもんですねぇ」
「いやまったく」
「えー、少しは寂しいですよぉ」
「いや全然、これっぽっちも」
「えー、そんなことないのにぃ」
少尉はこの揺れでとうとう頭がイッてしまったらしい。可哀想に。俺も気を付けないとな。
気晴らしに、これでもかというくらいに薄汚れた窓の外を眺めると、数日前から変わらない、深い深い森が続いている。その木々はどれも無駄に高く、ただでさえ曇っている空を覆い隠し、そのせいで辺りは常に薄暗い。この陰鬱になるような薄暗さの中を、俺はトラックでドッタンバッタン進んでいるのである。わーい、たーのしーい、すごーい、てなもんである。
……どうやら俺の頭もやられてしまったようだ。
「まあ、冗談はさておき、後二週間かぁ。早く帰りたいですねー」
「首尾よく行けば、ですよ?」
「えー、でも人民戦線は殲滅したわけだし、こんなところで問題なんて起きるわけないじゃないですかぁ」
「少尉、フラグを立てるのは止めろ」
「ふらぐ? 何ですか、それは? 美味しいんですか?」
「いや、何でもない……」
「えー、気になるー」
戦間期におけるフラグに代わる言葉とは何だったのだろうか。虫の知らせとか? どうもしっくりこないな。
それにしても、この少尉さんは本当にフランクな方だ。この世界ではこれが普通なのだろうか。上下関係とか滅茶苦茶にならないのだろうか。……いや、でもほかの兵士たちは別にそんな様子はないな。そうすると、この少尉がアレなのか。
「少尉! 貴方という人は……。上官にはしっかり敬語を使えとあれほど教えたでしょう!」
「うーん、どうも慣れないんですよねー。私の性格とは合わないな感が否めないというか」
「性格の問題ではありません! やれと言ったらやりなさいな!」
「そんなに怒ってばかりいると禿げますよ、中尉殿?」
「あらあら、貴方こそ髪が痛んでいるのではなくて? 白髪が凄いように見えますけど?」
「こ、れ、は、銀髪ですぅ! 疲れすぎて銀と白の区別もつかなくなってしまわれたのですかぁ?」
ぎゃーぎゃー、わーわー、と、この揺れでよくもまあ元気に騒げるものである。それに比べて、他の司令部要員はやつれて死んだように眠っており、こちらなど全く気にも留めていない。……本当に死んでたりしないよな? 俺は隣に居た兵士の肩を軽く揺さぶってみる。
良かった、死んでなかった。隣の、兄貴感溢れる兵士が凄い機嫌が悪そうな顔で目を覚ましたけど、特に気にしない。
……ちょっと気まずい感じが全くしないとまでは言い難いような気がするので、いや、別に俺が気まずいのではなく、周りが気まずいという意味でしかないが、そういうわけで俺は何となく窓の外を眺めた。窓は俺の後ろについているのだから、何となくとは言っても、結構大きな仕草にはなってしまうのではあるが、まあそれはさておき、風景を楽しむことにしたのである。
といっても、風景など、この辺りではあまり大きく変わることはないのであり、したがってあまり期待はしていなかったのだが、しかし窓の外の光景はこれを見事に裏切ってくれた。あれだけ延々と続いていた大森林がさっぱりとなくなり、草原が見渡す限り広がっていたのである。空の雲も心なしか薄くなって、陽光が強くなったようにも思える。
俺はあまりの風景の変わりように、感動……とは違うのであるが、それに似たものを感じた。それは、このクソのような揺れすらも忘れさせるくらいであった。まだ続いている少尉と中尉の小競り合い、というかじゃれ合いというか、こねくり合いというか、そんなものも目に入らなくなった。
俺は、自然と目を瞑り、ウトウトとし始めた。
しかし、残念ながら俺は一分も眠ることは出来なかった。
突如、トラックに積まれていた通信機器がけたたましく稼働を始めた。何事かと思い起きてみると、通信要員が手間取りながらもヘッドフォンを付け、通信を受けているようであった。
「こちら司令部、……なんだ、どうした? 聞こえないぞ、もっと大きな声で話せ!」
「なに? 偵察部隊が…………交戦中? 何を言っている? こんなところに敵などいる訳がないだろう? …………」
通信を受けた兵士が困った顔でこちらを見ている。……なんだ? 俺がやれっていうのか? まあ、直接聞いた方が楽なのかもしれない。
俺はヘッドフォンを受け取った。
「あー、こちら司令部、ブライフ少将だ。状況を報告せよ」
『こ、こちら前方偵察部隊です……、て、敵が我々を襲撃しています!』
「敵の襲撃? 攻撃を受けているのか? 場所は何処だ?」
『偵察部隊、……我が部隊は現在所属不明の敵部隊と交戦中です! ……場所は、……正確な地点は不明ですが、第十五戦車大隊が北西方向に視認できます! このままでは、あと数分と経たずに大隊と衝突します!』
「承知した! 偵察部隊は早急に退避、大隊と合流しろ。直ちに応援を出す」
『り、了解!』
通信が終了した。どうやら、とんでもない事態が生じたらしい。面倒なことになってしまった。しかし、どうにかしないとならない。何しろ、お家に着くまでが戦争だ、と言うし。
すぐに、別に通信を行っていた中尉が、師団所属部隊の位置を記録した地図を渡してきた。まるで心を読んだかのような素早い動きである。優秀な部下を持てて幸せである。……などと考えている暇はない。俺はすぐに味方の位置と敵の推定位置を確認し、近くにいそうな部隊――第六歩兵大隊――を見つけ、連絡を取った。もちろん、もっとも近場の戦車大隊にもである。……これで何とかなるとよいが。
すると、再び偵察部隊から通信が入った。
『こちら一〇五五-A小隊、敵部隊の所属確認! 敵は……』
「敵は? なんだ、どこの組織だ?」
『敵部隊は、……プリンシピウム帝国第二州陸軍所属です! 歩兵が主体ですが、装甲車、対戦車兵器等も確認されております! 数は確認されただけでおよそ数百! しかしおそらく二個大隊程度の規模があるものと推測されます!』
……帝国? ていこく? テイコク? どういうことであろうか? 人民共和国の間違い……なわけがないか。帝国軍が連合王国を攻撃する理由は……あるんだっけ? ないんだっけ? こないだ見た書類に何か記述があったような気もするが、覚えていない。そんな仲が悪い印象は無かったんだが……。まあ、確かにこの辺は帝国の国境とそう遠くない場所にあるわけだし、可能性が全くないというわけではない。しかし、なぜ、この場所で、このタイミングなのだろうか。
「少将閣下……、一体何が起きているというのでしょうか? 我が国と帝国とは、少なくとも人民戦線の打倒においては一致していたはず。我々を襲撃する理由が見当たりません。……まさか、政府は帝国に宣戦布告を? まさか……いやしかし……」
中尉が良い感じに口をはさんでくれた。なるほど、やはりこちらを襲撃する理由はないらしい。ますます、謎が深まるばかりだ。しかしまあ、今はそんなことより何をすべきか考えるべきだな。何とか撃退してもらえると助かるのだが。……って、結構ここから遠くない地点にいるな、敵は。若干怖くなってきたぞ……?
「……あれ?」
中尉が再び口を開いた。
「どうした、中尉?」
「いえ、その、少尉は何処にいったのでしょう?」
少尉? さっきまで中尉と話していたではないかと言おうとしたところで、ふと傍らを見ると、確かに少尉の姿は影も形もなかった。ついでに、軍刀や突撃銃もいくつか無くなっている気がする。そして代わりに、綺麗に取り外された汚いガラス窓が不自然に横たわっていた。どおりでさっきから冷たい風が入り込んでくるわけだ。
「誰か、少尉を見た者は?」
兵士たちに問いかけたが、皆首をかしげるばかりであった。誰にも気づかれずにこの場から姿を消したとでもいうのか? どんな魔術を使ったのだろうか。
そんなこんなしていると、再び通信が入ってきた。
『もしもしー? そちら司令部ですかぁ?』
「こちら、司令部……少尉か?」
『はーい、こちらグローヴィア=クレール少尉でありまぁす! この声は少将さんですか? どうもどうも。ああ、早速で恐縮ですが、応援の歩兵大隊は退かせてください。戦車も、真っすぐ国境へと進むようにご命令を』
柔和ながら、有無を言わせない声で、命じるように少尉は言った。俺は状況を全く理解することができなかったが、従わない選択肢はこの時はなかった。
「わ、分かった。しかし、敵部隊をどうするというのだ? 何か撃退する方法でもあるというのか?」
『やり過ごす? 殲滅するに決まっているじゃないですか。ああ、少将さん、安心してください。敵兵は一人残らず地上から抹消してみせますよ!』
「はあ? ちょ、一人でやるつもりか? そんなこと出来る訳が……」
なんて言っていたら、既に通信は切れていた。敵が何人いるか正確には分からないが、二個大隊というと、二千人弱くらいか? そんな数を一人でどうにかできるだなんて到底思えない。……まさか、少尉には自殺志願者か何かだったとか? だとしたら、放っておくわけにもいかないか。
俺は、再び通信を開き、ついさっき退避を命じた歩兵部隊に再び出撃を命じた。大隊長は若干不機嫌そうな声音であったが、躊躇なくこれに応じてくれた。
「……きっと、少尉にも何か思うところがあったのかもしれません。彼女を責めないでやってください」
「そんなつもりはない。しかし、何を思ったのかくらい伝えて欲しいものだ」
「そう、ですね。しかし、今は無事を祈るばかりです」
それから、どれくらい時間が経ったのか分からない。重苦しさとやるせなさに満ちた時間が過ぎていった。俺が今出来ることは、いや、俺が出来ることはただ、入ってきた通信によって報告を受けることしかない。その、一種の無力感の前に、俺はどうすることもできなかった。
そんな不似合いな思考をつらつらと巡らせていると、もはや恒例とばかりに通信が突然に入って来た。まあ、よく考えてみれば突然に入らない通信が何なのか分からないが。とにかく、入ってきたのである。少尉だろうか。やはり無理だったのだろうな。戦車大隊にも出撃を命じないとだめだろうか、などと考えていると、聞こえてきたのは少尉の声とは程遠い、ひどく低く聞き取りづらい男の声であった。
「こちら司令部、何かあったか?」
『こちら、第二三三五歩兵中隊。…………』
「もしもし、どうかしたか?」
『…………』
「もしもし! なんだ? どうした? 状況を報告しろ!」
『天使が……』
「はあ?」
天使ってなんだ? エンジェルか? この中隊長は戦場の狂気にやられておかしくなったのだろうか。可哀想に、すぐに医療班を手配しよう。
「ああ、分かった。貴官の中隊は直ちに下がれ。近場に医療班がいるはずだ。そこへ向かえ」
しかし、そんな俺の素晴らしい助言には耳も貸さず、中隊長は意味の分からないことをつぶやき続けた。
『あれは、天使か。悪魔か。戦場を駆ける、白銀の天使、深紅の悪魔、おお、神よ、偉大なる我らが神よ、我に、我らに大いなる救いを与え給え……』




