野良 2
また目が覚めた。
カラカラというどこからか聞こえてくる謎の効果音に俺はたたき起こされた。
どうも俺は、眠りが浅いのか簡単に目を覚ましてしまうらしい。
喉がカラカラになり、先日見つけた水のみ場まで行くと、
昨日あった水溜りがあちこちに群れをなすように増えていた。
そして、その群れは今でもドンドン増えていっている。
ドンドンというよりは、並々っという感じだろうか・・・。
雨に濡れるのは困るので、俺は脇の建物に隠れながら雨水を口に含む。
「私はこのにおいが嫌いだ。毎日々飽きもせずにアイツらはどういうつもりなんだ。」
道路を這う車で焦げ臭くなったコンクリに腹を立てて茶トラのやつがまた何処かへ走っていってしまった。
「どうもこうもないだろう」
俺はまたその背中にボソりと投げかける。
俺達がそうやって訝しげに思うのと同じように奴等もまた俺達の事をそうやって思ってるんじゃないかって思うんだよ。
毎日飽きもせずに・・・ってね。
しかし、俺自身はこの焼け焦げたコンクリのにおいを嫌いだと思わない事がある。
それがどういう時なのかわからないし、それがどうしてなのかわからないんだけど・・・。
まぁ、そういうのはきっと未来の俺ならわかるのさ。
わかる時が来るんだ。
今日もまた遠くで悲鳴のような騒音が聞こえた。
雨がまるで打楽器のように建物や地面を殴る音に混じって、割り込むようにしてその騒音は聞こえてきた。
しばらくして救急車のサイレンの音が聞こえてくるので、
なるほど、これは誰か車にでもはねられたなっと感じた。
前にもどこかでこんな光景を見た気がする・・・いや、今は見たというよりは聞こえてるという感じなんだけど・・・。
(ここから出たら雨に濡れてしまうからな)
しかしどこで見たのか忘れてしまった。
やっぱり俺は忘れっぽいのかもしれない。
まぁ、簡単に忘れてしまうのだから、それは大した事じゃないのだ。
そんなような事を誰かに言われた気がした。
重要な事だったら、こうもそう簡単に忘れたりするものか・・・。
長い喧騒を目を瞑って待った。
傍から見たら眠っているのかのように感じるのだろうな。いや、実際に眠ってしまっていたのかもしれないんだけれど・・・。
何故なら横でロクの奴が話しかけてきたのに気がついていなかったのだから。
ロクが話しかけてくるまで、俺はこちらを向いて笑ってる男性と睨めっこをしていた。
左目に眼帯をした烏のように真っ黒な傘を刺し、それと同様に真っ黒な背広、つまりは喪服を着た男性が立っていた。
睨めっこなんて可愛らしい表現をしたけれど、睨んでいたのは俺だけだった。
俺だけが訝しげに睨み付けて、奴は満足そうなのか嬉しそうなのか、よくはわからないけど笑っていた。
不気味とさえ思えた。
単純に考えて、ただ犬や猫が好きで喜んでいるだけな気もする。気というか奇という感じ。
小学生や幼稚園児なら、そのまま近づいてきて捕まえようとするのだろうけど
そんないい大人がそんな事をしていたらただのヤバイ奴だし、しかも喪服の男だ。
そして、奴はそのニヤニヤした直立不動を解き放ちお辞儀をした。
いや、なんで??
猫に対して何か並々ならぬ信仰心でもあるのだろうか?
しかし、俺が驚いたのはその後の事だ。
瞬間とはよく言ったものだと思った。
俺が瞬きをした途端、そいつの姿は跡形もなく消えていた。
幻だったのか、喧騒が解けるのを待つために待ってる間にやはり眠ってしまって夢を見ていたのかと感じた。
「さっきから怖い顔してどうしたんだ?悪い夢でもみたのか?」
それとも腹でも壊したのか?とロクは続けた。
「ある意味そうかもな」と俺は返した。
「だが腹を壊したのはお前の方だろう?」カエルの死骸を拾い食いして気持ち悪がっていたロクは
ずっと唸っていた。
コイツでも腹を下す事があるんだと目から鱗だった。
「そんな昔の事は忘れたな。それが本当だとしても、それはきっとそのカエルがたまたま病気を持っていたというだけだろうさ。」
そういう事を言って今までも幾度となく同じ事を繰り返してきたのだろう。
幾度となく変なものを食べて腹を下してきたのだろう。
「お前、しばらく俺に近づかないでくれる?」
俺まで病気をうつされそうだと感じた。確かにロクな奴じゃない。
「毒ばっかり吐く奴だなぁ」そういうとロクはトテトテと団地の角を曲がっていった。
いつもの路地裏を抜け、帰宅途中の小学生を避け、
アパートが並ぶ団地を横切り、その奥の民家まで行く。
足が短いロクはその民家に住む「彼女」に逢いに行くまで時間がかかる。
逢いに行くっとは行くけれど、見に行っているという方が正しい表現かもしれない。
何故なら、その民家に住む「彼女」とはぬいぐるみで出来た白い猫なのだから。
ロクが「恥ずかしいからついてきて」と頼むものだから後ろからついって行った事があった。
面倒くさいと思う反面、少しだけ興味があったんだが正直なところ興が冷めた。
「もの静かなところが可愛い。彼女の世界から音が消えているようで、なんだかこの世のものではない」
そう詩的に評価していた。
幸せそうに語っていた。
美しさは人それぞれであり、幸せも人それぞれだ。
それはやはり猫の世界でも同じなのだろう。
ピカソがゲルニカを描いたときに「ピカソには世界があのように見えていた」とされているのと同じだ。
そう芸術家の目には世界は常人には違って見えるものなのだ。
なんて語ってしまう。
だから俺はロクにこう伝えた。
その詩的さを指摘するでもなく笑みをこめて伝えた。
「幸せにな」
彼は今日もまた彼女に会いに行く。




