第十話 美味しい食事です!
「……と、そんな感じで、内容的には本当にしょうもないお話なのですけれど、思い出すとなぜか笑いがこみあげてくるのです。何なのでしょう、これはどう評価すればよいのでしょうか?」
「確かに、そういう作品ってなかなか扱いに困るよなぁ。読んでいると楽しいのだけど、読み終わると時間を無駄にした感じが否めないという……」
「そうなのです。私もこれでどれだけ時間を無駄にしたか。でも辞めるに辞められないのですよね……」
何の話からか、B級映画トークを繰り広げていた俺たちであった。この世界は恐らくこちらで言うところの戦間期辺りだと思っているのだが、そんな時代にもB級映画なんてあったんだなぁ、と感慨深げに頷いた。しかも、中尉の話が上手いだけなのかもしれないが、やたらと面白そうなのである。暇があったら是非とも観てみたいレベルであった。
とはいえ、残念なことに今の俺には暇がない。B級映画鑑賞は後々の楽しみに取っておきつつ、また、なおも話し続ける中尉の話を聞くふりをしつつ、俺はさりげない様子で新聞を読み始めた。
………………。
どうも、この世界の新聞は、いや、この国の新聞は、というべきなのだろうか、比較対象がないのでどうにも言い難いが、とにかく読みにくい。無駄に格調高い文語調かつ、あまり見易いとも思えない字体で書かれているせいで、文字を上手く解読できない。この新聞の編集者は、新聞を芸術作品か何かだと勘違いしているのだろうか。読者目線という言葉を頭に叩き込んでやりたい。
まあ、そんなこんなで何とか俺は新聞を読み進めている。
まず、目に飛び込んできたのは、この国で四年に一度行われる予定という、国会の総選挙についてであった。まだ日取りは確定していないようだったが、数か月以内に行われることは間違いないらしい。総選挙といっても、国会所属の全議員が対象となるわけではなく、上院と下院に分かれているうちの下院所属議員の総選挙のようだった。
「あの映画も、形容しがたい不思議な魅力で何故か何度も観てしまうのです……。って、聞いていますか? ……ああ、総選挙ですか。もうそろそろみたいですね」
「そのようだな」
「早く決まってくれた方がありがたいのですが、あまり早い日程にしてもらうとそれはそれで困りますね……。…………しかし、どんな日程であっても滞りなく万事進むように手筈は整っております。ご安心下さい」
「? ああ、分かっている」
中尉殿は何を万事進めようとしているのだろうか? 選挙に立候補でもしようとしているのだろうか?
ふとそんなことを思ったが、それほど気に留めることもなく俺は新聞を読み進めた。
字体や文体はともかく、新聞の構成は、こちらの世界とあまり大きく変わっていないようであった。一面には昨日の大きめのニュースが載り、二面以降には社会面や経済面、国際面もあって、社説や文化面、スポーツ面までしっかりとあった。途中で飽きてあまりしっかりと読んではいないのだが、覚えている範囲では、経済が後退局面に入ったとか、隣の何とかかんとか帝国の首都で爆破テロがあったとか、こちらの世界で言う野球のようなスポーツで地区大会決勝が行われるだとか、そんな感じだった気がする。
「お待たせいたしました、こちらハーブティーと、貝と川魚のリゾット風でございます」
そうこうしているうちに、店員が料理を持ってきたようだ。俺は新聞をしまい、目の前に置かれた料理を眺める。……この店の料理もなかなか美味しそうである。
この世界に来た当初心配だったのは、やはり、なんだかんだで食事であった。他にも大事なものがある気もしないではないが、とはいえ食事は生きる上でなくてはならないものであって、これがダメならやはり生きていかれないのである。仮にこの世界の主食がクソまずい木の実をすり潰したものだったり、御馳走がとんでもないゲテモノの生き造りだった日には、もう死ぬしかないのである。
その点、この世界は本当に素晴らしい。文明のレベルが進んでいるからなのかもしれないが、ともかく食事がとても美味しいのである。なんなら、元の世界の食事より美味しい説も有力になるほどである。グルメレポーター並みの語彙がないので、なかなかこの感動を伝えることが出来ないのだが、もう正真正銘、嘘偽りなくほとんどの食事が美味しい。まあ、あの陣地で食べた戦闘糧食とかいうやつは例外だが。なんというか、味がしなかった。まずくはないが、食べた気にしかならない、そんな感じであった。
それはともかく、俺はこの小洒落た食事を前にして、思わず微笑がこぼれた。よだれはこぼさなかったが。まあ、そんな感じで俺は食べ始めた。
「……閣下は少し変わりましたね」
「っ! ゴホッゴホッ! か、変わった? それは、どういう意味だ?」
既にパクパクと食べ始めていた中尉は、突然そんなことを言った。俺は思わずせき込んだ。ま、まさか俺……の中の本当の俺に気づいてしまったとでもいうのか? いつか信頼のできる者には打ち明けるのも良いと思っていたが、今このタイミングはあまりベターではない。俺は、慎重に中尉の出方を窺う。
「いえ、特に深い意味はないですけれど。以前の閣下であれば、私が食事にお誘いしてもなかなか来て下さいませんでしたし、仮に来て頂いたとしても、ほとんど何の会話もありませんでした」
なんと、俺は更に無口キャラであったのか。こんなお喋りな中尉殿に無口を貫くとは、なかなかできる奴だったらしい。
「ああ、それに、食事をそんな風に美味しそうに食べている姿など、想像もできませんでした」
「そう、だったか? まあ、偶にはこんなこともある。人というものは、常に変化する生き物なのだろう」
良く分からないことを言って何とかごまかそうと試みる。これで何とか軌道修正ができたと信じたい。しかし、無口キャラというのも便利なようで融通が利かないものである。少しは転移してきた人に親切心を見せて欲しいものである。
「……? ちょっと何言っているか分からないです」
「なんで何言ってるか分からないんだよ」
「っふふ」
中尉は小さく笑った。
「な、なんだ? どうした中尉?」
「いえ、何でも。……私は今の少将閣下の方が好きですよ。それと、今くらいは階級でなく名前で呼んでくださいな」
「そ、そうか? では、グローヴィア」
「……閣下はいつの間にか冗談もお上手になられたのですね」
おおっと、中尉殿、口元は相変わらず柔らかい笑みを浮かべているのに眼からは光が消えて行ったぞぉ。……やっべえどうにも人の名前が覚えられない。そろそろキレられるかな……。ここは強引に話を逸らす作戦でいくしかないな。
「そ、そうだろう、実は練習していたのだ。……そういえば、ファーナリアは最近何をしているのだ?」
「露骨に話を逸らしてきましたね……。まあ、良いのですけれど。そうですね、ここのところ忙しい日々が続いていたので、本を読んだり散歩をしたりと、のんびり過ごしていました。願わくば、こんな日々がずっと続いてほしいものですね。閣下は何を?」
「同じようなものだな。図書館に行って本を読んだり、自室で休んだり。そんな感じだ」
「図書館、ですか? ああ、あの大学図書館ですか。あそこは確か原則大学の在学生か卒業生しか入場できなかった気が……」
「ああ、一年程度だが、私もあの大学に在学していたのだよ。卒業はしていないけど」
「そういうことですか。あそこは外観もなかなか良い雰囲気ですし、中もきっと居心地が良いのでしょうね」
「そうだな、つい時間を忘れてしまうよ」
ふう、何とかごまかせたらしい。そうか、この世界の常識だけでなく、俺自身についても知らないといけないのか。ついうっかりしていた。どこかで俺の履歴的なものをみつけて覚えないとなぁ。はあ、面倒くさい。まあ、やらざるを得ないが。
しかし、よくよく考えると、自分の履歴を探すというのもおかしな話である。自分探しの旅ならばともかく、履歴探しなどという言葉は、単語自体聞いたことがない。そんなことは、もちろん当たり前に当たり前なのだが、数週間前から当たり前でない、異常な状態下に置かれている俺からすれば、結局当たり前ではないのである。ちょっと良く分からないけれど、まあ要はそういうことなのである。
というか、一体全体どこを探せば良いというのだろうか。一番楽なのは自宅に帰ってアルバムなりなんなりを探し当てるというところだろうか。しかしそんな時間はとてもじゃないが取れないだろうし、そもそも自宅の場所なんて知らない。まあ、これは流石にどっかの書類に書いてあるのだろうし、大きな問題でもないのだが。といっても自分の家の場所を調べるというのもまた不自然極まりないが、仕方がない。そうすると、時間か。ここ数日は多少暇だったし、帰ろうと思えば物理的には帰れたのかもしれないが、恐らく帰宅許可なんて下りないだろう。そんなものが出るのなら師団所属の兵士が未だに駐屯地に詰めている理由がないし。戦闘からようやく帰国したというのに休暇の一つも出さずに基地に留め置かれる理由など、近いうちにまた出動命令が出る以外にはなかなか考え難い。つくづくとんでもないところに飛ばされてしまったものである。お家帰りたい。
それはそうとして、このリゾット風な料理はやはり美味しい。俺は正直魚介類が得意ではないのだが、この魚料理は、俺の苦手な魚介類の……、なんというか、魚介類感を、オイルと塩を中心とする様々な調味料で相殺し、かつそのもの本来の旨味を引き出しているのだ。美味しさの爆発である。
さて、意味のない、無意味としか言いようのない思考を巡らせていたところで、俺は今日の昼飯を食べ終えた。目の前のファーナリアは、とっくの昔に食べ終わって、食後の紅茶を楽しんでいる。俺が食べ終えたのを見ると、彼女は思いだしたように言った。
「ところで、少尉のことなのですけれど……」
「少尉? どの少尉だ?」
「グローヴィア少尉に決まっているではないですか。閣下は他の少尉をご記憶なのですか?」
「も、もちろんだとも……。まあ、それはさておき、少尉がどうかしたのか?」
「いえ、どうかしたわけではないのですが。……あの噂は本当なのでしょうか?」
「……、今のところ、本当とも嘘とも言い難い、としか言えないな。彼らに聞くのはなかなか厳しいだろうし、いわんや本人をや、だろうな。そういえば、その少尉はいま何をしているのだ?」
「申し訳ありませんが、帰還直後から、少尉の所在は確認できておりません。彼女はその、……閣下及び師団司令部の直接の指揮下にあると必ずしも言えませんので、把握は簡単なことではないのです」
「ああ、いや責めているわけではない。少し気になっただけだ」
「……。とはいえ、確かに気になりますね。単にどこかで遊んでいるだけなら、まだ安心できますが。彼女もまだ遊びたい盛りでしょうし」
「そうだな。それなら別に良いのだが。そうでないとなると、……面倒なことになるな」
「その通りです。……基地に帰ったら少し調べることにいたしますか?」
「そうだな。不安要素はなるべく除去しておきたい。お願いしても良いか?」
「お任せください。……ではそろそろ」
「そうだな」
そして、俺とファーナリア中尉は、基地へと戻る……前に、一通り街を観光した後、戻っていった。因みに、観光はとても面白かった。小学生並みの感想となったが、本当に面白かった。またいつかここに来たいと思う俺であった。
もっとも、この街の、この風景を見ることが出来たのはこれで最後となったのだが。それはまた別の話である。




