巽ヶ丘空人 2
人は二度死ぬと聞いた事がある。
ひとつは、例えば寿命だったり怪我や病気で生命活動を継続できなくなって死ぬこと。
そして、もうひとつは周りからその存在を忘れられることだ。
今の俺は前者だろうけれど、でもひょっとすると後者でもあるのかもしれない。
そして、俺の中ではすべからくまわりも死んでいた事になるのかもしれない。
だって忘れていたんだ。忘れてしまったんだ。だからきっと俺は俺にとっての人殺しだ。
「意外と救急車が駆けつけたのって早かったんだな」
「そうでもないよ。キミが命を落とすっていう予約はあったけどそれでも僕らだってすぐに来れるってわけじゃないからね。」
そんな美容院みたく言われても・・・。
「とりあえず、俺は地獄だか天国だかに連れて行かれるの?漫画や小説だとだいたいそうじゃない?」
「へぇ、そうなの?でも僕最近は漫画も小説も読む時間なくてね。本当は映画とかテレビとか、
遊びたいんだけど忙しくてね。死神業界も人手不足だからね。お兄さんはクタクタだよ」
大型連休がほしいよ。とヤクモは肩を竦める。
そんな社畜の愚痴を聞かされてもと思う。
「地獄も天国もないよ。あんなのただの概念でしかないもの」
「概念?」
「空人くん、キミにとってみれば生きていたときの方が、それこそ『地獄』だったんじゃない?お兄さんはそう思うな。そう見えてたね」
「・・・・・・・・」
どうなんだろう。どういう風に感じたんだろう。
苦しいとか、悲しいとか、楽しいとか、面白いとかそんなんじゃなかった気がする。
そういう余裕さえなかった気がする。
「わかんない。」
雷雨の中を救急車が走っていくのを、だんだん小さくなっていく白と赤の車を見送りながら
俺はそんな風に言った。
死神・ヤクモがさす真っ黒の傘の中で跳ね返ってくる自分の声が、悲しい程に、そして残念な程に寂しく感じた。
まるで死んだように。
「まぁ、人なんて何も分からないものだよ。無知なものなんだよ。いや、キミの場合は少し違うかな。
ちょっと異質というかイレギュラーだ。」
喪服のうちポケットからタブレットを取り出しながら、そんな風に言った。
どうやったら、うちポケットからそんなでかいタブレットが出てくるんだ。
むしろそっちがイレギュラーだよ。
「学校の授業で生徒が問題の答えに悩んだら、解るようにするのが先生の仕事だよね。お兄さんは教員免許は持っていないけど、そう思います。だから・・・・・・」
だから。。。
だからと言って、タブレットで人の頭を思いっきり叩く人を俺は初めて見た。
いや、実際は見たというか目の当たりにしたというか、
この人は一度タブレットの取り扱い説明書をしっかり読むべきだと、巽ヶ丘空人はそう思います。
脳が上下左右に揺れ、まるで重力が全身を四方八方乱回転してるみたいで強い嘔吐に襲われた。
(堪えたけど)
空中から硬いアスファルトに叩きつけられた感じだった。
地に足が着いていたのに、空中に落とされるっていうなんだか実に不思議な感覚だ。
生まれて初めてというか、死んで初めて味わう感覚だった。
自由落下ってこんな感じなのか?死にそう・・・。
「いいや?キミはこれから生き返るんだよ。うん?死に帰るともいうかな?」
そう声が聞こえた。
ヤクモの声が。
吐き気が消えて少しずつ気分が安定してきた。
「散々だった世界を、もう一度おさらいするんだよ」
「なんの為に・・・?」
「思い出すために。忘れないため、覚えるために、後悔を取り戻すために・・・」
強くてニューゲームさ。とヤクモは言った。
どこから言ってるのか分からないけど、不思議とその声が懐かしいような気がした。
急に身体が突っ張った。
タブレットで叩かれた痛みに加えて全身のあちこちを強い筋肉痛が襲った。
痛い。というか固い。
目を開けるのにも時間が掛かった気がした。
一瞬襲われた目の眩む光に慣れると、真っ白いカーテンとそして腕に突き刺さる点滴の管が見えた。
「あっちぃ・・・」
額にべったりと汗が滲んで前髪はワカメでも乗っているのかと思うほどだった。
何だ?結局助かったのだろうか・・・?
気になって、ベットから降り立て不意に窓ガラスに映った自分の姿を見て気がついた。
いや、最初は気がつかなかった。
どこかでも見たような、でもよく覚えていない知らない子供の姿が映っていたからだ。




